インフィニット・ストラトス~ADEM~   作:Nave'x

3 / 5
本編第二話です。
少々プロットを変更し、原作キャラが出せるよう修正しました。
今回登場させるキャラを決めるにあたって、作者はまるまる1日悩んでおります。
結果的に『このキャラだ!!』という決定打になったのは、単純に作者の好みとお話の都合です。
随分と難産でしたが、皆さまにお楽しみ頂けると幸いです。
それでは、本編をお楽しみ下さい。


第一章 REUNION 第二話

出逢い。それは未知と既知の間を繋ぐもの。

出逢い。凶縁と吉縁を問わず、絆を育むために避けては通れぬもの。

出逢い。此度の出逢いは、一体どのような(えにし)を刻むのだろうか…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――JAPAN・IS・EXPO。

 

東洋最大の規模を謳う、ISの一大展示企画である。

件の男性適合者発見の騒ぎによって、一部の関係者がスケジュールの変更を余儀なくされ、開催期間が少々ずれ込むという憂き目にはあったが、今日めでたく開演を迎えた。

そしてその会場は、開催期間の延期を圧して、尚余りある熱気に包み込まれていた。

展示されている企画は多岐に渡り、第一世代から現行の第三世代機への変遷。

モンド・グロッソ入賞機体のレプリカ。純日本製の量産型ISの展示企画など、ISファンならば垂涎物の企画が、雁首を揃えて鎮座していた。

その中で最も注目を集めていたのは、各社が威信を賭けて贈る「第三世代機」の展示コーナーだった。

兼ねてから報道でも注目を集めているこのコーナーは、何れは日本の国家代表専用機となる第三世代機選定を目的としているとも噂されている。

もっとも、展示されている機体は、全てが装備と外装のみを似せたレプリカであり、その噂は全くのデマなのだが。

たった一機の例外を除いて…………。

 

 

 

 

 

多くの人で賑わうIS・EXPOの会場。

その入場口を抜けた先で、一人の少女が立ち尽くしていた。

否、少女、というのは語弊がある。

その人物は顔つきが幼いことから、しばしば実年齢よりも幼く(若く)見られがちだった。

実際は、既に一高校にて教鞭を振うほどには成熟していることから、敬いの意味も込めて、一人の女性、と記すべきであろう。

 

「…………はぁ、結局来ちゃいました」

 

女性、名を山田 真耶という、は周囲の喧騒とは裏腹に、盛大な溜息を零した。

そんな彼女を余所に、周囲では感嘆の声や、子どもたちのはしゃぐ声がこだましている。

その雰囲気が、より一層彼女を鬱屈とさせていた。

見れば、入場客の中には、ちらほらとだが、自分と同世代のカップルの姿も多く見受けられる。

もう一度、彼女は盛大に溜息を吐いた。

かつて彼女は国家代表の卵、即ち『代表候補生』として、ISの操縦訓練に明け暮れる毎日を送っていた。

ISとは現在唯一の例外を除いて、女性にしか動かせないものであり、それを主体とした生活を送っていれば、自然と周囲は女性ばかりとなる。

自身の先達たちに、婚期を逃し焦りを感じている者が多いことを思い出して、彼女は三度溜息を吐いた。

そう思うのであれば、こんなところに来るではなく、合コンであったりお見合いパーティにでも参加していた方が余程有意義であっただろう。

偶の休みさえ返上して、わざわざISを見に来ている自身のワーカーホリックぶりが、彼女は猛烈に恨めしかった。

もっとも、こうしてここに足を運んだのは、彼女にとってそれなりの理由があったからなのだが。

そんなことを考えながら立ち尽くしていたせいか、不意に他の入場客の肘が彼女の背中に触れた。

 

「きゃ、す、すみませんっ」

 

「いえ、こちらこそ、不注意で申し訳ございません。お怪我はありませんか?」

 

「ひゃ…………!?」

 

