インフィニット・ストラトス~ADEM~   作:Nave'x

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前回の投稿から随分と時間が掛かってしまい、申し訳ございません。
しかもお待たせした上に、余り話の内容は進んでいない有様でございます。
今回の話しは、主人公の葛藤と決意、そして目的地が主題となっています。
『最強』とは何か、皆様もご一緒にお考え頂けると幸いです。


第一章 REUNION 第四話

最強。読んで字の如く、正しく最も強き者へと贈られる称号。

最強。望むとの望まざるとに関わらず、その名には名声と怨嗟の声が付き纏う。

最強。そう呼ばれる者はその名を忌むが、その名を望む者は果たしてその先に何を見ているのだろうか…………。

 

 

 

 

 

―――――インフィニット・ストラトス。

 

無限の成層圏の名を冠するそれは、その名が示す通り、宇宙環境での作業を前提として作られたパワードスーツであった。

昨今ではその頭文字を取り、『IS』という略称が、広く用いられている。

さて、もとは宇宙環境での作業を視野に入れ開発されたこの機械だが、現在では主に軍事転用を模索されていた。

その契機となったのが言わずと知れた『白騎士事件』である。

世界各国のデータベースが同時にハッキングされ、日本に向けて無数の核ミサイルが放たれるという未曽有の事態。

奇しくもこれを単機で防いで見せたのが、当時一般には余り知られていなかったIS、それを纏った一人の女性だった。

その正体は未だ謎に包まれており、『白騎士』という機体名称も、メディアが便宜上名付けたものに過ぎない。

しかしながら、この事件を切っ掛けに、各国はISという物の価値を、大きく見直すこととなる。

機動兵器として、余りに規格外の性能を持つそれは、『女性にしか扱えない』という大きな欠陥を抱えていた。

その後は周知の事実である通り、優秀なISパイロットを確保する為、各国は女性に対する優遇政策を、次々と打ち出すことになる。

あれよあれよという間に、世間では女性の優位性が確立され、女尊男卑と揶揄される、昨今の風潮が築き上げられた。

 

しかし、つい先頃、その定説を覆す存在が現れた。

 

日本において、世界初となる男性のIS適合者が発見されたのだ。

彼は、女尊男卑を忌む者にとっては正しく救世主であり、それを賛美する者にとっては魔界より這出た魔王そのものに見えたことだろう。

何にせよ、彼の存在は、これまでの常識を著しく覆すものであり、世界は大いに衝撃を受けることとなった。

各国では彼に続けと、全ての男性国民に対して、ISの適性検査が実施された。

しかしながら、結果は振るわず、彼に続く男性適合者は、一人として見つかることはなかった。

そう、今日この日までは…………。

 

 

 

 

 

前評判に違わぬ賑わいを見せていたJAPAN・IS・EXPO会場。

しかしながら、現在その会場は、まるで水を打ったかのような静寂に支配されていた。

数時間前に起きたとある事件により、会場は閉館まで多くの時間を残しながらも、完全に封鎖されている。

事件の詳細に関して、目撃者達には緘口令が引かれ、これを破ると、数年間の監視が余儀なくされることが伝えられた。

そうまでして秘匿せねばならなかったのは、その事件の特殊性と、ISの重要性によるもの。

実際に、それを間近で目にした者たちの中にも、その事件が現実だと、正しく認識できない者が多く存在していた。

そして、会場内に設けられた個室にて、今回の顛末についての報告書に目を通していたある女性も、そんな目撃者達と同じ気持ちだった。

会場のバックヤードに位置するその個室は、本来であれば、会場内の警備員達へと宛がわれたものである。

室内にはいくつものモニターが取りつけられ、会場内全ての監視カメラからの映像が、即座に閲覧できるようになっていた。

そんなモニターたちに囲まれながら、一人の女性が深く溜息を吐いた。

皺一つないスカートスーツに身を包んだ女性は、そのしなやかな足を、すっと組み替える。

その際に、一つに括られた長い髪が、小さく揺れた。

すっ、と、ただでさえ鋭い女性の双眸が、更に細められる。

その視線の先では、つい数時間前にこの会場で起こった事件、その渦中の人物が、迷いの無い足取りで歩く姿が鮮明に映し出されていた。

そしてその人物は、目当ての展示機体に辿り着くと、それを繁々と眺めた後、ゆっくりとその右手を機体へと伸ばしている。

結局、他者に声を掛けられたことで、その人物はすぐさま手を引っ込めてはいたが、この時乱入者が現れなければ、恐らく事件はこの時既に発覚したであろう。

静かに目を閉じ、女性は何度目になるか分からない溜息を吐いた。

 

「…………ただの偶然だと? 笑わせてくれるな」

 

そう言いながらも、女性の顔には笑みの一つとて浮かべられていなかった。

事件発覚から数時間が経過し、件の機体は別室へ移動され、製造した企業の技術者達によって、精密検査が実行されている。

そして、渦中の人物は別室にて待機、という名目で軟禁されていた。

しかしながら、既に政府はその人物に対して捜査を終えたとし、危険性はないと判断している。

無論、女性はそれを真面に受け取ってはいない。

そこに国防への配慮とは全く別の、政治的な思惑があることを感じて、女性は怒りに打ち震えた。

 

「…………そこまでして今の世の中を否定したいか。あの狸どもめ」

 

