インフィニット・ストラトス~ADEM~   作:Nave'x

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前回から少し間を空けて、第三話、とうっっっこうっっっ!!

前回に増して難産でした。
今回は、かなりのねつ造設定を含みますので、苦手な方には少々お辛いかも知れません。
それでも一向に構わんっ!!と言う方のみ、下方にスクロールしてお楽しみください。


第一章 REUNION 第三話

絶望。それは死に至る病だと、さる哲学者は言った。

絶望。望みを絶つ、即ち願うこと、期待することをあきらめること。

絶望。人は得てして望みを絶つが、果たしてそれは、そうするに足る事象なのか…………。

 

 

 

 

 

山田 真耶が代表候補生を務めていた頃、日本ではISに関するとある風潮があった。

 

―――――近接格闘至上主義。

 

ISとは機動兵器であり、その速度を以って行う高機動戦こそが、競技としてのISの華、という考えだ。

まだ第二世代型が主流だった頃、ISの射撃武装は実弾兵器が主だった。

そしてそれは一部の高火力兵装を除き、シールドを有するISには、著しい戦果を期待できるほどの性能を有してはいなかった。

加えて、その一部の高火力の兵装も、卓越した機動力を誇るISにとっては、当たらなければどうということはないものだった。

それは第二世代最高火力と謳われる武装『灰色の鱗殻(グレースケール)』が、近接格闘用の武装であることが、如実物語っている。

更に初代ブリュンヒルデ、織斑 千冬は、近接ブレード『雪片』一振りで、モンド・グロッソを制覇するという偉業を成し遂げた。

このことから、特に日本では、近接格闘至上主義が、大々的にではないにしろ、人々の心に強く根付いていた。

とはいえ、携行型の小型光学兵器や、第三世代装備たるイメージインタフェースが台頭してきた昨今では、この風潮は完全に勢いを失っている。

それでも、当時の日本において、この思想の為に道を閉ざされたISドライバーが、数多く存在することも、また事実である。

現在IS学園で教鞭を振っている真耶も、そんな犠牲者の一人だった…………。

 

 

 

 

 

人々の熱気が入り乱れるIS・EXPOの会場。

その第三世代機展示コーナーにて、一組の男女が見つめ合っていた。

男の方は感情を映さない、良く言えば落ち着いた表情を浮かべ、女の方は怯えたようでありながら、その瞳には静かな怒りを湛えていた。

言わずもがな、秋二と真耶の二人である。

真耶の放った言葉から邂逅した二人は、数秒の間、沈黙したまま互いを見つめ合っていた。

平時で有れば、異性に見つめられるなど、真耶にとっては、赤面し慌てふためいても可笑しくない状況である。

しかし、今の真耶は、そんな事実がどうでも良くなる程に、黒い感情に支配されていた。

対して、秋二の方はと言えば、先程の興奮が一気に冷め、至って冷静な思考をしていた。

真耶の空気が、どこか張り詰めていることを感じ、彼女がそこまで感情を露わにしている事実に、若干の疑問を感じてはいたが。

さて、と秋二はここで思考を切り替える。

人の心など、考えたところで詳細に知ることなど出来はしないのだから、まずは投げかけられた疑問に答えるべきだろう。

とはいえ、この機体は自分の専用機だ、などとのたまう訳にはいかない。

秋二は適切な言葉を選別しながら、真耶に聞こえるよう、はっきりとした口調で告げた。

 

「ええ。この機体は、他の展示品にはない、確かな存在感を持っているので」

 

表情を変えず告げる秋二に、真耶は内心の黒い感情を忘れて素直に舌を巻いた。

ここは東洋最大規模のIS展示企画で有り、展示されているレプリカの数は、裕に50機を越える。

それだけの展示品の中で、唯一この機体だけが本物であること、それを見抜いた秋二の慧眼に、真耶は驚きを隠せなかった。

 

「…………すごい観察力ですね」

 

故に、素直に賞賛の言葉が口を継いで出たことに、真耶は僅かばかりの安堵を感じていた。

そして真耶は、僅かに顔を俯かせ逡巡した後、ゆっくりとその足を動かす。

秋二の右隣、即ち彼女が忌避するその機体の眼前で立ち止まると、真耶はやはりゆっくりとその機体に身体を向けた。

言ってしまうと、実のところ真耶はこの機体とは、当時孤狼と呼ばれていた時でさえ、対面したことは無かった。

それでもこの機体が、自身の過去、己が貫き通した我と、現実との乖離を象徴していることは、彼女にとって紛れもない事実である。

それ故、初めて実際にこの機体を見据えた時、真耶は自身の目頭が熱くなるのを感じた。

資料で見た当時とは、装甲の端々や推進機の数、何より当時は全身装甲ではなかった点など、多くの仕様変更が為されたこの機体。

それでも、肩部装備領域のない特徴的な全体像や、肉食獣を想わせる腕部、脚部装甲、全身から放たれる凶暴性などから、彼女が資料で知る当時の面影が垣間見えた。

故にそれを目の当たりにした彼女の胸には、悔恨、悲哀、諦観、様々な感情が去来する。

やがて処理しきれなくなった感情は、涙となって彼女の目尻から溢れ出した。

 

「っっ!?」

 

