Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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53話「幻魔の孤城(5)」

 

 

 爽帆とアユミの半魔事情(?)を聞いたディル。今度は二人に質問される。

 

「で、あんたのその姿って何? ニチアサのヒーローっぽくもないし」

「あ、あまり言いたくない話でしたら無理に言わなくても……」

 

 少し気遣いされる。とはいえ、ディルにとって過去の話をすることそのものは大した苦痛ではない。変に気遣いされるより言い切ってしまった方が気は楽なのだ。

 

 問題となるのは、それに付随して上がってくる組織……メルキセデク絡みの話だ。

 『黒き装甲の子供たち(アルミュレ・ノイア・ディハーブ)』のことを知ってしまえばそれだけで狙われる可能性が出てくる。もっとも、メルキセデクもとい執行部隊のMMMは、何も知らなくても対象と知り合いというだけで狙ってくる、そういう組織なのだが。

 

 悩んだ末にディルは決断した。

 

「あー……ぼやかして話すけどいいか?」

 

 

 


 

 

 

「はーん、えなたんが転入初日にあんたに助けてもらったってのはそういうことやったんね」

「ということは六月の池袋での事件もですか?」

「まぁ……そーだな」

 

 ディルが話したのは、自身が孤児院で育ったこと、そこで魔物の力に目覚めたこと、訳あって東京にきたこと、恵那が転入した初日に正体を知られたこと。

 『黒き装甲の子供たち(アルミュレ・ノイア・ディハーブ)』の実験体であることと孤児院が『くろがね』によって壊滅させられたことは伏せた。当然、ギヴィング・デスのことも。

 

 とはいえ、二人はディルがとても物騒な綱渡りをしてきた……そして今もしているのだろうとなんとなく分かっていた。

 だから敢えて深くは追及しない。そこには「解決したら話してくれるだろう」という信頼があった。

 

 

 

 ……して、話題去ること二つ三つ。

 周囲の様子は未だ何の変化も見られない。

 

「でもこれだけ話してるのに誰も起きる気配がありませんね……」

 

 アユミがスマホをタッチし画面を点ける。時刻にして十分ぐらいの経過。

 

「大丈夫かなあの人ら……」

 

 鬼半魔……剛三郎たちは自信満々にドミネーターを倒すと言い切っていた。

 しかしドミネーターという絶大な力を持つ存在を倒すことは至難の業だ。それをたった数十分でなどとは普通に考えてできない。難航していると考えるのが妥当だ。

 

 

 乗り込むべきか。待つべきか。

 

 そもそもドミネーターが何者なのか。仮にドミニオンと思わしき江ノ島へ乗り込んだとしてオレは勝てるのか。太田と八宮(ふたり)を連れていけば確実なのか。それでも足りないのか。

 

 

 ディルは得意というわけではない思考をぐるぐる回す。

 一つ理解したのは、なんとなくあの江ノ島(ドミニオン)に行きたい。そんな強い欲求が囁いているということ。

 

 

(あークソ。あのときオレもついていくべきだったか? いうて他の半魔といきなり協力するのって難しそうだし……ん?)

 

 自分で思ったことに、ふと何かが引っかかる。

 

(他の半魔?)

 

 その瞬間、ディルの頭に浮かんでくる忘れていた存在。

 

 

 そして、まるでタイミングを狙っていたかのようにそいつは来た。

 

「アヒャヒャヒャ!! お前らも起きてんだなああああ!!」

 

 ディルたちの後ろから響く声。

 

「こーのうっせぇ声は……」

 

 聞き覚えのあるそれにディルはげんなりした顔で振り返る。

 

 

 相変わらずの海の家スタイル、タオルで巻かれた灰白髪、やかましい高笑い。

 

 生体封印兵器・ファルディアがそこにいた。

 

 

「うわでた……」

 

 ディルから引き気味なうんざり声が漏れる。

 

 ファルディアもまた半魔である。だからこの状況下で起きているのも当然といえば当然なのだが、戦闘狂であろう彼と遭遇することは戦闘を吹っかけられると同義だ。

 ディルにとって今それは只々タルい。月影高校での遭遇時と同じく、今はそんなことに構っていられる状況でないから。

 

 そして、爽帆・アユミも目が細まり表情筋が後ろへ逃げようとしている。一目でファルディアが面倒な奴だと理解したサインだ。

 

「こいつも半魔かー……」

 

 爽帆がぼやく。彼女にいたっては先程彼と出会い、デリカシーの無さを痛感している。諦観に至るのも仕方なかった。

 

