Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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68話「接触(1)」

 

 

 

 夜────北池袋駅の雑居ビル群、その一角にある酒場・『ラフメディ』。ハンターズブラッドの池袋支部近くにあるこの店は賞金稼ぎ半魔たちのたまり場だ。

 「OPEN」と書かれたドアプレートがかかった扉、その木製取手を奇異な格好の少年が開く。横に付き添うのは、一般人にも魔物にも見えることがないステルス仕様ゴーレム二体だ。

 

「……」

 

 少年のようにしか見えない半魔──キラーアンデット製造所所長は扉を開けたところで、視線だけをギョロギョロ動かす。

 

 店内は暗く、静かだ。普段は夜だとしても人の喧騒があるというのに、今は人の気配が一つも無い。

 とはいえここは半魔が集う場所。そういった者たちが人から魔物としての気配に戻して────いるわけでもない。

 

 本当に誰の気配も無いのだ。

 

(気配を消しているわけじゃねえ……今夜は誰も入れてないってワケか)

 

 所長の体感レーダーは、店内に魔物がいるかどうかを正確に探知していた。店を開いているのに客が来ていないのは、単に寂れているからなのか、それともそういった世界律が発動しているからなのか。

 なんにせよ、「この場所で確定だ」と悟り、所長は店内へツカツカと侵入していく。どこか警戒心を漂わせながら。

 

 

 そして。

 

「──────!」

 

 所長の目が視界に映った何かで警鐘を鳴らす。

 

 誰もいないはずのカウンターに、いつの間にかいる金髪の青年。グラスを丁寧に拭いている様はいかにもバーのウェイターだ。

 

「こんばんは。今日はどんな酒(もの)をご所望かな?」

 

 呑気な挨拶をする店員。

 

 しかし所長(カス)はそれに上手い返しをする風流など持ち合わせていない。

 

「姿現せや」

 

 キッと目を見開くと、超宇宙情報存在としての力がウェイターの『昼の姿』を解いていく。

 

「おやおや……」

 

 余裕を含んだ声と共に、青年が纏い隠していた青いマントとシルクハットが現れる。

 

「お前だな、青マントの道化師モーメント・デスは。『遭いに行くは問題なし、遭いに来たら覚悟せよ』だったかぁ? オレ様自身が遭(・)い(・)に(・)来(・)て(・)やったぜえ!!」

「トンチデスナ」

「無事ハ保証サレテマセンゾ」

 

 高らかに宣言する所長、賑やかしのキラーアンデットたち。

 

 しかし道化師は動じない。

 

「そう。待っていたよ。君が来るのを」

 

 

 瞬間。

 

 両脇のキラーアンデット二体が破砕音と共にバラバラにされる。いつものふざけた今際台詞を言う間も無く。

 

「……上等じゃねぇか」

 

 自身へ向けられていた分の攻撃……雷ほどの速度と威力の電撃は防いだ所長。

 攻撃の仕草などは見られなかった。仕掛けられていた罠だ。

 

「やれやれ。可愛い妹君を調べようとする輩がどんな魔物なのかと思ったけど、まさか宇宙人だとはね」

 

 ゆっくりと、燃えるような紅い瞳が所長へと向く。

 

「『並行世界の鍵(ストレンジスタ・ヴィアビリティ)』を知ってたみたいだから調べたのさ。そしたら銀河科学アカデミーにも論文を出している著名人じゃないか。抱えている研究テーマなんて他にもありそうなのにね」

「はっ。そこまで調べたとはなぁ。さすが情報屋だって言いてぇが、ギヴィング・デスがあんな小娘だと判明したのはつい昨日だ。なのにそこまでオレ様のことを知ってるとは……前(・)々(・)か(・)ら(・)観(・)て(・)や(・)が(・)っ(・)た(・)な(・)?」

 

 所長は見開いた目をギョロリと動かす。モーメント・デスの全身をその瞳に映し逃さない。

 

「大方、オレ様があの小娘と初めて会った時から逆探知してたってとこだろ。そんぐらいしか考えられねぇ」

「ご名答。さすが理論と推測に長けた研究者だ。でも少し惜しいね」

「何?」

「僕が君を観始めたのは、君がよく観察している少年からさ」

「黒装ディル……!」

「彼はここにも来ることがあってね。その彼を通して測(み)ている者がいたら、こっちも観たくなるじゃないか」

 

 小さな笑いを繰り返す青マントの道化師。所作に苛立ちを覚えつつも、所長はその発言に違和感を覚える。

 

「不可解だ。流蘭院恵那はオレ様と実際に会ってたんだ。黒装ディルから逆観測しなくても、小娘を通してお前はオレ様の存在に気づけたはずだ。そもそも『鍵』という危険物を任せっぱなしだなんて……いや、そういうことか」

 

 何かに気づいた所長。

 次の言葉は早かった。

 

「お前、あの小娘が観(み)えなくなったんだな?」

 

 

 一瞬、店内を静寂が流れる。

 

 

「むしろそうでないと説明がつかねぇ。新宿でオレ様たちがあの特殊部隊に狙われたとき、状況が見えていたならギヴィング・デスをサポートしたはずだ。月影高校に現れたときだって、ニセモンを察知したから間に合ったって話だろ?」

 

 刹那に動揺は見られない。所長の推測を聞き続けるのみだ。

 

「お前のような『原(・)初(・)の(・)魔(・)』が、敵性存在にあそこまでの動きを許すなんておかしいからな。考えられるとすれば、保護対象のギヴィング・デスを認知できなくなっているから。概ね、『鍵』の力でストレンジャーのドミニオン・アクセスが遮断されて……とかそんなんだろ」

