Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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52話「幻魔の孤城(3)」

 

 

 夏の海辺には変なやつが出没しやすいと聞く。

 

 しかし、それは「性格が変である」意味を指すだけでなく、「人ではない」意味の変を指すかもしれない。

 (エンドリッチ・ヴィゼンワーク『妖精界探訪記』より)

 

 

 

 屋台で焼きそばを焼く店員……もとい人型の魔物、ファルディア。

 

 かつてディルと互角の勝負を繰り広げた彼はディルを見るなり、やかましい笑い方で喋りかけてきた。

 

「アヒャヒャヒャ!! お前も海に来てるとはなあ!! 勝負かあ?!」

「んなわけねーだろ」

 

 条件反射的に答える。しかしディルの頭の中は混乱していた。

 月影高校で見た時の最後の記憶は、血だらけとなって床に倒れていた姿だ。それが微動だにしなかったものであれば死んだと捉えるのが普通だろう。

 

 なのに何ともないように生きていたとなれば、状況整理に頭を使いたくなる。

 しかし封印兵器はそんな余裕を与えてくれない。

 

「なんだあ? だったら魚釣りかあ? それとも事件調査かあ? サメ退治かあ?」

(う、うるせええええええ)

 

 一言返しただけでこの連答。さらに至近距離でも知らんとばかりに大きい声だ。

 しかし降って湧いた疑問はとりあえず解消しておきたい。耳に手を当てながらディルは捻り出すように質問した。

 

「な、なんで生きてんだ……?」

 

 だが返ってきた返答は彼らしく抽象的としか言い様が無いものだった。

 

「んあ? ……ああ! コーコーでのことかあ! あの時はボコボコ殴られて気絶してたが、心臓をぶち抜かれてねえからこの通りだぜ!!」

 

 「とにかく丈夫である」という情報しか分からない発言。

 キラーアンデット製造所所長によって製造されたがために、人智を超えた生命力であっても何らおかしくはない。しかし当の本人が何も理解していない以上、これ以上聞いても理屈っぽい理屈は帰ってこないだろう。そう、ディルは悟った。

 

 

 そして否が応でも聞こえてくるファルディアの大音量ボイスに、後ろにいた爽帆もひょいと首を突っ込んでくる。

 

「なんやなんや。黒装の知り合いかいな?」

(あっ、やべ……今は太田もいるってのに……てかコイツ……)

 

 初邂逅が『夜の側』の魔物、それも戦闘狂としての印象が強かったためディルは忘れていたが、今のファルディアの雰囲気は違っていた。

 

 まず服装。以前の有機繊維で形成されていた法被は無い。これだけでもだいぶ違うが、ランニングシャツと頭に巻いたタオルのおかげで完全に海の家仕様となっている。タオルで飛んでいる髪が抑えられ、特徴的だった横に長く尖った耳も鳴りを潜めている。

 

 早いが話、()()として溶け込んでいた。

 

 

 そして、ディルがそんなことに意識を向けた刹那、ファルディアの会話意識は後ろへ向かう。

 

「なんだお前、黒装ディルの仲間かあ?」

「せやで。ウチ、高校のクラスメイト」

「アヒャヒャヒャ! てことはお前も強いやつか! 細くねえしなあ!」

「……なぁ黒装。こいつとは初対面なんやけど、もしかしてデリカシー無いやつ?」

「おっしゃる通りで……」

 

 ディルは事実を述べるしかなかった。

 

 

「おいバイトォ!! 後ろつかえるから早く回せぇ!!」

「ラジャあ!! ほいよ焼きそば六つ!」

「お、おう……」

 

 先輩店員と思わしき人間に怒鳴られ、ファルディアは手早く焼きそばを提供。そのまま仕事に戻っていった。何かしら言葉を返せばずっと五月蝿く笑っている男とは思えないリターンぶりである。

 

 少し呆気に取られながらも、ディルたちは品を手に持ち戻る。

 

 

「なんつーか……あんなやつでも意外な面があるもんだなぁ……」

「え? あんたがそれ言うん?」

「どーいう意味だよ」

「だってあんたも五月ぐらいまでヤバいやつで通ってたんやで」

「あー、そういえばそんなときもあったな……」

「えー……忘れてたんかいな」

 

 意識というものは不思議で、今の状況に慣れてしまえば、それがずっと前から続いていたかのように錯覚してしまう。

 ディルが友人たちと過ごし始めた三ヶ月は、間違いなく彼の日常として定着しきっていた。

 

 もちろん、そのきっかけは……

 

 

「えなたん来てからあんた変わったで。前までは人と関わる気無い雰囲気ビンビンやったからな」

「そこまで言われるほどか」

「そりゃクラスのムードメーカー爽帆ちゃんが『近寄らん方がええか……?』って思うほどやもん」

「自分でムードメーカーいうか」

 