これに驚いたのは秋二であった。

以前にも記した通り、秋二は女性に対する免疫が余りない。

それでも前世で大学生、そして社会人としての経験を持つ彼は、周囲の同世代に比べて、まだ女性のあしらい方というものを心得ていた。

そんな彼をして、なおも苦手だと言い切れるのが、女性の涙を止めることだった。

往々にして、女性は秋二達男性よりも、感情的な生き物である。

それは月経周期によるホルモンバランスの変化であったり、そもそもの脳構造の違いであったりと様々な理由からそうなっていることを、秋二は十分に理解していた。

しかし、それを理解したところで、先達たちは自身に明確な対処を教えてくれた訳ではない。

それ故に秋二にとって、泣く子はともかくとして、女性の涙はこの世で最も苦手なものの一つだった。

とはいえ、かつて神より『緻密な思考力を持つ』と評された秋二である。

すぐさま冷静さを取り戻し、何とか対処法をと模索する。

放っておくという選択肢もあるが、秋二はそれを是とはしない。

それは真耶が原作の主要登場人物であるからだとか、世間体を気にしたからだとか、そう言った理由からでは、決してなかった。

今この場には、彼女が涙していることを知る人間は秋二しかいない。

故に、対処できるであろう人間もまた、彼一人だった。

秋二にとって、自身に課された責任を放棄する選択は、いつだって存在しなかった。

彼は生来より責任感が強く、真面目な性格をしていた。

これは前世でもそうであり、絶対条件ではなかったが、神が彼を転生者として選ぶ上で、より彼を選定することに拍車を掛けた要因でもある。

迷子を見掛ければその親を探しだし、電車やバスでお年寄りや妊婦を見つければ必ず席を譲る。

言ってしまえばただのお人好しだが、周囲の人間は秋二の常を知ることから『とっつきにくい外見とは裏腹に優しいやつ』だと彼を評した。

為に、今回も秋二は真耶を放ってはおかない。

足りない経験を、思考力で補おうと、必死の思いで頭を回す。

されど妙案は思い浮かばず、彼はせめて彼女の泣き顔を見ないようにと、鈍色に輝くクレイジーウォルフを見据えて口にした。

 

「…………この機体をご存知なのですか?」

 

「ひぇっ…………?」

 

先程とは立場が逆になり、今度は問い掛けられた真耶が素っ頓狂な声を上げた。

慌てて涙を拭いながら、真耶は隣に立つ秋二へと視線を向ける。

しかし秋二は前述した通り、努めて真耶を見ないように、ただ真っ直ぐに展示された機体だけを見ていた。

 

「あ…………」

 

何故かは分からないが、真耶はすぐに、それが自分の泣き顔を見ないための配慮だと気が付いた。

そして気が付いてしまうと、真耶は急にこれまでにない程の気恥しさを覚え、再び耳まで真っ赤に染めて顔を俯かせた。

それも当然といえるだろう。

見ず知らずの男性(実際には男性と言うには、些か秋二は幼過ぎ、実際は少年と記する方が正しい)の前で急に泣き出し、しかもこうして気を遣わせている。

社会人として、相応の常識を持ち合わせる真耶にとっては、それがこの上ない恥だと感じられた。

それを自覚する頃には、既に先程の黒い感情や、処理しきれないほどの感情の奔流は、彼女の中から嘘のように消え去っていた。

今彼女の胸中を占めるのは、ただただ言いようのない恥ずかしさと、どう言い繕ったものか、というなけなしの自尊心ばかりである。

つまるところ、秋二にとっては苦肉の策でしかなかった話題の転換だが、これは真耶に対して、思いの外功を奏したのだった。

とはいえ、真耶は秋二ほどの冷静さは持ち合わせておらず、質問されたのだから答えなくては、という、半ば教師としての条件反射でそれに答えた。

 

「は、はいっ! え、ええと…………正確には、この機体の前身となる第二世代機、『孤狼』という機体を、ですが」

 

「『孤狼』ですか?」

 

真耶の言葉を繰り返しながら、秋二はここにきてようやく真耶を振り返った。

それにならって、振り返った真耶は正面から彼と視線が合ってしまう。

しかし、今度は取り乱すことは無かった。

何故なら、秋二の双眸には、明らかな好奇心が湛えられており、教師である真耶は、自身の生徒たちが時折そう言った瞳をすることを、何度も体験していた。

それは即ち、未知を知とする快感。それを知る学生たちは往々にして、真耶にとってはとても『教え甲斐』のある者達であった。

知らず、真耶の中の、教師としての血が騒ぐ。

再び機体へと視線を移しながら、男性に免疫の無い筈の真耶は、しかし饒舌に解説を続けた。

 

「はい。この機体の前身『孤狼』はJACインダストリー初の完全自社製ISとして第二世代中期に製造されたISなんです」

 

「JACというと、『打鉄』のPIC制御系や、推進機関係に技術提供をしていた会社ですね」

 

「え、ええ。良くご存知でしたね。

 

驚きとともに口にして、しかし真耶はどこか納得していた。

秋二が孤狼を他のISと違うと見抜けたのは、その洞察力だけでなく、ISに対する深い造詣によるものだったのだな、と。

 

「ご存知でしょうが、JACはISの台頭以前、航空機の製造を手がけていた企業です。そのため、制作された孤狼は、その企業の技術力を余すことなく発揮するために、多くの推進機と、精密なPICを搭載した、純高速戦を想定する機体として作られています」

