Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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56話「追憶(2)

 

 

 窓から入る逆光。それが男の羽織る青いマントを鮮やかに照らしていた。シルエットからでも分かるスラリとした立ち振る舞い。手品師がつけている変な形の帽子をかぶって、顔はよく分からないお面で隠している。

 奇術師(マジシャン)? 道化師(ジェスター)? とりあえず思ったことは『不気味』。

 

 部屋の真ん中にいるその男……たぶん若そうだから青年だ。そいつは不気味ながら、さりとてしゃんとした姿勢で私に声をかけてきた。

 

 

 

「『誰?』と言いたげだね。……特別に出血サービスしよう。僕の名は流蘭院(りゅうらんいん)刹那(せつな)。数多の世界を渡る魔法使いさ」

 

 

 魔法使い。そんなものは御伽話の中にしかいないはずだ。刹那と名乗ったこの男は私を子供と思って揶揄っているのだろう。あんな姿だ、きっと詐欺師に違いない。

 

「怪しがるのも無理はないさ。なにせ僕は君の知るような()()ではないからね」

 

 そう言うと刹那はお面を外す。とても、とても端正な素顔が現れた。道行く人が思わず振り返るような、そんな顔立ち。

 でも、燃え落ちる夕陽のような紅い瞳がとても、とてもじゃないが同じ生命のそれではない。本で読んだことのある宇宙のように深く、さまざまな者が混ざった、まるで……

 

「そう、()()さ。しかしこの姿を見てもまだ立ち続けていられるなんてね」

 

 気がつけば刹那(まもの)の周りに幾つもの仮面が浮かび、マントが無重力下のようにたなびいていた。顔面は黒く塗りつぶされたようにシルエットだけとなり、高笑いした口の光だけが見える。人外の高嗤いだ。

 思わず目を背けそうになるも、前に見たあの白く輝く巨大な目より()()だという感覚が、視線を維持させた。

 

「……どうやら、君が見た邪神どもはよっぽどだったらしいね」

 

 そう言うと刹那は姿を人間のそれに戻す。

 

 あぁそうか。この男の実演(デモンストレーション)は私に『魔物』という存在をはっきりと理解(わか)らせた。同時に、私のいた世界が滅ぼされたこと……それが夢でないということも。

 

「そう。君が見た光景は現実だった。君の世界はもう存在しない。現に……」

 

 刹那はマントをひらり、体を横に動かす。逆光で何も見えなかった窓の景色が露わになった。

 

 虹色が渦を巻くように捩れ続ける異常な空。紫の瘴気が雲海として広がる中、ぽつりぽつりと浮かぶ群青の島。

 

「ここは全くの異世界。他に天界や妖精界とかもあるけど、あまねくそれら世界を僕らはこう呼んでいる。『ドミニオン』と。そしてここ魔界は僕が拠点の一つを置いている世界(ドミニオン)さ」

 

 魔界。悪そうなイメージしかないそれではあったが、不思議と拒絶感は無かった。もう帰る場所が無いから? それとも私が悪い人間だから? ふふ、おもちゃ箱で壁の落書きを隠した程度で『悪い人間』と?

 

「こんな状況で自分を嘲笑する余裕があるなんてね……やはり君は素質があるみたいだ」

 

 刹那のふくみ笑い。見透かしているような目が癪に障る。私に何の素質があるというの。

 

「あるさ。()()の素質がね」

 

 

 怪訝なままの私の目が明確に睨みつけたのを感じた。

 この男が慈善事業で私を拾うはずなど無いだろう。だとすれば何かしら利用するに違いない。

 

 そしてそれはきっと、私にとってうれしくないことだ。

 

「……君は年の割にずいぶん利口だ。だからこそ、『鍵』は君に託されたのかもしれない」

 

 

 『鍵』?

