瞬間の一光り。混ざりかけの絵の具のように幾多の暗色が揺らぐ空間で、それは
線というより自在に曲がる、まさに光の鎖。それは捻くれた動きでどこかへ向かい、そして
かと思えば消失した先から新たな、今度は炎の槍が何本にも分かれ飛んでいく。
ボウッと拡がる炎のエネルギー。異次元とも呼べるマーブルのような暗色空間が、明色へと切り替わる。
かと思えばその色を裂き、巨大なハサミが現れる。その持ち手の先にはご存知キラーアンデット所長が。
「チンケな魔法だなぁ! そんなんじゃオレ様にはノーダメだぜ!」
意気揚々と叫んだ所長はもう片方の手を即座に変形させる。小学生程度しかない彼の背丈、その袖口からは考えつかないミサイルポッドがお披露目された。
そして一戸建ての家ほどのハッチが開いたかと思えば、中からおおよそ百は下らないだろうミサイルが発射される。
縦横無尽に飛び回る火力兵器は異次元空間内の一点に向かう。かと思えば急旋回、別の方向へ狙いをつけ、また再び別方向へ飛んでいく。
不規則な移動の理由は、移動先で転移を繰り返す魔法使い……
嘲笑うかのような青い炎と化してミサイルを回避、チャフのような残り火で処理していく。
「ハハハハハ!! 僕も無傷だよ、君の科学力は
「抜かせ!」
後隙を見せないよう、ミサイルの爆煙から更なる追撃の光線が放たれる。
刹那はそれを受ける寸前、自身の手前空間を濁らせるように歪ませる。そして光線は鏡のように綺麗に反射。所長へと返っていく。
「ちっ!」
あっという間に元に戻った手で、所長はいつの間にか握っていたスイッチを、親指で押す。
瞬間、光線は所長に届く前に消える。
「自分の技で自滅なんてバカなことするかよ! 対策済みだ!」
そう叫んだのも束の間、所長の背後に無数の黒い手が滲み寄っていた。
「!」
コンマゼロイチ、紫マントから無数の棘を生やす。串刺しとなる黒い手たち。
しかしその刺された箇所から猛烈な冷気が棘を伝い所長を氷結させようと迫る。
(氷の属性まで持ってんのかコイツは……ッ!)
所長はとっさに愛用のマントを射出する。背中を離れた布は氷漬けとなり、異次元の中で脆く砕け散っていった。
(……冗談キツいぜ。これが『原初の魔』の力か……!)
何時間、下手をすれば何日戦っているのだろう。所長の脳内時計すらそれを計算できずにいた。
モーメント・デスの異次元空間……『固有異空』と呼ばれるそれは、強力なエゴにより周囲の空間を自身の世界律で支配するものだ。すなわち、限定的にだがアレナをドミネーターのドミニオンに匹敵させる力。
そんな空間内は、当然外と完全に隔離されている。所長にとっては完全なアウェー。
文字通りの迫る魔の手に、距離を取る・隠れる、なんて手段でどうにかなるはずもなく。大天才はとにかく対処に追われるしかなかった。
しかし、逆にいえばこのホームと呼べる空間内、外の時間で
(まさか『─Non sensed─』がこれほど策を講じているなんて……!)
しかし、腐っても地球に生命が誕生するより前から存在し、あらゆる事象を観測し続けてきた超科学者。その実力は、同じく悠久の時を生きてきた悪魔と同格であった。
二人の実際の実力は五分五分。ホームである分、刹那が攻勢に回れているが、脳内にそれを推し量る余裕は無い。
お互いに、「相手がまだ手を隠し持っているだろう」と推測しながらの立ち回り。自分が先か、相手が先か。いずれ手の尽きた方が敗北すると、彼らは
しかし、そんなジリ貧を待つ攻防をやってられるほど、このキラーアンデット製造所所長は暇ではない。
モーメント・デス……刹那との戦闘は過程でしかない。肝心なのは、彼から引っ張り出した情報を元に、所長もまだ名を知らない『くろがね』の元に辿り着くこと。
なにせ、駕山は彼を出し抜いた兵だ。それが『鍵』を狙っているとなれば、その危険性は堕天使の計略やリンドヴルムの作戦以上だろう。
ここまでなら、モーメント・デスと戦う必要そのものはないのだが、今この瞬間だけでなく先の……それこそ何十年と先の未来も見据えて動く所長にとって、この青マントが厄介な障壁になる可能性はいくらでもあった。
だから潰せるなら潰しておく。
それ故、所長は攻めに出ることにした。
ペースを握られている状態から、逆に握るために。
しかし悟られてはいけない。
足裏から刹那目掛けてビームレーザーを放ち、回避するだろう先へロケットランチャーを発射。
当然、それに対応しない刹那ではない。行先に置き攻撃があるというのなら、まず目掛けてくる攻撃を、無効化する。青色のマントを前方に手繰り寄せ、布の質感を金属のそれへと変化させる。鏡式の反射だ。
