地球ドミニオン最強の
黒と白のニ色があり、黒はただの少女であっても一夜で魔界の王に匹敵する力を得るといい、白は世界の理を変えるほどの奇跡を起こすという。
だが、その圧倒的すぎる力が故に、手にした者のほとんどが使いこなせず異形化した。そして彼らが手にしたのは黒の羽根と言われている。エゴを引き出す力の象徴……
──その一つを、今上空にいる
ディルが最初に感じた『格』の違いはやはり間違いではなかったのだ。
「えっ、フェ、
「嘘やろ!? ヤバいやん!!」
『夜の側』の中でも、退魔組織や勢力と特に関わりがない一般半魔の爽帆とアユミすら知っている知名度。
しかし、それと実際に目にしたことがあるかは別問題だ。
いくら『夜の側』の厄介事が四六時中起こる池袋でも、羽根絡みの事件が毎度起こるわけでもなし。そして、それに都合良く居合わせることはそうそうない。
むしろ、初邂逅ながらその力の波動をファルディアが感じ取れたことは賞賛に値するだろう。これは彼を造ったキラーアンデット製造所所長のバイオテクノロジーの賜物だ。
「あらあら……羽根だと分かるだなんテ……とてもよくできた眼をもっているのネ。それに
アルキネイルは変わらずくすりとした表情をする。だが、ファルディアとディルはその口元に小さな舌舐めずりを見た。
「分かるワ……アナタ、やり手でしょウ? アナタはどんな夢を見るのかしラ?」
二人には分かる。
こいつは自分たちを眠らせ、その力を自らに取り込もうとしているのだと。
無論、そうなってやるつもりは一切無い。
「結局やることは最初と変わらねーな……」
「いいや。相手の能力が分かった分こっちが有利だぜえ」
「とりあえず眠らされる前に倒したらええんやろ?」
「脳筋すぎますよ! なにはともあれ鱗粉です! あの鱗粉に触れないように注意しましょう!」
改めて奮起する、そんな威勢のいい半魔四人を見ても尚、アルキネイルは変わらぬ表情……だが。
「若さの勢いっていいわネ。でも……」
目の表情が歪むように細く変わる。
そしてディルの方を向いた。
「まとめて相手するのは厄介なノ。特に『白い闇』を纏うアナタは……」
「!!」
狙いが自分に向いたことを悟ったディルは即座に構えを取る。
一方のアルキネイルは手を大きく挙げて何かを放つ動作。
「させっか!」
急飛翔。クリニ=エル戦ほどの超速度ではないがそれでも人狼より速い。他の三人を置いて奇襲を仕掛ける。
しかしそれこそが幻魔の狙いだった。
「おいデ、ギディアムペーデ」
構えた手を口元に当て呟いた言葉。それに呼応し地響き。揺れに気づいたときにはもう遅い。
地割。現出。巨影。
樹根ドームの草原を真っ二つにして巨大な魔獣……全身を節で分かたれたサファイア色の甲殻の
高層ビルほどもあろうかという巨体の胴には横からムカデらしからぬ一対の巨爪鎌。まさにカマキリだ。そして頭部に生えた一本の長い角は日本刀のような鋭さが見て取れる。
そして、そいつはディルとの間を塞ぐようにファルディア、爽帆、アユミのいる一帯を瓦解させた。砕ける地面。
「ちょっ、落ちる落ちる!!」
下層にはまだ地面があるかもしれない。それに半魔の身体能力なら、瓦礫を伝うなり衝撃を和らげるなりでどうにかなるだろう。
しかし
ムカデはぐるりと長い体を旋回させ、その頭を猛速で三人へ突撃させる。
飛翔していたディルの頭によぎる選択肢。
このままドミネーターを殴りにいくか。
この巨大ムカデを掻い潜って三人を助けにいくか。
普通に考えるなら後者一択だ。何せ三人を助けて四人で殴りにいく方が絶対にいいから。
しかし、それをすれば下層からこのムカデを倒してドミネーターの元まで上がることになるだろう。そうすれば時間がかかる。時間がかかるということは拡大するドミニオンにより人がさらに眠り、ドミネーターの強化に繋がってしまう。
じゃあ単騎で倒せるのかといえば……実はしっかり目がある。
ディルの纏う『白い闇』。本人も「どんな相手にでも攻撃を見舞える」程度にしか認識していないそれを、アルキネイルは明らかに警戒していた。攻撃を受けたくないのは明白。
だがそれでも、ファルディアはともかくクラスメイトを無視して戦いにいくのは、ディルの心根がどうしても拒否反応を起こす。
(クソッ……どうする?!)