 

 

「そう。君の中に宿されたとてつもない力」

 

 奇術師が指を私に向けた。

 

 次の瞬間、心臓がドクンと疼く。

 張り裂けそう。息が苦しい。まぶたが重くなる。

 

 そして、そんな苦しさを表すように胸の内から光が湧き出てきた。

 

並行世界の鍵(ストレンジスタ・ヴィアビリティ)。それが名称さ。実在することを知られればあらゆる勢力が君を狙う」

 

 え?

 

「代わってあげたいけど、その『鍵』は君と密接に結びついている」

 

 まって

 

「だから()()()()()()()()()()()()

 

 いやだ

 

 

 

 受け入れる暇も無くつらつらと告げられた言葉。その言葉を聞き、ついに五歳児(じぶん)の膝が崩れる感覚がした。

 

 

 私、何かした?

 

 なんでこんな、次々嫌なことばかり。

 

 気づけば手で耳を塞ぎ泣き喚いていた。脚は床にぺたんとついたまま、義務教育を受けてもいない子供が罵詈雑言をがむしゃらに投げている。きっと滑稽だっただろう。

 

 そして、胸のとてつもない力を光らせながら、小一時間は泣き続けた。後のことを思えば、これが暴走していなかったのは奇跡だったかもしれない。

 たぶん一生分は泣いたとその時は思った。実際はコップ一杯にもならない程だと思うが。

 だからといって前にいる魔物は何もしてくれない。ただ立ち続け、私を見るだけだ。厳しく叱咤するわけでも、抱きしめ慰めることも。憐れむわけでも苛立つわけでもなく。

 

 

 

 喚き疲れた頃、私はようやく気持ちが落ち着いてきた。泣いたところでどうにもならない。そう、泣いてどうにかなるなら私の世界は滅ぼされなかった。

 

 だから動かないといけない。

 そのためにはこの刹那(まもの)に聞かなくてはいけない。

 

 こんな私に『魔物』となって何をさせたいのか。

 この胸にあるよくわからない力をどうしろというのだろう。

 

「僕が君に何をさせたいか、か……」

 

 刹那がようやく口を開く。待っていたのだ。こちらが対話の意思を見せるようになるまで。そして変わらず余裕綽々の顔を続ける。

 

「僕は守護者だとかそういう柄じゃないんだけどね。ただ闇雲に世界が滅びるのは嫌なのさ。世界の可能性というものが一切消えてしまうから」

 

 世界の可能性?

 

「あぁ。万物の生きようとする意志、虚無に対抗していくために必要な力。それが集まり世界(ドミニオン)は輝く。だから、その『鍵』のような無差別変異を引き起こしかねない危険物には、手綱をしっかり着けておきたい」

 

 その役目を私にしろと?

 

「むしろ君にしかできない。『鍵』は君と結びついてしまったのだから。そしてそうなってしまった以上、『鍵』との付き合い方を覚えてもらわないと」

 

 だから魔物に……

 

「そう、ただの人間では『鍵』を隠せない。だから()()としての力で隠せるようになればいい。そして、()()流蘭院の一族はその技術を君に教えることが可能だ」

 

 本当よね……?

 

「君はすでに滅神を見ている。そして鍵と結びつきもしている。もはやただの人間ではない。素質は充分。むしろ、ここまで僕とやり取りできる時点で相当なものさ」

 

 再び黒一面の顔となり、悪魔の口角を見せる刹那。

 

「只人ならここでリタイアさ」

 

 そしてすぐさま元の素顔に戻る。

 

 続いて指を上向きにくるりと回転。ポンと手品のように現れたのは青いシルクハットとマント、そして無地の仮面。

 

「これは僕ら一族のトレードマーク。そして新たな君……人間以上のエゴ(願う力)の持ち主としての、ね────」

 

 出された品を手に取る。否、取らなければ未来は無い気がした。

 

 

「歓迎しよう。新たな流蘭院の者。そして、名前(自ら)を定義づけるんだ」

 

 

 帽子(シルクハット)の青を深く被り込む。

 