奥の手は気づかれないよう────
突然に出す。
「よぉ」「やぁ」
「「────!?」」
それは全く同じタイミングだった。
所長と刹那、二人が不意をつくために瞬間移動した先は、互いに手を伸ばせば届く真正面。
所長は刹那が次に動くだろう場所を予想して先回りする……のを予想される想定で別の場所へ……も予想される想定で……を繰り返し、最終的に予想した先へと転移した。ご丁寧にそれまで使っていなかったワープ装置で不意をつける可能性にかけてだ。
しかし、地獄の道化師も同じく先読みに先読みを重ねていた。
決して所長の動作に怪しい点があったわけではない。
同じく決め手に欠けていた彼も大一番の攻勢に出ていたのだ。
「てめ……動き被らせやがって……!」
しかし今さら別の動きに切り替えるわけにはいかない。むしろ、ここで別の動きをすれば相手の全力に飲まれかねない。
「そちらこそ偶然を手繰り寄せるのが上手いじゃないか……っ!」
とっさに皮肉を返す刹那。もはや仮面を取り繕う余裕もない。
「やっぱお前は……」
「君のような輩は……」
「「気に食わ
ある意味では似た者同士の、普段なら絶対しないであろう接近戦、それも掌での取っ組み合い。
単純な筋力ならアユミにも劣る二人だが、それ以外の魔力・電力・霊力・原子力……etc.がただの魔物のぶつかり合いを超える絶大な衝撃を生み出す。
出所である手と手の狭間から別の景色が滲み出す。もし人間がそれを見れば脳内にありとあらゆる数式や図が入ってくるだろう。そんな宇宙と星々の光景がモーメント・デスの『固有異空』に入り混じってくる。
そう、所長も自らの『固有異空』を展開し始めたのだ。
刹那と同じく永き時を生きてきた魔物、刹那と似たようなことができない道理はない。
当然、それを易々と実行させるわけにはいかない刹那。
自らの魔力を全開にし、掴んだ所長の手にゼロ距離の雷を解き放つ。
「ぎぃっ……ぁぁぁうらあああ!!」
マッドサイエンティストは怯まない。雷撃を受け続け尚、その口角は上がったままだ。退く気は一切無い。なにせ、ここで手を離せば刹那の全力にそのまま押し潰されるからだ。
互いに全力。地球ドミニオン上で行えば地域一帯が別ドミニオンと化するか、焦土になるかの絶大なエゴのぶつかり合い。
拮抗しているように見えるが、エネルギーの余波は異次元内にどんどん蓄積されていく。『固有異空』が揺らぎだす。
(空間が保たない……だけど、支配権を彼に渡すのだけはさせない!)
(どっちかつかずの元の酒場に戻る前にオレ様が……呑み込む!)
意地の張り合い。それこそが、魔物の根幹たるエゴを表していた。
揺らぐ空間。刹那の魔力世界に混じった所長の数式世界、それらが混ざり、歪み、光り。
ヒビこそ見えないが軋むような音が空間全域を震わしていく。
そして。
古よりの怪物たちの力に耐え切れず、ついに『固有異空』が砕けた。
爆風がバー『ラフメディ』の中を駆け巡る。それまで中心に居座っていた青い異次元空間が揺らぎ、そして消失していく。
「はぁーっ、はぁっ、はぁ」
「ふー……はー……はっ」
中で戦っていた所長と刹那、両名ともに言葉を発する余裕はない。服装はところどころ焦げてすす切れ、床につけた手からは血が滲む。全力を出した後だ。古からの魔物とはいえ、さすがに息切れが発生する。
(いくつか武装は残っているが、あれに効くような威力のはもうねぇぞ……!)
(いくつか手札はある。けれど彼が容易に対策できるものしかない……!)
窓からの逆光が膝を崩し相対する二人を照らす。互いの頭の中は次の行動の模索のみ。しかし有効打も思いつかない。かといって相手の息が整うのは待ってられない。
互いに疲弊する中、荒い呼吸音のみが続く。
……────ことはなかった。
窓ガラスが砕ける音。しかしその犯人はそこにいた二人ではなく。
月明かりに照らされ、店内に映り込んでくる多数の人影。
そして所長たちの目に入る、それら人影が
「嘘だろ!? こいつら……このタイミングで!」
普段ならともかく、最悪のコンディションの中登場した襲撃者たち。対策に回す脳のリソースが足りない。そしてそれは刹那も同じであった。
頭が回りきらない中、『くろがね』の一人が手に持っていた榴弾を二人に向かって投擲する。
たかが爆発物一つ。されど爆発物。息絶え絶えで防御力が並の人間と変わらない二人にとって、それは致命的。
建物全体が揺れる振動が発生し、店外にガラス片と爆炎……そして、シルクハットとサンタ帽が吹き飛んだ。