 

「なるほど」

 

今度は秋二が頷きとともに納得の言葉呟いた。

やたら鋭角な意匠と推進機が目立つ造形は、この機体がそういった設計思想のもとに作られていたらなのだ、と。

真耶の解説に更に瞳を輝かせる秋二だったが、それとは裏腹に、真耶は少し難しい顔をして、ただし、と話を続けた。

 

「この機体に求められた機動性は、旋回性能、制動性能といった、総合的な機動力を完全に度外視しているんです。この機体はただただ加速性能のみに重点が置かれている為、非常に扱い辛いものになったと考えられます」

 

さらに、と真耶はやはり難しい顔で、しかし今度はずいっ、と秋二へ詰め寄るように身を乗り出し、右の人差し指をぴんっ、と立てた。

 

「この機体には登録番号177番目のISコアが搭載されていますが、完成したこの機体は、どういう訳かどの搭乗者にも反応を示さず、実験段階での初回起動すら出来なかったんです。コアの作成者である篠ノ之 束博士によると『ISコアに故障はない』とのことですが、原因は究明されず、JACインダストリーはこの時の負債が原因で倒産してしまいました」

 

「そ、そうなんですか」

 

詰め寄られたことで、秋二は若干体を仰け反らせながら、やっとの思いでその言葉を口にした。

そんな秋二の様子に、ようやく自分が身体が触れそうな程に彼と接近していることに気付いた真耶はというと…………。

 

「ひゃっ!? す、すみませんっ、つい!!」

 

顔を真っ赤にしながら、飛び退くようにして彼から離れた。

そんな彼女の様子に、秋二は苦笑いを浮かべた後、肺に溜まった空気をふう、と盛大に吐き出す。

そして先程と同じ、落ち着いた表情で機体を見上げた。

対して真耶は火照った頬をぱたぱたと仰ぎながら、そんな彼に習い、再び機体へと向き直る。

 

「…………JAC倒産の際に、この機体はJACと同じく航空機製造からIS製造に参入して来た藤崎重工へと引き渡されました。そして、第三世代機へと改修されたんですが、結局は当初と同じように搭乗者が見つからず、今日の公開に至ったそうです」

 

言いながら、真耶は機体のネームプレートへと視線を移す。

そこに記された『狂い哭く餓狼(クレイジーウォルフ)。』の記述を見て、やはり狼という字は外せなかったのか、と真耶は小さく苦笑いを浮かべた。

秋二はそんな真耶の様子を横目で確認し、もう彼女は落ち着いたようだ、と結論付けるとと内心で安堵の溜息を零した。

しかし、と秋二は眼前の機体へ視線を戻す。

 

「随分と気難しい機体…………いえ。気難しいコアだったのですね」

 

「気難しい、ですか?」

 

秋二の言葉に、真耶は不思議そうに首を傾げた。

その仕草が小動物を彷彿とさせ、可愛らしさに一瞬だが目を奪われる秋二。

しかしそれをおくびにも出さず、秋二は機体を見据え直した。

 

「雑誌やネットによる知識なので、間違いはあるかも知れませんが、ISには自我のようなものがあると聞きました。加えてISコアに故障がないのであれば、意図的に搭乗者を拒んでいる、と、そんな風に思えたので」

 

「…………」

 

秋二の言葉に、真耶はぽかんと口を開け、ただただ聞き入ることしか出来なかった。

彼の言った通り、ISには自我が有り、真耶自身もそれを生徒たちに教えている。

しかし、これまで搭乗者を拒んだというISを、真耶は聞いたことが無かった。

男性である秋二が、自分にはない視点で、孤狼に起きた現象について見解を述べる様子に、真耶は感心するばかりだった。

もっとも、秋二は決して深い考えから、そんなことを口にした訳ではなかった。

彼はクレイジーウォルフを『自分の専用機』だと確信している。

故にその機体が疑いであれ『壊れている』と評されることに、若干ではあるが抵抗を感じたのだ。

とはいえ、感心している様子の真耶に水を差す必要性はなく、クレイジーウォルフを自身の専用機だとも言えない秋二は、閉口し真耶の様子を見つめるしか出来なかった。

さて、黙していた秋二であるが、ただただ感心するばかりの真耶を見つめ、今度こそ、彼女が落ち着いたことを確信した。

しかし、そうなると、秋二は僅かばかり腹が立ってきた。

思えば入場からこちら、真耶に出会ったせいで、秋二は何かと気苦労をしているように感じる。

待ち望んでいた自身のクレイジーウォルフを眼前にした今も、彼女に声を掛けられたせいで、触れることを中断した。

無論、秋二は実年齢と違い、その内面は決して子どもではない。

故に彼女に悪意がないことは理解していたが、彼女がもう落ち着いているなら、と少しばかりの意趣返しを思いついた。

 

「それにしても、さすがは元代表候補生。ISについてとてもお詳しいですね?」

 

穏やかな笑みを浮かべながら、心からの賛辞を贈る秋二。

そんな彼に釣られて、真耶は苦笑いを浮かべた。

 

「いいえ。私なんて所詮代表候補生止まりでしたから…………って、ええ~~~~っ!!!?」

 