反射的にぶつかった相手に謝る真耶。

同じように謝って来た相手を見て、彼女はぶつかった時と同様に、小さな悲鳴を上げてしまった。

彼女の視線の先にいたのは、背の高い男性だった。

前述の通り、彼女は異性とは縁の乏しい環境で育っており、男性に対する免疫というものが、極端に少ない。

否、ほぼ無いと言っても過言ではないだろう。

そんな彼女にとって、至近距離で異性と相対するということは、これ以上ない緊張を強いられるものだった。

加えて、相対した相手の容姿、雰囲気も、彼女にとっては相性の悪いものだった。

顔立ちは芸能人とまではいかずとも良く整っている。

しかし問題はそこではなく、その眼だった。

切れ長で、どこか凛としており、澄み切った黒曜石のような双眸。

そして突然の出来事にも動じず、とても丁寧な口調でこちらを気遣う冷静さ。

そのどれもが、彼女が憧れている職場の上司、ブリュンヒルデと呼ばれるその人物を、何処となく彷彿とさせ、彼女の心拍数をこれでもかと高めていた。

もっとも、それはあくまで彼女の主観であり、実際には、ぶつかった相手も、内心はかなり動揺していたのだが。

 

「…………(これは『ご都合主義』ってやつじゃないのか?)」

 

全くと言って良い程予期していなかった出逢いに、少年、神埼 秋二は心の中で呆れたように一人ごちた。

前世の知識から、真耶のことを知っている彼は、ぶつかった相手が彼女だと知り、内心では正直とても動揺していた。

平素からの冷静な思考力を以って、どうにかそれを押し留めているのものの、彼の本音は、前述の一言に尽きる。

もっとも、この邂逅はあくまで偶然の産物であり、彼女がここを訪れたのは、自身にゆかりのある機体が、初めて公の場で披露されると知ったからである。

それが彼の来場日と重なってしまったのは、上記の通りただの偶然に過ぎず、決して神を名乗る人物の性質の悪いおふざけなどではない。

しかしながら、そんな事情を知らない彼は予期せぬ出逢いを勘ぐらずにはいられなかった。

とはいえ、いつまで見つめ合っている訳にはいかない。

彼は思考を放棄すると、ぶつかった拍子に手から零れた生徒手帳へと手を伸ばした。

しかし、彼よりも早く落とし物に気が付いた真耶が、膝を屈めてそれを手に取ってしまう。

身長差があることから、行動に移した際の速度では、当然のように真耶へと軍配が上がった。

 

「すみません。私がぼうっとしていたせい、でっ…………!?」

 

しかしその直後、真耶はぎくり、と、油の切れた機械のように動きを硬直させてしまう。

何事かと目を白黒とさせる秋二だったが、なるほど、と、すぐに事情を察した。

彼女が拾い、目にした生徒手帳には、近隣ではそこそこに名の通った名門私立中学の名と校章が記されている。

大方、外見から秋二がもっと年輩だと予想していた為、事実を知って驚愕しているのだろうと、これまでの経験から秋二には容易に想像できた。

そして苦笑いを浮かべながら、今度は真耶の手の中にある生徒手帳へと手を伸ばした。

 

「この風貌と口調のせいでよく勘違いされますが、この春までは、()()中学生なんです」

 

一応と強調したのは、彼が転生者であり、今現在送っている中学校生活が、彼にとって二度目ものだからである。

なお、彼はその風貌から、平素から身分証として生徒手帳を持参せねばならず、今回も入場に際して、受付の係員からは、ずいぶんと胡散臭そうな目で見つめられていた。

とはいえ、自分でも己のような長身で落ち着き払った男が『中人料金で。』、などとのたもうたなら訝しみもするだろうが、と、彼は諦観していた。

 

「か、重ね重ねすみませんっ!?」

 

耳まで熟れたトマトの様に赤くしながら、真耶は差し出された秋二の右手に、慌てて生徒手帳を乗せた。

 

「いえ、慣れていますので、お気になさらないで下さい」

 