これまでの経験から、女性は余り…………というより、全くと言って良い程に、政治家という生き物を信用していなかった。

彼らは往々にして自身の手を下さず、他者を利用することに長けている。

自身すらも、彼らにとっては使い勝手の良い駒の一つでしかないことを、彼女は良く理解していた。

故に自身の弟が、そんな自身と同じ境遇に立たされかねない今の状況を何とかしたいと、彼女はこの数日間、常に考えてきた。

されど妙案は浮かばず、結局彼女は表面上では政府に従い、弟にISの操作技術を教え込むため、自身の手元に置くことを決めた。

有事の際には、自身の身命を賭して弟を護るために。

しかし今回の事件は、彼女にとって待ち望んだ好機と言えるものだった。

弟の他に『ISを動かせる男』が現れたのだ。

女性は名を、織斑 千冬と言う。

そしてその弟とは、先頃世界初の男性IS適合者として有名を博した織斑 一夏、その人である。

千冬は内心、弟以外の男性適合者が現れたと聞いて喜びを感じていた。

弟には努めてISへの知識、興味を与えないよう教育して来た。

それ故に、完全に彼は一般人だと言い切れるし、各国の追及に対しても、容易に逃げ切ることが出来た。

それに加えて今回の二人目発見だ。一夏への注目は嫌でも二分される。

そもそもISは男性には動かせないことが前提であり、余程特殊な条件、それこそ技術職者やその卵などでも無い限り、それに対して造詣が深いなど有り得ないことだ。

しかし、今回の渦中の人物は、そんな常識をあっさりと否定する存在だった。

報告に目を通した限りではあるが、渦中の人物はIS…………否、『強さ』に対して並々ならぬ執着を持っている節が見受けられる。

その経歴の最たるものが、更識の道場に対する討ち入りであろう。

たかだか一介の中学生が、日本屈指の実力を誇る、更識に殴り込みを掛けたなど、正直笑い話にもなりはしない。

しかもその人物は、現ロシア代表である更識 楯無(旧名刀奈)と、無手とは言え互角の仕合を繰り広げたという。

自身の弟とは明らかに異質な存在に、千冬は空恐ろしささえ感じた。

更に恐ろしいのは、そのような明確な『危険人物』を、政府が無害と判断したことであろう。

万が一その人物に何らかの企てがあったとき、政府が何と言って弁明を行うのか。

場合によっては国家の存亡すら危ぶまれるこの事態を、政府は自身の都合を優先し、軽んじているのではないか。

彼女がそんな疑心に駆られるのも無理はないだろう。

しかしながら、実際に彼を『無害』と断定したのは政府ではなく、件の更識、踏み込んで言えば、実際に拳を交えた楯無自身だった。

かねてより、国家の諜報、情報収集活動においてその威光を遺憾なく発揮して来た更識。

そのトップが『無害』と見なした以上、元々彼を引き込みたい政府の人間達が、それを利用しない手はない。

この事実が報告書に明記されていれば、千冬がここまで疑心暗鬼になることはなかったかも知れない。

とはいえ、それは仮定の話であり、今彼女がそれを知らない以上、報告書の内容を鵜呑みに出来ないことは、変えようの無い事実だった。

再び深く溜息を吐きながら、千冬はモニターへと視線を移す。

既に何度確認しているか分からないその映像は、件の人物が自身の後輩を励ます場面へと入っていた。

ちょうどそんな折だった。ふと叩かれた扉の音に、千冬は映像を一時停止にして返事をする。

 

「どうぞ」

 

既にこの会場には、今回の顛末に対する関係者か、国家より厳命を受けた警備の者しかしない。

加えて言うなら、千冬は扉の前に立つ人物から敵意を感じなかった。

故に二つ返事で、千冬はノックの主の入室を促した。

彼女の返事に遅れること数秒、控えめに「失礼します。」と断ってから、ノックの主は個室へと入って来た。

 

「遅くなってすみません。織斑先生」

 

深々と頭を下げながら詫びるのは、件の映像で渦中の人物と言葉を交わしていた女性。

千冬の同僚でもある山田 真耶だった。

彼女はつい先ほどまで『捜査対象と最後に言葉を交わした人物』ということで、別室にて更識の者による尋問(事情聴取)を受けていた。

しかしながら前述の通り、鶴の一声で対象者の潔白が証明されたことにより解放されている。

その直後に千冬より呼び出しを受け、真耶はこうして警備員室を訪れていた。

 

「いや構わんさ。こちらこそ呼び立ててすまないな。せっかくの休日に災な…………」

 

災難だったな、と言い掛けて、千冬は台詞を飲み込んだ。

何度も検証していた事件当時の映像を思い返し、その台詞は適切ではないと考えたからだ。

 

「…………いや、幸運だったというべきかな?」

 

「え?」

 

不思議そうに首を傾げる真耶に対して、千冬は底意地の悪い笑みを浮かべる。

そして千冬は、モニターの音量を真耶にも聞こえるように上げて、一時停止させていた映像を、再び再生させた。

 

『少なくとも私は貴女の演習風景を見て、直向きに努力する貴女の姿を『美しい』と感じました』

 

「*#$%&*+>!!!?」

 

モニターから流れて来た音声に、真耶は声にならない叫びを上げた。

次いで、耳までを真っ赤にし、今にも頭から煙をあげそうになる。

そんな真耶の姿を、千冬は心底可笑しそうに眺め、くつくつと笑いを零した。

 

「ふふっ。手を出すなら周囲にバレないようにしろよ? 青少年健全育成条例に抵触する。まぁこいつがIS学園に入学すれば問題ないがな」

 

