——絶え間なく走る車によりもたらされた排気ガスや眩いビルの光で霞んだ空。そんなただの暗いキャンバスの下で、彼女と出会った。1人、公園のベンチに座って孤独を感じていた彼女に。
人々が行き交う夕刻の池袋。人波に逆らうようにして、俺は1人呆然と歩いていた。すれ違う人々が忙しなく何かに追われている様子や、街の中から聞こえてくるあらゆる音が酷く煩わしく思えた俺は、懐から取り出したワイヤレスイヤホンを両耳にはめ、外界の音を遮断する。そして、視界に映る現実を掻き乱すために、繋いだ機器の再生ボタンを押してトラック内にある音楽を流し込む。
——真っ直ぐ夢見た瞬間 未来へ羽ばたく少女
ハイテンポなリズムに乗って歌う女性の声。明るくどこか優しげなその声が自身を満たしていくような感覚に浸りながら、駅前を離れていく。
けれど駅前から離れても、相変わらず景色は忙しくなくて、車も無数に走ってる。どこか見飽きた当たり前に嫌気と言いようのない不安を抱えながら、逃げるように歩くペースを早めていく。
首都高5号線の下を歩いて、東池袋4丁目停留所へ差し掛かった所で、南側へと進路を変更する。そうして小道に入っていくと、いつしか小さな公園が目の前にはあった。
「日出公園……?」
都電の線路と住宅街に挟まれたひっそりとした空間に現れた小さな公園を前に、俺の中には戸惑いと、何故か期待感が湧き上がってきていた。ここには何かある。直感がそう告げていた。意を決して公園内へと足を踏み入れていくと、公園の奥側に置かれたベンチに腰をかける、1人の少女の姿を捉えた。
そんな見知らぬ少女の姿に俺は目が離せず、暫くの間彼女の姿を見つめていた。すると突然顔を上げた件の少女と目が合う。
「あの……何か?」
「え、あ、いや、その」
なんの前触れもなく突入した状況にしどろもどろになる俺。対する少女は、相変わらず不思議そうな様子でこちらへ視線を向けている。だが、こちらを警戒している様子は見られない。
そうして互いに見つめ合い沈黙を保っていると、不意に彼女が視線をあちらこちらへと泳がせたかと思うと口を開く。
「よ、よかったら……座る?」
「あ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
彼女に促された俺は、ぎこちなく彼女の隣へと腰を下ろす。そうして空を見上げてみると、いつの間にやら日の光は消え去っていた。
微かに青みを帯びる帷を見据えていると、傍らからなにやら視線を感じる。
「……何か?」
不思議に思いながら視線を向けてみると、グレーブラウンの艶やかな髪を夜風に揺らしつつ首を傾げる彼女の姿をとらえる。
「星、好きなの?」
彼女の口から飛び出した問い掛けに、目を丸くする俺であったが刹那の後にその意を汲み取り返答する。
「ああ、まあ、そうだね。星は好きだよ。どんな時でも、自分の瞳には綺麗に映るからさ」
我ながら不器用すぎる笑みを浮かべつつ返答する。星は好きだ。いつどんな時でも綺麗だから。嬉しいときであろうと、悲しいときであろうと輝き優しく、時に残酷に心へと干渉してくる。そんな星が、俺は好きだ。
「そう、なんだね」
「うん。でも今は、星が見えない、けどね」
蒼みが消え漆黒に近付き始めたキャンパスには、未だに光は灯っていない。そのことを彼女へと告げてみれば、彼女は驚いたように空を見上げる。
「本当だ……」
「まあ、そんな日もあるってことだ」
わざとらしくため息を吐いた俺は、そのまま視線を地に向ける。街灯により伸びた自身の影と睨めっこしていると、自分の影の隣にあった影が突如立ち上がる。
唐突な彼女の行動に驚いた俺は、顔を彼女の方へと向けると、夜空を仰ぎながら佇む彼女の姿があった。
どこか常人離れした雰囲気を纏う彼女の姿に目を奪われていると、徐に彼女が
「——陽が落ちて歌声は星となり 流れ出すTime Lapse そう感じ続ける」
透き通るような声で放たれたその曲——『Time Lapse』の詩は原曲からはかけ離れたゆったりと、力強い歌い方で彼女の口から紡がれていく。
「“止まれ”のサインが焦ったい 焦ったい 感情のスピードが加熱する 加熱する」
伴奏なしの所謂『アカペラ』で進んでいく
「oh oh……Time Lapse Starry Sky 星は回り続けてる キミも見たの?」
間違いなくこちらへと向けられたその歌詞は、俺に激しい衝撃を与えた。形容するならば、そう——星の瞬きをが目の前で起こったかのような。
「微速度のエモーション追いかけて 覚悟の物語を重ねて 歌声とトキメキが響き合い 溢れ出すTime Lapse もう抑えきれない——」
1番のサビまでを歌い切ったところで、彼女の声は夜の街並みへと溶けていく。するとそれと入れ違うようにして、都電の走行音が公園内へと響き渡る。
「す、すげぇ……」
都電が通り過ぎて行った後に訪れた静寂を破るようにして、俺は感嘆の声をあげる。あんな歌を前にして、あげずにはいられなかった。
「あ、その、ありがとう……」
対する彼女は、先ほどまでの凛々しさはどこはやら。歌う前と同様におどけた様子を見せる。俺はそんな彼女の姿に、より一層惹かれ興味を抱いた。これだけの歌唱力と表現力を秘めている彼女が一体全体何者なのか、と。
「事実を述べたまでだよ。っと、ごめん。こんだけ話してるのに名乗ってなかったね」
「え、あ、そうだね」
ベンチから立ち上がった俺は彼女と正対し改まる。そこで俺は初めて、目の前にいる彼女が自身と同い年ぐらいでありながらも、どこか幼なさを残しているということに気がつく。
普段は等身大でありながら、歌唱の際には年上にも劣らぬ気迫と技量を兼ね備えていることを再度認識させられた俺は、彼女の中に尊敬の念を抱き始める。まだ、互いに名乗りあってすらいない状況で。
だからこそ、俺はしっかりと名乗ろうと思った。彼女こ認識してもらいたいと、強く願ったがために。
「俺は
「わ、私は——
相変わらずおどけた様子で名乗った後、小さく笑みを浮かべる少女こと燈。対する俺もそれに釣られて笑みをこぼす。これが俺と燈の出会いであり、俺にとって全てが変わり始めた日の出来事だ——