小さく笑みを浮かべながら生徒手帳を受け取ると、ありがとうございます、と、秋二は短く礼を述べた。

そんな彼の様子に、自分もこれだけの落ち着きがあれば年齢相応に見られるのだろうか、と真耶は少しずれたことを考えていた。

もっとも、年齢より老けて見られることを、秋二自身はあまり好ましくは思っていない。

変に怪しまれることを嫌っていたし、大人びていると言われて喜ぶのは、実際に若年であるものか、子どもだけだと、彼自身は考えていた。

それでも自身の長身と、感情の余り出ない表情が、自身の外見年齢向上に拍車を掛けていることは理解しているため、彼は随分前にそれについて考えることを止めていた。

しかし今回初めて、その感情の乏しい表情に、彼は心から感謝していた。

内心の動揺を悟られずに済むのは、彼にとっては喜ばしいことだ。

そして、未だ先程の衝撃冷めやらぬ様子の真耶に対して、彼は洗練された動作で深々と頭を下げる。

 

「改めて、申し訳ございませんでした」

 

そして、努めて冷静に謝罪の言葉を述べた。

今更ながら、彼が真耶にぶつかった経緯を説明すると、要は他の客を咄嗟に避けてしまったことによる二次被害であった。

もっとも、ぶつかった、と表現するのは正しくなく、実際は『真耶の背中に秋二の肘が触れた』程度の接触だったのだから。

先刻承知の通り、秋二は気配を読むことに長けている。それこそ、木々の間に身を潜めた先生の気配を、目視せず察することが出来る程度に。

しかしそんな彼が、唯一気配を読むことを苦手としている相手が、幼い子ども達であった。

彼らの行動は常に想定の範囲外にあり、今回もそれによって、彼は真耶と不要な接触を果たすことになってしまったのだ。

端的に説明すると、入場門を抜け、意気揚々と走りだした子どもが背後に迫っていることを察した秋二が、咄嗟の判断で横へとずれる。

たまたまその先に、立ち尽くしていた真耶がおり、その気配に気付いた秋二が、慌てて制動を行うが間に合わず、彼女の背中に肘が接触してしまった。

以上が、今回の邂逅の経緯であり、お互いに相手が違えば、ただ一言「あ、すみません。」程度の短いやりとりで済んだ筈の出来事だっただろう。

と言うより、どちらかと言えば良い大人でありながら、往来の激しい入場門近くで立ち尽くしていた真耶にこそ、非が有ると言っても過言ではない。

しかしながら、秋二は直前まで彼女の気配に気が付けなかったことこそが、自身の非である、と、誠心誠意を込めた謝罪を口にしたのだった。

これは彼からすれば至極当然の行動であり、常日頃よりそのように振る舞っている。

だがしかし、それが一般的かと言えば勿論そんなことはなく、大した衝撃もなかったのに、そこまで大仰に謝られた真耶はいっそ罰が悪くて仕方なかった。

 

「そ、そんなっ!? 顔を上げてくださいっ!! 元はと言えば、ぼうっとしていた私が悪いんですし、怪我なんてしてませんからっ!!」

 

両手をわたわたと振りながら、真耶は頭を下げる秋二にそう言った。

その言葉に、秋二は内心胸を撫で下ろしながら、ゆっくりと上体を起こした。

 

「いえ。気付かなかったこちらにこそ非が有ります。けれど、お怪我がないことは、本当に幸いでした。」

 

「そ、そんなっ…………。と、突然のことで驚いちゃっただけですし、心配なさらないで下さいっ。」

 

これまでの人生で、ここまで異性から真摯に心配されたことがなかった真耶は、只管謝罪の意を表する秋二にどのように対応して良いのかが分からなかった。

その様子は、意図して彼女を困らせたかった訳ではないが、そのように仕向けてしまった秋二をして、さすがに可哀そうだと思えるほど。

耳まで真っ赤にし、だんだんと縮こまっていく真耶を見て、早々に立ち去ろう、と秋二は決意した。

 

