Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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6話「ノウンマン」

 

 

 美崎(みさき)宗也(そうや)は月影高校の生徒である。特にこれといった能力をもたない人間だ。

 いつも通りにクラスメイトと喋り、いつも通りに授業を受け、いつも通りに家へと向かっていた。

 

 強いていつもと違う行動を挙げるとするなら、この日は馴染みの模型店で限定キット『(ツルギ)・ライトニングフォーム』を予約するために近道をしたことだった。

 

 しかし、それが思わぬ結果を呼んだ。

 路地で嫌な予感に襲われた宗也は、突然として足を止める。

 

 

 予感は当たっていた。

 

 目を凝らせば何とか見えるぐらいの細い網。粘着質のそれは路地裏いっぱいに張られていた。足を止めなければ網にかかり動けなくなっていただろう。

 

 こんなものを一体誰が?

 嫌な予感が続いた宗也は、身を翻し元来た方向へ走り出す。予感はさらに当たる。さきほど足を止めた場所から聞こえる着地音。地面を衝撃が伝う。

 

 振り返るか? いいや、今は少しでも距離を稼ぐのだ。

 

 迫る足音。

 近道をしたことへの後悔、限定キットの予約ができなかった場合の後悔、来週放送のアニメの最終回への期待……色々なやり残しが頭の中を駆け巡り、記憶の片隅へまた流れていく。

 

 

 息がもたない。大通りへの出口が近いのに。

 足音が近い。何メートル後ろだ? いやセンチ?

 

 振り返ってしまう。

 

 

 すぐ目の前だった。

 

 

 スローモーションになる視界がゆっくりと動く。

 

 死の直前は色々なことを考える時間があるとは聞くが、こんな蜘蛛と人を足したような頭の『異形』に──────

 

 

 

 

 突如()()拳が叩き込まれ、後方へ吹っ飛んだ。

 

「────え?!」

 

 呆気に取られた宗也。拳は自分の背後から飛び出てきた。つまり……

 

 拳の主が、尻もちをついた宗也の前に歩み出る。

 

 人間のシルエットに近いながら、所々が黒い鱗のような装甲に覆われた魔物。その背中から生えたコウモリのような翼も黒く染まっていた。

 黒の魔物は宗也の顔をチラリと見る。宗也もその顔を見逃さなかった。

 

 

 黒装ディル。

 

 

 クラス内では「やばいやつ」と噂される人物。

 教室内でこれといった動きをしないため、何がどうやばいのか全く分からなかったが、最近は転入生の流蘭院さんとよく話している……というよりもからかわれているようにしか見えない。

 ぶっちゃけ変な目立ち方の印象が強い。あと、一昨日は体育でスーパーダンクを決めていたか?

 

 

 それが宗也の抱くディルのイメージだった。しかし……

 

 

 ディルが異形に飛びかかる。

 

 速い。宗也が体育のときに見た動きは児戯だと言わんばかりだ。

 

「地獄で滅びろ!」

 

 その手に生えたブレードが斜めに大きく振りかざされる。

 蜘蛛型の異形、その胸部から腹部にかけてが斬られる。まごうことなき致命傷を与えたのだ。

 

 あっという間に異形は傷口から白い闇に喰われるように消滅していった。

 

 

 騒動を消し去るように、路地裏に風が吹く。

 

 

 今、目の前にいるクラスメイトはシルエットこそ人に近いものの、姿は人からかけ離れた、いわば魔物だ。

 

 しかし……異形を倒し、助けてくれた。

 

 

 


 

 

 

(あ〜〜〜〜、クソ! なんでまた正体晒しちまったんだよオレは!)

 

 朝、ディルは教室への階段を上りながら頭を抱えていた。

 昨日、とっさに魔獣……その中でも魔物以上に見境無く人を襲う『異形』から、一般人を守った。

 

 それはいいものの、「とっさに飛び出したためアレナを張り忘れ」しかも「その一般人がクラスメイト」で「顔まで見られる」という三重のミスを犯してしまった。

 先日、担任(ラン先生)に言葉を頂いたばかりなのにだ。

 

 その後、向こうは「しまった予約が!」と急いで去ってしまった。呆気に取られて見過ごしてしまったのは悪手だったのかもしれない、とディルは後悔していた。

 

(あぁクソ、恵那(あいつ)みたいに話しつけるとかもできなかったし、元々学校にいたやつだ。オレの悪評なんて知ってるだろうし下手すりゃ正体を言いふらされてるかもしれねー……。名前なんてやつだったっけな……)

 

 憂鬱気味になりながらも、ディルは教室のドアを開けた。

 

 

「あ、おっす」

 

 ドアのすぐ側に、昨日助けたクラスメイト……美崎宗也がいた。

 

「え、お、おっす」

 

 少しぎこちなくもその場の勢いで返事をするディル。

 そのまま足取りが進み窓際の自席に着き、鞄を置く。

 

 

(ん────? 普通! 普通に挨拶してんだけど?! 何だ? 何か裏でもあんの?!)