が、その直後、秋二の言葉の意味を理解した真耶は、周囲が何事か、と振り向いてしう程の大音量で叫んでいた。

そして彼を見つめ、目を白黒とさせる真耶に、秋二は込み上げる笑いを噛み殺しながら、用意していた台詞を告げる。

 

「やはり山田 真耶さんでしたか。以前ニュースで、貴女の演習風景を拝見させて頂きました。とても綺麗な円状制御飛翔(サークル・ロンド)と良く計算された誘導射撃が印象的だったので、良く覚えています。」

 

「にゅ、ニュースで? …………ああっ!!」

 

そのニュースに真耶は心当たりがあった。

彼女が代表候補生に就任した直後、紹介の特集を組むため、素材として演習風景を撮影させて欲しいというオファーがあったのだ。

全国ネットで放送されたとはいえ、自分が出演していた時間は僅か5分足らずだったと思い出し、真耶はそれを覚えている人間が居たことに愕然とした。

そして秋二が若い頃の自分を知っていると知り、当時と比べて肌の張りや、髪の艶が気になり始めていた真耶は、両手で頭を押さえると、身を隠すように彼へ背を向けた。

 

「う、うぅ…………ま、まさかあんなちょっとした特集を、覚えてる人がいるなんてぇ…………」

 

真耶は先程とは質の違う恥ずかしさで、穴が有ったら入りたい、と切実に思った。

ただでさえ小柄に見える体躯を、ますます縮込ませる真耶をみて、秋二は、さすがにやり過ぎたか、と僅かばかり反省の念を抱いた。

罰が悪くなった秋二は、今一度彼女を視界に止めないよう、クレイジーウォルフへと向き直り、頬を掻いた。

 

「そう恥ずかしがられることはないと思いますよ? 先程も申し上げた通り、貴女の円状制御飛翔と誘導射撃は、本当に目を奪われるほどに綺麗でしたから」

 

彼女を一瞥することもなく、秋二は気恥しそうにそう告げる。

何度も言うが、秋二は女性のあしらい方に関して、あくまで同級生達に比べて心得ている程度の知識しか持ち合わせていない。

故に、世辞や社交辞令で彼が女性を褒めることはなく、彼の口から零れる言葉は、須らくその本心であった。

そしてその言葉は、確かに真耶の耳朶を打ったはずだった。

しかしながら、久しく異性から『綺麗』などという賞賛の言葉を浴びていなかった真耶は、どういう訳か頭の中でそのフレーズばかりをリフレインさせていた。

 

「(き、綺麗って、男の人から綺麗って言われた…………!?)」

 

その顔は、またも耳まで紅潮し、頭を押さえていた両手は、熱くなった頬を隠すように、顔へと添えられていた。

 

「(い、いけません! 私は仮にも高校教師なんです! この春高校に入学予定の男の子に手を出したなんてバレたらっ…………!?)」

 

頭の中で否定しながらも、その顔は満更でもない様子で緩み切っていた。

そんな風に妄想を加速させ、身体を左右に振いながら身悶える真耶。

しかしながら、前述の通り、秋二が『綺麗』だと評したのは、あくまで彼女の操作技術であり、決して容姿を褒め称えての言葉ではない。

女性との距離感を図り兼ねている秋二には、初対面の女性、その容姿を褒めるなどといった高等技術は、望むべくもないものだった。

とはいえ、原作知識から、彼女に妄想癖が有ることを知っていた秋二は、彼女の様子から自身の言葉の選択が過ちであったことに気付き、静かに溜息を吐いた。

そして秋二は、何とか話題の転換を図るべく、適当な話題は無いかと思考を巡らす。

天啓、という程ではないが、自身と真耶にとって共通の話題であり、且つこの場に相応しいものは、意外なほどすんなりと思い浮かんだ。

 

「しかし、山田さんは随分とこの機体についてお詳しいですね。何かこの機体と、因縁がおありなのですか?」

 

「はうっ!!!?」

 

びくり、と、身悶えていた真耶の動きが止まった。

あまりに突然の変化に、言葉を掛けた秋二でさえ、驚きに言葉を失う。

そしてすぐ次の瞬間には、秋二は事態を悟って、凄まじい後悔の念に苛まれた。

どうやら、自分はまた、言葉の選択を誤ってしまったらしい、と。

ゆっくりと、真耶がクレイジーウォルフへと向き直る。

その目に涙こそ浮かべていないものの、彼女の表情には筆舌に尽くし難い悲壮が感じられた。

今度こそ、万策尽きた秋二は、己が招いた結果に、ただただ諦める(白旗を挙げる)ことしか出来なかった。

沈黙したまま、秋二は真耶が言葉を発するの、只管待ちわびる。

時間にして僅か数秒の沈黙が、この時ばかりは数千秒に感じられた。

遠くに感じていた入場者達による喧騒が、今はとても大きく感じられる。

どれくらいの時間が経っただろうか。

ようやく、真耶が重く閉ざしていた口を開いた。

 

「…………実は現役時代、この機体を私の専用機に、というお話があったんです」

 

その表情はやはり交錯する複雑な想いのせいか、酷く翳りのあるものだった。

 

「この機体を、山田さんの専用機に、ですか?」

 

