Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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63話「幻魔の孤城(11)」

 

 

 爽帆(あきほ)とファルディアが使徒(アポスル)・ギディアムペーデに立ち向かっている中、八宮アユミは平原の端の岩陰から様子をただ眺めていた。

 

(こんなとき……恵那さんだったら……)

 

 戦線を離れた彼女だからこそ、打開策を模索する余裕はある。しかし見つからないのだ。

 

 これまで『夜の側』絡みのイザコザに巻きこまれたことはある。しかし、そのどれもが爽帆のような()()()()の半魔が解決してくれたからどうにかなったものだ。

 

 しかし今、その戦える側が押されてしまっている。このままでは倒れるのも時間の問題。自分はただ見ているだけでいいのか。

 浜で眠っているもう一人の友人──実は眠っているフリをしているだけなのだが──は、上層で同じく戦っている黒装ディルの危機をその頭脳で何度も救ったと聞く。

 アユミも今戦っている友人(と変な半魔)の力になりたいと、なんとか知恵を絞ろうとする。

 

(え〜とあの怖いけど()()()な角を壊すんだったら、アタイのすばしっこさで気を引いて……だめ、人の姿じゃ当たっちゃう。猫の姿は……あっちは()()がーっ!! てか割れるのあれ?! そもそもこの中で二人にどう伝えたら……)

 

 しかし名案のような名案は思いつかない。彼女も本質的には「考えるより体を動かせ」派なのだ。頭がごちゃごちゃになってくる。

 

(アタイ程度の力であの巨大ムカデをどうしろってーっ!!)

 

 無力な自分を呪うような魂の叫び。

 

 その間にも、ギディアムペーデの攻撃が爽帆とファルディアを追い詰めていく。

 視界に入る友達の姿。甲高くバットが折れる音。

 

「あかん、ヤバい!!」

 

 叫びが耳に入る。

 

 

 このままでいいのか?

 

 いつも助けられてばかりでいいのか?

 

 友達を、助けたいなら……

 

 

 アユミの人としての心が勇気(ちから)を引き出す。

 

 

 考えるな、身体を動かせ。

 

 

 そして、本能(エゴ)が彼女を突き動かした。

 

 

「……!? パッチー?!」

 

 ふと後ろを振り返った爽帆が見たのは、ギディアムペーデに向かっていくアユミの姿。

 

 そして、接近する新たな()()を察知した大百足は数を減らすべく巨鎌を振り下ろす。

 

 しかし少しの赤面を混じらせ唇をぎゅっと結んだ少女は止まらない。

 

 

 駆ける少女に巨鎌が振られ、その一閃は……虚しく地を割った。

 

 後に残るは彼女が来ていた水着のみ。

 

 地を這う虫がより小さくなった時、我々はその瞬間を目で追える自信があるだろうか。

 少なくとも、人間を超える視力8.0のこの怪物は見逃した。

 

 ギディアムペーデの頭部触覚はすぐさま動く物を感知する。さっきからいる二体の半魔ではない。

 

 より小さい。そして速い。敵対存在であることだけは把握できるため、巨虐蟲は排除行動を継続する。目で追えないため、触覚で感知できる大まかな方向に大鎌を振り回す。

 しかし命中した感触は伝わってこない。触覚は変わらず動き回る物がいると伝達する。

 

「ギピィィィィィィ!!」

 

 蟲とはいえ使徒だ。一切の感情が無いわけではない。苛立ちのような怒りの咆哮を上げる。

 

「なんだあ? 八宮アユミはどうしたあ?!」

「あそこや! あの子、()()姿()を解禁したで!!」

 

 爽帆がギディアムペーデの胴体、そこを駆け上る茶色い点を指差す。ファルディアもそこを注視する。

 

 『バステトの子ら』であるアユミは猫の姿と人の姿、それらを行き来できる。しかし平時は人間として過ごしている彼女にとって、完全猫化はリスクがあった。

 まず第一に、打たれ弱くなる。体が小さくなるのだ、当然だろう。

 次に、道具が持てない。こういった戦闘時に、爽帆から武器を借りてなんとか攻撃できるといったことすらできなくなる。

 そして最大の問題は……服が脱げる。精神性は限りなく人間寄りの彼女にとって、これは致命的だった。「姿が猫やから気にせんでええんちゃうん?」馬鹿ですか!! 全裸で徘徊するようなもんですよ!!

 

 しかし状況が状況だ。彼女は羞恥心を必死に抑え、友のためを選んだ。

 

 そして得たメリットは、人の姿を超える敏捷性。現に爽帆やファルディアですら目で追うのがやっと。もし彼女を完璧に捉えられる半魔を挙げるとするなら、ここにはいない黒倉アオイぐらいだろう。

 

 そのままアユミはギディアムペーデの体を登る。暴れ回るムカデ。しかし器用に跳ぶ猫は落ちない。

 あっという間に頭部へ登った猫は、ふわりと『ダイヤモンドの切先(アダマス・ラミナ)』、その峰へと着地した。完全に猫化したことで普段の気弱な態度はどこへやら、その態度はきまぐれな猫そのもの。余裕をかましてか、呑気に欠伸までしていた。

 

 が、しかしそれはギディアムペーデにとって挑発のサインと同義だった。

 

 ただでさえ体を這い回られて怒り心頭なのに、その原因が我が誇りである角の上で振る舞うなどと……それが許されるのはドミニオンの支配者であるアルキネイル以外あり得ないのだ!