「…………では、お怪我も無いようですし、これで私は失礼致します。再三ではありますが、本当に申し訳ございませんでした」

 

お互い展示を楽しみましょう、と、最後に付け加えて、秋二は颯爽と踵を返すと、賑やかな喧騒の中へと姿を消した。

そんな彼の背中を見送りながら、真耶は依然としてその場を動けずにいた。

消えて行く秋二のことを、変な人…………だけど、優しい人だったな、とそんな風に思い返しながら。

 

 

 

 

 

未だに動けずにいる真耶を余所に、秋二は足早に最初の展示であるISの変遷を解説するコーナーへと足を運んでいた。

その最中、秋二は周りに気取られぬよう、小さく溜息を零す。

予期せぬ原作登場人物との邂逅が彼にもたらしたのは、言いようのない疲労感ばかりだった。

ただでさえ、今日は己の人生を揺るがす一大事が起こるかも知れない日なのだ。

余計なことで精神を摩耗することは、出来ることならばこれ以上は勘弁願いたい。それが彼の本音だった。

さて、と、彼は通路の合間、少し開けたところで、気持ちを切り替える為に足を止めた。

おさらいしておくと、彼が今日ここに足を運んだのは、以前神が示唆した『自分が唯一動かすことが出来、自分にしか動かせない専用機』を見つける為だ。

少々の不幸な事故(アクシデント)はあったが、彼自身決してそれを忘れていた訳ではない。

故に、真耶との邂逅がもたらした衝撃が通り過ぎると、寺で感じていたのと同じ、言いようのない不安感、焦燥感が、途端に彼を包み込んだ。

いっそのこと、そんなISと出逢わずに、これまで通りの平凡な日常を送っても良いのではないか、と、そんな甘えた考えが、一瞬だが彼の脳裏に過ぎる。

しかし秋二は首を振り、それを一瞬で頭の中から追い出した。

かつて神は、彼に『『君が世界で2番目にISを動かせる男』になるよう仕組む』と言った。

そして『専用機をお膳立てするぐらいはさせてもらう』とも。

それはつまり『専用機を手に入れること』は『ご都合主義』の恩恵を受けられない彼に対して、神が唯一施した『ご都合主義』による恩恵ということ。

逆を言えば、ここで彼が逃げたところで、その恩恵は迷惑なことに、何処まででも彼を追い詰め、そして物語の中心へと引き込もうとするということだ。

ならば逃げるより、正面から受け止めた方が何倍もマシだ、と彼は自身への甘えを斬り捨てた。

加えて言えば、ここで逃げてしまっては、何のためにこれまで己を鍛えて来たのか、その意味さえ分からなくなってしまう。

どちらにせよ、彼に逃げると言う選択肢は有り得なかった。

深く息を吐き、秋二は今一度、腹を据えた。

剣林弾雨の戦場で、生き残りを賭けて戦う覚悟を決めたのだ。

決意してみれば、行動というものはおのずと伴うものである。

逃げることを止めた彼は、行きかう人々には目もくれず、ゆっくりと周囲に展示されているIS達を眺め始めた。

前述の通り、展示されているISは、多くが外見を似せただけの模造品である。

モンド・グロッソ入賞機に至っては、詳細に作られた模造品を、搭乗者に似せたマネキンに装着させている始末だ。

それ故、彼は視界に入るそれらを、一瞬で意識の外へと追いやり、自身が探している、たった一機だけを求め続ける。

しかしながら、彼がこれだと感じるものは一向に見つからないまま、その視線は最後の展示である第三世代機コーナーへと向けられた。

ここではなかったのか、と、そんな不安が秋二の中に生まれる、そんなときだった…………。

彼の視界に映る、黒に近い灰色をした機体。

 

 

…………見つけた、と、彼はそう確信した。

 

 