真耶の言葉をただ繰り返すだけの秋二。

しかしその言葉尻からは、明らかな疑念が感じられる。

秋二が知る真耶の戦闘スタイルは、卓越した精密射撃と機体制動による中近距離での射撃戦だった。

無論、第二世代が主であった時代に代表候補生として抜擢された真耶なので、近接格闘が苦手ということはないだろうが。

それでも、当時の演習風景や、雑誌の特集を記憶していた秋二には、加速力特化の純格闘機であるクレイジーウォルフと真耶が、水と油のように感じられた。

真耶は秋二の語調から、そんな彼の考えを何となく察する。

そして、やはり鋭い、と、真耶は予想通りの反応を示す秋二に、少しだけ心が救われた気がした。

知らず、小さな苦笑を浮かべて、真耶は言葉を続けた。

 

「もちろん、私の戦闘スタイルと機体性能(スペック)の不一致を理由に丁重にお断りさせて頂きました。それに、結局この子は、どんな搭乗者も受け入れようとはしなかったので、私が拒否しなかったとしても、私の専用機になることはなかったでしょうけど」

 

でも、と、真耶はやはり後悔を色濃く反映した表情で語る。

 

「もしもあの時、この機体の受領を拒否しなければ、私の未来は少し変わっていたのかな? なんて思ってしまって。…………あなたは近接格闘至上主義、という言葉をご存知ですか?」

 

少しでも明るい声をと努力したつもりの真耶だったが、やはりその表情から翳りは消えず、そんな彼女の様子に、秋二は心を痛めた。

しかし真耶が悟られまいとしていることを察し、その表情を変えず、再びクレイジーウォルフを見つめながら、秋二は自身の知識を検索した。

 

「確か、第二世代中後期における、近接格闘機の絶対的優位性、でしたか?」

 

小回りの効く携行型の実弾火器ではISに致命傷を与えることは出来ず、射程(レンジ)は短くても、絶大なダメージを与え得る格闘兵装の方が優れている。

第二世代機の全盛時には、往々にしてそのような評価が幅を利かせていた。

その後期に発表された代表的な機体、疾風の再誕(ラファール・リヴァイヴ)に至っては、当時の紹介記事に『格闘機の全盛に終止符を!!』などというキャッチコピーまで打たれていたことを、秋二は知っていた。

とはいえ、その機体の最大火力として灰色の鱗殻(グレースケール)、などという近接火器を装備していては、せっかくのキャッチコピーも台無しだと、秋二はその当時の編集者に半ば呆れを感じていたことを思い出した。

間を置かずに的確な回答をして見せた秋二を、真耶は再び目を丸めながら見やる。

IS学園で教師をしている彼女をして、彼がこれまでに見せたISへの造詣の深さは、正直目を見張るものが有った。

彼女は特別女尊男卑の風潮を支持している訳ではなかったが、そんな彼女をして『男性であることが悔やまれる』と、そんな風に思わせるほどに。

当時の自分は、彼のように勤勉だっただろうか。

或いは、ISに対して、そこまでの情熱を持っていただろうか。

意味も無く自問して、真耶は気付かぬ内に、諦観の笑みを浮かべていた。

 

「本当にISについて良くご存知ですね。今おっしゃった通り、第二世代機の全盛時には、射撃武装というものは軽んじられる風潮にありました。それは何も武装や機体ばかりの話しではなく、射撃(それ)を主体とする搭乗者もまた、低く評価されることが殆どでした」

 

自分もまた、そんな搭乗者の中の一人だった、と、真耶は敢えて口にはしなかった。

されどそうであったことは、これまで彼女が口にした内容と、秋二の彼女に対する評価から一目瞭然で有り、彼は胸の痛みが強くなるのを感じた。

 

「学園に通っていた頃も、先生や先輩方から、再三近接格闘主体への転向を勧められてはいたんですけどね。でも当時の私は、頑なに射撃主体の戦闘スタイルを変えることはしませんでした。今思えば、専用機支給の話は、政府からの最後通告だったのかも知れません」

 

事実、彼女は専用機の支給を断った翌月に、代表候補生から解任されている。

周囲の思惑がどうであったにせよ、彼女がそう考えてしまうのも無理からぬことであった。

 

「だから、私はこの機体が欠陥品だと聞かされた時、正直なところ少しだけ喜んでしまったんです。私が誰からも認めてもらえなかったように、私を否定したこの機体も、誰からも認めてもらえなかったんだって。でもそれって、余計に自分のことを惨めにしちゃうだけだったんですけどね」

 

照れ臭そうに付け加えた真耶は、先程より、幾分か晴れやかな表情をしていた。

同時に、自身の若気の至りを、長々と語ってしまったことを、心底申し訳ないとも感じていた。

普段の彼女で有れば、決して見ず知らずの他人に、そのような話を聞かせたりはしなかっただろう。

それなのに、こうして自身の後悔を、過ちを、見ず知らずであったはずの秋二に聞かせてしまったのは、一重に彼が醸し出す、不思議な雰囲気のせいだった。

どんな弱音も後悔も、きっとこの人なら受け入れてくれる。

そう思わせる何かが、秋二には確かに存在した。

 

「すみません。見ず知らずの方にこんな愚痴を聞かせてしまって。おかげで、何だかすっきりしました」

 

その言葉通り、彼女の表情からは、先程までの悲壮感はすっかり感じられなかった。

代わりに、僅かばかりの諦めだけが、晴れやかな笑顔に見え隠れしていた。

 