 胸で輝く忌まわしさが沈むように浸透し、隠されていく。

 

 そして、無地の仮面が変形し模様が発露する。

 

 

 私は汝、汝は私。

 

 『鍵』を与えられし私よ。

 

 名を捨て、道化師となれ。

 

 汝が宿す力は御さねば死をもたらす。

 

 

 私はGiving(ギヴィング)Death(デス)……流蘭院(りゅうらんいん)恵那(えな)

 

 

 


 

 

 

 ────それからは『夜の側』の教育を受ける日々だった。

 

 

「君がまず知るべきは僕ら魔獣について。さて、どんな者がいると思う?」

 

 流蘭院の末席として迎えられた私はまず、刹那義兄(にい)さんから『夜の側(まもののせかい)』について教わることとなった。

 

「異能者、吸血鬼、宇宙人、妖精、天使、悪魔……まだまだいるさ。さて問題だ。君は何に当てはまるかな?」

 

 ……悪魔。

 

「おや。自らそう宣言するなんてね。確かに僕ら一族はそう呼ばれることもあるけど……それは全てを壊しかねない力を宿していることへの自虐かな?」

 

 兄さんの顔が悪魔たる黒面へと変わる。

 

「そんなものは悪魔の条件ではない。悪魔とは成し遂げた実行動によって認定されるものだ」

 

 腰が抜けた。馬鹿にしたとかそういう訳じゃない。何万何千年と生きている魔物の圧。

 

「ふぅ。君はその歳で大人が言うことを理解できる程には賢い子だ。けれど、捻くれて自らを卑下する必要はない」

 

 顔が戻る。

 

「よし、下らない分類の話より楽しい実践魔法の授業といこうか」

 

 

 


 

 

 

「ほう、大したものだね。煙幕・召喚、基本の魔法をもう使えるようになるなんて」

 

 魔法の授業は楽しかった。お気に入りは防護と創造に類するもの。それらは大地の女神・ガイアに連なる魔女の力らしい。

 そうやって親切に教えてくれる兄さんの姿は、最初に会ったときの胡散臭さからかけ離れている。いや、姿だけで勝手にそう思い込んでいただけかもしれない。この人は世界を失った私のために協力してくれて……

 

「おっと。今のような心の隙が最も危険だ。信用は積み上げた時こそ崩す価値があり、騙す者はその瞬間を狙うのだから」

 

 私の目に一瞬映る口角が上がりきった無面の(あくま)。背筋がぞわりとする。

 

 前言撤回。やはり手厳しい。

 

 これは兄さんなりの「しつけ」だったのだろう。『夜の側』は甘くないぞという教訓を身に染みさせるための。

 

 そうして、魔物としての私は形成されたのかもしれない。

 

 

 


 

 

 

 魔獣、魔法……『夜の側』を生き抜くための知識は刹那兄さんが教えてくれるものの、私はまだ生まれて五年ぽっちの子供。

 ではそれ以外の知識……『昼の側』の教養、常識は?

 それらは他の義姉兄(きょうだい)が教えてくれた。兄さんも教えることはできたかもしれない。けれど、世の中には適材適所というものがある。特に、(レディ)としての嗜みは。

 

 

「あら、結びが非対称ね。私が結んであげる。あぁ、せっかくだから……」

 

 ただの二つ結びに下ろした後ろ髪が追加される。

 

「ツーサイドアップ、よく似合ってるわ」

 

 なんだか落ち着かない。全部まとめた方が暑くなくていいのに。

 そんな小言をこの人……流蘭院愛那(まな)は聞き逃さなかった。

 

「あら。機能性だけを語り出したら人生終わりよ。見た目にもこだわらなきゃ。特に髪は女の命なんだから。これだけで印象なんていくらでも変えれるの」

 

