Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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ところでこのビーチボールの耐久力めっちゃ高いね


51話「幻魔の孤城(2)」

 

 

(ディノキア……こんなときに……!)

 

 突然魔神が囁いてきたことで、ディルの思考リソースは若干だがそちらに寄った。しかしその少しが、栓を抜いた水道のように彼を一気に精神世界へ誘った。体感時間を遅くする対話空間への小旅行だ。

 

(いやマジでなんでこんなときに?! 戦闘外には出てこないんじゃないのか?!?!)

 

 着地するような感覚と共にディルは荒げた反応をする。とっさのことだ、仕方ない。

 それに対し魔神は冷静に返す。

 

((ククク……こんなときだからこそだ。ただの経験者としてアドバイスしてやろう))

(は? 経験者?! とてもビーチバレーやってたように思えねーんだけど?!)

((細かいことは気にするな。まず、お前は力の制御ができないわけではない))

 

 ディルのツッコミを流し、ディノキアは助言に入り始めた。

 

((以前の戦いで、あの変身怪人から仮面の魔女だけを的確に引き寄せただろう?))

(!)

((あれができるのに、球技程度で力のコントロールが効かなくなるわけがなかろう。つまり、これは単に意識の問題だ。『昼の側』では力を抑えなければならない、という強い無意識がお前にブレーキをかけている。それで中途半端な力となってコントロールがバカとなるのだろう))

(お前今バカっつったか?)

((事実だが? 補習すらギリギリだったのを見ていたぞ))

 

 冷静に指摘するディノキア。彼はさらに続ける。

 

((だが慣れた半魔はブレーキなどかけない。綺麗なドリフトをかけるように力を使う。そうすれば力を抑えなくても人間社会で違和感無く過ごせる))

(そのドリフトはどうすればいいんだよ)

((意識を変えろ。『昼の側』であっても力を出していいと))

(そんなことして他の人に当たったら……)

((言ったはずだ。制御できないわけではない、と。そうだな……あの時と同じような例示をかけてやろう。今からボールを叩き込むのは砂場のコートという()()だ。ほら中にクラスメイトが囚われているぞ?))

(なっ……)

((だがお前はクラスメイトを避けつつコートに当てれるはずだ。何せお前は、『大切なやつが傷つけられる』と思えば力を発揮できる。そういうやつだ))

 

 一瞬無茶に思えたディノキアの例示。だが、その言葉は水が染み込むようにディルの脳内に浸透していく。取り憑かれているから? 分からない。とにもかくにも、イメージは形作られていく。

 

 

 砂の中に潜む魔物が宗也と太田の足を掴んでいる。

 弱点を当てればすぐに解放できる。

 じゃあその弱点は? あの四角いエリア内のどこでもだ。

 

((だができる限り二人に当てないようにするなら最も離れた場所がいいだろう))

 

 じゃあ……角だ。

 

 

 イメージが練られるほど、ディルの中の「やらねば」という気持ちが強くなっていく。

 

 

 叩き込む。

 

 

 その瞬間、意識が精神世界から現実の肉体へ戻る。目つきを鋭くさせ、ディルは視線をコート端の外角へ。

 

((そうだ。そこを弱点だと思え))

 

 以前使った黒滅爆縮(ブラック・エクスパンディクション)と同じように球体(ボール)を敵に当てる。

 ディノキアの暗示が効いたのか、動作に関してはそう思考するだけでもはや十分となっていた。

 

 跳躍。砂が巻き上がるも馬鹿力で柱が立つほどではない。体がボールのそばへ浮き上がる。ジャンプ力と重力がイコールになるタイミング、ベストだ。ボールがすぐ真横に。腕を振り下ろす。

 

 (コート)へ。

 

 (コート)へ。

 

 (コート)へ。

 

 手がボールに当たり、強い衝撃が放たれる。

 体育でゴールポストを曲げて以来、『昼の側』としては出していなかった半魔としての怪力。それがボールを介して直線軌道を描き、コート端へ突撃していく。

 