「お気になさらないで下さい。見ず知らずの者だからこそ言える愚痴というものもあるでしょうし、何より興味深いお話を聞かせて頂きましたから」

 

秋二にとって、クレイジーウォルフに関する詳細な情報だけでも、十分に価値のある講義であったと言える。

それに加えて、真耶の代表候補生時代に纏わる話まで聞かせてもらったとあれば、むしろ礼を言いたいほどであった。

とはいえ、今の彼女の話しには、秋二にとっていくつか腑に落ちない点があった。

 

「…………ただ、少しだけ気になることがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「は、はい。何でしょうか?」

 

神妙な面持ちで質問の可否を求める秋二に、真耶は背筋を正してそれを許可する。

そんな二人の雰囲気は、教師と生徒、というよりも、監査官と現場責任者のそれであった。

 

「貴女は、自身の戦闘スタイルを貫き通したこと、それを間違いだと思っていらっしゃるのですか?」

 

「っっ…………!!!?」

 

黒曜石のような瞳は、決して揺らぐことなく、真っ直ぐに真耶を見据えていた。

そんな真剣な眼差しで発された言葉に、真耶はすぐさま返答することが出来なかった。

しかし、秋二はその沈黙が、肯定、否定のどちらであっても構わないと思っていた。

もとより、そのどちらであったとしても、真耶が吐いた弱音は、秋二にとって少しばかり看過することが出来ないものであったのだから。

故に彼女の返答を待たず、秋二は言葉を続けた。

 

「もしそうなら、それは思い違いだと、私は考えます」

 

躊躇なく断言した秋二に、真耶は思わず息を飲んだ。

告げた彼の目にも迷いはなく、その双眸はやはり凛と澄み切っていた。

 

「努力とは結果が伴わなければ意味がない。そんな考え方を、私はあまり好きません。結果の如何を問わず、努力した過程は、必ずやその人を作る血肉となる筈です」

 

彼が放つ言葉には、有無を言わせぬ重みがあった。

何故なら、彼自身もまた、真耶とは違うが、この数年間、血反吐を吐くような努力を積み重ねて来た人間である。

その結果が問われるのはこれからであり、今はまだ、その努力が正しかったかどうか、それを確かめる術は存在しない。

もしかすると、体術を磨いて来たことは、ISの操作に関して、なんら恩恵を齎さないかも知れない。

しかし、彼はそれならそれで構わないと思っていた。

この数年間で学んだ古武術の教えは、彼の人生において決して無駄になることはないと考えていたし、何よりそれを無駄にするつもりも毛頭なかった。

学んだことは、必ずや役に立つ場面があるし、それを学んだ自身は、努めてそれを役立てなくてはならない。

それが彼の信念であり、誇りだった。

故に自身の努力を、経験を、歩んできた道程を、決して彼は否定しない。

それが例え、自分以外の誰であっても、秋二はそれを否定したくはなかった。

 

「だから、決して自分自身の努力を否定しないで下さい。貴女がそれを否定してしまったら、それは本当に『無駄な努力』に変わってしまいます。」

 

それは、何よりも悲しいことだと、秋二は切実に思っていた。

そしてもう一つ、秋二には気に掛かったことが有る

 

「それと、貴女は自分が『誰からも認めてもらえなかった』とおっしゃいましたが、そんなことはないと思いますよ?」

 

これまでの凛とした語調ではなく、とても穏やかな、まるで子どもを諭す親のような口調で秋二は言った。

それから彼は、ふっとその表情を和らげ、小さくだがとても、とても優しい笑みを浮かべる。

その表情は、男性に免疫がない真耶でなくても、思わず目を奪われてしまいそうな、そんな不思議な、しかし見る者を安心させる笑顔だった。

 

「少なくとも私は貴女の演習風景を見て、直向きに努力する貴女の姿を『美しい』と感じました。そんな風に心を動かされた人間は、私以外にも居たと思います」

 

「…………っっ~~~~っ!!!?」

 

秋二が言葉を紡ぎ終えた時、真耶の瞳からは、先程とは真逆の意味を持つ涙が、とめどなく溢れ出していた。

 

「(そっか。私は…………)」

 

両の手で口元を覆い、しかし流れる涙を拭おうとしない真耶。

その心は、今まで感じたことがない安心感で満たされていた。

 

「(…………私は、間違ってなかったんだ)」

 

真耶は決して、初めから望んで国家代表を目指していた訳ではない。

しかし代表候補生に選ばれ、ただ目まぐるしく過ぎて行く毎日に追われ、彼女はただそれを目指すこと以外を考えられなくなっていた。

国家代表に選ばれることが全てだと錯覚していた彼女にとって、その選考から外れるということは、即ち絶望を意味していた。

だが、本当に彼女を絶望させていたのは、国家代表への道が閉ざされたことではなかった。

その事により、もう誰も本当の意味で自分を認めてくれることはないと、そんな風に諦めてしまった自分自身に、彼女は絶望していたのだ。

故に自身を認めてくれた秋二の言葉が、自分でさえ諦めていた彼女を『美しい』と評してくれたことが、ただそれだけのことが、嬉しくて仕方なかった。

 

「(間違って、なかったんだ…………。)」

 