 刹那兄さんに負けず劣らずの美人。服装は日によって様々だけど、割合多いのはこのメイド服。曰く、「しっくりくる」とのこと。変わった人だとは思う。

 けれど、女としての常識をこの人はしっかりご教授してくれた。

 

「もう、将来絶対美人なんだから飾り立てる術は身につけておかなきゃ駄目よ。あ、この世には美人ってだけで声かけてくるカスみたいな男がいくらでもいるの。自衛も必要よ」

 

 そうなの。よく分からない。

 きっと刹那兄さんがよく言う魔物のような連中がいることの示唆なのだろう。

 

「ふふ、仕方ないわよね。まだこんなにちっさいんだもの。あぁ〜……でもこんな可愛い子に将来男ができたらと思うと……fu●k

 

 ……が、少々過保護すぎるかもしれない。

 

 

 そんな姉さんに、ある日こんなことを聞いてみた。

 

“姉さんも刹那兄さんに拾われたの?”

 

 それを聞いて姉さんは嗤った。

 

「まさか。これは契約よ。あの原初の魔との」

 

 ニタリと口の端が吊り上がる。普段の見惚れるような顔が崩れたわけでもないのに、その不敵な表情はあまりにも人間離れしていた。

 

「あ、あら。別に脅そうとしたわけじゃないの。ま、待って怖がらないででで」

 

 私がどんな顔をしていたのかは分からないが、それを見た姉さんはあたふたと取り乱し始めた。

 そこへドアが開かれる音。

 

「はー。聞いてくださいよ恵那。またあのカス義兄(あに)が仕事を押し付け……って愛那(まな)さんもいたんですか」

 

 入ってきたのは青のスーツを着た細身の男性。刹那兄さんや愛那姉さんに比べると見た目は普通だ。一族の証たる青のシルクハットを被ったこの人は、流蘭院隷那(れいな)。いつも糸目で、怪しさだけなら刹那兄さんより上だ。

 

「恵那……今失礼なこと考えましたね? あっ、なんですかその『知りませんよ』な目の逸らし方は!」

 

 この人はどことなくゆるい。兄姉兄(きょうだい)の中で三番目を務める立ち位置らしい。だから()()反応にも構ってくれる。

 

「隷那ー、聞いてよこのままじゃ恵那の私に対する『ハイパー完璧お姉ちゃんイメージ』がぁ〜」

「なーに言ってんですか貴女は。どうせ怖がらせたとかそんなんでしょうが……ん? どうしたんですか恵那」

 

“隷那兄さんはどうしてこの一族に?”

 

「あー、そういう……」

 

 私の質問で先の会話を理解した様子の兄さんも、普段の飄々とした雰囲気が変貌する。

 

「私はモーメント・デスを利用しようとし、それを逆手に取られました。己の実力を過信した罰です」

 

 淡々とした抑揚のない物言いだった。

 それを聞いて姉さんも口を動かす。

 

「早いが話、イキってたのよ。知ってる? こいつ最初はこんな感じで無感情の魔物気取ってたのよー。んで刹那に見事返り討ち」

「やめてくれませんかね黒歴史を掘り出すのは……」

 

 

 両親を失った身にとって、こんなやり取りができる人がいるのは素直に嬉しかった。例え、相手が魔物であり私を利用している可能性があったとしても。

 

 

 そうして三人の義兄姉たちに囲まれながらひと月、ふた月、数年……と過ぎていった。

 

 

 

 十二歳の頃。刹那兄さんは「小学生なら学校を卒業する頃」と言っていた。

 『昼の側』の教養も身につけている以上、そこがどんな場所かは知っている。同じ年頃の子供と過ごしながら勉学に励む場所。憧れは少なからずある。が、当然私は行けるわけがない。何しろ私の体には『並行世界の鍵(ストレンジスタ・ヴィアビリティ)』という劇物が眠っているのだから。

 扱いを誤れば周囲をめちゃくちゃにする力。そんな物を持っている状態で、普通の生活など夢のまた夢だ。

 

