Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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65話「幻魔の孤城(11)」

 

 

 幻魔アルキネイル・アステイルはなんてことのない普通の(ゆめ)()みだった。

 

 

 人の夢から生まれ、人に夢を見せてその夢を喰らう。

 

 では、人が夢を見るのはいつ?

 答えは眠るとき。

 そして、それは古来より夜だった。

 

 『夜の側(まものたち)』を恐れる人間たちが夜に希望たる夢を見る。

 その妙な仕組みは西暦が始まった頃から変化していく。

 

 人間文明が夜に進出した影響で、幽霊や妖精のような他のスピリットたちは力を失っていった。

 夢蝕みにも影響はあった。しかし悪い意味ではない。夜と情欲は切っても切り離せないモノ。そうである以上、夜の歓楽街は夢蝕みたちが溶け込むのに格好の場所だった。そんな背景があってか、夢蝕みには人間社会で暮らす……つまり半魔が多い。

 

 

 話を戻そう。

 アルキネイルは近代に誕生し、夢蝕みとして──人と交わり夢を見せる──そのあり方をしっかり踏襲し生きてきた。それは現代になっても変わらずだ。

 彼女は本当にごく普通の夢蝕みの半魔だったのだ。

 

 

 しかし、その脅威はやってきた。

 

 『失墜』。守護者が虚無と衝突し羽根(フェザー)が散った最大級の事件。そして、それに伴う虚無戦役の開始。

 何が起こったかといえば、虚無の尖兵である魔物・死神(ヴォイド)による殺戮だ。

 

 ……アルキネイルはそれに巻き込まれた。

 スイスの吸血鬼・魔界会談の最中、会場横に突如出現した半径四十メートルほどの『白い闇』。そこから現れた死神は、会場の魔物を『白い闇』で殺し尽くし消えた。

 スタッフとしてその場にいたアルキネイルは運良く生き延びたものの、背中の羽はズタズタとなり、心に莫大なトラウマが植え付けられた。

 傷を癒すかのように遠く離れた地・日本は神奈川で隠居していた彼女だったが、人と関わることを止め一人で過ごす内に、人間社会との絆は希薄となっていった。

 

 それでも、エゴのままに動く異形とならなかったのは、ひとえに死神……『白い闇』への恐怖から。動く意欲を抑え、ひたすら屋内に引きこもる生活に徹したのだ。

 

 

 そこに羽根──エゴを増幅させる黒の──が舞い落ちてきた。

 

 それを手に取った彼女は心の内のトラウマが変質する。

 

 

 突然の死、すなわち消滅。

 

 それとは無縁でありたく。

 

 誰も彼もが夢の中で安寧の日々を過ごす。死ぬまで。

 

 

 誘い取り込んだ人々も、そして自身もそうありたいアルキネイルの願望は、ドミネーターとなることで顕現した。

 異形とならなかったのは、よほど執念が強かったからか。ドミネーターとは得てしてそういうものなのだが。

 

 

 


 

 

 

 ディルは今、アルキネイルによって永劫の眠りについている。一緒に乗り込んだ友人たちも同じだ。

 

 ドミニオン内で動ける者はいない。そして乗り込んだとて、眠りに落ちた者を取り込み、強大化したドミネーターに勝てる者がいるのか。

 

 

(────────!)

 

 その強い力の波を恵那は感じ取った。

 今なお湘南海岸で待ち続ける彼女だが、ドミニオンが拡大したことをはっきり認識した。伝わるエゴの気配と身体を伝う寒気。

 

 それは隣にいたアオイも同じ。しかし彼女はドミネーターが強大化しただけでなく、それが自身の手に負えないレベルとなったことを察知してしまった。歴戦の傭兵の勘だ。

 

(マズいな……。恵那(この子)に構わずディル君たちに合流すべきだった)

 

 ギヴィング・デスは放置してても問題なかった。もはや実害は無いに等しかったのだから。

 

 それよりも加速度的に力を増していくドミネーターを放置したのは判断ミスだった。規模が広がり都心まで飲み込まれたら、もはや地球ドミニオンのオーバーライドは秒読みだろう。

 

(あの所長や他の半魔に急いで連絡を取ったほうがいい……。だけど、()()()()()()()()()()が邪魔だ……!)

 

 何かに葛藤するアオイ。その横で異変の元凶たる島を見続ける恵那。

 

 彼女はドミネーターがどんな魔獣か知る由も無い。

 いや、彼女のような知性派だからこそ「知らないこと」が不安たる原因になるのだ。

 

 

 そして、その『不安』という感情に『鍵』は反応していた。

 

 最初のうちはそよ風のように、次に海風がごとく。

 

 どんどん。

 

 どんどん。

 

 増していく感情に呼応するように胸元が輝いていく。

 

「……!?」

 

 アオイが光に気づく。当たり前だ。彼女は監視のために派遣されたストレンジャー。似た力には敏感だった。

 恵那は江ノ島へ視線を向けたままだ。隣に人がいることすらお構い無しなほど、強く、強く、不安に駆られた目を向け続ける。

 

(ディル……!)