 

 所長が自説を垂れ流し終える。そのタイミングで、黙していた道化師が笑い始めた。

 

「フフフ……ハハハハハ! そこまで気づくなんてさすが『キラーブレイン』。いや、『─N(・)o(・)n(・) (・)s(・)e(・)n(・)s(・)e(・)d(・)─』だったかな?」

 

 宣言された別名に所長は何も答えない。

 

「そんな君が恵那をただの人間だと断定してくれたから、しばらく安全だと思っていたのさ。しかしまさかそれを覆すなんてね」

「それに関しちゃあ……ほんとに、な。恥だ」

 

 所長の言葉のトーンが重くなる。

 

 実際に当人と会っていたというのに、ただのノウンマンだと憶測だけで結論づけてしまっていた。そんな自分の不甲斐なさへの強い自戒。大天才を自称していただけに尚更だ。

 無論、自力で「流蘭院恵那はギヴィング・デスである」と気づけたのは偉大なのだが。

 

「しかし、てめぇのことだ。掴んでいるんじゃねぇのか。そのかわいい妹君を狙ってるあの特殊部隊とやらを」

「……へぇ、君も(・)辿り着いたのかな?」

「ほざきやがれ。情報パスをごちゃ混ぜにしたてめぇのやり口とは似ても似つかねえ」

「やはり君も感じていたのか。パスそのものが無(・)く(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)のを」

 

 先んじてヒントを得ていたような言い振り。耐えきれんとばかりに所長の口が噛みつく。

 

「……洗いざらい吐きやがれ。お前の情報を基にオレ様が完璧に名推理してやる。あんなすっぱり消失させることができるのは『虚無』の死神どもしか有り得ねえとなぁ!」

「君の理論構築は素晴らしい。けども君は恵那も『鍵』も調(・)べ(・)尽(・)く(・)す(・)つもりだろう? 君の目的(エゴ)は『あらゆる事象の観測』。そのためなら親しい存在すら利用するマッドサイエンティストだ」

 

 モーメント・デスから揺らめく炎のように敵意が溢れ出す。それまでの、会話を楽しむ気配が消えた。

 

 しかし所長に怯む様子は見られない。

 

「お前もそうだろ? 『世界(ドミニオン)の可能性を観る』ためなら何でもする。そういう地獄の道化師だってなぁ?」

 

 不敵な笑みを崩さない所長はマントを揺らめかせ始める。魔物としての気を全開にしようとしていた。

 すなわち、研究所・宇宙・並行世界……あらゆる場所に用意していた戦闘システムを起動しようとする合図。

 

 だが何も反応がない。

 

「…………!」

 

 合図に反応しない、というより合図が届いていないのだ。

 

(やはりか……!)

 

「ここは僕の拠点の一つ。外とはあらゆるモノが遮断されている」

 

 酒場の景色が歪み、暗い虹色へと変貌していく。

 

「んなこたぁ分かってんだよ透かしイケメンがよぉ!!」

 

 吠えるように叫んだ所長は、袖口から大量の銃火器を取り出し、その口から火を噴かせた。

 

 

 


 

 

 

 月も顔出す夜陰、湘南海岸から少し離れた藤沢市内の新林公園。

 

 魔力の銃弾が音も立てずに人間……く(・)ろ(・)が(・)ね(・)色の兵装に身を包んだ兵士を貫いた。特殊部隊員である彼は被弾時の回復行動に移ろうとするが、心の臓を破壊された体は動かない。

 

「さて、君で最後か。私たちに熱心な視線を送っていた理由でも聞かせてくれるかな」

 

 銃撃の主、黒倉アオイは金属装甲に覆われた魔の姿のまま、銃口を兵士に向けた。

 

 すでに別の一名を再起不能にしている。この兵も長くない。しかし、死体であれ装備さえ残っていればどこの組織の者か判断する手がかりになる。

 なにより、浜でギヴィング・デスこと恵那を監視していたのだ。彼女の話にあった『くろがね』の説が高い。

 

 事実、初撃の不意打ちで倒した一人目はともかく、二人目は二撃目をとっさに反応し軽傷にした。さすがにアオイの速度が速すぎるため三撃目以降は回避できなかったが。

 

(おそらくMMMの上位部隊級……!)

 

 警戒は怠らず相手を見極めようとするアオイ。

 

 だからか、バイザーの奥が自身を嘲るような目だと直感できた。まるで、自分たちが全てではないと言うような。

 

「!」

 

 直後、倒れた『くろがね』隊員二人はその傷口から白いもやを発する。

 

 一瞬のけぞるアオイ。だが攻撃が飛んでくるわけでもなく、そのもや……『白い闇』は隊員たちを飲み込み、装備ごと消失した。

 転移の類ではない。自滅だ。

 

「な……」

 

 手がかりとしての物品が全て綺麗さっぱり消滅したことに、アオイは愕然とする。

 

 しかし、組織がどのようなものかは分からなくても、今の隊員たちがどのような魔物かは推測できた。

 

「まさか……」

 

 急ぎ依頼主であったキラーアンデット製造所所長に連絡を取ろうとする。

 

 だがスマホに返ってくる返答は「オレ様ハ電波ノ届カナイトコロダゼ」の自動メッセージのみ。

 

「くそっ! こんなときに何やってんだあのバカ所長は!」

 

 苛立ちを露わにしながら、アオイは魔の姿のまま都内の方角へ飛び立った。

 

 

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