それは、彼女にしてみれば珍しいことだが、ほんの冗談のつもりだったのだろう。

しかしながら、真耶にとってはまさに天啓となったらしく、彼女はぽん、と手を叩いた。

 

「た、確かに!! IS学園なら条例も国法も関係ありませんよね!?」

 

何なら在学中に入籍も出来る筈だと、真耶は随分と飛躍したことまで考えていた。

そんな彼女の様子から邪念を感じた千冬は、もう一度盛大に溜息を吐く。

 

「おい、今のはほんの冗談だから真に受けるな。さすがに同僚が、年端も行かん子どもに手を出そうとしているなら見過ごせんぞ?」

 

ジト目で真耶を見やる千冬に、慌てて居住まいを正しながら、真耶はわざとらしく咳払いをした。

 

「ご、ごほんっ。わ、分かってますよ? ほ、ほんの冗談。冗談ですからねっ?」

 

「…………まぁ、そういうことにしておいてやろう」

 

千冬はこの件に関して、多大な疑いを残しながらも、本題には関係ないと切り捨てることにした。

そして、すぐに先程と同様の、真剣な面差しに戻る。

釣られて真耶も、普段の彼女からすれば別人のような、真剣な表情を浮かべる。

彼女とてIS操縦者の端くれだ。今回の事件が、どれだけ重要な案件であるかは、重々理解していた。

そしてそれ以上に、渦中の人物であるあの男子学生に、真耶は常ならぬ興味を抱いていた。

それ故にその進退に関わることとなれば、知らず真剣な面持ちにもなろうというもの。

そんな真耶の内心を知ってか知らずか、千冬はデスク上で無造作に広げられていた書類を一纏めにすると、それを持ち上げた。

 

「本題に移ろう。まずこれだが、これは現在別室で待機している対象者に関しての報告書だ」

 

ひらひらと、まるで単なる紙切れを扱うように、千冬は報告書を手中で弄ぶ。

事実、千冬はその報告書に、それほどの価値を感じていなかった。

 

「正直、報告書の内容だけでは、対象者についての評価を下し兼ねているのが現状だ。そこで直接奴と接した山田君に聞くが…………」

 

すっと再び双眸を細め、千冬は再び一時停止されたモニターの中、優しく微笑む対象者を睨みつける。

 

「…………対象者にどんな印象を持った? 率直な感想で良い。山田君の感じたままを答えてくれ」

 

その言葉に、真耶は彼女と同様に、モニターに映る対象者の顔を見つめる。

僅かに数時間前の出来事を思い出し頬を上気させたが、すぐさま頭を切り替える。

そして千冬へと向き直り、未だ赤みの冷めない頬ではあったが、真剣な表情で真耶は答えた。

 

「…………客観的に見て『変わった人』だと思いました。同時に優しい…………いえ、『善人』と感じた、という方が正しいですね」

 

そこで言葉を切り、真耶は僅かに思考を巡らす。

何故、対象者を『変わっている』と感じたのか、その理由を探して。

本日の出来事を思い返す内、真耶の脳裏に都内名門私立中学の学生証が浮かんだ。

 

「有り体に言えば『大人びている』。もっと言ってしまえば『子どもらしさが全く感じられない』。そんな印象を感じました」

 

真耶は入場口付近でのやり取りから、彼の実年齢を知っていた。

当初、真耶は彼の容貌や身長、体つきのせいで対象者を実年齢より年上だと感じたと、そう思っていた。

しかし、会場で再会し言葉を交わす内に、その考えは間違いだったと思うようになった。

彼を大人びていると感じたのは、彼の考え方や信念、そして礼儀作法など、内面に『年齢相応』な部分が感じられなかったからなのだ。

あまりに丁寧過ぎる口調や礼法。

過去の努力を自らが否定することを許さず、それを大人である真耶にすら臆せず主張し得る信念。

IS学園という特殊な環境で教員をする真耶は、これまで多くの『子どもらしくない』生徒を見てきた。

しかし、『子どもらしくない』と『子どもらしさが全く感じられない』では、余りにその意味合いが違って来る。

彼女が見て来た生徒たちと彼とは、一線を隔す明確な違いがあるように思えてならなかった。

そんな真耶の回答に、千冬は満足げな笑みを浮かべた。

 

「概ね私も同意見だ。会場で撮影された映像からも報告書からも、対象者に『年齢相応の雰囲気』というものは感じられなかった」

 

しかし、と、千冬は手に持つ報告書の一文を見やり、訝しげに眉を顰める。

 

「持っていた学生証に戸籍謄本。どちらも偽造やすり替えでないことが証明されいる。つまり対象者は自供通りの年齢ということになるな」

 

「それじゃあ…………そうならざるを得なかった理由がある、ということですか?」

 

千冬の言葉に、真耶はある一つの仮説を立てた。

彼女がこれまで見て来た『子どもらしくない』者達は、その殆どが各国の代表候補生であった。

真耶自身がそうであったように、代表候補生というものは、その双肩に国家の威信を背負わせれている。

故に年齢とは不相応に多くを期待され、結果として子どもらしさというものを失っていく。

つまり真耶は、彼にもそう言った理由…………子どもらしさを失うなりの理由があったのではないかと、そう考えたのだ。

しかし、千冬はこれを首を横に振ることで否定した。

 

「複雑な家庭環境も、価値観に影響を与え得るような大きな事件も、対象者の経歴からは見受けられなかったらしい」

 