真っ直ぐにその機体を見据えたまま、秋二は真耶と別れたときより幾ばくも早い歩調で、その機体へと歩を進める。

行きかう人々も、喧騒も、その他多くの展示品達も、今この時は彼の世界に存在していなかった。

後一歩で手が届く、それだけの距離まで近づいて、ようやく彼の足は止まった。

そして彼はまず、遠目には分からなかった、機体のディティールへと目を凝らした。

 

 

―――――両肩部に非固定浮遊部位(アンロック)も背部から補助腕(アーム)によって接続された装甲も装備も持たない特徴的な全体像(シルエット)

 

―――――それと反するように、背部に集中した無数の推進機と、そこから覗く鈍い鋼色をしたノズルなどの機械群(アクチュエーター)

 

―――――腕部には鋭い造形ながらも、頑強さを伺わせる重厚感に溢れた作業用機械手指(マニピュレーター)を携えている。

 

―――――全身装甲(フルスキン)の機体らしく、頭部には狼を彷彿とさせるシャープな外装の頭部装甲(ヘルメット)が備えられていた。

 

―――――頭部装甲の眼元には、恐らくはハイパーセンサーと連動した、オレンジ色のカメラアイが一対、怪しくも鋭く輝いている。

 

―――――更にその下方、頭部装甲の口元を覆うマスクは、猛獣の牙を想わせるディティールが造形され、攻撃的な印象を醸し出していた。

 

―――――胸部装甲は他のISより重厚で、中央部には円形のセンサーデバイスがカメラアイと同様のオレンジの輝きを湛えている。

 

―――――補助腕によってスカート状に腰部を囲う装甲には前面、側面、背面にそれぞれ6基3対の補助用推進機(サブスラスター)が取り付けられいた。

 

―――――脚部ユニットは装着部位にこそ隆起が見られるが、接地面近くは細く、四足の哺乳類を彷彿とさせる。

 

―――――そしてその装着部の直下にも大型の推進機が取り付けられていた。

 

―――――全体的には直線が多く、前時代的なフォルムをしているが、装甲の端々は鋭角になっており、それが異様な鋭敏さと凶暴性を感じさせる。

 

―――――そして何よりも、他に展示された模造品達とは一線を隔す圧倒的な『存在感(リアリティ)』が、その機体からは放たれていた。

 

 

ゆっくりと、展示品の名を示すプレートに、秋二は視線を落とす。

そこには、こう記されていた。

 

 

――――――――――『狂い哭く餓狼(クレイジーウォルフ)。』

 

 

なるほど、と秋二は一人納得する。

黒みがかった灰のボディと、鋭く尖った装甲は、確かに狼の毛並を模しているようにも見える。

何よりこの機体から感じられる異常なまでの凶暴性と、狂い哭く(Crazy)という表現が絶妙に噛み合っていた。

知らず、秋二は生唾を飲み込む。

 

 

――――――――――これが自分の機体。

 

 

自分が唯一動かせる、そして、自分以外には決して動かすことが出来ない、世界に1つだけの、自分のために誂えられた専用機。

先程までの不安や焦燥感、そして決意や覚悟を吹き飛ばし、例えようの無い感動だけが彼の頭を占めていた。

武装の類は展示されておらず、外観と機体名からは、この機体がどのような特性を持つのか、何一つとして読み取ることは出来ない。

それにも関わらず、秋二にはこの機体が、自分にとって唯一無二の力となる、そんな確信めいた予感が有った。

あれだけの迷いを忘れ、秋二は無意識に機体へと手を伸ばしていた。

僅か一足の距離、それがこの瞬間には、月よりも遠く感じられた。

やがて、瞬き一つで手が触れるという距離まで、秋二の手が迫る。

しかし…………。

 

「あ、あのっ…………その機体に、そんなに興味がありますかっ?」

 

「っっ!!!?」

 

