「……うん?」
気温の高まりに反応し、男子高校生の身体が目覚めを告げる。パラソルの日影の中とはいえ、曇り空から晴天に変わればどんどん暑くなるもの。
左に九十度、右に九十度。首を回した宗也が得た情報は、友人の一人が寝てて、もう一人の友人といっしょに女子クラスメイト二人が消えていたということ。そして浜で寝転がる数多の人間。
(あー……これは何か事件があったな)
もう一度辺りを見渡そうとするその前に、後方から声がかかる。
「あら、美崎君も起きたの?」
もう一つのパラソルの影にいた女子クラスメイトの三人目、流蘭院恵那だ。
宗也はディル伝いで彼女がノウンマンであることを知っている。それは恵那も同じだ。おそらく先に起きていたのであろう彼女に、宗也は状況を尋ねる。
「これ『
しかし気がかりなのは、いない他二名だ。
「太田と八宮さんいないんだけど、何か知ってる?」
「いいえ。私も
あくまでただのノウンマンである演技を続ける恵那。
宗也もそれがフェイクであると見抜けない。当たり前だ。彼女が半魔であるのなら、転入初日に半魔バレしたディルに言っているはず。……という思い込みが宗也の頭から疑いを除外していた。
そして、本質問の爽帆とアユミがいない件。二人が半魔であると宗也は知らない。しかし半魔であるディルがいない状況──ドミネーターを殴りに行った──に二人も追加されると、自ずと答えは導き出される。
「……流蘭院さん」
「察したから大丈夫よ。でもきっと
「おー怖」
友達が普通の人間じゃないなんて! そんなことは恵那にとって些細な問題だ。なにせ、自分もその普通じゃない人間なのだから。
そして何より、恋する乙女からすればその友達二人が好きな男と楽しく過ごしている、その方が問題であった。
戻ってきた彼らがどんな言い訳をするのか、ぼんやり考え始めたところで恵那の耳にがやが入ってきた。遠くの方からだ。
江ノ島から湘南海岸への道、そこを妙な一団が歩いてくる。サーファー、カメラオタクやコスプレイヤー、そして高校生。
「HAHAHA! まさかBoyがドミネーターを倒すなんてNA! 見くびってたZE!」
「い、いやぁ……た、たまたまっすよ」
「アヒャヒャヒャ! 当たり前だぜえ! なにせオレ様が認めたやつだからなあ!」
賑やかな話し声と共に、恵那が想像していた以上の大人数が戻ってきた。
「あ〜もうほんま気分最悪やわ〜。あのムカデでねちょねちょなるし、野球部から借りてたバットも折ってもーたし……それに
「わ、わぁ!? なんでアタイに振るんですか! 思い出させないでくださいよ!」
「なんだお前らまだ引き摺ってんのか」
「あんたは少し反省せい!!」
「げブろん!!」
鉄拳制裁でファルディアの顔面が凹む。
「OiOi、年頃のGirlにノンデリ発言はBadだZE、ファルディア」
「
「いや、そーだろ……ってかあんたら知り合いだったのか?」
剛三郎がファルディアと既知であることを疑問に思ったディルは、ファルディアに聞く。戦闘狂は凹んだ顔をゴムボールのように戻して口を開いた。
「当たり前だぜえ。ここでしばらくバイトしてんだ、半魔の知り合いぐらいできらあ」
「HAHAHA! こいつはなかなか凄くてNA。なんでも、東京で有名なBattleドミニオンにも出てるほどDA!」
メフィストフェレスが主催する『池袋の夜』のことだろう、とディルはぼんやり思った。傭兵かつ戦闘狂、ならばそのエゴを満たすために闘える場所を探すのはなんらおかしくない。
「さて。異変も解決したし俺たちは波と戯れるZE。じゃあなBoy達! たっぷり遊んでいけYO!」
「アヒャヒャヒャ、オレ様も焼きそば焼きに戻るぜえ!」
浜に戻ってきた半魔たちは各々の持ち場へと帰っていく。
そして残された爽帆とアユミ、ディル。
「ほんっとあの男、アヒャアヒャうるさかったな……」
「そうでしたね……」
「あのうるささは死んでも治らねーだろうな……」
波の静けさをしみじみと感じていたところ、宗也が歩いてきた。それに気づいたディルは駆け寄る。
「宗也、起きたのか!」
「おー、ディル。なんか俺らが寝てる間に解決したみたいだな」
「ら?」
「そう、私も起きてるわよ♪」
宗也の後ろからひょっこり顔を出す恵那。