今回の顛末は、国家の根幹を揺るがす一大事であり、その調査は公平に行われている。

早急に対象者が『無害』であると断定したことに、些かの政治的思惑は働いていても、調査そのものに不正はなかったと、そう千冬は判断していた。

それ故に、なおさら対象者の性格(パーソナリティ)には疑問が残った。

加えて、問題はそればかりではない。

 

「その件に関しては、直接本人と対峙する外ないにしても…………問題は対象者ばかりではなくてな。これを見てくれ」

 

言いながら、千冬は報告書の束から二枚の写真を取り出しデスクに並べた。

そこにはそれぞれ1機のISが映し出されている。

どちらも良くに通った意匠だが、僅かばかりの、しかし明確な差異が見て取れた。

その写真を見た真耶の目が、大きく見開かれる。

 

「これは孤狼…………いえ、どちらも狂い哭く餓狼(クレイジーウォルフ)、なんですか?」

 

写真に写った機体は、細部に違いはあれど、自身とも因縁のあるあの機体だと、真耶には一目で分かった。

二枚の写真のうち、一枚は展示前に撮影されたものであり、真耶と対象者が先程まで並んで見つめていたときと同様の姿をしている。

もう一枚には、ほぼ同様の機体が映されていたが、その全体像(シルエット)は、彼女の知るものと大きく異なっていた。

まず、完全な左右対称(シンメトリー)のデザインだった筈が、その作業用機械手指(マニピュレーター)は左右で若干だが形状が異なっていた。

加えて、機体の各所にはセンサーデバイスと同色のモールドが増設されており、一見すると全く別の機体にさえ思える。

その変化に、真耶は驚きを隠せなかった。

驚愕とともに零れた疑問に対して、千冬は静かに頷くことで肯定の意を示した。

 

「詳細は不明だが、倉庫に移送された直後から少しずつ形状を変えていったらしい。…………だが、恐らくは二次形態移行(セカンドシフト)だろうとのことだ」

 

「っ!? そんなっ!? そんなことが有り得るんですか!?」

 

声高にそう尋ねた真耶に対して、千冬は明確な答えを持たなかった。

IS、特に専用機と呼ばれる機体は、まず機体情報の初期化(フィッティング)を行い、次いで最適化(パーソナライズ)というシステム上の処理を行う。

その結果として最初の形態移行、つまり初期形態移行(ファーストシフト)を行うが、これには前提として搭乗者による数分の運用が必要とされる。

他の機体で集積した情報を移植し、最初から専用機として組み上げられた機体で有れば、この限りではなないだろう。

しかし今回のケースは、それには該当しない。

狂い哭く餓狼(クレイジーウォルフ)は専用機級の機体として開発されながら、これまで数多の搭乗者を拒み続けてきた。

起動そのものが、今回初めての事例であり、搭乗者なしに形態移行、ましてや二次形態移行(セカンドシフト)することなど有り得ない、というのが一般的な見解である。

しかし現実として、クレイジーウォルフは初期形態移行(ファーストシフト)にしては、余りに仰々しい変貌を遂げていた。

 

「現在も検査は続いているが、機体が起動以前より頑固になっているようでな。現在は外部からのアクセス一切を拒絶している。技術者連中は、さっさと対象者を出せ、の一点張りだ」

 

こちらの気も知らないで気楽なものだ、と、千冬は吐き捨てるかのように呟いた。

だが同時に、技術者たちの気持ちも、理解できない訳ではない、とも考えていた。

前述の通り、クレイジーウォルフは『第三世代』に該当する機体であり、イメージインターフェースによって制御される武装を搭載している。

もともと第二世代機『孤狼』として完成を迎えていたこの機体は、純近接格闘を主体とする機体であった。

そのため、搭載されている第三世代兵器も、白兵戦運用を想定している。

換装された作業用機械手指(マニピュレーター)と、後付けされた大型実体剣『一握りの栄冠(ザ・グローリー)』に搭載されたそれは『ISSC』の略称で呼ばれている。

 

IS防御壁反転装置(IS・Shield・Canceler)』。

 

即ち、ISの表面に展開されたシールド、それを無効化する力場形成装置である。

これは第一回モンド・グロッソ優勝機体『暮桜』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を再現しようとしたものだった。

結果として、最大出力であれば絶対防御をも切り裂けた『零落白夜』程の威力は再現できなかったが、シールドエネルギーを消費しない為、燃費の面では本家を凌いでいる。

あくまで理論上は、だが。

クレイジーウォルフには、両腕とブレードの計三ヶ所にこれが装着されている。

これらは、イメージインターフェースを通じ、搭乗者の思考に応じて、ある程度形状変更が可能な力場を発生させることを想定されていた。

もっとも運用データが存在しないため、その完成度と効果は未知数ではあるが。

本筋に戻るとしよう。

今回問題となるのは、クレイジーウォルフに搭載された第三世代兵装『ISSC』そのものではない。

対象者との邂逅により、二次形態移行(セカンドシフト)と思われる変貌を遂げたこの機体。

その変化から技術者たちと千冬は、クレイジーウォルフが『単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)』を発現させていると考えていた。

第三世代兵装と単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の融和は、現在各国が、我先にと実現を争っている先進技術である。