不意に声を掛けられて、秋二は慌てて伸ばしていた手を引っ込めた。

驚きの余り、真っ白になった思考を、大きく息を吸うことでどうにか落ち着かせる。

一呼吸の間に、秋二は表面上は、いつも通りの感情に乏しい表情へと戻っていた。

この喧騒の中、はっきりと声が聞こえるほどの距離まで接近を許してしまうとは…………。

秋二は深く自戒するとともに、声を掛けてくれた相手を、いつまでも待たせていては失礼になると、冷静になった頭で考える。

結論が出たなら、それをすぐに行動へと移す。

いつもと変わらず動いてくれる身体に、秋二は内心で安堵の溜息を零した。

相手を驚かせないようゆっくりと、声が聞こえた自身の右側へと振り向き、その姿を確認する。

するとそこには、先程別れたばかりの女性が、不安そうに、どこか怯えたように身を竦め、しかしまるで威圧するかのように、自分を真っ直ぐに見詰めていた。

もとよりまるで気にしていなかった喧騒が、この時の秋二には、より遠いものに感じられた。

 

 

 

 

 

IS学園教師、山田 真耶は余り一般には知られていないものの、かつて代表候補生を務めた程のIS操作技術を持っていた。

もとより、ISの世界というものは、何よりも『強さ』が基準となる世界であり、そのISに携わる唯一の教育機関で教鞭を振う者が『弱い』ことなど有り得ないのだが。

しかしながら真耶は、余り自身の『強さ』というものを認めることが出来ないでいた。

学生時代より引っ込み思案であることもそうだが、何よりも国家代表に選ばれなかった経緯から、彼女は自分を『所詮代表候補生止まり』と卑下してしまう傾向にある。

それを同僚や先輩たちに戒しめられることもままあったが、それでも真耶はやはり自身の『強さ』を、素直に認めることが出来なかった。

さて、そんな彼女であるが、実は代表候補生としてIS学園に通っていた頃、第二世代型専用機の支給を打診されたことがあった。

もっとも、結局彼女は自身の戦闘スタイルと機体性能(スペック)が噛み合っていないことを理由にこれを断ったのだが。

しかしながら、結局その機体には重大な欠陥が存在したため、断った真耶は愚か、当時のどの代表候補生の手に渡ることはなかった。

もうお気づきかも知れないが、真耶が今日このIS・EXPOに足を運んだのは、さる情報筋からその機体が展示されていることを聞き付けたからである。

無論、第二世代型機としてではなく、大幅なリファインを加えるとともに、装備を追加した第三世代機として展示されているそうだが。

それでも、真耶にはその機体を見るために、休日を返上してまでここへと足を運ぶ理由があった。

何故なら、間接的にではあるが、彼女が国家代表の座を諦めた理由に、その機体が関わっているのだから。

つまるところ、彼女は自身の過去を見つめ直すため、踏み込んで言えばその過去と決別するために、この会場を訪れたのだ。

少々出端を挫かれたが、真耶は気を取り直して、その機体が展示されているであろう、第三世代機のコーナーを目指した。

ここで思い出して欲しいのだが、何度も言うように、この会場は夥しい数の人が溢れかえっている。

そして真耶はIS学園の教師であり、その身体能力は折り紙つきだが、兼ねてよりの致命的な欠点を抱えていた。

 

 

――――――――――それ即ち、『ドジっ娘属性』である。

 

 

