Black Externa ─黒の極致─   作:サム・ソー川

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登場人物が一気に増えます。


7話「コール・ネーム(1)」

 

 

 トタンを叩くようなカンカンとした音が響いていた。足音だ。

 

 さらにそれらは近づくにつれ、別の音も奏でていた。呼吸音だ。

 

 暗く狭い通路を駆けていく三つの人影。

 

 その姿を見た者がいればこう答えるだろう。

 

 『黒』、と。

 

 人影……まだ大人には至っていないそれらは先の見えない通路を駆け抜けていった。

 

 出口の無い、奥へと……。

 

 

 


 

 

 

「あー……また()の夢か……」

 

 朝焼けが差し込む部屋の中、ディルはあまり良いとは言えない機嫌で目覚めた。

 散らかろうにも物が少ないために教科書が散乱している程度の無趣味な部屋。布団から身体を起こす。ハネた髪が揺れる。未だに主な使用法が時計機能のみのスマートフォンを手に取り、時間を確認した。

 

「朝か……」

 

 時刻は午前七時三十分。普段なら学校に行く準備をしなければならないが、本日は土曜日、すなわち休日。遅刻は気にしなくていい。

 

 ……はずだが。

 

 いそいそと布団を畳み始めるディル。寝ていることを咎める者がいない一人暮らしのアパートだ、何が彼を休日に規則正しく行動させようとするのか。

 

 ディルはスマホのメッセージアプリ、そのチャット欄を見る。グループチャットでもあるそこには「日曜九時」と書かれていた。約束事だ。

 

 いつもの学ランではなくジャケットに袖を通す。財布は持ったか。筆記具も忘れるな。少し早いがどうせ家にいてもすることは何も無い。

 鍵を閉め、ディルは余裕の出発を果たした。

 

 

 

 月影高校よりもっと西にある住宅街、その中の安アパートに住む彼にとって、池袋駅までの距離は近いとまでは言えない。ましてや徒歩だ。余裕をもっておくに越したことはない。

 

 日曜の朝っぱら、住宅街の中とはいえ、道行く一般の人々もちらほら見える。すれ違いながらディルはふと、物思いに耽る。

 

 この人たちの中にも自分と同じ半魔がいるのかもしれない、と。

 

 東京は人口が多い。ましてやかつて『失墜』があった地だ。引き寄せられた魔物は多かった。半魔を手助けしてくれる死霊課などの組織(もちろん手助けとは限らない組織もある)、宇宙人の互助会や秘密結社の一員……色々な存在が人のガワを被ってこの地に根付いている、そう考えれば「すぐ隣に半魔がいる」と考えてもおかしくはない。

 

 とはいえそれを確認する必要はない。あくまで今は人間として過ごしているのだから。

 

 

 

 

 池袋駅。複数の鉄道会社が重なるこの場所は繁華街の中心だ。ある者は家電を、ある者はファッションを、といった具合に様々な目的で人が集まる。

 無論、それは集合場所という簡単な目的でもおかしくない。駅の東口、地下街の通路前にあるフクロウ像。いけふくろうと呼ばれるその像の前に人は集まっていた。

 

「おーっす。早いなディル」

「おー宗也(そうや)。お前もけっこう早くね? まだ十分前だぞ」

 

 像の前に並んだ二人の男子高校生。普段の学ランとは違うジャケットやシャツが、休日らしさをより醸し出していた。

 

「俺は常に余裕をもっておきたいの。むしろお前がこんなに早く来てる方が意外だったぞ」

「あー……なんか早く起きてな。家いても何もすることねーし、それなら待ち合わせ場所(ここ)でぼーっとしとけばいいかって」

「うっそだろ。家で何もすること無いって。俺なんか今日のニチアサ泣く泣く我慢してきたのに」

 

 通路を行き交う人でざわめきは止まらない中、他愛無い会話が続く。

 宗也と友人になってから二週間近くが経過していた。教室内における()()の生徒と友人になったことは、ディルにとって『良い結果』を生んでいた。それは……

 