他国に先んじてそれが発現したとなれば、それは技術的に見ると大いなる一歩となるだろう。

だからこそ、技術者たちはそれを確認するため、対象者の引き渡しを強く望んでいたのだ。

しかし、その理屈が分かったからと言って、千冬は対象者への警戒を緩めるつもりは毛ほどもない。

デスクに広げた写真を報告書へ戻すと、今度は手にしていた資料全てを机上へと置く。

そして徐に、千冬は両腕を組んだ。

 

「…………確たる理由もなしに『年齢相応の雰囲気』がなく、加えて装着した訳でもない機体の二次形態移行(セカンドシフト)。これら全てを偶然の一言で片づけてしまうのは、些か腑に落ちんとは思わないか?」

 

「…………」

 

千冬の問い掛けに、真耶は答えることが出来なかった。

彼女からすれば、対象者はある種の恩人であり、その身を安んずる思いも少なからずあった。

しかし千冬が言った通り、彼は余りにも不可解であり、それ故に疑わしい存在でもある。

優秀な思考力を持つが故に、真耶は対象者を、全面的に擁護することが出来なかった。

そんな彼女の葛藤を、その沈黙から読み取り、千冬は小さく苦笑いを浮かべる。

 

「安心しろ。政府は奴を『無害』と断定している。今更その身がどうにかなることはまず有り得ん」

 

「えっ!?」

 

驚きの声を上げる真耶。

その表情には安堵からか、僅かに笑みすら浮かんでいた。

千冬は苦笑いもそのままに、小さく溜息を零す。

内心では、言葉とは全く別のことを考えながら。

 

「(山田君は奴を『善人』だと言っていたが…………)」

 

『善人』であることが、即ち『無害』であるかと言えば、それはその限りではない。

『善人』あるが故に、その行動が極端になる例とて、決して少なくはないのだから。

例えるなら宗教戦争などが良い見本だろう。

その渦中にある人間は、得てして自身こそが『神意の代行者』だと信じて疑わず、『正義』の名の下、過剰な暴力行為すら厭わない。

それは彼らが『善良』であり、信心深ければ深い程に苛烈を極める。

善悪ではなく、その真意こそが重要だと、千冬は考えていた。

 

「(もしも学園に…………一夏に仇為すようであれば…………)」

 

報告書を片付ける振りをして、千冬は静かに真耶へ背を向ける。

その表情が見えないようになると、彼女はその顔から、一切の表情を消した。

そして、自らの右手を静かに広げ、それを見つめる。

『人類最強』、『初代ブリュンヒルデ』。

そんな仰々しい二つ名で呼ばれているにも関わらず、その指は白くしなやかで、そして何より小さかった。

ともすれば、目の前で安堵の笑みを浮かべる同僚の、ささやかな想いすら護れぬほどに。

ゆっくりと目を閉じ、そして広げた右手も、千冬は同様にそっと握りしめる。

 

「(その時は、私の手で…………)」

 

開かれた双眸には、静かな闘志と決意の色だけが映し出されていた。

 

 

 

 

 

真耶が千冬の下を訪れる数分前。

彼女たちとは別の個室で待機を命じられた対象者、神埼 秋二は前述した千冬と同様に自らの右手を見つめていた。

備え付けのソファーに浅く腰かけ、自らの膝に肘を預ける姿勢で、ただただ己の右の手掌を覗き込む。

その手は、微かにだが震えていた。

 

「(…………始まった。…………いや、始めてしまったのか)」

 

震えを抑えるように、そっと自らの左手を添え、右の指を握り込む。

添えた左手には、微かに右手の震えが伝わって来た。

 

「(もう後戻りは出来ない。まぁ、端からそんな気もなかったが…………)」

 

しかし、と、秋二は黙考を続ける。

既に賽は投げられた。

命を賭して、迫りくる激動の道程を歩んでいく覚悟も、既に決めている。

だが、それはあくまで自分自身の話であり、自身がこの道に身を投じたことで、少なからず危険が及ぶ存在がある。

それだけが、秋二の心に、まるで棘のように引っかかっていた。

 

「(…………何にせよ、父さんと母さんには、死ぬほど迷惑を掛けることになるな)」

 

彼にとって唯一の懸念。

それが、この世界において彼を生み、育んでくれた存在。即ち、両親であった。

二度目の生を受けた彼にとって、しかしこの世界の両親は、前世の親と同様に、やはり家族であり、かけがえのない存在であった。

父は製薬会社で営業関連の仕事についている一般的なサラリーマンであり、母は専業主婦だった。

何処にでもある、ありふれた家庭であり、しかし、そんな何ともない日常を、秋二は愛おしく思っていた。

自身を生んでくれた母に感謝し、自身を育んでくれた父を尊敬していた。

それ故に、生まれる前から決まっていたとはいえ、自らの手で二人の日常を壊してしまったことに、秋二は罪悪感を抱いていた。

同時に、更識や政府から調査の人間が立ち入っているであろう事を予測し、心配してはいないかと気を揉んでいた。

出来ることなら、すぐに一報を入れたいところではあったが、現在秋二が所持していた電子機器は全て没収されている。

彼に出来ることは、ただ坐して政府の決定を待つことだけだった。

 

「(…………『無力』っていうのは、歯痒いものだな)」

 

未だ微かに震える右手を、強く、強く握り締める。

我を押し通せるだけの力が、ただただ強い実力(ちから)が、秋二は何よりも欲しかった。

そして秋二は、ただ降りかかる火の粉を払い、生き残り続けるだけではダメだと、そう結論付ける。

それでは死ぬまで生き残り続けるだけであり、死なないために生きるというのは、生命としてあまりに歪である。

ではどうすれば良いか、と、秋二は自身へ向けて投げかける。

理屈としては単純明快だ。要は『火の粉の方から自身を避ける』よう仕向ければ良いだけのこと。

そしてその方策は、秋二の中で具体的な言葉として、既に存在していた。

 