秒もいかない僅かな時間の中、悩むディルに大声が響く。
「アヒャヒャヒャ!! 貸しだぜえ!」
ギディアムペーデの隙間から見える光景。ファルディアが流星のように飛行、爽帆とアユミを一気に両脇に抱えた。そのまま迫るムカデの大顎を回避する。上方が塞がっている以上、下層側に飛んでいくしかないがそれでも撃墜よりマシだ。
そのファルディアの目が「行け」と言っているのをディルは感じ取った。
「かつて月影高校でオレ様を打ち破った
そして不敵なままの笑みは「ぐだぐだしてたらこのデカブツを倒してお前の代わりにドミネーターを倒すぜ」というある種の煽り。
あんなやつでも戦闘力は信用できる。
ディルはファルディアに爽帆とアユミを任せ、未だ上空でうすら笑うドミネーターに向かう。
「クソッ……ファルディア! 二人を頼む!」
せめてもの言葉を投げかける。
それを耳に入れたファルディアは、変わらぬ陽気な口角のまま下層へ飛んでいく。そしてそれを追いかけていくギディアムペーデ。
樹根ドームの大草原に大きな穴が空き、そして静まり返った。かと思えば今度は風音。半魔が空気を裂いて飛び回る。
ブレードに白い闇を纏わせアルキネイルに振りかざす。
無論、それを易々と受けるドミネーターではない。四枚の羽翼の羽ばたきだけで体を動かし躱していく。とても速度の出る動きには見えない。
しかし羽根をもっているのだ、優雅な動きを保ちつつ移動速度が速いなんてことは序の口だろう。
それよりもディルが気がかりなのは、先ほど知らぬ間に掛けられていた『眠り』の幻術。カラクリは解けている。相手が動くたびに散る鱗粉だ。
そして、それら全てを『白い闇』で掻き消さないと安心などできない。
──だが、鱗粉に触れていないというのに彼の身体……だけでなく意識も重くなりつつあった。
(このドミネーター……鱗粉だけじゃない。あらゆるところから術っぽいのを使ってやがる!)
翼でも斬撃を繰り出しながら、なんとか意識を持ち直す。両腕も合わせての四連撃。だが、幻魔はそれすら回避しきる。
否、掠りはしていた。彼女はディルの身体能力を超えるほどではない。鱗粉以外にも吐息毒、羽模様の催眠術で知らぬ間に彼を弱体化させ、フルヒットを避けていたのだ。
(クッソ……日下さんみたいに術を上手く隠しやがっ……て)
一瞬、瞼と首が落ちかける。だがここで眠りこけるわけにはいかない。
ディルの目線は先の攻撃が掠った際、一瞬だけ見えたドミネーターの表情を見逃していなかった。
この世が終わるのではないかと思わんばかりに、目を見開き強張る顔。これまで戦ったどの魔獣でもそんな顔は見たことがない。そして『白い闇』への過剰な警戒。
これらのことからディルが予想した答えは一つ。
幻魔アルキネイル・アステイルにとって、ディルの攻撃は一撃でも喰らえば致命傷たり得る、と。
しかしそれが分かったとしても、当てるのは至難の業だ。なにせ、ディルの動きは直情的。究極的には脳筋なのだ。搦手に特化した敵からすれば翻弄しやすい、というのはこれまでの戦歴が証明している。主にギヴィング・デスのことだが。
そして今、ディルは樹根ドーム内を縦横無尽に、地面スレスレまでも飛ぶ超三次元機動をしているが、案の定攻撃を加えられない。
むしろ、アルキネイルはディルの攻撃を見切ってきたのか、刃を近づかせることすら許していなかった。距離を取られる。
(クソッ……マジでジリ貧だ……! どうする?)