 そして今彼を見たばかりのアユミも、

 

「なんですかこの人……」

 

 やかましい声と態度が、一瞬にして彼女の心にファルディアという人物を浸透させた。気がつけば爽帆の後ろに隠れている。

 

 

 しかしこんな半魔でも貴重な起きている人材だ。ディルは仕方なくヒアリングを試みる。

 

「つーかお前は何してたんだよ。いの一番にドミネーター殴りに行きそうなのに」

「アヒャヒャヒャ! ドミネーターの気配は感じたがそれより焼きそば焼いてたぜえ! 昼は混雑するからなあ!」

「真面目に仕事してる……」

「当然だぜえ! ここの店長は賄いをつけてくれるからなあ!」

 

 さすがのファルディアも食の確保の方が大事だということだろうか。ディルが物珍しく思っていたとき。

 

「それよりも!」

(きた……)

 

 やはり言ってくるか。戦闘を申し込まれると踏んで身構える。

 

「お前らはドミネーターのところへ行かねえのかあ?」

 

(おっと?)

 

 少し調子を狂わされる。ディルはてっきり、前回の戦いの続きを始めるのではと勝手にヒヤヒヤしていた。

 しかし今のファルディアは、特段ディルとの再戦を求めているわけではないように見える。

 

「この半魔(ひと)信用できるんですか……?」

「黒装が会話できとるんやし悪いやつやないんやろ」

 

 後ろの二人も警戒しているほどではない。

 そうと分かれば普通に解答する。

 

「他の強そーな半魔が行ったからここで待ってんだ。ここで眠ってる人らになんかあったらオレらがどうにかしねーとだし」

 

 そう説明したディルの言葉を、ファルディアは顔を前に、後ろに、左に右に傾けながら咀嚼する。今は人の姿であるため控えめの長さの耳がゆらりゆらりと揺れる。長くなっているのだ。

 

 そして二、三秒考え込んだ彼は江ノ島を見ながら答える。

 

「たぶんそいつら帰ってこねえぞ。さっきドミニオンが拡がるのを感じた。ドミネーターの方が元気になったってショーコだ」

「……!?」

 

 急に落ち着いた口調となった封印兵器に、ディルは瞬きをしばし忘れる。

 

「あのドミニオンはもっと拡がる。なにせオレ様は一週間ぐらい前からここで働いてんだ。気配が小さかった時も知ってる」

「そこまで知ってて戦いに行かなかったのか。お前なら行きそうなのに」

「ドミネーターなら何でもいいってわけじゃねえ。それだったら大天使とか魔王の場所にでも行きゃあいい。オレ様は殴り合える奴と唸るような闘いがしてえんだ。それこそお前のような奴だな」

 

 持論を述べるファルディア。

 彼は自分と対等な実力の相手と闘いたいのであって、戦えれば何でもいいわけではないのだ。そして、分不相応の相手に挑まないということは、自分の実力を客観視できているということでもある。

 

 しかしここでディルの頭に疑問が浮かぶ。

 弱いからと放っていた魔物が強くなったのなら、戦いに行けばいい。なのに今わざわざこちらに絡みに来るのか?

 

 雰囲気を見るに、自分に挑みに来たわけでもない。そして自分より強いだろう相手に、無謀な戦いは仕掛けないという持論。

 

(もしかしてこいつ……)

 

 うっすらと形になるファルディアの思惑。確かめるためにもディルは聞く。

 

「お前、一人じゃ勝てなくなったからオレらについて来いって言ってんのか?」

 

 ニタリ。封印兵器が笑う。

 

「その通りだあ! タイマン勝負も楽しいが乱戦も面白えからなあ!」

「人を便利な遊び相手みたいに言いやがって……。てかお前、さっきから気配とかドミニオンの広さ? とか言ってるがそーいうのが分かるのか?」

「ああ? お前らは分からねえのか?」

 

 ファルディアはディルを指さし、続いて後ろの女子二人にも指を向けた。

 向けられた二人は二人で、爽帆は何のことやと眉間にシワを寄せ、アユミは指されてびくつきながらも小さくディルに解説する。

 

「た、たぶんあの人もさっきの鬼の人みたいな力あるんじゃないでしょうか……」

「こいつが?」

 

 

 確かにこれまでの(とはいえ一回だけではある)戦闘でも、最初に奇襲を仕掛けたのはこいつの方だった。あの広い校内の中、真っ先に目掛けてきた理由がそういった感知能力なら納得だ。

 

 