歩けば何もない所で転び、電車に乗れば高確率で反対方面行きの車両。それなりにこなせる料理でさえ、時には塩と砂糖を間違える。

そんな彼女を人口爆発を体現したかのような人波に放り込めばどうなるか、答えは一目瞭然だろう。

順路を無視して第三世代機コーナーを目指せば、順路通りに進む人波に流され、入場口手前でようやく解放される。

逆に順路通りに進み、流れに乗って第三世代機コーナーを目指せば、今度はISの歴史コーナーで突如として人波から放り出される。

時には足を踏み付けられ、時には人に挟まれ押し潰されそうになる。

そんなことを数回に渡り繰り返し、真耶は七転八倒の末、ようやくの思いで第三世代機コーナーへと辿り着いた。

どうしてこんなことに、と、溢れそうになる涙を、唇を噛み締めどうにか押し留める。

息を整えるためと気持ちを切り替えるため、真耶は大きく深呼吸すると、記憶を頼りにその機体を探し始めた。

何かと卑屈になりがちな真耶であったが、こと自身の記憶力の良さについては自信を持っていた。

今回もその自信は彼女を裏切ることなく、目当ての機体は先程までの苦労が嘘のように、思いの外あっさりと見つかった。

見つかったのだが、今度は別の問題が、その機体と彼女の間に、明らかな質量を持って存在していた。

言わずもがな、それは先刻記した通り、まるで取り憑かれたようにその機体を見つめる、神埼 秋二その人であった。

先程のやり取りを思い出し、何となく気まずい気分になってしまう真耶は、それ以上足を進めることを止めた。

そんなに長く同じ機体を鑑賞することはないだろう、と高を括り、仕方なく彼が去るのをそのすぐ後ろで待つことにした。

しかし…………。

 

「(ど、どうして動かないんですかっ…………!?」

 

まるで何かに魅入られているかのように、そこを一歩たりとも動こうとしない秋二。

そんな彼の様子に、真耶は痺れを切らす直前だった。

しかも彼女の立ち位置からは、秋二の後ろ姿しか捉えることは出来ず、彼が何を考え、どうしてその場を動かないのか、まるで想像もつかない。

業を煮やした真耶は、秋二に気付かれないようこっそりと、そしてお互いの距離は縮まらないよう細心の注意を払って、彼の側面へと移動する。

そうして彼の横顔を視界に入れた時、真耶は思わず息を飲んだ。

 

「(どうして…………)」

 

彼女にとって、その機体は己の信念と現実の乖離、それを突き付けた忌むべきものだった。

しかしそれを見つめる秋二は、まるで幼い子どものように、もとより宝石のようだった瞳を輝かせ、口元には微笑さえ浮かべていた。

ほんの僅か言葉を交わしただけの真耶にも、彼が余り表情豊かな人間でないことは、何となく察することが出来た。

そんな彼が、とても嬉しそうな表情で、自身にとっては忌むべきその機体、当時の資料では名を『孤狼』と言った、を見つめていることが、真耶は不思議で仕方なかった。

 

「(どうしてそんな表情(かお)で、その機体を見つめるんですかっ…………!?)」

 

昏く、黒い何かが、真耶の胸の内で、這いずるようにして蠢く。

それは例えるなら、『嫉妬』に似た感情だった。

当時、彼女は決して認められることがなかった。

それなのに、欠陥機として倉庫で眠っていただけの『孤狼』が、秋二によって確かな評価を受けている。

その事実が、彼女にとってはこの上なく不快で、我慢ならなかった。

 

「あ、あのっ…………その機体に、そんなに興味がありますかっ?」

 

故に、秋二が『孤狼』へと手を伸ばしたとき、真耶は無意識のうちに、怒気を孕んだ声でそう口にしていた。

胸に去来した黒い感情は、徐々にその存在感を増していく。

ゆっくりと振り向いた秋二の表情は、既に先程真耶が評した通りの、感情を映さない、されど凛とした表情に戻っていた。




お目汚し失礼致しました。
第一章第二話をお送り致しましたが、楽しんで頂けたでしょうか?
前書きにも記した通り、今回どの原作キャラを登場させるか、思えば随分と真剣に悩みました。
某ブリュンヒルデかまやまやの2択には、割と早い段階で絞っていたのですが…………。
結局は話に深みを出すためと、単純に作者の好みだったため、まやまやに軍配が上がりました。
可愛らしい描写を心掛けて執筆したつもりではありますが、皆さまに共感頂けると幸いです。
毎回申し上げておりますが、当SSでは皆さまの忌憚のないご意見・ご感想を随時お待ち申し上げております。
たった一言でも構いませんし、非ログイン状態でも書き込み可能なので、暇つぶしにでもご投稿頂けると幸いです。
それでは、また次回の更新で。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。