足りない頭で必死に考える。視界に映るは変わらず振り撒かれる鱗粉と五感を苛む羽模様。鱗粉の中には変化した攻撃用の棘も混じっている。それが殊更に思考を惑わす。
(せめてさっきの幻覚の時の八宮とかみてーに後ろを取れたら……)
その考えが頭を通過した時。
幻覚の中とはいえ、戦術的に使えた自身のとある能力を思い出した。
それはベハビア戦で使用したリパルジョン。
グラビティバリアなどの重力操作の逆である斥力操作。つまり反発させる力でアルキネイルの攻撃を急反射させるのだ。
(やったことねーけどやるしかねぇ……! でもそれだけであのドミネーターに当てれるのか?)
ただまっすぐ跳ね返すだけではあっさり避けられるだろう。しかし、今求められている相手の裏をかく思考、そんなものは一朝一夕で身につけれるわけがない。
(だったらさぁ……いっそバカのままでいーだろ)
何か思いついたディルは飛びながら甲殻で覆われた拳、その片方を握り締める。
そして『白い闇』を纏わせたもう片方で降り撒かれる鱗粉を掻き消し、目線をアルキネイル……その
当然、その予備動作で何も考えないほどアルキネイルは馬鹿ではない。
(!! 両腕での『白い闇』を片腕に……? 何かするわネ……!)
警戒しつつ、半魔との距離を一定に保つ。
一方の半魔の脳によぎるは、数時間前にビーチバレーをしていたときの魔神の
『お前は力の制御ができないわけではない』
『意識を変えろ』
あの時と同じく、自身の頭に暗示を加える。
そして、今『眠り』にかけられそうな状態がプラスに働いた。
『アヒャヒャヒャ!! こんなドミネーターすら倒せねえのかあ? オレ様なら倒せるがあ?』
『アーヒャッヒャッヒャ!! オレ様なら鼻ほじりながらでもケチョンケチョンだがな!』
飛翔する幻魔のさらに奥に浮かんだのはファルディア、キラーアンデット製造所所長のバカス二人。……の幻覚がディルをこれでもかと煽ってくる。
そして暗示上とはいえ、彼らの煽りは視界にいるはずのドミネーターすら完全にシャットアウト。存在しないカスに全力の暴力制裁を行う。
《big》「うっせぇ!! リパルジョン!!」
突然叫んだディル。そのまま握っていた方の拳を前方に大きく開く。
それに伴い発揮された能力は降り注ぐ鱗粉をディルから反発……アルキネイルの方向へと吹き飛ばす。
「!!」
コントロールが必要なリパルジョン。
ただまっすぐ放つだけでは簡単に回避してくるアルキネイル。
バカがこの二つをクリアするためには?
それは、
突如反旗を翻し向かってくる自身の催眠鱗粉、そして誘爆性の棘。
普通ならその軌道を予期できたかもしれない。しかしこの軌道はアルキネイル本体に向けてではなく、もっと後ろの存在しない半魔二名に向けてだ。
(軌道が……読めない?!)