 ディルはそんなことを考えつつ、一方で同等だと思っていた存在が自分より一歩抜きん出た能力を持っている、そのことに少し妬ましさも感じていた。

 その力が自分にあれば先んじて恵那に降りかかりうる災厄を振り払えたのに。

 そんな気持ちが彼の頭を埋め尽くしてくく。

 

 しかし今はそんなネガティブ感情に支配されるわけにいかない。

 無理矢理に言語理性を働かせ、ファルディアと要件を打ち合わせる。

 

今の元凶(ドミネーター)を倒すために協力しろってんなら賛成だ。でもオレだけで足りるのか?」

「ドミネーターをナメてるわけじゃねえが、オレ様の見立てだったら……黒装ディル。お前がいたら勝てる気がするぜ。何せオレ様を打ち負かしたやつだからなあ!」

「主観すぎる……」

 

 ファルディアの言動はあまりにも主観的。しかし、メルキセデクの秘蔵兵器と原初宇宙知性体の封印兵器という二人のカタログスペックだけならば、小規模対魔組織を壊滅させることなど容易い。

 

 だがそこへ蚊帳の外だった爽帆が割って入ってくる。

 

「ちょい待ち。さっきからあんたら二人で話進めとるけどウチらはスルーかいな」

「いや、お前らは待っとけよ。何があるか分かんねーんだし」

 

 クラスメイトに戦わせるわけにはいかないと静止の声をかけたディル。しかしそれは血気盛んなストレンジャーには無意味だった。

 

「はぁ? ウチらお荷物やって言いたいん? 言っとくけどビーチバレーあんたより強いんやで」

「おお? 黒装ディルより強いのかお前?」

「いやスポーツの話だからな?!」

 

 今度は目を輝せるファルディアを落ち着かせようとする。

 その隙に爽帆が参戦のための自己アピール。

 

「言っとくけどあんたより東京歴は長いんやで。こーいうのは慣れっ子や!」

「けどさぁ……」

 

 あくまで巻き込みたくない姿勢のディル。

 そこへアユミが小さく挙手のサインをする。

 

「あ、あの……こういうときは多人数で一気に解決しちゃった方がいいと思うのですが、ど、どうでしょうか……」

 

 声が大きい三人が一斉に注目する。視線に背筋が一瞬縮こまるも、目を逸らさず彼女は発言を続ける。

 

「な、なんだかあの島に()()()()ってような、なんというか……」

「お、パッチーもなん? ウチも呼ばれてるような気がしてな〜」

 

  普段からグイグイいく爽帆が意思表明するのはまだしも、流されがちなアユミが自分から主張するのは珍しかった。

 そうなるとディルも止める気が引けてしまう。諦めが肝心だ。

 

「はぁ……わーったよ」

「アッヒャヒャヒャ!! そうこなくっちゃなあ!!」

 

 

 


 

 

 

 江ノ島への道は陸繋(りくけい)砂州(さす)が有名だが、車が通れるようなコンクリートの橋もある。

 

 

 しかし今、ディルたちはそこを通らず、砂浜から海上を飛翔し一直線に島へと向かっていた。

 

「なーんでわざわざ飛ばなきゃなんねーんだよ」

 

 文句を垂れるディルに、背中におぶさっている爽帆が口を開く。

 

「だって橋まで歩いてたら時間かかるやん。それやったら飛んだ方が速いし」

 

 湘南海岸は広い。パラソルを置いた地点から江ノ島まで軽く一キロ以上はある。わざわざ歩いていくよりも、海を突っ切り時短した方がいいと爽帆は判断したのだ。

 

 なお、それにあたって飛べない爽帆は上述の通りディルにおぶさり、アユミは浮遊飛行できるファルディアに掴まっている。

 彼の飛行能力は宇宙の戦闘民族・クライシス星人の要素からだ。その力は魔の姿とならなければ発揮できないため、海の家スタイルはかつてディルが見た有機繊維の法被スタイルとなっていた。とはいえディルのようにシルエットが大きく変わることはないのだが。

 

 爽帆が話を続ける。

 

「それにやで、可愛い女子が自然に密着してくれるんやから感謝しーや!」

「なんで感謝すんだよ」

「えー? でもこれが、えなたんだったらー?」

 

 全く動じていないディルだったが、その言葉を聞いて脳の思考リソースが妄想に当てられる。

 

 

 好きな子が水着で背中に密着し、柔らかさが感じられ……

 

 

「おわっ!? ちょっ落ちかけてる落ちかけてる!」

「はっ?」

 