 

 しかし、ツッコミながらディルは自身の態度をぼんやり振り返ってみる。

 

 教室の端、机で突っ伏して寝る、放課後になればバイトへ、この間話す人間ゼロ、むしろ話す気も無い。

 

 なるほど、確かに。とディルは我ながら納得した。

 

 爽帆が言うように、東京に来た頃の彼は他人と関わる気が無かった。

 それもそのはず、学生という身分はあくまで東京という人間社会に溶け込むのに都合がいい。だから使っていたというだけ。

 

 そしてそれが軟化したのは、言うまでもなく恵那が転入してからだ。

 

 

「……で、どーなん? いつ告るん?」

「まーたそこに戻んのか。……別にいつだっていーだろ」

「よくないんやなーこれが。だって卒業後の進路別やろ?」

 

 言われてディルはハッとする。

 

 

 六月ごろに渡された進路希望調査。そのときは何も考えてなかったからか、「就職」しか書いてなかった。実際、バイト先に拾ってもらえるという打算も後押ししていた。

 

 しかし恵那の進路は……ぼんやりと当時の記憶を思い返してみる。

 

(あの頃『くろがね』のことを調べるのに精一杯でほとんど覚えてなかったけど、確か大学がどうとか言ってたような……)

 

 浮かんできた「進学」の二文字。

 

 それは間違いなく恵那と一緒にいられないことを示していた。

 

 魔物に狙われているだとか、そういった力技で解決することはディルでもどうにかできる。

 しかし、進路は彼にはどうしようもない。彼女のことだ、きっと学力の高い大学だろう。同じ場所を目指すには今からではさすがに学力が足りなさすぎる。

 

 

 どうにもならない現実に、ディルの顔は自然と下向きになっていた。

 

 見かねた爽帆は励ますように声をかける。

 

「せやから、卒業までにケリつけときや。まっ、卒業できるか怪しいけどなー!」

「うっせーよ」

 

 冗談めかして言ってくれたからか、ディルの気分は少しマシになった。

 

 

 しかし、そのマシな気分をひっくり返すように別の声。

 

「やぁ少年! 今日は別の女の子とビーチ遊びかい?」

 

 一瞬で、ディルの顔は面倒な輩に絡まれた際のそれになった。

 声の方向、後ろへとすぐさま振り返る。

 

 そして視界に入った人物に、ディルが返事するより速く爽帆が反応した。

 

「あっ! この前の! 確か……アオイさん!」

「覚えてくれて光栄さ!」

 

 黒倉アオイ。六月ぐらいに一行が出会ったメイクアーティスト。

 

 

 ……というのが表の顔。

 裏の顔は半魔であり、黒装孤児院の先輩であり、今はその経歴がどこにも残っていないのを知っているのはディルだけだ。

 

 そんな人物も、今日はいつものクールビューティーな服装から、ビキニにパレオを付けた華やかな海辺の装いに変わっていた。

 

「なーんでいるんすか」

「おや、つれないじゃないか。もしかして同級生の子と一緒の時間を邪魔されたくないのかな?」

「いや、コイツただのクラスメイト」

「ちょっと! 『ただの』ってなんやねん! 『ただの美少女』ぐらい言わんかい!」

「まーた自分で言うか」

 

 ため息をつきそうなリアクションをするディル。そのままアオイへ行った最初の質問へと帰ってくる。

 

「で、なんであんたはここいるんすか」

「見ての通りさ!」

 

 「何が?」と直球に返しそうになる。だがそれをなんとか抑え、ディルは少しの思考を巡らせる。彼女の普段の振舞い、言動から何を言いたいのかを。

 

 

「……」

 

 解答:分からん。

 

 とりあえず無言はよくないと思ったのか、苦し紛れの返事をする。

 

「……ナンパ?」

「そんな感じさ!」

(えっ、マジで正解なのか?!)

「夏は営業どきでね」

 

 ディルの意に反しナンパ師がスッと取り出したのはリップにブラシと化粧道具。五本の指で器用に挟む様はまるで大道芸人だ。

 

 そして、どうでもよさげな顔のディルと目を輝かせる爽帆に得意げな顔で解説をしようとするアオイだったが、何かに気づいたのかそれらをパタンとケースに閉じる。

 

「おっと。そろそろおいとましようかな。君の()()がこちらを睨んでいる」

「え?」

 

 名残惜しそうな爽帆をよそに、アオイはひらひらと手を振り人混みの中へ消えていった。

 

(……もしや)

 

 彼女が誰のことを言っているか、うっすら察したディルは後方へ振り返る。

 とはいってもすぐ近くに(通行人こそいれど)知り合いはいない。狙撃手(バルバトス)を名乗るアオイのことだ、視力はいい。そして同じく改造人間であり視力もいいディルがその視線に気づくのに時間はかからなかった。