「(やはり目指すしかないのか…………)」

 

そこまで考えたところで、秋二は思考を中断する。

自分に宛がわれた個室。その扉の前に人の気配を感じて。

徐にソファーから立ち上がり、扉の前へと移動する。

いつの間にか、手の震えは治まっていた。

ノックされるより早く、秋二は自ら個室の戸を開いた。

 

「何か御用でしょうか?」

 

「っ!?」

 

突如として目の前の戸が開き、あまつ声を掛けられたことによって来訪者は驚き、硬直する。

そんな来訪者の様子に秋二は小さく苦笑いを浮かべた。

訪ねて来たのは、彼をこの個室へと案内した、政府の人間を名乗る女性だった。

もっとも、秋二にして見れば、その人物が武に長けた達人であることは一目瞭然であり、彼女が更識所縁のものであることは百も承知だった。

しかし、その実力は恐らく、自らの師よりも劣るだろう。

そんな事実が、秋二にこのような悪戯心を起こさせる余裕を与えていた。

 

「すみません。驚かせるつもりはなかったのですが。あまりに暇だったので、待ち切れなかったんですよ」

 

一礼し、謝罪を述べる。

無論、秋二にとってそれは紛うことなき本心からの謝罪であり、待ちわびていたこともまた事実であった。

目を白黒とさせていたその女性は、そんな彼の様子を見て、僅かな沈黙と咳払いを以って、平静を取り戻す。

そして一礼すると、預かっていた秋二の私物、携帯電話と音楽プレーヤー、学生証を差し出して来た。

 

「大変お待たせしました。取り調べが終わりましたのでお返し致します」

 

それを内心では、やっとか、と思いながら、それをおくびにも出さずに秋二は機器を受け取った。

ありがとうございます、と礼を述べつつ、秋二はそれらを鞄へとしまい込んだ。

 

「結論から申し上げると、政府はあなたに危険性がないと断定しました。長時間に渡るご協力感謝します」

 

「いえ。それを聞いて安心しました。それでは、今日はもう帰ってもよろしいのですか?」

 

調査が終わったという女性の言葉に、秋二は僅かな期待を込めてそう尋ねたが、女性はそれに対して小さく首を振り否定した。

 

「申し訳ありませんが、これから狂い哭く餓狼(クレイジーウォルフ)の起動試験を行って頂きます。当方としては、貴方が『二人目』である確証が欲しいので」

 

「なるほど。確かにそれは道理ですね」

 

女性の言葉が予想通りだった秋二は、差して驚いた風もなくそう答えた。

秋二は、今回の顛末について緘口令が引かれていることを、何となく想像していた。

しかし人の口に戸が立てられないことも理解しており、何処其処から漏れた情報により、政府に各国から追及の手が伸びていることもまた、彼の予想に含まれていた。

しばらくは『現段階では何もコメントできない』等といって逃げることも可能だろうが、いつまでもそうしている訳にもいかない。

であるなら、手っ取り早く秋二が『二人目の男性適合者』であることを実証すれば良い。

そこには、かつて自身の師へ示唆した通り『保守派のお歴々』による思惑が、多分に含まれていることも彼の予想の範疇だった。

故に秋二は、しまい込んだばかりの携帯を取り出しながら、女性に問い掛ける。

 

「では移動しながらで構いませんので、家に連絡を入れてもよろしいでしょうか? 心配を掛けてしまっていると思いますので」

 

電話を掲げてそう言った秋二に、女性は僅かに逡巡する。

上層部より預かった品を返すよう許可は出ていたし、何より彼の行動に対して、何らかの制限を行うよう指示はされていない。

何より、上層部が彼を『無害』と断定した以上、彼が外部と連絡をとりあうことを止める理由がなかった。

加えていうなら、女性は相応の訓練を受けた更識の諜報員であり、万が一の場合には、中学生一人程度、実力を以って止めることは容易だと考えていた。

無論、それは余りに見当違いであり、秋二が実際より悪辣な性格をしていれば、恐らく彼女は良くて意識を失っているか、悪くすれば事切れている可能性もあるのだが。

幸か不幸か、彼女は調査の過程で『一般家庭に生まれ育った中学生』と、秋二のことを誤認していた。

故に二つ返事で、秋二の提案に快諾の意を示す。

 

「それでは倉庫までご案内致しますので、電話は道中でお願いします」

 

秋二は再び女性に礼を述べ、その背を追って歩き始めた。

震えの留まった右手で、携帯を操作し、自宅の固定電話へと発信する。

静かな廊下に、携帯の呼び出し音が鳴り響いた。

 

『…………はい。神埼ですが?』

 

数回の発信音のあと、受話器から響く聞きなれた女性の音声に、秋二は安堵の溜息を零した。

声色に不安げな様子も感じられない。

知らず、小さな笑みさえ浮かべながら、秋二はそれに応答した。

 

「母さん、秋二だけど? 連絡が遅くなってすまない」

 

『秋二? あなた、今度は政治家の汚職でも摘発したの? 『政府の人間』って人が大勢押し掛けてきてるんだけど?』 

 

「…………は?」

 