 ドスリと鈍い音。同時に砂煙が舞い上がった。

 

「うわぁお……(あいつ直にパワー出しやがったなという顔)」

 

 自分たちの陣に叩き込まれたスパイク。ほとんど動く気の無かった宗也はともかく、爽帆は目を丸くして唇を指で撫でていた。普段のディルからは信じられない精度の反撃だ。彼女は素直に驚いていた。

 

 しかし次の瞬間に、表情豊かな女子の顔はまた別の物へと移り変わる。

 

「へぇ〜……やるやん」

 

 不敵な笑みだ。それはようやく歯応えのある相手が現れたことへの喜びからか。

 

 一方のディルは、ボールをコントロールできたことで戦意が一気に最高潮に達した。ディノキアの意思はすでに深層の方へ消えている。

 

「こっちはまだやれらぁ!! 八宮! こっから逆転するぞ!」

「えっ、あっ、はい!」

 

 アユミを鼓舞し闘志を燃え上がらせる。

 

 再びサーブ。今度は点を取られた爽帆チームからだ。当然のように放たれる流星のようなジャンプサーブ。

 先ほどまでと同じようにディルがそれを受ける。レシーブはまだ細かい制御にならないが超威力を受けれるだけで十分。不安定な跳ね方をしたボールをアユミが俊敏にトス。今度は彼女が相手コートに返すのではなく、ディルに渡す誘導準備だ。もちろんネット近くの最適位置へ。

 

「しゃあっ、今度も決めてやる!!」

 

 ディノキアの暗示もといアドバイスはとてつもない効力なのか、たった一回ではあるがディルはコツを掴み切っていた。もう一度高威力のスパイクを叩きつけようとする。

 半ば調子に乗った状態。しかし迷いが無い彼は間違いなく強い状態でもあった。

 

 コートの端、今度は先ほどの右とは反対の左側へボールを打ち込む。

 

 速い。言うまでも無く近場の宗也は反応できない。彼の横を豪速球が通り過ぎ、砂の中へ突撃……しなかった。

 間一髪で爽帆がスライディングで防いだのだ。

 

「嘘だろ!?」

 

 防げまいと思っていたディルが驚愕の叫びをあげる。無理もない。先程は相手が動く間もなくヒットさせたのだから。

 

 しかしそれは、ディルがコート内に入れれるわけがないという爽帆の油断から。一度見たうえに構えを取っていれば彼女にとって対処は容易だった。

 それでも超がつく剛速球。間一髪で腕に当てれたのが奇跡なほどだ。ぽーんと浮いたボールを宗也がトスにかかる。

 

「また爽帆さんのアタックが来ます!」

「わーってら!!」

 

 次に来るスマッシュに備えディルもコートの後方へ下がる。アユミと二人で後方一帯を完全にカバーする構えだ。

 視線を爽帆に集中させる。

 

「太田ー。いくぞー」

「おっけー! ()()()()()

 

 爽帆に繋げようと宗也がジャンプする。その掌はボールを……

 

 

 

 ぺちっ。

 

 

 すぐ横のネット下へ送った。

 

 

「は?」

「え?」

 

 一瞬、何が起こったか分からなかったディルとアユミ。

 構えていた彼らの先、爽帆に渡されると思ったボールは自分たちの陣、その前側にぽとりと落ちていた。

 

「え……フェ、フェイント……?」

 

 宗也が行ったのはノールックのアタック。

 先の試合から一切攻撃に参加していなかっただけにその不意打ちは効果抜群で、アタッカー予定の爽帆に視線を完全集中させていたディルとアユミは全く反応できなかった。しかもご丁寧に、寸前までトスの構えをした状態からの急変。

 ちなみにビーチバレーでは指の腹を使ったプレーによるフェイントは禁止されている。知識人である宗也はこれまたご丁寧に、指の背中側で打つポーキーなる技を使っていた。

 

 

 その一連の流れを観終えた恵那がぽつりと呟く。

 

「もしかして六対十だからゲームセットよね?」

 