 

 そう思ったこの頃から『鍵』を制御しなければという使命感(エゴ)が湧き出してきた。

 教わった魔法も使いこなせる。『夜の側』の知恵も身についた。だから刹那兄さんも頃合いと見たのか、『鍵』の力を扱う指導が本格的に始まった。

 

「僕は『鍵』の使い方そのものを知っているわけじゃない。だけど、似たような力なら扱える」

 

 流蘭院の証である青マントと青シルクハット、その二つを身につけさせ、兄さんは私を魔界とは別の世界(ドミニオン)、地球ドミニオンへ連れていった。

 

 捻じ曲がるような空間の歪みに入ると、混沌と歪みの魔界の空気がプツンと遮断される。かと思えば湿気とコンクリートの香りが鼻に入ってくる。懐かしい。()()()()地球ドミニオンもこうだった。

 

「ここは()()()()地球ドミニオンにおける僕の拠点の一つ。羽根(フェザー)舞い降りし混沌の地、池袋さ」

 

 

 


 

 

 

 ()()()の地球やアストラル界、シャングリラ、ナーロッパ等々……兄さんと共に来訪したドミニオンは十を超えた。そもそも魔界ドミニオンの拠点に来てから数年……初めての外だ。書物で見る景色と実物はやはり違う。スーツ姿の人の往来、踊り遊ぶ光の妖精、空を優雅に飛ぶドラゴン……目に映るもの全てが新鮮だった。

 

 「情報屋の仕事に追随させる」という刹那兄さんの実地研修は私の世界を変えた。

 

 ちなみに、外に出れば他の魔物に『鍵』をサーチされる危険性もあったが、短時間なら兄さんの魔法で隠蔽ができるようだ。魔界の屋敷でもそれに類する特殊な結界を張っていたみたい。

 でも、学会の片隅で一時話題に出ただけの力を、絶え間無く調査している存在はさすがにいないと思う。

 

 そんなことはともかく。

 

「習うより慣れろってね。ドミニオンの境界というものを肌で感じてどうだったかな?」

 

 聞かれて振り返る。どこのドミニオンでも空気の変貌や身体の重さ、動きに変化が起こるということをしみじみと感じた。入ってしばらくは身体が追いつかない。

 

「そう、それが普通さ」

 

 でも兄さんは何もなかったように見えた。そこにヒントがあるのだろう。確か、出発前に『鍵』と似たような力を扱えるとか言ってたような。

 『鍵』は並行世界の誰かにアクセスできるから……そうか、「別ドミニオンにアクセスする力」だ。そしてそれを持つ魔獣はストレンジャー!

 

「その通り。僕が『鍵』と似たような力といったのはストレンジャーの力。ちなみに君の魔法、魔女の力もガイアの大自然にアクセスするストレンジャーの力さ」

 

 普通、ドミニオン間を渡るには特別な門を通る必要があるらしい。しかし、兄さんはそこをストレンジャーの力で簡単に渡る。ドミニオン間の多次元障壁に身体を浸透させ、性質を変えぬまま通り抜けるとか。

 

「おそらく『鍵』の力も近いものだろうね。違うところはそれが個人のみならずあらゆる存在に作用できるところ。さて、魔界に戻ろうか。()()()()()()()()()()

 

 

 

 そこからは本当に大変だった。

 

 魔法の要領で『鍵』の力を発揮させる。勿論、その対象を決めなくてはいけない。それに名乗りを上げたのは他ならぬ刹那兄さんだった。

 

「これでも僕は魔物の中で()()()()の自信があるんだ。どんな影響が出るのか、それを君に伝えることができる」

 

 胸の中に宿る『鍵』の力を、目を閉じ頭で念じながら輝かせる。そしてその意識を対象(兄さん)に向ける。

 そこからは頭に浮かんできつつ、川の流れのようにぐるぐる回るイメージとの戦い。脳裏の扉を開け、入った部屋に数多流れる兄さんらしき偶像(これは白髪だった)を手に取り、元々持っていたであろう青マントの兄さんらしき偶像へ、付け替える……今回付けたのはマフラーだった。