 

 自分たちが立てたパラソルからの強い視線。紅髪の少女がこちらを凝視している。

 

「なーにを見てんだあいつは……」

「そりゃ焼きそば買いに行くだけなのにちんたら他の女と話してたら見るやろ。まぁ、あの距離から凝視してんのは変な子間違いナシやけど」

「……さっさと帰ってやるか」

 

 焼きそばのトレーを抱えたまま二人は自陣へと戻っていった。

 

 

 


 

 

 

「少し曇ってきましたね」

 

 焼きそばを啜り終えたアユミが呟く。

 その視線の先には江ノ島側にうっすらと見える灰色の雲。それは黙々と拡がりを見せていた。

 時間は昼過ぎ。真夏の季節なら天気はもっと夕方ぐらいに崩れるものだ。

 

「あら。予報だと晴天だったはずだけれど?」

「ゲリラ豪雨やな」

「ゴリラ?」

「はいしばくー。黒装、アンタ砂埋めの刑な」

「なんで?!?!」

 

 突然の殺意を受けたディルに恵那がフォローを補足を入れる。

 

「ディル、爽帆の前でゴリラはNGワードなの」

「知らねーよ!!」

 

 片腕をぐるぐる回す爽帆をなんとか落ち着かせようと、しかしただわたわたするだけになっているディル。

 

 とはいえ彼女も本気ではなく冗談の範疇としてきゃっきゃしている中、アユミは普段のツッコミ役がガヤに入ってこないことに気づく。

 

「あれ、美崎さん?」

 

 声をかけられた宗也は半目気味でうつらうつらしている。

 

「昼飯……食った後だ……から眠……」

 

 言い終わらないうちに宗也がコトリと落ちた。

 

「あっ、オイ宗也! お前が寝落ちたらオレと泰輝のバカツートップに……」

 

 友人の突然のリタイアに、冗談めかして泰輝も巻き込もうと振り返ろうとする……が。

 

 

 

 わ っ

 

 

「!!」

 

 安らぎにも似た、撫でるような空気。それが一帯に吹きつけられた、そんな感覚をディルは覚えた。

 

 

 改めてもう一人の友人に目を移すが、時すでに遅し。

 

「Zzz……」

 

 口をぽかりと開け、なんとも情けなく眠ってしまっていた。

 

 

 この空気の変わり様と友人二人の突然の寝落ち。ディルの危機管理センサーは周囲の様子を確認せよと告げてきた。辺りを見回す。

 

 なんと友人二人のみならず、浜辺にいる人間が次々と眠りこけていくではないか。ある者はあくびをして座り込むように、またある者はぱたりとその場に倒れて。

 そして、その勢いは波のようにどんどん広がっていく。

 

(人間が寝落ちていってる……?!)

 

 アンノウンマンである泰輝はともかく、ノウンマンである宗也にすら影響を受けている不可思議現象の中、()()()()()ディルは眠りこけるほどの眠気など感じていない。精々昼飯後のゆるやかな眠気程度だ。

 

 人間に異常が起き、半魔である自分に何も起こっていない。このことからディルは先ほど感じた空気の変貌が何なのか確信に至った。

 思わず言葉が漏れ出る。

 

「またこのパターンか……!」

 

 

 ドミネーターによるオーバーライドだ。

 

 

 そして()()()()()()()()眠りこける事態と理解した瞬間、いの一番に守るべき存在のことを思い出す。

 

(恵那は?!)

 

 すぐさま同じパラソル内の少女へと顔を向ける。

 

 目線の先、そこには荷物にもたれるように恵那が目を閉じていた。特に苦しんでいる様子はなく、穏やかな呼吸音を立てすやすやと眠っている。

 

 しかし、その状態そのものが「彼女もオーバーライドに巻き込まれその影響を受けてしまった」ことを示していた。

 

(クソッ! 油断していた! こんなだだっ広い砂浜でドミネーターがいるなんて!)

 

 予測などほぼできない事態のため仕方ないとはいえ、違和感を感じた瞬間に彼女の様子を第一に確認できたはず。いや、しなければならなかった。

 いつもだったらできているはずなのにそれができていなかったことにディルは心底不甲斐なさを感じていた。

 

(とにかくドミネーターを探さねーと……!)

 

 

 再び周囲の様子を確認しようとしたときだった。

 

 

「なぁ、えなたん起きへんねんけど」

「たぶん他の魔物の仕業ですよ。アタイも変な寒気感じましたし……てか」

 

 

(………………オイイィ!?)

 

 ごく普通に起きているクラスメイトがいた。

 

 




ギヴィング・デス(えな)さん、異変を察知したや否や即座に狸寝入りした模様。
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