零れそうになる嗚咽を押し殺しながら、真耶は数分の間、今までの黒い感情を洗い流すように泣き続けた。

往来の中で涙する自分を目に止め、足を止める来場者達も、今だけは気にならなかった。

流れ出る涙が心地良いと、真耶は生まれて初めて感じていた。

そんな彼女を優しく見守りながら、秋二はその涙の意味を理解し、今度はそれを止めようとはしなかった。

ただし…………。

 

「…………何アレ? 痴話喧嘩?」

 

「…………うわ、最低」

 

「…………こんな人ごみの中で女の子泣かせて恥ずかしくないのかしら?」

 

周囲から向けられる侮蔑の視線と、ひそひそと聞こえて来る罵詈雑言に、真耶が泣き止むまでの間、彼はきりきりと胃が痛むのを感じていた。

 

 

 

 

 

「…………お、お見苦しいところをお見せしましたっ」

 

一頻り、それこそ数年分は涙した真耶は、頬を赤らめながら、深々と秋二に頭を下げた。

その両目は数年分の涙により赤く充血しており、久しぶりの休日と言うことで、いつもより気合を入れた化粧も、殆どが流れてしまっていた。

 

「(も、もうお嫁にいけないっ…………)」

 

彼女が内心でそんな心配をしていることも露知らず、秋二はようやく周囲から突き刺さる視線が和らいだことを感じ、ほっと胸を撫で下ろすのだった。

ようやく余裕が出来、秋二は先程の笑顔に及ぶべくもないが、小さく笑みを浮かべた。

 

「いえ。少しは気が晴れたでしょうか?」

 

「は、はいっ! お、おかげ様で…………」

 

しゅっ、と背筋を伸ばし答える真耶。

しかし秋二の笑顔を見た途端、先程の彼が見せた笑みを思い出し、台詞は尻すぼみに、その表情は益々赤く染まっていく。

そんな彼女の様子を目の当たりにして、秋二は『インフィニット・ストラトス』のヒロイン達が、やたらと惚れっぽかったことを思い出した。

ISという兵器のせいで、女尊男卑となったこの世の中において、男義ある男性は希少である。

故にそんな物語の登場人物たるヒロイン達が、そんな男義を垣間見せた主人公に心惹かれてしまうのも無理はない、と秋二はこれを大らかに捉えていた。

ただしそれは、あくまで本来の主人公である『織斑 一夏』に対して発揮される主人公補正であり、自身には関係ないもの、だと思っていた。

そのため、彼女のそんな様子から、それが自身に対して適応されているかも知れないという事実に、秋二は何ともやり場のない気持ちを抱えていた。

 

「(…………フラグか? フラグなのかコレ? …………いやしかし、今時『ニコポ』ってどうなんだ?)」

 

とはいえ、現状それがフラグであるかどうかを確かめる術はない。

考えても無駄なことは深く考えない、それがこの世界で学んだ、彼なりの処世術だった。

為に彼は今回もまた、自分の信念にのみ従い行動する。

ぼうっと立ち尽くし、ただただ顔を赤くする真耶に対して、今度は秋二が深々と頭を下げた。

 

「たかだか15の小僧の分際で、出過ぎたことを申しました。本当に申し訳ありません」

 

普段より礼節を重んじる彼にとって、先程までの自身の言動は、些か無礼が過ぎるものだった。

いくら自身の信念に関わる問題だったとはいえ、他にいくらでも言い様があったと、秋二は自身の言葉を顧みる。

例えそれによって真耶が救われたとしても、それが自身にとっての免罪符にはなり得ないと、秋二は考えていた。

故にけじめを付けるため、彼はその腰を直角に曲げ、何なら土下座でもしそうな勢いで、真耶へと謝罪した。

 

「そ、そそそんなっ!? か、顔を上げて下さいっ!? ぜ、全然気にしてませんしっ、むしろ謝らなきゃいけないのはこっちですからっ!!!!」

 

つい先ほどまで、思考が別世界にトリップしていた真耶は、急な出来事に頭が追い付かず、声を上擦らせながらそう話す。

その口調に怒気がないことを感じ、秋二はようやくその顔を上げた。

 

「いいえ。山田さんには何も落ち度はありません。本当に申し訳ございませんでした」

 

しかしながら、彼の口から出るのは、やはり謝罪の言葉。

それも、真耶が謝ることは、先手を取って遮りに来ている辺り、無自覚だろうが性質が悪い。

これではいたちごっこになるだけであり、どうしたものかと、真耶は頭を悩ませる。

そんな彼女の視界の端に、パネルに書かれたとある一文が留まった。

状況を打開すべく、真耶は全身全霊でそのパネルに自身の進退を掛けた。

 

「そ、そんなことよりっ、このパネルご覧になりましたか!?」

 

「パネル?」

 

やたら大仰な仕草でそれを指差す真耶に、秋二は首を傾げながらも、彼女が誘導する通りに視線を動かす。

するとそこには、彼女の言葉通り一枚のパネルが掲示されており、こう記されていた。

 

『ご自由にお触りください』

 

思わず目を疑う秋二。真耶の話しによれば、この機体は紛れも無く本物のISである筈だ、それを自由に触れて良いとはどういう了見だと、秋二は目を瞬かせた。

そんな彼の考えを察してか、すぐさま真耶が理由を説明する。

 