 

 急ぎ足で宗也の席に向かう。そのまま小声で話しかける。

 しかし、普段気怠げに動かない『不良』が動いたことで、多くの生徒の目も動く。

 

「なあ昨日の……」

「あぁ大丈夫。俺()()()()()だから」

「!? それってどういう……」

 

 ディルがつい声を大きくしたことでクラス中がどよめく。心配した女生徒の一人が声をかけてくる。

 

「美崎……あんたそいつに脅されてんの……?」

 

 事態が悪い方向に行きかねない予感がしたディル。とはいえ、何か取り繕うかと思っても、却って事態を悪化させる気がして何も行動できない。

 

 宗也がふぅーとため息をつく。

 

「どうやら隠しきれそうにないな。正直に言うぜ」

「ばっ!? お前バラしたら……」

 

 宗也の突然とした諦め。ディルにとってそれは「自分が魔物であることが晒される」以外の何物でもなかった。

 かといってここで彼の口を無理やり封じるなんてこともできない。年貢の納め時か──────

 

 ディルがそう思った矢先、宗也が一枚のチラシを取り出した。

 

「昨日()()の予約に行ったらこいつも店前で熱心に見ててさ。で、『言わないでください』って泣きつかれたわけ」

 

 そのチラシに描かれているのは『劔・ライトニングフォーム』の限定キット、そして予約受付中を宣伝する謳い文句。

 

 劔は数年前に放送されていた子供向け特撮番組。作中でも人気が高いライトニングフォームは番組後半に登場したこともあって、商品化には恵まれていなかった。

 

 

「へ……?」

 

 呆気に取られるクラスメイトたち。しかし一番気の抜けた声を出したのは当のディル本人であった。

 なにせ、宗谷の発言が『夜の側』に関係なく、それどころか全く知らないヒーロー番組を好きだという()()を付けられたのだから。

 

 ディルはこの展開に覚えがあった。恵那が自身との遭遇をクラスメイトに誤魔化したときのそれだ。

 

(あ、焦るな……。冷静に話を合わせるんだ……)

 

「はーん、黒装……あんた恵那(えなたん)にバレたなくて美崎に取り入ろうとしたんかー?」

「意外と姑息……」

「ヒーロー番組恥ずかしがるとか中学生かよ」

 

 至るところから(別の意味で)白い目で見られるのが分かったディル。恥が積み重なっていく感覚。しかし、

 

「これは嘘です! 本当はオレ魔物なんです!」

 

 と言えるわけもなく、

 

「ウス……」

 

 としか言えなかった。

 

 

 そんな話を廊下寄りの場所で話していたからか……

 

「あら、こんなところで何してるの黒装クン?」

「あばぁ────っ?!」

 

 登校してきた恵那(えな)が不意をつくようにディルに声をかけた。女生徒の一人がニヤリと笑って恵那に話しかける。

 

「えなたんおっはよー♪ さっき黒装(こいつ)の面白い話がー」

「や、やめろぉぉぉぉぉぉ」

 

 

 


 

 

 

「はぁ……。くそ、何が『可愛いわね♪』だ。知らないものに話を合わせるこっちの身にもなりやがれったく……」

「でも魔物だとバレるよりマシだったろ?」

「確かにそうだったけどさ……」

 

 次の休み時間、人のいない渡り廊下でディルと宗也は話していた。

 

 宗也のフォローによりディルは(風評被害を受けつつも)変な疑いをもたれることはなかった。彼が余裕のある態度をしていたことも、ディルの秘密が大したことではないと思わせるのに役立った。

 

「にしても『知ってる側』ってどういうことなんだ? まさかお前も半魔か?」

「いや。俺はただの人間だよ。『ノウンマン』ってやつさ」

「ノウンマン?」

「警察の魔物対策課がそう呼んでるらしい。俺みたいに『夜の側』を知ってしまった人間をな」

(そういやあの人たちそんなこと言ってたよーな……)

 

 ディルは以前、その魔物対策課・死霊課に世話になったことを思い出していた。その際、『夜の側』に関する大まかな話も聞いていたはずなのだ。

 もっとも、普段の授業さえ聞くのが苦手な彼は、死霊課刑事の話など頭に入りきるわけがなかったのだが。

 

 

 

「じゃ、今日放課後『劔鑑賞会』な」

「……え?」

「何言ってんだ、お前もうクラスでは『劔大好きマン』扱いなんだから。知らないじゃ済まされないだろ」

「いや、そうなんだけどなんでそこまでオレに……?」

 

 疑問を呈すディルに、宗也は答える。

 

「なんで、って……お前『助けてくれた』じゃん。それだけで充分だろ」

 

 とても単純な理由だった。それだけでも、ディルは胸の奥が込み上げてくるような感覚を覚えていた。

 

「それにさ、今しゃべってて思ったんだけどお前案外普通だしな」

「たりめーだろ。オレを何だと思ってたんだ」

「やべーやつ」

「……」

 

 フォローしてくれたクラスメイトからの直球な答え。事実でもあったため、ディルはさすがに言い返せなかった。

 

「アッハッハ! 気にすんなよ! とにかく、まず友人には俺の特撮番組(好きなもの)を教えておかねーとなって」

 

「…………え、今なんて」

 

 宗也の発言に聞き慣れない単語があったのをディルは逃さなかった。

 

「友人。もしかして友達って言った方がよかったか?」

「あ、いや……」

 

 かつてなく赤面するディル。慣れない感覚だった。幼少期から接したことのある人間がみんな年上か年下だったため、「同じクラスの友達」というものに憧れていたからというのもあるだろう。

 

「もしかして友達に慣れてなくて恥ずかしがってますー?」

「ん、んなわけねーだろ! と、とにかくだ」

 

 ニヤニヤ顔でおちょくる宗也に、いつもの素直になれない返事をするディル。

 自らを落ち着かせるために、コホンとお約束の動作をして、喋る。

 

「放課後よろしくな!」

 

 今まで出来なかった心の底からの笑顔。

 

 

 この日……ディルはかけがえのない友達を得たのだった。

 

 

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