その顔を見たディルは急発進した車のように近寄る。
「恵那! ……身体が変とかおかしいとか、眠気とか、そーいうの無いよな?」
「し、心配ありがとう。私は大丈夫よ。あの、パラソルの下で寝てる新屋敷君はどうか分からないけど」
急に顔を近づけたディルに恵那は思わず目を斜め下に。
代わりとして指差した先には、日陰でいまだ横たわったままの新屋敷泰輝。
「ハァ、ハァ、うぁぁ〜……紳士たるものそんな誘惑には屈しないぃ……」
無事な彼を見てディルは安堵するも、妙な寝言を聞いてジト目になる。
「大丈夫そーだな…………あ」
横にいる爽帆とアユミに気づく。彼女たちは恵那と向き合っている。
(そういえば二人が半魔だったのを恵那は知らなかったんだよな……)
自分が半魔バレしたときは受け入れてもらえたディル。しかし爽帆とアユミの場合は半魔がどうこうという話ではなく、隠し事をしていたという事実が問題だった。例えそれが「魔物の側に巻き込みたくない」という仕方ない事情とはいえ。
「あの、恵那さん……」
言葉が浮かばず何も言えない爽帆に変わって、珍しくアユミが弁明しようとする。
「あの、アタイら……」
しかし、そこで手を前に突き出す恵那。文字通りの待っただ。
「二人はディルと何してたのかしら?」
「「え?」」
自分たちのことに加えディルについても聞かれ、抜けた声を出すアユミ、そして爽帆。
「あるんでしょ? 私を放ったらかしにしてまで楽しーくキャッキャウフフしてた理由が」
「いや、キャッキャウフフなわけないじゃないですか。ドミネーター倒しにいってたんですから」
「あら! 大変なことじゃない! 無事でよかったわ」
えらく大げさな手振りと言い方だったからか、アユミの眉間にシワが寄る。
「あの、アタイら半魔ってこと隠してたんですよ……?」
「それが?」
あっけらかんとした態度の恵那に、爽帆も声を上げる。
「だって友達に隠し事してんのやで! そんなん……そんなん……」
「私がアンノウンマンだと思っての、気を遣ってのでしょ? それが分かれば十分よ」
「えなたん……」
友人が悪意を持っていたわけではないことなど明らか。なら、それを責め立てることなどできようか。
「それに、転入初日からストーキングしてきたディルに比べれば些細なことよ」
「恵那さん……」
「やっぱウチらズッ友や! わーい!」
受け入れられた嬉しさから抱擁する爽帆、アユミも巻き込み円陣を組んではぐるぐる回り始めた。
それを眺めながら男性陣二人はコメントし合う。
「イイハナシダナー」
「なぁ、恵那にさらっと槍玉に上げられた気がしたんだけど」
「事実だし仕方ねぇんじゃねぇの?」
「オイ!!」
────尤も、恵那自身が半魔であることを隠している。流れに乗ってこの場で言えたらどれだけ気が楽になるか。
でも言えないのだ。ディルとの関係を終わらせたくないから。
円陣を組んでわいきゃいする中、恵那の頭をよぎるそんな考え。
それに連なるように足取りも緩まり……女子三人の回転円陣がバランスを崩す。
「わっ」
「ちょっ」
「あーっ!」
転倒。絡んだままに砂まみれとなってしまった。
「いてて……大丈夫かいな」
「なんとか……」
「ふざけすぎちゃったかしらね……」
砂をはたいて軽やかに立ち上がる爽帆。まだ横になってる二人に手を差し伸べる。
「ありがとえなたーん……」
しかし違和感が映る。
「…………?」
爽帆から見た恵那の姿。それが一瞬、薄くブレたように見えたのだ。
なにせ彼女もストレンジャー。知らないながら『鍵』と恵那の異常に気づきかけていた。
(……まだ寝ぼけとんのかな)
自分の視界を疑ったのか目をこする爽帆。しかし散々汚れた手でそんなことをすれば……
「ぎゃぁぁぁああ目があああああ」
「何をしてるんですか爽帆さん?!」
「?」
「まーじで何やってんだあいつら……」
「あっおい、手は海水で洗うなよー」
「むにゃ……あ、みんなー! 僕を置いて何話してるんだーい?」
騒ぎ声を聞いてか、未熟な紳士もようやく目覚めた。
「いやぁ、今日は遊んだ遊んだ! 明日は筋肉痛待ったなしだよ!」
陽の光が茜色に変わりつつある時刻。すっかり人の数も減り、波の音がはっきり聞こえる程になっていた。