「恐らく提供者である藤崎重工の意向だと思います。もしこの展示会で搭乗者が見つかれば儲けものだと、そう考えたんじゃないでしょうか?」

 

「なるほど、苦肉の策と言う訳ですか」

 

言いながら、実際は余り期待していないのだろうな、と秋二は考えていた。

事実、この機体周囲には警備らしき人間もおらず、行きかう人々の中にも、私服警備員らしき人間の気配は感じられなかった。

そんな中で実際にこの機体を起動させた場合、会場全体を巻き込む大騒ぎになりかねない。

…………もっとも、自分はその大騒ぎを起こすつもりなのだが。そう考えて、秋二は込み上げて来る苦笑いを必死で押し殺していた。

そういった彼の想いを露知らず、真耶は意気揚々と彼にこんなことを勧める。

 

「せっかくなので、触って見てはいかがですか? なかなか本物のISに触れる機会なんてないでしょうし」

 

それは純粋な好意からの発言だった。

ISとは唯一の例外を除いて女性にしか動かせず、その開発にでも携わらない限り、男性が直接触れることが出来る機会など、そうそうお目にかかれるものではない。

 

「それに、もしかしたら二人目の男性操縦者になれるかもしれませんよ?」

 

含みのある笑顔で、悪戯っぽくそう真耶。

実のところ彼女としては、そうなれば秋二と親密になれる機会が増えるかも知れない、という打算的な思考もあった。

それと同時に、そんな奇跡などそうそう起こる訳はない、という考えもあった。

当然のことながら、彼女の中では後者が明らかに有力であり、この会場を出れば彼と接する機会は殆どないとも考えていた。

そしてその事実を寂しく思っており、連絡先を交換するくらいは許されるだろうか、などという算段も企てていた。

さすがに秋二をして『良く計算された誘導射撃』と評されるだけはある。

女教師、山田 真耶。その外見とは裏腹に、存外計算高い女性であった。

 

「…………」

 

そんな真耶とは対照的に、秋二は押し黙りその機体、クレイジーウォルフを神妙な面持ちで見つめていた。

彼にして見れば、この機体が彼の専用機であることは明確であり、触れればそれを起動させてしまう確信が有った。

そうなると、真耶が危惧したように、相当の騒ぎになることは比を見るより明らかである。

そしてそれは、彼女に多大な迷惑を掛けてしまうということだ。

その事実が、秋二に機体に触れるかどうか葛藤させていた。

しかしながら、ちらと横目で真耶の様子を伺えば、彼女は期待に胸を膨らませた様子で、彼が機体に触れるのを今か今かと見つめている。

前述の通り、僅かばかりではあるが、彼がクレイジーウォルフを動かすことを、彼女は期待していたのだ。

生き死にを掛けた戦いに身を投じる覚悟は、二度目の生を受ける時、既に決めていた。

そしてその戦いを、今日この日から始める覚悟を、彼はつい先程決めた。

故にこの機体を起動させることは、彼にとって是非もない。

しかし真耶が近くにいるという状況が、彼を踏み止まらせる、最後の防波堤となっていた。

とはいえ、未だに目を輝かせ、彼が触れることを待ちわびている真耶の様子に、秋二はここで触らないのも失礼だと感じ始めていた。

据え膳食わぬは武士の恥、とは言うが、この場合もそれは適応されるのだろうか、と少々場違いなことを考える。

幾ばくかの逡巡を経て、秋二は結局、機体に触れる覚悟を決めた。

もとより腹は据えていたのだ。覚悟を決めた彼の行動は迅速だった。

 

「そうですね。それではせっかくなので…………」

 

勧めてくれた真耶に、そう断りを入れ、秋二は徐に眼前に立つ機体へと手を伸ばす。

次の瞬間…………。

 

 

――――――――――やっと、会えた…………。

 

 

嬉しそうに呟く少女の声が脳裏に響き渡る。

それと同時に、秋二の頭には、知る筈も無い機体の情報が次々に流れ込んだ。

次いで、機体の周囲に無数に広がっていく無媒体画面(3Dウィンドウ)

欠陥品とされてきた不遇のIS、クレイジーウォルフは、ここにようやく、自身の主たるに相応しい人間と邂逅した。

 

「…………動いて、しまいましたが?」

 

予想通りの事態に、やはり落ち着いた表情でそう呟いた秋二。

 

「う、うそっ…………!?」

 

反対に、真耶は期待していたとはいえ、有り得ない事態が起こったことに、生まれて初めてさあっと、顔から血の気が引く音を聞いた。




第一章第三話をお送り致しました。
さて、今回は少し作品とは関係のないお話したいと思います。
実を申しますと作者は社会人でございます。そして現在は月末進行の真っただ中。友人に夜遅くまでSSを執筆していると伝えたところ、『壁に頭打ち付けてでも寝ろ。』とありがたい言葉を賜りました。だが断る!!
さぁ、遂に起動したクレイジーウォルフ。その性能と第三世代装備は追々明らかにしていきます。
今回は前回に増してまやまや大増量でお送り致しましたが、如何だったでしょうか?
可愛い!!と感じて頂けると幸いです。
このような隅の隅までお読み頂いて下さっている皆様方、そして本編だけでもお読み下さっている皆様方、毎度のことながら、本当にありがとうございます。
それでは、また次回の更新でお会いしましょう。
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