「あれ、あんたらもう来てたん!?」

「お、おはようございます……」

 

 ()()()()であるそこにやってきた二人の女子。

 一人は関西弁と活発な雰囲気を兼ね備えたサイドテールの女子、太田(おおた)爽帆(あきほ)

 もう一人はぴょんと伸びたアホ毛とおどおどした様子が特徴の小柄な少女、八宮(はちみや)アユミ。

 二人ともディルが属する三年二組の生徒だ。

 

 本日の目的、それは班ごとに分かれて特定テーマについて発表する課題……いわばグループワークのためだ。ディルたちの班は「池袋の隠れスポット調査」という題目を設定しており、今日はそのスポットを回るために集まったのだ。

 

「おいーっす。二人は合流して来たのか?」

「せやで。ウチら電車組やからなー。にしても美崎(みさき)はともかく黒装(こくそう)は時間ギリギリに来ると思ってたわ」

「は? オレは常に余裕だが?」

「それさっき俺が言ったことのパクリな」

 

 談笑しあう高校生たち。つい一ヶ月前までディルにとって想像できなかった光景だ。

 クラスメイトとの壁が縮まる。少なくとも警戒心は解かれていた。

 それがディルにとっての『良い結果』だった。

 

「あとは流蘭院(りゅうらんいん)さんと泰輝(たいき)だけか。あと一分。間に合うか?」

「えなたんが間に合わんわけないやろ。もしそうなるならナンパとか面倒なんに引っかかってるときやで」

爽帆(あきほ)さん、さすがにそう漫画みたいなことは……」

 

 アユミがそう言った直後、ディルの頭頂部の髪がピンとはねる。彼の視線は直観的に通路の片方を向いた。その動作に気づいたのか、他三人もその方向に顔が向く。爽帆がアユミにいつものあだ名で呼びかけた。

 

「パッチー、さっきの『フラグ』ってやつやな」

「まさかこんなに綺麗に回収されると思いませんでした……」

 

 唖然とする四人。その視線の先には、こちらに歩いてくる恵那(えな)。……に加えてその横を鬱陶しく付きまとう男がいた。

 

「ナンパやな」

「ですね……」

「だな」

「いや見てる場合かよ! どーすんだよあれ!」

 

 三人にツッコむディルではあったが、その実、本人もどうすればいいか分からず仕舞いであった。さすがに、魔物と同じように殴りかかるわけにもいかない。悩み始めたディルの背中を爽帆がドンと押す。

 

「ほら行った行った! こん中で一番強いんやから!」

「うわっ、とっと」

 

 頼りない進み方で恵那の数メートル周りに近づいたディル。彼女もそれに気づいたのか、彼に手を振り早足で駆け寄る。

 付きまとっていた男は(ディル)の存在に苛立つように舌打ちを立てると人混みの中に消えていった。

 

「なーにやってんだおめーは……」

 

 呆れたような声が出るディル。

 

「見て分かる通りよ。品の無い男性に言い寄られてたの。困るわもう……」

「はぁ……」

 

 どうでもいいと言わんばかりのディルの返事。それを見た恵那も少しばかりのため息をついていた。

 

 

 

「で、あと一人なわけだが……もう時間過ぎてんぞ何やってんだあいつは」

 

 恵那が合流し五人となった高校生たちだが、最後の一人は未だ姿を見せていなかった。時間を過ぎているため宗也は通話アプリで連絡をかけ始めた。

 その間に他のメンバーが会話を続ける。

 

「で、さっきの何件目なんよ?」

六月(こんげつ)は初めてだけど、五月(せんげつ)も含めたら十件目かしら。都会らしさを感じるわ」

「かぁ〜っ、聞いたパッチー? これが桁違い美人の余裕よ」

「そ、そうなんですか……?」

 

 

 

 そうこうして時間がさらに過ぎること数分。その人物はようやくやってきた。

 

「すまないみんな! 僕としたことがこのようなことになってしまうとはね!」

 