子の身を案ずる言葉より先に、母の口から飛び出たのは、呆れ交じりの言葉だった。

自身の考え方や信念が、同世代から逸脱していると、秋二は自覚していた。

故に、彼は正常な人間の考え方や感情の動きというものに、ある程度の予想を立てることが出来る。

どこぞの朴念仁(難聴系主人公)達とは訳が違うのだ。

そんな彼をして、自らの母が発した第一声は、余りにも予想の範疇からかけ離れていた。

 

「母さん? 汚職摘発って、一体何の話だ?」

 

『え? 違うの? それじゃあ何? 国際指名手配犯か他国の諜報員でも捕まえたのかしら?』

 

「…………俺はジョン・マクレーンでも、ジャック・バウワーでもねぇよ」

 

余りにも平然と勘違いを続ける母に、今度は秋二が呆れの溜息を零した。

秋二は小学校時代より、周囲から『クソ真面目』と評される程に、公明正大な性分をしていた。

いじめや嫌がらせの類は決して見逃さず、数の暴力などにも屈せず、徹底した理論武装と、時には練磨した武術でこれを打ち砕いて来た。

場合によっては、依怙贔屓をする教師などに対しても、これを毅然と正すよう求めて来た。

中学に上がってからは、それは学内のみ留まらず、出かけた先でひったくり犯を捕えたり、痴漢を警察に突き出したりと、その武勇伝には事欠かない。

それ故、彼の自宅には身元確認の為に、警察や役所から連絡が入ることはままあることだった。

それどころか、今回のケース同様、警官や役人が家に押し掛けることも稀ではなかった。

都度秋二は、それを両親に対して申し訳ないと感じていたが。

もっとも、秋二の両親はそれを迷惑だとは感じておらず、寧ろ間違いを間違いだと言える我が子を誇らしくさえ思っていた。

為に、秋二の母は今回も、自らの息子が何か手柄を上げたものだと考えていた。

そのことに思い当り、秋二は信頼されていることに嬉しさを覚えながらも、これから話す事実を思い出し胸を痛めるのだった。

 

「違うよ、母さん。今回は俺が事件を解決したんじゃなくて、『俺が事件を起こした』んだ」

 

『え゛!? ナニソレ? 冗談でしょ?』

 

驚きの声を上げ、頑なにそれを事実だと認めない母。

秋二は自らを落ち着かせるために深呼吸すると、今回の顛末を説明することにした。

時間の兼ね合いから、内容について多く割愛した部分(主に真耶との会話)もあったが、大凡の次第は伝わったらしく、電話口からは重苦しい沈黙が伝わって来た。

かつかつ、と女性のローファーが廊下を叩く音だけが廊下に反響し、異様に大きく感じられた。

 

『…………昔から変わった子だと思ってたけど、ここまで来るといっそ清々しいわね』

 

沈黙を破り聞こえて来た母の声は、苦笑いを浮かべていることがありありと感じられる、そんな声だった。

 

『けど、良かったじゃない? あなた、前からISを動かしてみたかったんでしょ?』

 

彼の師が言っていたように、秋二はISの公表以降、その情報収集に余念がなかった。

それは自宅や学び舎でも同様であり、彼がISに対して並々ならぬ興味を抱いていることは周知の事実である。

無論、家族である彼の両親も、その事実を知っており『女に生まれていれば』と、彼の将来を思い、悔んだことさえあった程だ。

そのため、今回の事案は秋二の両親、その胸中へ実に複雑な想いを去来させた。

秋二はそれが容易に想像出来た。

一層、胸を締め付ける罪悪感が勢いを増す。

しかし、想いと裏腹に、発するべき言葉は一つとして思い浮かばなかった。

 

『ちょっと待ってて。父さんも会社から戻って来てるから、少し変わるわね? 今までの会話はスピーカーで聞いてたから、わざわざ説明もしなくて良いわよ』

 

受話器から、空気の擦れる音が響く。

こんな時でも母さんは気が利くな、と、秋二はいつもと変わらぬ母の振る舞いが有りがたかった。

 

『…………大変だったみたいだな?』

 

程なくして受話器から響いたのは、若い男性の声。

否、声質が若いだけであり、実際の声の主は、既に中年と言って申し分ないほどに成熟している。

それこそ、一家の大黒柱として、家計を守って行けるほどに。

久しく聞いていなかった気さえするその声に、秋二は僅かばかり、目頭が熱くなるのを感じた。

 

「…………父さん。仕事中だったんだろ? 悪い、迷惑を掛けた」

 

『よせよせ。子どもが生意気に大人の心配なんかするな。そんなだから『子どもらしくない』なんて言われるんだぞ?』

 

「返す言葉もないよ」

 

心底嫌そうに告げた父に、秋二は安堵して、苦笑いを浮かべた。

先を行く女性が、ちらり、と、肩越しに秋二を振り返る。

恐らくは目的地が近いということだろう。余り悠長には話してられないな、と秋二は急ぎ言葉を発する。

 

「事が事だから、きっとこれから父さん達に死ぬほど迷惑が掛かると思う。俺の所為で、本当に申し訳ない。」

 

精一杯の謝罪を口にした秋二に、父が返したのは盛大な溜息だった。

 

「だからやめろっつってんだろ? 子どもが親に迷惑や心配掛けんのは当たり前だろうが? 寧ろお前は手が掛からな過ぎた。こりゃこれまで楽してた分のツケだ』

 