「新屋敷、あんたまだまだやで。もっとウチみたいに普段からスポーツしたら?」
「時間がないさ!」
「爽帆さん、それ無茶苦茶言ってますよ。あなたちょくちょく他の部の助っ人もやってたじゃないですか……」
「えー? こんくらい普通ちゃうん?」
「まぁ俺らインドア組だしな。こういう時ぐらいしか海に来ないし許せよ」
「ぶー。まぁ美崎が言うなら今日はこのくらいにしといたる!」
わいわい話を続ける一行。
しかしその横で、一人えっさほいさとパラソルを片付けたりフロートの空気を抜くディル。
「クソッ……なんでこんなことに」
ぶつくさと呟きながら手を動かすディルに、横から恵那がくすくすと茶々を入れる。
「あら、遊びに罰ゲーム入れようぜって提案したのは貴方じゃなかったかしら?」
「だって、アニメとか漫画によくあるからやってみたくて……」
実は、人が減ってきた夕方に、一行は広くなった浜で大きな◯×ゲームをしたのだ。その際、ディルは軽率に上述の提案をし、見事全敗した。
「因果応報ね。だいたい、罰ゲームなんて今時流行らないわよ。……手伝おうかしら?」
「いやいい。自分で言ったんだ、せめて自分でやらねーと」
「もう……」
「……あっ、なんだその顔。まさか『片付けできる?』とか思ってんじゃねーだろうな?! 言っとくが孤児院で家事全般はあらかたできるようになってんだからな! ほら見ろ浮き輪とビニールシートの見事な収まりを!」
早口で自己顕示するディル。それを見る恵那の顔はどこか穏やかであった。
そして五分もすれば片付けは完了していた。
「というわけで有言実行!」
「おっ、黒装のくせにやるやん」
「俺はあと五分かかると見てた」
「僕だったら皆に土下座して手伝ってもらってたね!」
「泰輝、お前それはどうなんだ」
それぞれ荷物を持ち、沈む夕日を眺める。
『夜の側』の事件があったとはいえ全員無事で、かつしっかりと遊べたというのは稀なことであった。特に、殴り込みにいった三人は総経過時間が長いのにヘトヘトにならなかったのは若さ故か。
いや、そんなことはない。
後に事の記録に当たった死霊課刑事は報告書へこう記している。
「事件にかかわった鬼の半魔は『この地を陰気な場所にしたくないから動いた』という主旨の発言をしていた。また、巻き込まれたアンノウンマンも衰弱の気は見られなかった」
「ドミネーターの力が弱かったのかという推測もあったが、半魔たち曰く、『
「事情聴取の中に、一つ興味深い事例があった。その方は気分が沈んだ時、毎回この地へ来ているようだ。そして、はしゃぐ人を見て、海風を浴び、どこか陽気な気分になるとのこと」
「あくまで仮説だが、この湘南海岸には人の気を前向きにする世界律のようなものがあるのではないだろうか」
そんなことが書かれるとは知る由もない一行。充実感と夕陽の物寂しさにしみじみとしながら帰ろうとする。
だが、そこに声がかかる。
「うおおおおい! 黒装ディルう!!」
聞き馴染みのある声にディルは面倒なやつが来たという顔で振り返った。当然、声の主はファルディア。
「なんだよ。こっちは今から帰るとこだってのに」
荷物を両手に「相手する気はないぞ」と暗に示すディルに対し、バイト上がりであろうファルディアは答える。
「貸し一つだったよなあ?」
「あー……そういえば……」
自分で課していながらすっかり忘れていたディル。
ファルディアは傭兵業を営んでいる半魔。こういった約束事──依頼には報酬が発生する──にはディル以上にきっちりしていた。
とはいえ、それを一切理解していないディルではない。しかし爽帆とアユミの警護代に何を要求されるかまでは彼も分からない。少なくとも金でなさそうだと直感する。
「何なんだよ。まさか闘えとか言うんじゃねーだろうな」
ディルの反応に、ファルディアは待ってましたと言わんばかりのニヤリ顔をする。
「その通りだあ! お前に闘いを申し込むぜえ! 『池袋の夜』でなあ!」
孤城は魔神により崩された。
そして解放された民衆は再び活気を得る。
想像以上に回想が挟まりました……。
それに伴い話が長くなるのなんの。
さて、物語もケリをつけるべく終盤に……あれ? ファルディア君? ライバル的決着をしたいなら色々片付いた後に……ウワーッ(スクライド展開キャンセルの音)