 

 

 


 

 

 

 ディルは動かない。草花に囲まれた樹根ドームの中央、大穴が空いた地面にうつ伏せとなったまま、微動だにしていなかった。

 

 呼吸すらほぼしていない、完全な機能停止。

 

 

「さて、完全に()まったようだシ、しっかり包んであげないト……」

 

 勝利を確信したアルキネイルが歩を進めた。指から『(シルキー)』が伸びる。ディルに纏わせた繭をより完璧な形にするために。

 

 

 

 ────ピクリ。

 

 

「──!?」

 

 視界の一部に映った動き。幻魔はそれを見逃さなかった。

 

 

 動かないはずの半魔──その指が僅かに動いたのだ。

 

 近づこうとしていた足は反射的に後方へ飛び跳ねた。

 

 動物は眠っているときに時たま無意識の動きをするという。アルキネイルが見たのはそれだろうか。

 いや違う。『力』の奔流だ。ドミネーターとなったことで、ただの魔物時代には分からなかった『何か』を感じ取れるようになっていた。余裕のはずの精神に嫌な脈動が鳴りつけてくる。

 

 

 視界の中央で捉え続けている半魔が再び動きだす。

 『糸』で雁字搦めにされて飛ぶことは疎か、立ち上がることも不可能なはずだ。それが、まるで蛇が首を持ち上げるように横たわった状態からゆらりと起き上がっていく。

 

(ワタシの『眠り』の中で立ち上がっタ? そんなこと有り得るはずないのニ……!)

 

 アルキネイルの『眠り』は術にかかった者をただ眠らせるだけの技ではない。纏わせる糸にかけられた何重もの毒や病、さらには糸自体の強固な繊維質も相まって、まぐれで目覚めようと一切の行動を許さない完全拘束術だ。

 

 

 それが……

 

 

 ぶちぶちと千切れ、蒸発するように消滅していく。

 そして、その隙間から瘴気が漏れ出る。さながら黒い炎の揺らめき。

 

「な……」

 

 変化は止まらない。

 眠る半魔、その人肌の露出部が装甲に覆われていく。元の鱗のようなゴツゴツから、ひとまとまりにコーティングされた滑らかな鎧へと。さらに装甲は肩当てとなり、関節は角と思わんばかりのトゲが生え、背後に太く強靭な尻尾が連なり形成されていく。

 二足直立の人型こそ保たれているが、そのシルエットは人間ではない。

 

 そしてその頭部が小さく、音を発す。

 

「フン……魂と肉体の接続が切れることで入り込めるようになるのか。気絶しただけでは乗っ取れないわけだ。……いや、今はオレが()()なったのか」

 

 そうぼやき、()()は立ち上がった。竜顎のようなマスクから眼が光り、胸部と両の手の甲に『邪神』が開眼する。

 

「アナタ……さっきまでの半魔ではないわネ。何者……!?」

 

 もはや警戒どころではない。ドミネーターである自分の力を難なく破っている半魔、それが先ほどまでの少年とは別者であるとアルキネイルは心底から理解していた。

 

 

 そして、半魔らしき何か……ディノキアは答える。

 

「ただの、亡霊だ」

 

 少しだけ自嘲を含んだ返答。にもかかわらず漂う威圧感はドミネーター(アルキネイル)に恐れを感じさせた。

 

 

 次の瞬間、誰の目に──もちろんアルキネイルにさえも──止まることなく、拳が彼女の腹にめり込んだ。

 

「────?!」

 

 膂力と風圧で腹部が捻れ、流し切れない衝撃が身体に染み込む。

 そして、勢い余った運動エネルギーは憐れな(ゆめ)()みを後方へ吹き飛ばした。

 

「がっ……ぐぅっ……あっ」

 

 壁に叩きつけられるアルキネイル。地響きと瓦礫が周囲に広がった。

 だが一撃を放った魔神はそこに目もくれず、自らの掌を握っては開き、身体の馴染み具合を確かめている。

 

 その僅かな一瞬。

 それだけでも幻魔にとってはつけ込む隙だった。

 即座に地面から『糸』を現出させ、魔神に巻き付かせる。腕、足、さらには切断能力が判明している翼にも。

 

 コンマ秒でディノキアは『糸』でがんじがらめに拘束されてしまった。

 

「ワタシは羽根(フェザー)を手に入れたドミネーター! そしてここはワタシのドミニオン! 『眠り』を解いただけでは太刀打ちできないワ!」

 

 威嚇のように声を荒げるアルキネイル。

 しかしディノキアに騒ぐ様子は見られない。ただ冷静に『糸』を見渡し、ぽつりと呟いた。

 

「ヌルいな」

「え?」

 

 直後、彼の周りを覆っていた『糸』が弾け飛ぶ。そこに力を込めていた様子は無い。

 

(嘘でショ?! 大天使や獣王も拘束できる硬さなのヨ! それに()()()()()()()()『眠り』をかけ直しているのに全く効いていなイ!)