彼の父が口にしたように、秋二は実に手が掛からない子どもだった。

わざわざ教えなくとも、善悪の区別を知り、手を上げること、叱ること、どちらも必要としない、良く出来た子どもだった。

それ故に、親として頼られずに寂しい思いもしたが、神童と持て囃され、鼻が高い思いもさせて貰った。

両親にして見れば、今になって彼が掛ける迷惑や心配が、嬉しくさえあったのは、紛れもない真実だった。

そして、だからこそ父の気持ちは、既に決まっていた。

その考えが正しいと確認するため、父は真剣な声色で、秋二にある問いを投げ掛かる。

 

『…………秋二。お前、ISを動かせた時、どう思った?』

 

親子とは、知らず似通うものである。

故に秋二もまた、そんな父の思いを口調から感じ取り、感じたまま、率直な思いを口にした。

 

「…………嬉しかったよ。それに、もっと動かしてみたいと思った」

 

受話器の向こう側、秋二は見えぬ筈の父が微笑んだような気がした。

 

『そうか。だったら俺たちに迷惑だとかグダグダ言ってねぇで、お前のやりたいようにやれ。子どもってのは親に迷惑かけるのが仕事なんだからよ』

 

響く父の声は、今までで一番雄々しく、そして頼もしかった。

謝罪の言葉を口にし掛け、秋二はそれを咄嗟に飲み込む。

そして、ごく自然に、その言葉を口にした。

 

「…………ありがとう。父さん。母さん」

 

母の言葉を思い出し、それが伝わると確信して、秋二は自らの両親に心からの礼を口にする。

二人が自分の親で良かったと、秋二は改めて痛感していた。

知らず、その瞳からは、一筋の涙が零れた。

 

『おう。せっかくISを動かせるんだ、国家代表どころかブリュンヒルデになって、老後の俺たちに目一杯楽させてくれよ?』

 

「…………父さん。ブリュンヒルデは北欧神話に登場する女性の名前だ。男の俺が名乗るのは少し違うと思うけど?」

 

冗談めかして言う父に、秋二は流れる涙を拭いながら、努めて普段通りの口調で答えた。

 

『そういや、そうだったな。じゃあ何て呼び名が適当かねぇ?』

 

「そうだな。差し詰め…………不死の英雄(ジークフリート)ってとこじゃないか?」

 

『そいつはいいな』

 

可笑しそうに、くつくつと笑いを零す秋二の父。

涙で霞む視界の向こうでは、女性が足を止めていた。

その背の向こうには、大仰な鉄の扉が見受けられる。

恐らくはここが目的地(終点)なのだろう。

ゆっくりと言葉を交わせるのはここまでか、と、秋二は不意に現実に引き戻されるような感覚を覚えた。

 

「悪い父さん。そろそろ切らないと」

 

後ろ髪を引かれる思いでそう告げる秋二。

受話器ごしには、やはり頼もしく優しい答えが返って来た。

 

『…………ん。それじゃあ行って来い、我が家の未来の英雄(ジークフリート)。良い知らせを待ってるぞ。』

 

『父さんったら、気が早過ぎるわよ。…………行ってらっしゃい愛しい息子(秋二)。あなたなら、何があっても大丈夫だって信じてるわ』

 

後半は、恐らく母が受話器を奪い取ったのだろう。

バタバタと通話を交代する両親の姿を思い浮かべ、思わず秋二の顔が綻ぶ。

しかし、次の瞬間には、彼はその両目を閉じ、綻んでいた唇を、きゅっと引き結んだ。

次に彼が目を開いたとき、その瞳に決意の焔が、確かに宿っていた。

 

「…………行ってきます。父さん、母さん」

 

必ず帰って来る。敢えてその言葉を口にせず、秋二はそっと終話ボタンに指を添えた。

今一度、眼前に聳える重厚な扉を視界に入れ、その眼光を鋭くする。

最早後戻りは出来ない。そしてする気もない。

後顧の憂いは、最愛の家族が、その想いを以って断ち切ってくれた。

ならば何一つ、彼が迷い躊躇う理由にはなり得ない。

目指すものはただ一つ。

あるがまま、思うままに、己の我を押し通し貫ける、圧倒的な実力(ちから)

 

「(…………今日、ここから始めるんだ)」

 

 

―――――自分自身の、自分だけの英雄譚(人生)を。

 

 

その幕開けを象徴するかのように、鉄の扉がゆっくりと開かれる。

開き切った扉の先には、これから苦楽を共にするであろう自らの愛機、狂い哭く餓狼(クレイジーウォルフ)が鎮座していた。

そしてその傍らには…………。

 

「ようやくお出ましか? 待ち侘びたぞ?」

 

現在、恐らく最も人類の頂点(最強)に近いであろう人物が、憮然とした表情で仁王立ちしている。

 

初代ブリュンヒルデ(織斑 千冬)

 

秋二が初めて目にした彼女の威容は、さながら彼女が彼の英雄譚、その最初にして最大の障害だと言わんばかりのものだった。




お目汚し失礼致しました。
前書きでも申し上げました通り、今回のお話では、作者自身の『最強』に関する考察が多分に描かれています。
次話では、『最強』を望む者と、忌み嫌う者。
相対する2者の衝突と心の交流を、矛盾無く、そして流麗に描いて行ければと考えております。
作者の拙い文章を本文、或いはこの後書きまでお読み下さった読者の皆様方、本当にありがとうございます。
ご期待に沿う作品を提供出来るよう、これからも執筆に励みたいと思います。
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