 ラスト一点を巡る攻防は突然のジョーカーが掻っ攫っていった。

 

 

「驚くなかれ、これが宗也君のポーカーフェイスさ!」

「ま、さすがというところかしら。美崎君、やっぱり敵に回したくないわね……

 

 パラソルの日陰から観客に徹していた泰輝と恵那だが、まさか宗也がフィニッシュを飾るとは思っていなかった。一歩引いたところから観ていたというのにだ。

 

 しかし泰輝は素直に称賛する一方、恵那は目を細めまばたきを繰り返している。対抗心の表れだった。

 腹芸に秀でている自信もあるからだろう。頭脳戦における自分の地位の危機を感じたからかもしれない。

 それとも、宗也がディルの友人第一号を知らぬ間に獲得し、彼がクラスに馴染む大きなきっかけとなったことへの嫉妬か。

 

 

 

「てめぇ! 最後の最後まで猫被ってやがったな!」

「伏兵は最後に動くってなー」

 

 試合を終えて勇士たちが日陰に戻ってくる。

 

「残念だったわねディル。頭脳プレーは私とのやり取りで鍛えられてると思ったのだけれども」

「んなわけあるか。あんなん誰も読めねーっての」

「あら、私は分かっていたわよ?」

 

 さも当然だったかのような顔を装う恵那。実況席で泰輝に悟られてなかったことをいいことに余裕の表情だ。

 

 しかし、何かに勘づいた爽帆がにまにま笑いで声をかける。

 

「おやおや〜? いつから下の名前呼びに〜?」

「!」

「はぁ?」

 

 なんのこっちゃという顔をするディル。

 恵那は変わらず余裕を押し通そうとする。

 

「別に大したことじゃないわ。彼は下の名前で呼んでいるのだもの。こちらも下の名で呼ばないと公平じゃないでしょ?」

「はっは〜ん? その割に二ヶ月近くかかったみたいやけどな〜?」

「別、に、いい、でしょ!」

 

 余裕は消失。恵那は少し赤面しながら返す。

 

 そのやり取りを横で聞きながらディルは宗也にヒソヒソと話しかけた。

 

「そんなにかかってたのか?」

「女子の話題を俺が知ってるわけないだろ。まぁ、流蘭院さんが男子を下の名前でってのは相当なんじゃないか?」

「そーなのか?」

 

 ちょくちょく人(※ディルだけ)を揶揄ってくる恵那のことだ、何を今さらそんなことぐらいで……とディルはあまり実感が湧いてなかった。

 そもそも下の名前で呼ぶように頼んだのはディルからだ。

 ぼんやり思い返す三日前の出来事。路上で、いつもやられてる揶揄いへの仕返しとして逆に迫り揶揄った。そのときの恵那は燃えるような赤い顔で、夏の暑さだけでない、額からつぅー……と流れる汗。

 彼女だって時には動揺することもある普通の人間なのだと思い出した。

 ならば異性を下の名前で呼ぶことに恥ずかしさを覚えてもおかしくない。

 

(オレが特殊な環境育ちだっただけかも……)

 

 そう思ったからか、ディルはぽろっと口に出してしまう。

 

「オレから頼んだんだけど強いるみたいになっちまったかな……」

「お前そういうこと言うと……」

 

 

 ガシッ。

 

 不用意な発言に対する太田女史のアクションは速かった。

 

「はい連行連行! 容疑者確保ぉ! 昼飯買いに行くついでに事情聴取や!」

 

 恵那をおちょくっていたはずの爽帆が即座にディルの後ろへ回り込んだ。肩をぎっちりと掴み逃さないという意志を表している。

 無論そんな暴虐を恵那は許容したくないのだが……

 

「ちょっ、爽帆! だったら私も……」

「八宮刑事! 被疑者の拘束を!」

「えっ。えぇ〜……。はぁ……恵那さん、観念してください」

「もーっ!」

 

 後ろから腕を回したアユミに恵那は抑えられる。もちろん他二人の男子は見物モードだ。呑気に砂の城を作ろうとしている。

 

(いいのかこれ……?)