 

 巨虐蟲は脇目も振らず()()に巨爪鎌を叩き込む。

 

 

 だが(アユミ)はそんなものすでに見切っていた。ひょいと『ダイヤモンドの切先』から華麗に跳び降りる。

 ギディアムペーデがそれに合わせて動ければよかったのだが、所詮蟲は虫。行先を変えれない一撃が自らの自慢の角へ衝突した。

 

 刀を破壊する際、ハンマーを刃に向かって振るか? いいや、簡単に折れそうな横から叩くのが定石だ。

 では大地を割るほどのパワーが刀のような角、その()()に当たったら?

 

 答えは言うまでもない。

 

 凄まじい轟音と共に、刀角は根元が破砕され見事なまでに折れた。

 

 

 これこそが「バステトの子ら」の真髄。月の女神アルテミスの魔力を受け継いでいるとされる彼女たちは、無意識に事象へ干渉する力を持つ。そしてそれが「ギディアムペーデの攻撃を間一髪で避けながら」「体の脆い部分にたどり着き」「苛立ったギディアムペーデがそこを攻撃する」結果をもたらした。

 とはいえ、それもこれもアユミ自身が友のために勇気をもって飛び出したから引き出せたのだ。

 

 

「パッチー!! ……アヒャ男、キャッチしてー!!」

「任せろお!!」

 

 空中でスローモーションのように回って落ちてくる(アユミ)。それを、ファルディアは飛行しながら見事にキャッチする。

 

「おい大丈夫かあ!!」

「にゃ〜ご……」

 

 しかし猫はきまぐれ。()()()()して疲れたのか、午睡に入ってしまった。

 

「……大丈夫そうだな」

 

 

 しかしギディアムペーデは倒れたわけではない。

 

「ギルゥアアアアアアアアアア!!」

「!!」

 

 最たる脅威である巨体そのものはほぼ無傷。むしろたかが猫一匹に自慢の角をへし折られた使徒は完全にブチギレていた。

 

 猫を抱えて空中に浮かぶファルディアごと押し潰そうと、角が折れた頭で突進する。

 

「くそっ守るのは好きじゃねえんだ!」

 

 ファルディアはオーラを放出し即座に動く。

 アユミほどの敏捷性、はたまた彼がライバル意識を燃やすディルほどの飛行速度が出るわけではないが、それでも封印兵器の名は伊達ではない。刀角の衝撃波連発をなんだかんだ避け切っていたのだ、ギディアムペーデの突進を戦闘機のように回避していく。

 

 だが猫を抱えたままではいずれジリ貧。

 そこに声がかかる。

 

 

「アヒャ男! こっちや!」

 

 爽帆が反対方向から呼んでいる。彼女の後ろに何か光沢が見えた気がしたが、今のファルディアに確認する余裕はない。黒装ディルの仲間だから何か策を考えているはずだと、ある種の神頼みのような信頼を賭けた。

 

 ギディアムペーデの足元を掻い潜り、手招きした爽帆の後ろへスライディング着地。

 そこでファルディアはようやく光沢の正体を知る。

 

「────! 太田爽帆、お前それは!!」

 

 

 そして振り返ったギディアムペーデは彼らをまとめて潰さんと、怒りのまま突進の勢いをさらに高める。

 

 雑虫の一匹が後ろに用意した光沢の何かなど眼中にない。どうせ障害物でも建てようとしているのだろう。しかし自身の体は鋼鉄よりも硬い甲殻。何ら問題はない。

 

 もはや敵を殺すまで止まらないそれは突進ではない。突撃だ!!

 

 それを分かっていたかのように、爽帆は()()()()()()()()ブツ、それの手で持てる箇所を握り締める。

 

「使わせてもらうでぇ……こんなん、選手入場の旗と変わらんわーっ!!」

 

 そして、()()()()を持ち上げた。

 

 

 

 ストレンジャーである太田爽帆は、いかなる世界でも自分という小世界を貫き通せる。そういう魔物だ。

 『昼の側』だろうが魔界だろうがこの幻魔の孤城だろうが関係ない。彼女が「できる」と認識すれば、そこは限定的に彼女の常識の範囲になる。

 

 故に、爽帆はギディアムペーデの折れた巨大な刀角……電柱より太いだろうそれを持ち上げた。何のために?