羽根の力で能力が上がっているドミネーターだが、回避に特化した魔獣というわけではない。ディルの直情的で分かりやすい動きならまだしも、上下左右に軌道がズレた弾幕を初見で避けるのは無茶があった。
とはいえ、その全てがアルキネイルに当たってくれるわけではない。しかし、いくらか当たるだけでも防御が薄い彼女にとっては痛手だ。
いくつか命中した棘鱗粉が爆発を引き起こす。
「くっ、こんな……こんな程度で
爆煙の中から苛立ち混じりの怒声を上げるアルキネイル。
だが、
叫んだ幻魔の視界にその半魔が映る。すぐそば、目前まで迫っていた。
「この隙さえあれば十分!」
すでに『白い闇』付きの刃は振られている。止まらない──────
「甘いワ」
「!?」
刃が止められる。いや、振り下ろそうとした腕そのものが止められていた。
それだけではない。体全体の動きが止められる。体に何かが巻きつくような感覚。
爆煙が晴れると同時にそれが何なのかディルは分かる。
(糸?! あいつの手からは何も出てないのに?!)
思い出す。幻覚から目覚めた瞬間にアルキネイルが出していた指先からの、まるで蜘蛛のような糸を。
それが今、ディルの二の腕、太腿、胴や首、さらには翼までもを縛り上げていた。ご丁寧に可動範囲ではちょうど刃が届かない位置だ。
しかしディルが最も気がかりなのはその出現位置。指でないならどこから? 糸の先を目線で追う。
地面だ。
「ワタシの『
「クソ! たかが糸ぐらい……」
じたばたと動き糸から逃れようとするディルだが、彼の馬鹿力でも糸は千切れない。
それに何でも切れるといっても過言ではない『白い闇』が届かないのだ。
「ムダ。アナタのその『白い闇』がどこから出るのか、もう把握済みヨ。刃、肘から先、膝から先……それだけ。体全部は覆えないんでショ? そうじゃないなら、ワタシの鱗粉をわざわざ腕だけで払う必要ないもの」
(こいつ……そこまで……!)
アルキネイルはディルの攻撃をただ避けていたのではない。
『白い闇』という魔物のエゴすら喰らう恐るべきエネルギー、それを宿す彼の力を量っていた。
「その刃は届かないワ。ここで終わりヨ」
ブレードの範囲に収まらないギリギリの位置で事実を述べるアルキネイル。
(あと少しだってのに……)
諦められないディル。しかしドミネーターが力量を確信した上での拘束は絶対に解けないものとなっていた。出せる範囲の『白い闇』も届かない。
(んなところで……)
ギリ、と歯を食いしばる。
巻きつかれたことで、さっきよりも瞼が重くなっている。
眠るわけにはいかない。
意識を強く保とうとするディルに先と同じような魔神のアドバイスが蘇る。
『力を抑えなければならない、という強い無意識がお前にブレーキをかけている』
(だったら……!)
首に巻きついた糸、それに牙を立てた。
「ムダと言ったはずヨ。でも、そういった諦めない姿勢は好キ。そんなアナタにはあとで特上の夢を見せてあげル」
クスクス笑いのまま指からも『糸』を伸ばそうとするアルキネイル。
その目に、変異が映る。
ディルが噛み付いた糸。その歯からじわりと漏れ出る白い流体。
(
それは、炎のように拡がる。
「!!」
一瞬だけ拡散した『白い闇』が右側だけではあるが、糸を断ち切った。
そして千切れた勢いがそのまま腕の刃を振らせる。
至近距離。迫る刃。
とっさに左腕で『白い闇』を受け止めようとしたアルキネイルだったが、それは通用しない。恐るべき魔殺剣が左腕ごと両断、肩から脇腹にかけてを斜めに通る。
「────────ッ!!」
言葉にできないほどの痛みがアルキネイルの神経系を伝う。
糸が揺らぎ、羽翼が震える。しかし残った糸は半魔の拘束だけは解かないぞという根性を見せていた。
(まだ……まだだ……)
限界を迎えつつある眠気。
これだけで終わらせない。
「相手がドミネーターなら最後の最後まで油断はしない」
散々日下に口煩く言われている言葉が頭で響く。
ディルは最後の気力を振り絞り、悶え苦しむアルキネイルに飛びかかる。右腕に再び纏わせるトドメの『白い闇』。
「くたばり散らせ!!」
半魔の暴刃が夢の女王を両断した。