 

 困惑したままディルはずるずると爽帆に連行されていった。

 

 

 


 

 

 

 海の家の屋台列、それに並びながら爽帆はディルに事情聴取を開始した。

 

「で、えなたんとはどこまで進んでんの?」

「は? 進んで……ってそもそもまだ付き合ってねーよ」

「下の名前で呼び合ってるほどなのに()()とな?」

「えぇい宗也も泰輝もお前まで同じこと聞きやがって! だいたいオレの育った孤児院だと下の名前で呼ぶのが普通だったし!」

「それなんやけどさ、ウチとかアユミ(パッチー)を苗字でしか呼んどらへんやん」

え? あー……」

 

 指摘されてディルの口が開いたままになる。記憶を思い返すときの仕草だ。

 

 ディルにとって爽帆やアユミはクラスメイトであれど、宗也と泰輝のようにいつも(つる)む間柄ではない。今回みたいに遊ぶのもあくまで恵那経由でだ。

 

「呼び方変えた方がいいか?」

「アホぬかし。変に気遣わんでええわ。それに、そんなんしたらえなたんが黙っとらんやろ」

 

 爽帆の言葉を聞き、ディルは状況を頭の中で想像した。

 

「ははっ、笑ってない笑顔してそーだ」

「それキレてるやつやん。……にしても、えなたんに下の名前で呼ばせるなんてどんなマジック使ったん。あの子がそうするなんてよっぽどなんやから」

「宗也も言ってたけどそんなにか?」

「そんなにやで! あんた知らへんかもやけど、編入直後とか廊下で他クラスのチャラ男が声かけてくるとかザラやったもん」

 

 お邪魔虫の話が上がりディルの目と耳がピクついた。爽帆は続ける。

 

「でもな、『え〜なちゃ〜ん』って馴れ馴れしく呼ばれたりしたらあの子の顔、魔王かってぐらいめっちゃ怖なるんやで。んでそいつビビってすぐ撤退してな」

 

(ほっ)

 

 恵那が自力でナンパを払いのけていることに安堵の息が漏れるディル。怖い顔をすること自体は全く気にも留めてないようだ。

 しかしその様子に気づいた爽帆は目を細めながら追及する。

 

「せやから、六月くらいにあんたがさらっと下の名前で呼んでたとき、ぎょっとしたんやで。でもえなたん何も言わへんどころか嬉しそうやったし。そんなん完全に脈アリやんか!」

「ま、待てよみゃ、脈アリって何言ってんだよ!」

 

 他の人間に好意を見透かされてることを恥ずかしがったか、取り繕うようにディルの手がわたわたする。

 

「いや、あんたらあんだけ教室内でイチャコラしてて何を恥ずかしがっとんねん。はよ告りーや」

「だーっ! こっちにも済ませることあるんだよ!!」

「えっ、何? 留年回避?」

それもあるけどさぁ……

 

 ディルにとって、爽帆はただのクラスメイト。彼が済ませようと思っていること……「孤児院の皆の敵討」は完全に『夜の側』の事情だ。さすがに言えない。

 

 

 そんな話をしている間にも列は進む。

 

「あ。前進んどんで。ここ焼きそば美味しいらしいねん。代金あとで割り勘な」

「わーった、わーった。焼きそば六つな」

 

 購買依頼を受けたディルは店員に注文しようとクルリと顔を向ける……が。

 

「アヒャヒャヒャ!! らっしゃーせー!!」

 

 

 見覚えのある()()がいた。

 

 エルフ耳、灰白色の髪、バカのようにずっと笑い上がっている口角。

 

 直面したディルは一瞬固まる。

 

 そしてその視線に()()()()も気づく。

 

「んあ? お前はコーコーでの……」

「お、お前生きてやがったのかぁぁぁぁ?!」

 

 数週間前、『ヴェルケナ』と共にディルを襲撃した魔物……ファルディアがいた。

 

 




まぁ、ディルが勝手に死んだと思い込んでただけだし……
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