 

 ……どっ、と疲れのようなものが湧き出て、目が開いた。

 

「確かに、変わったようだ。僕の存在比率が少し増えたようだ。僕の得意属性は雷なんだけど……」

 

 兄さんが自らの魔法属性を述べ、手を上に向ける。

 

「今は氷も少し扱える」

 

 そこに現れる氷を纏わせた雷の鎖。

 

「なるほどね。あの学者の説は当たっていたわけだ。『並行世界の鍵(ストレンジスタ・ヴィアビリティ)』は他者に「並行世界の自分の力」を分け与えることができる」

 

 でもこれ、分け与えた側の力は……

 

「おそらく、取られるような扱いだろうね。恵那、すまないが体力が戻ったらさっきの逆を行えるかい?」

 

 こくりと頷いた。おそらく遠いどこかの世界の兄さんの並行体が力を失っているから。

 

 

 

 そこからしばらくはひたすら練習だった。

 時には愛那姉さんや隷那兄さんも協力してくれた。制御が難しくて姉さんがメイドロボになったり、隷那兄さんがただの人間になってしまったこともあった。焦りや恐怖のような急激な感情の変動は影響が出やすい。万能ではないのだ。それでも、何回も『鍵』の制御に付き合ってもらった。

 そして、それらを繰り返すうちに判明したこともある。

 

「君が何故『鍵』を持っていたか。それがずっと不思議だったけど、その理由がようやく分かった」

 

 そのときの刹那兄さんは上機嫌に話してきた。

 

「そう。何回も練習台になったからね。だから『鍵』の記憶のようなものが視えた。おそらく、僕がドミニオンを渡れる存在だったからというのも大きいと思うけどね」

 

 確かに。兄さんほどの魔物だったらそれができてもおかしくない。しかし上機嫌になるのはまた別な理由な気がする。

 

「『鍵』は君がいた地球の『羽根(フェザー)』に当たるもので間違いなかったんだ。一つ違うのは、それを管理していたのは守護者のような存在ではなく、あの世界に住んでいた人々。そして……」

 

 そして……?

 

「君のご両親はその管理人だったんだ」

 

 

 ────『生きて』

 

 

 あぁ、そうか。点と点が繋がった。どうしてこんな力を持たされていたのか分からなかったけど、父さん母さんの願いだったんだ。『鍵』の強力な力なら滅神の『滅消(カタストロフィ)』からも生き延びれる、と。

 

 私が『鍵』を宿していたのは偶然ではなく、意志を託されていたから。

 

『ただ闇雲に世界が滅びるのは嫌なのさ。世界の可能性というものが一切消えてしまうから』

『万物の生きようとする意志、虚無に対抗していくために必要な力。それが集まり世界(ドミニオン)は輝く』

 

 そういえば、兄さんは初対面の時にそんなことを言っていた。だから今ご機嫌なのか。

 

 

 その頃から私の制御は急速に進んだ。もはや『鍵』の波動を漂わせてしまうことなどなかった。

 

 もう大丈夫。

 

 そして、『鍵』の制御完了をもって私は魔物──それも魔物すら契約相手とする悪魔──として、活動を開始した。

 

 





Q.なんで魔界で過ごしてたの?
地球の拠点(池袋)は『失墜』直後という羽根(フェザー)のゴタゴタ最前線だったので、『並行世界の鍵』という厄ネタを置いておきたくなかったから。
あと、魔界はそれぞれの魔王が管理するドミニオンが複数合わさった複合ドミニオンで、それぞれの領域は次元の壁みたいな瘴気で囲われています。つまり干渉されにくいんです。

ちなみにあの拠点一帯は刹那の領域です。つまり彼は魔王級の力を持っている……
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