 

 簡単なことだ。

「あんだけ切れ味があるならあの(かった)い体も斬れるやろ」

 

 

 そんなわけはない。

 

 ギディアムペーデの『ダイヤモンドの切先』はファルディアの千年隕石をも切ったが、その鋭さだけではより大きな質量を切るには足りない。現に、ドミニオンの大地は溝がたくさん彫られど、大した深さではない。

 ならば、同様に硬く大質量であるギディアムペーデの甲殻は残念ながら切れな……

 

「斬れるに決まっとるやろ────っ!!」

 

 全身全霊で叫ばながら、大木のような刀角を支える爽帆。

 

 突撃してきたギディアムペーデの頭部に、刃がめり込む。

 どころか、深々と大顎から脳天まで入っていく。

 

 ギディアムペーデはそびえ立った障害物を破壊できると突っ込んだのだ、当然速度を緩めるなんてできるはずもない。加速度が自らの身体を猛スピードで両断していく。断末魔を上げる暇など無い。

 

 そして、慣性が巨虐蟲ギディアムペーデをものの数秒で真っ二つにした。

 

 当たり前だ。爽帆が「できる」と思った()()()()()だったのだから。

 

「しゃあっ!!」

 

 大物を仕留めた感覚に爽帆は歓喜の声をあげる。

 

 

 ……が。

 

 生き物を真っ二つにしたのだ、当然中身の液体も勢いよく飛び散るわけで。

 

「ぁーっ!!」

 

 駅のホームで電車の風圧を浴びるように、黒い緑の体液がビチャビチャとストレンジャーにかかった。腐食性の液体ではなかったからマシなものの、少しベタつく虫の体液は十代の少女が浴びるには大変キツい。

 

 そして後ろにいた封印兵器と、彼が抱える猫もベタベタまみれになっていた。

 

「髪が……」

 

 普段の逆立つような灰髪はぺたんと下に落ちていた。心なしか、当人のテンションも下がっているように見える。

 

「なんか、あんたそうなると別人みたいやな……」

「オレ様水被るの苦手……」 

「てかパッチー大丈夫なん?」

「オレ様依頼は守るから……コイツは無傷……」

 

 腕に抱き抱えられた猫は、液体が降りかかったことで瞼が開きかけていた。

 それを見て爽帆はファルディアに忠告する。

 

「いやそうじゃなくて、その寝てる状態から起きたら人に戻るんよ」

「何い?」

 

 その会話の直後。

 

 マジックの煙のようなエフェクトと共に、アユミが目を開けた人の姿に戻る。

 

 猫の状態から戻ったとはいえ、抱きかかえられていた姿勢はそのまま。ファルディアがパワータイプであるためバランスを崩すことはないが。

 

 問題は人⇄猫で服装もそのままだということ。

 

 当然、変身前に来ていたビキニはない。

 

「!?#!◯("!!/△/ーッ!?」

 

 目覚めた直後に裸で、しかも、よく分からないベタベタの状態で男の腕の中に収まっている。アユミの羞恥神経は限界近くまで赤熱を開始する。

 

「あかんこのままやとパッチーがエッチーに! ここであらかじめ拾っといた水着を!」

 

 友人の(色んな意味での)危機を救うべく駆け寄る爽帆。

 

 が、しかし。地面はムカデの体液でびちゃびちゃ。そんな状態で急に走るとどうなるか。当然滑る。

 

 それだけならまだいい。

 勢い余った体がファルディアに激突。彼の手がぬるぬるベタベタの水着の紐に引っかかり、デスピタゴ()スイッチを作動させる。

 

 その結果、爽帆の豊満を支えていたビキニはズレた。しかも男の眼前で。

 

「ゃ──────っ!!」

「アヒャ──────!?」

 

 道中にあった小動物による未遂とは違い、今回は完全に北半球と南半球が晒されてしまう。そんな状況に、いくら半魔とはいえ精神性がやはり十代少女である爽帆は即座に赤面、滝汗、そしてうずくまってしまう。

 

 一方、ファルディアはヘタっていた髪が一瞬で元の跳ね上がりに戻った。

 クライシス星人……すなわち性別があり繁殖してきた生物の要素を持つ彼は、程度はどうあれ三大欲求が『ある』。

 そのため、脳筋戦闘兵器とはいえこうもラッキースケベが続くとさすがに爆発する。……決して髪以外は爆発していない。

 

 しかしこのファルディア、なんだかんだと半魔として人間社会に溶け込む能はある男。それこそ脳筋戦闘兵器(バカ)としての精神がクールダウンをかけた。

 

 そして取り乱しかけている女子二人にフォローの言葉を投げる。

 

「い、いいカラダだと思うぜえ!」

 

 瞬間、拳が顔面に入った。

 

 

 


 

 

 

 数分後。

 

「よっしゃあ! このまま黒装ディルの手助けに向かってやるぜえ!」

 

 腫れた青タンまぶたと謎十字絆創膏で顔が装飾されたまま、ファルディアは意気揚々と叫ぶ。

 

「はぁ……あの後にあんだけテンション高いままなん、ある意味尊敬やわ……」

「もうあまり気にしない方がいい気がしてきました……」

 

 赤面のまま暴力を成し遂げた爽帆とアユミも彼についていく。水着はしっかり着直した後だ。

 

 

 しかし三人は知る由もない。

 

 上層ではすでに勝負がついていることを。

 

 そしてその意味は……

 

 

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