 

 アルキネイルはただの魔物だった頃の「焦り」という感情を思い出しつつあった。自らの能力のことごとくが効果を成さない。しかもホームグラウンドであるドミニオンでだ。不安と絶望がじわりと奥底から湧き上がってくる。

 

 

「ククク……オレはついこの間までずっと眠っていたからな。眠気など彼方に行ってしまったのさ」

「!!」

 

 いとも簡単に己が心の内を読み取られたことに動揺するアルキネイル。さらに魔神は口を動かす。

 

「……それに、羽根か。()()()()ものだな。だが、それだけでよく(イキ)がれる」

 

 余裕綽々の魔神はゆっくりと片手のひらを上に向ける。そこから現れるエネルギー体。

 

「!!」

 

 驚愕するアルキネイルの眼に映るのは、色は真反対の白だが自分も所持している羽根そのものだ。

 そして理解する。この半魔がこれほどの力を発揮しているのはこの羽根が理由だと。

 

()()()()()()()の近しいものだ。されど……」

 

 魔神は──もし兜で隠れていなければ見えるであろう──不敵な笑みを浮かべ、それを上空に放り投げた。

 

「こんなものが無くてもお前を倒せる」

「なっ……」

 

 明らかに舐めきった行動。

 

 だが、アルキネイルは愚かな魔物ではない。イラつきですぐに飛び出しかねない頭を冷やし敵の意図を考察する。

 

 答えを導く時間は一瞬だった。

 元から羽根を所持するほど強い魔獣がそんな宣言をしたこと、それはすなわち……

 

 

 確実な処刑宣言。

 

 

 チャキ、と首に鎌をかけられるような感覚がした。

 

 アルキネイルは知る由が無い。相対しているその魔神は、かつて数多のドミニオンを滅ぼした邪神の眷属……それもその中で『最強』の、だ。その暴力性に()()()(いち)ドミネーターで抗えるはずがあろうか。いや、無い。

 

 

(こんな距離じゃ……危なイ!)

 

 首筋の嫌な感覚が取れないアルキネイルは、上空へ飛翔し距離を取ろうとする。

 

「なにヨ、あんた何なのヨっ!!」

「言ったはずだ。ただの亡霊だと」

(ただの亡霊がこんな……ありえなイ! 半魔の中にドミネーター、しかも私より何倍も格上のやつがいるなんてどんな確率だっていうノ?!)

 

 狼狽えるアルキネイル。その一瞬の隙に刹那の如くディノキアが距離を詰めていた。

 

「は?! なっ……」

 

 幻魔の目ではもう追えない。

 そして魔神が大きく広げた両の拳は夢蝕みの翼を鷲掴んだかと思えば、次の瞬間には左右へ引きちぎっていた。

 

「ぐっ……こ、この……がぇっ」

 

 追い討ちのように拳を顔面に叩き込まれた。言葉も言わせない。さらに足の回し蹴りが脇腹へ。ディルと同じ重力制御の力。それが地上と何ら変わらぬ動きを可能としていた。

 一撃。二撃。三撃。重めの振り下ろし打撃。からの軽い(とはいえそこらの魔物なら一撃で消し飛ぶだろう)乱撃の嵐。そして再び重い一撃。今度は膝蹴りだ。 

 ドミネーター故、アルキネイルはそこらの魔物より高い耐久力を持つが、それでも限界はある。秀美だった肢体がひしゃげ、擦り切れ、ボロ雑巾のように追い詰められていく。

 

 アルキネイルは思い出していく。かつて自らを追い詰めた虚無の使徒・死神(ヴォイド)の『白い闇』。

 それがディノキアの一挙手一投足全てにうっすらと纏わっていることを。それが自身の体内のみならず知覚能力まで喰らっていた。

 何故かそれを宿している半魔──今は何とも言えぬ魔物──の破壊能力は、とにかく幻魔相手に完膚無きまでに発揮されていた。

 

「ふ、ふざケ……ッ!!」

 

 渾身の力で魔神の暴力範囲から離脱する幻魔。その移動に追い討ちはかからない。あろうことか、ディノキアはその場で待ち構えるだけ。

 

「だったらアナタが『こんなもの』と言っていた力の真価を見せてあげるワ!!」

 

 アルキネイルが飛翔した先はドームの上方。そこにひらひらと浮かんでいた光を、脇目もふらず手に掴んだ。

 

 ディノキアが放り投げた羽根だ。

 

 ドミニオンの様相が一変する。

 ドーム内を舞う小さな羽虫たちは突如巨大化、ドームはその構成要素たる根を解き腕のようにざわめかせる。

 

 羽根を所持するドミネーターがさらに羽根を手に入れたらどうなるか?