 妄想トリップで高度が下がり海面スレスレを飛ぶ羽目になっていた。慌てて高度を上げる。

 

「むぅ……むしろその一途さはえなたんの恋人候補として合格やけどさぁ」

「お前が想像させたんだろーが!」

 

 ツッコミを入れるディル。そこにファルディアが茶々を入れる。

 

「アヒャヒャヒャ! その程度でバランス崩すとはなあ! 気が抜けてんじゃねえかあ! あれ? でもその女が重いだけか?」

「パッチー、そいつ沈めてええで」

「うえぇ?! いや、無理ですよ。そもそもアタイも沈みますし!」

 

 

 そんなワイワイとしたやり取りをしている間に見える江ノ島まで百メートルほどに近づいていた。

 

 

 しかしその瞬間、四人の肌身に空気の変容が刺さる。意識が『落ちそうになる』強烈な感覚。

 だがそれよりも、視界に映る変化が彼らを起こし続けた。

 

「景色が……?!」

 

 それまで見えていた島の広葉樹林が一変。

 霧を晴らすように、別の景色が滲み出てくる。まず見えてくるのは、日常じゃ考えられない巨大な樹根。それらの根本に繁茂するのは多彩な花々とキノコ。その周りを揺らめく白、黄、赤の様々な光。

 

「海が消えたで?!」

 

 ディルたち四人は江ノ島の岸へ近づいていたはずだ。それが、面影の残らない幻想の森の中へと変わり果てていた。

 空を覆い隠すほどの巨大な樹木と花に見下ろされる空間。まるで森に迷い込んだ虫だ。

 

 飛行していた二人は下の地面を見る。安全そうだと確認した後、着地。重力の感覚は変わらない。

 

「ここが……」

 

 降り立った地面の踏み心地を改めて確かめる。普通の森と変わらない土の感触。しかし、陽の光すら届かない中で漂う──おそらく光虫の類だろう──光は清浄感の中にどことない退廃的な雰囲気を印象づけてくる。

 

「なんやのこのメルヘンな場所……」

「メルヘンってか蠱惑的というか……」

「こわく?」

 

 賢くないディルは知らない単語につい疑問符をかける。

 

「『エッチな』ってことやろ。パッチーやらしい❤︎」

「ちっっっがいます!!」

「あべしっ」

 

 半ギレのネコパンチならぬアユミパンチが爽帆にヒットしたところで、一行は状況を再確認する。

 

 

「つか外はまだドミニオンの中ってわけじゃなかったんだな」

「アヒャヒャヒャ! ありゃあ溢れてるドミニオンのオーラに触れた人間が寝ちまっただけだな。ここが拡がったら飲み込まれるが」

「てーか、ここ森になったからどっちがどっちか分からんよーになったやん。パッチーどっかから人の声聞こえる?」

「えぇぇ、アタイの耳でもさすがに……向こうの方角に物音は聞こえるんですが……」

 

 猫人としての聴覚が遠方の振動をキャッチしていた。

 何も手がかりが無い状況での情報。とにかく動きたい気持ちが先行する他三人の意見は……

 

「「「そっち行こう!」」」

「えぇぇ……いいんですか……」

 

 慎重派なアユミにとって見知らぬ世界(ドミニオン)で「とりあえず動く」ことは死亡フラグそのものなのだが、強硬突破派三人の勢いには勝てない。仕方なくその行動指針で舵を取ることにした。

 

 

「にしても……ふぁぁ。なんか景色変わってから一気に昼休みの眠気きたわ……」

 

 歩き始めて十数秒、さっそく爽帆が大きな欠伸をする。未知の場所だというのに呑気なものだが、何も彼女に限ったことではない。

 

「ドミニオンの影響だろーな。オレもなんか寝たい感じあるし。外で人が寝るんだ、半魔(オレら)だって何も無いわけねーわな」

「アヒャヒャヒャ! だったら早いとこドミネーターぶっ倒して寝ないとなあ!」

 

 早く終わらせて寝たい、少なくともその意思に限って四人は一致団結していた。

 

 足を動かし、淡い光が揺らめく森の中を進んでいく。だが反するように森全体の暗さは増していき……

 

 

 


 

 

 

 ドミニオンの最奥、幾重に糸が張り巡らされたドームのような空間に光の粉が舞っていた。

 

 粉の出所たる羽の主は指を触角がごとく動かし、笑う。

 

「おいデ……私の夢へ……」

 

 どこへ向けているとも知れぬ声。

 巣に入り込んだ半魔たちはそれがどんな者か、まだ知る由もない。

 

 

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