 やってきた金髪を靡かせた爽やかな少年は謝罪の言葉を口にした。

 新屋敷(しんやしき)泰輝(たいき)。同じく三年二組の生徒である。宗也とは趣味(アニメや特撮)で仲良くなった同好の士である。

 そして宗也が仲介役をしたことで、ディルも彼と自然に仲良くなれたのだ。現在は教室内で特撮やアニメを語る立派なオタ友(ともだち)である。

 

「遅いであんた! 連絡も無いんはちょっと……ってその子なに?」

 

 文句を言いかけた爽帆が、泰輝のすぐ横にいる幼い女の子に目が移る。赤くなっていたその顔は泣きじゃくっていたことを示していた。

 

「迷子さ!」

 

 前髪を手で払いながら言う泰輝。

 

「来る途中に拾ってきたんですか……?」

「駅に来る途中の道中でね。困っている少女がいたら手を差し伸べる、当然じゃないか。何せ僕は……紳士を目指しているからね!」

「こいつのいつもの『紳士道』だぞ。気にすんな」

「で、この子どーすんの? 駅内やったらまだしも、外やったら面倒やで」

「大丈夫、それなら当てがあるさ!」

 

 頭に疑問符を浮かべたメンバーをよそに泰輝は先導を切った。

 

 

 


 

 

 

 池袋駅から五百メートル程度離れた場所にある池袋警察署。そこに泰輝たちはやってきていた。

 

「警察に丸投げしてるだけじゃねーか!!」

「何を言うんだい! これは師匠も勧める安全策の一つなんだよ!」

「まぁええんちゃう。ウチらのグループ地元民二人しかおらんわけやし。プロに任せるのが一番やって」

 

 迷子を生活安全課に預けた一行。爽帆が言うように、東京出身は二人、泰輝と宗也しかいないのである。女性陣に至っては関東出身が一人もいない。それが彼女たちが仲良くなった理由でもあるのだが。

 

「それにしても、警察署ってこうなっているのね。来ることがないから初めて見たわ」

 

 署の廊下を歩きながら恵那がつぶやく。それを聞きながらディルもぼつりとつぶやく。

 

「こんなとこ二、三回来たら見飽きるけどな……」

 

 しかしそれを聞き逃すクラスメイトたちではなかった!

 

「え、何何? 『二、三回来たら』って黒装あんたやっぱ補導経験あるん?」

「ディル君、まさか君も紳士的行動(少女の保護)をすでに何回も?!」

「だぁ────っ! うっせぇ! んなわけねーだろ!! てか詰め寄んな! あの人らに見られたらなんて言われるか……」

 

 まるで何かに警戒するように発言したディルだったが、何かを見たのか、その目が別の方向へ泳ぎだす。

 彼が見たのは廊下の向こうにいる中年の男性刑事だった。黒いロングコートを羽織ったその刑事は、署内に高校生が複数人いることを珍しがったのか、近づいてくる。

 そしてディルの顔はそれに連動してげんなりとしていく。

 

「やぁ、ディル君。お友達といっしょだなんて珍しいねぇ」

 

 近づいてきた刑事はニヤついた笑みで声をかけた。

 

日下(くさか)さん……少しぶりです……」

 

 引き攣った笑いで返事するディル。

 当然である。何故ならこの日下刑事、ディルが東京に来てから()()になりっぱなしの『死霊課』刑事だからだ。

 

「黒装クン、この刑事さんとお知り合い?」

「まぁ、そんなところデス……ハイ」

 

 

 

 ディルに声をかけた中年刑事は日下(くさか)(らん)。彼は死霊課の刑事であり、ディルが東京に来てからしでかした()()()()()で処理関係を担当した。

 そして、半魔の常識を叩き込んだ人物でもある。つまり、頭が上がらない。

 

「職場見学は結構だけど、あんまり騒ぎすぎちゃあいけないよ。そうそう、春ノ戸君は元気でやってるかな?」

「まぁ元気なんじゃないすかね。この前も説教されやした」

 

 さらっと吐かれる世間話。しかし会話の中に気になる点があったのか、爽帆が真っ先に質問をした。

 