 簡単な話だ。()()()()()()()

 

 ぼろぼろだったアルキネイルの身体が急速再生し、千切られ二枚となった羽翼は元の四枚から二倍の八枚に、頭からは一対の角が生える。夢蝕みの極致の一つ……魔王へと変貌した。

 

「来なさイ、ギディアムペーデたち!! あの半魔モドキを叩き潰セ!!」

「「ギュピイィィィィィィ!!」」

 

 合図と共に地中・壁を突き破り巨虐蟲が二体出現する。ファルディアたちが倒したそれより一回り()()()()()()そいつらは、宙で佇む魔神にバスほどはあろうかという大顎で喰らいつく。

 

 

 ……ことはできず、魔神が奮った翼刃──それも『白い闇』を纏わせてすらない──に頭を破断された。二匹ともだ。

 

「う、嘘……」

 

 愕然とした言葉が口から漏れる。

 

 このドミニオンにおいて最も力が強いのはドミネーターであるアルキネイル・アステイル。それは間違いない。しかし、物質的戦闘力──この場合は破壊力を意味する──が最も高いのは何を隠そう、尖兵たるこのギディアムペーデだ。

 

 それが一切敵わないとすれば、後は得意の搦手でどうにかするしかない。

 

 だが、それはもうしているのだ!

 二枚目の羽根で強化された瞬間から『眠り』をディノキアにかけているというのに! ……一切の効果が無い。

 

 ディルの装甲は『魔の因子(フェクテア・デザイア)』の大元であるディノキアの具現だ。しかし今、その精神体が体を動かしているとなれば出力されるエゴは比べるどころではない。

 

 戦闘に特化した破壊の化身の前では、小賢しい幻想の術などもはや意味を為していなかった。

 

(あっあっああアア有り得なイ!!)

「言ったはずだ。『こんなもの』が無くても倒せると」

 

 崩れる百足の残骸の奥で、ディノキアは『白い闇』のオーラを全身に纏わせる。そのまま蟲糟(むしかす)を急加速で突っ切った。

 

 消滅を恐れるアルキネイルは翼を前方に丸め泣きの防御を試みる。

 しかし数多の惑星(ドミニオン)を滅ぼしてきた眷属にとって、そんなものは矮小な動作。加速したまま振り下ろした手刀が幻魔の翼ごと右半身を吹き飛ばした。千切れた腕は『白い闇』があっという間に喰らい尽くす。

 

「嫌ダ嫌ダ嫌ダ消えたくナイ!」

「お前に恨みはないが、『継承』の邪魔だ。消えてもらう」

 

 無慈悲なセリフと共に大きく振るわれた魔神の拳。それは泣き喚くドミネーターを後方、上空へ大きく弾き飛ばす。

 上下左右が分からなくなるほどに意識が混濁した彼女の半開きの目、そこにディノキアのさらなる変化が映る。

 

 彼の体を覆う生体装甲が急速に増殖していく。二、三秒も経たず何倍も大きくなったそれは人の姿を留めない。

 それは細身の恐竜にも似た、流線形の巨大な黒き竜。見た者を狂わせかねない眼を身体の各所に開いたかと思えば、闇そのものと言っても過言ではない黒の翼を広げた。

 

「滅べ。ドミニオンごと、な」

 

 魔神竜へと変貌したディノキアは、口腔に黒いエネルギーを収束させていく。圧縮されたその量たるや、あまりにも莫大。

 そしてドミニオンの壁はヒビ割れ、崩壊の兆しを見せていた。

 

(ありえなイ、私の『(ドミニオン)』がこんな形で壊されるノ────)

 

 

究極破壊砲(オメガスマッシャー)

 

 竜の口から滅びの吐息が放たれる。

 『白い闇』を纏わせた光り輝く絶望。

 

 それがアルキネイル・アステイルの最期に見た光景だった。

 

 




声に出して叫びたいアーツ堂々の一位、増殖体の《究極破壊砲(オメガスマッシャー)》。
本来のゲーム処理なら自分の出番に待機を宣言しなければ使えない(チャージに時間がかかる)アーツです。
しかしこの魔神、待機を宣言→イニシアチブに《世界律:神速》(すぐに再行動する特技)を宣言、といった感じでぶっぱしてます。

こ れ が や り た か っ た 。
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