「え、何? 刑事さん、ラン先生と知り合いなん?」

「そうさぁ。彼がまだ若い頃に警察の仕事を志していた時もあってねぇ。その時の世話係さぁ」

 

 半分は普通の高校生に聞かせても大丈夫なようにカモフラージュした嘘である。

 まだ魔物として暴れていた頃の春ノ戸を追い、出頭した彼を人間社会に出せるよう教育したのは日下であった。身元引受人と言い換えても良いだろう。警察の仕事を志していた、というのも実際は半ば手伝わせていたといった方が正しい。死霊課は常に人手不足なのだ。

 

 そして爽帆の質問にさらに重ねるように泰輝が質問した。

 

「ではさらに聞かせて頂きたい! 市民を守る警察官がディル君を改心させた素晴らしい出来事を!」

「改心って何だよ! オレはそんな変なことしてねーっ!」

「ハハハ、オジサンは大したことしてないさ。そもそも資料いじくり回すだけの閑職だしねぇ。たまたま暇だったから生活安全課から仕事押し付けられただけさぁ。彼が東京に来たのは去年だっけ?」

 

 ディル以外に確認を取るような仕草をしつつ、のらりくらりと()()()()()事情を説明しだす日下。

 

「彼、地方の孤児院出身でねぇ。人が減って孤児院も地元の学校も無くなっちゃったんだよ。そこで知り合いの春ノ戸君がいるツキ高に転入することにしたのさ。で、東京にきたはいいけど迷子になって泣きついて警察署に来たってワケ。たったそれだけさぁ」

 

 パッと聞いて違和感のない説明にクラスメイトたちはついつい納得してしまった。ディルが半魔であることを知っている宗也すら、だ。

 元々、春ノ戸とディルは話をする様子が目撃されていたので、今さら知り合いだと判明しても何ら問題はなかった。

 

 実態は全く違う。流れ者の()()として東京に来たディルがとある場所で事件を起こし、事態の収集にきた死霊課に捕縛されて今に至る。

 

「にしても黒装クンたら、私の時みたいに泣きついて頼み込むのが多いわね」

「はぁ〜〜? 泣きついてなんかねーよ!! この人が話盛っただけに決まってんだろ! てかお前のときも泣きついてねーから!」

「ディルくぅん、どうやら学校でも素直になれないキャラをしているみたいだねぇ」

「オッサン!!」

 

 半分怒声混じりの若い声が廊下に響く。このやり取りは、クラスメイトたちの頭から疑問符を取り除くことには成功していた。日下が死霊課刑事として長年培ってきた話術の賜物だ。

 日下の心中には、高校生は高校生として、普通に過ごして欲しいという願望があった。『夜の側』の本当の事情など、説明できるはずもないのだから。

 

「さて、そろそろオジサンはお暇するよ。仕事があるのでねぇ。そうそう、最近街中で不審物の目撃談があるからね。迂闊に近づいちゃ駄目だよ」

 

 警察官らしく、忠告をして廊下の向こうへ去っていく中年刑事。

 

「癖のある人だったな……」

「あんな人ばっかだぞここの人」

 

 辟易したような顔で答えるディルだった。

 

「あの、そろそろ今日の目的地に行きませんか……?」

 

 話がひと段落したのに合わせてアユミが言った。皆もそれに合わせて「そうだった」と言わんばかりに動きだした。

 

 

 

 その少し後だった。ディルは自身のポケットから存在を主張する音声に気づく。

 

 スマホの通知音。今日も集合するために使ったアプリとは違う、デフォルトで付随しているメール機能のものだ。

 

 誰が? それはスマホの提供主もとい、生活諸々の立て直しまでしてくれた刑事(くさか)からだった。

 

(何だよ、からかいのメッセージか……?)

 

 そう思って画面を移行したディルだったが、その内容に目の色が変わる。

 

()()()()、すでに死んでいたよ』

 

 




爽帆、アユミは共に都外出身であり、高校から東京に引っ越してきました。その共通点で友達となり今に至ります。
転入してきた恵那もそうだったことから話が合い、この三人はすぐ仲良くなっていました。
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