賊を退治し、ブレインを逃した。
冒険者チームが来たので、賊の塒に入り、シャルティアと合流。シャルティアは、冒険者チームを惨殺し、至高の御方と接触しただろうブリタだけは生かして。
そうして、一人だけ逃げ切った冒険者を見つける為、焦るシャルティアは私の制止も聞かず、眷属を森へと放つ。
止めなきゃ、と私も焦る。
「シャルティア聞いて!」
「黙って!」
ばん!
——ぐらぐらする。
手足から血の気が引いていく。
殴られた腹がひどく痛い。
私は膝をついた。
「おえ……」
ぼとぼと。口から血が吐き出された。衣服が汚れていく。
そんな私を、シャルティアは冷たく見下ろす。
「そこにいなさい」
ああ、なんて冷えた声だろう。
つい数時間前まで、あんなに楽しく過ごしていたのに。
それともシャルティアにとって、私を殴った事は、大した事ではない……のかな?
もしそうだったら、すごく辛いなあ。
「……B子、ナナミといなさい。すこし出かけてくるでありんす」
「は、はっ!」
「しゃる……」
「手柄、必ず持って帰るでありんすよ」
そう言ってシャルティアは眷属を追い、夜の森の中へ駆け出した。
ああ、早いなあ。
立ちあがろうとすると、血が喉を上る。
また吐いてしまった。
「ごほっごほっ……」
「ナナミ様、動かれない方がよろしいかと」
「そうも、言って、られないよ……」
B子と呼ばれた吸血鬼の花嫁が、私の背に手を乗せる。
身を案じてくれる気持ちがありがたかった。
私は、アイテムボックスから中級の回復薬を取り出し、自分に全て振りかける。まだ鈍く痛みを感じるけれど、かなり楽になった。
血が渇いてきた口元を、グッと拭う。
私はスキルや魔法を使って、遠く……シャルティアを見つけようとして。
「あ」
向こうの方で、地上が光る。続いて、大きな音と僅かな振動が、こちらまで届く。
一瞬でそれはおさまり、辺りは静まり返った。
おそらく法国と接触したのだろう。
私の心に冷たい風が吹いた。
それでも、冷静に努める。
「……B子ちゃん」
「は、はい」
「シャルティアと仲直りしてくる。ここで待っててくれる?」
「一緒に行きます。そう命じられておりますので」
「そう、だね。じゃあ、もし接敵したらB子ちゃんはすぐにナザリックへ逃げてね」
B子ちゃんは、不思議そうに首を傾げた。
「なぜですか?」
「情報を持って帰る為だよ。情報は命より重いからね。私が時間を稼ぐ。あなたは、アインズ様やアルベドに、起こった事すべてを報せるの。いい?」
「その時は……シャルティア様と一緒に、凱旋しませんか?」
「うーん、シャルティアに忠実だね」
そう言えば、B子ちゃんは笑顔を見せた。
「はい!」
良い笑顔だった。
B子ちゃんが折れないので、仕方なく二人で行動する。
道中、自分に低級の回復魔法を何度かかけて、体の傷を完全に治す。動きやすくなった。
森の中、シャルティアが行った方向へ、ゆっくり進む。
B子ちゃんには、敵に気づかれないようにする為、と説明した。
事実だ。そして狙いはもう一つある。
法国の後に、シャルティアと接触するであろうあの鎧と、私たちが接触しないようにする為だ。
戦闘職ではない私じゃ勝てないので、情報だけ持って帰る。
あと二十メートルという所で、また向こうの方が光った。
轟音と揺れがこちらに届く。
「シャ……」
B子ちゃんの口を手で塞ぐ。
そして静かにするように、ジェスチャーで伝えた。
B子ちゃんは一瞬「なぜ?」と目で伝えてくる。
私の表情が変わらない。
B子ちゃんはしばし考えて、頷いた。
手を離し、今度は慎重に進む。
私たちは木々に身を隠しつつ、戦いがあった場所を観察した。
少々、抉られた大地。
焦げついた香り。
シャルティアが武装して立っている。
いつものドレスではない、ペロロンチーノ様がシャルティアに贈られた紅い鎧を着ていた。
目は……虚ろに見える。
「シャルティア様!ご無事で……」
「ダメ」
近づこうとするB子ちゃんに、待ったをかけた。
B子ちゃんがこちらを振り向く。
私はシャルティアから目を離さなかった。
「シャルティアに近づかないで……多分、操られてる」
B子ちゃんの顔が驚愕に染まった。
——————
夜明け頃。ナザリック地表部分。城壁の縁にて。
水で濡らしたハンカチで、口元を綺麗に拭う。
「と、言う感じだよ」
「それで逃げ帰ってきたわけね」
「うん。……今回の事は、イレギュラーが多過ぎるよ」
B子ちゃんから報告を受けたアルベドが、直接私に会いに来た。
賊の塒であった事。
世界級を持った誰かさんたち。
操られてしまったシャルティア。
何にもできなかった私は、朝日を受けて、泣きたい気分だった。
「シャルティア、守れなかったな」
「普通、逆じゃない?」
「そうだね。でも、外での活動については、経験では私の方が豊富だから……何か……できたと思うんだ」
話さえ、聞いてもらえたら。
シャルティアに、腹を殴られなかったら。
そうすれば一緒に逃げていた。
逃げて、アインズ様に報告して、ナザリックは守りを固めただろう。
そうは、ならなかったな。
しょんぼりしていると、アルベドは言った。
「なんでもできるって思ってる?」
私はアルベドの方を見た。
「?ううん。思ってないよ」
「そう?」
「うん。自分にできない事はたくさんあるって、至高の御方々に従う内に知ったからね」
アルベドから視線を外し、私は上る朝日を見つめた。
「同じくらい自分にできる事も、知ったよ」
そうだ。今はくよくよしている場合ではない。
私は軽く頭を振って、思考を切り替える。
「ねえ、アルベド。アインズ様はそろそろ帰って来られる?」
「もう間もなく、お帰りになられるわ。報告の際には、一緒にいてもらうわよ」
「いいの?一緒にいても」
「何かあれば、私があなたを殺すわ」
「あ、はい」
いつもの、にこやかな顔で言われてしまった。
さすが悪魔だなあ。いや、忠誠心が高いのかな?
アインズ様は転移で戻られた。
土で盛られた城壁の下側に現れ、空を飛んで城壁の上へ。
目の前に現れたタイミングで、私とアルベドは頭を深く下げる。
アインズ様が降り立つ。
「表を上げよ。出迎え、ご苦労。ナナミ、よく戻ったな」
その言葉が胸にジワリと広がる。
声が震えてしまった。
「はい……」
アインズ様は、私の汚れた衣服を見て、さらに声をかけてくださった。
「大変だったな。移動しつつ、詳しく話を聞かせてくれ。玉座の間に向かうとしよう」
私たちは、また頭を深く下げた。
そしてアインズ様と私たちは、空を飛び、ナザリック地表部分にある唯一の階段に近づく。
階段の下に、ユリと他数名のプレアデスたち、高レベルのシモベたちがアインズ様を出迎えた。
軽く挨拶を交わした後、アインズ様と私、それにアルベドはユリから指輪を受け取る。各々のリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンだ。
それを指にはめて、私たちは玉座の間……直接は転移できないので、その手前であるレメゲトンに転移した。
重厚な扉を開けて、玉座の間に入る。
玉座に向かう途中、アインズ様はアルベドにいくつか質問された。
セバスは反逆していないのか。
していないのならば、セバスからの情報収集は済んでいるのか。
……なんで反逆になってるの?
私とB子ちゃんは「操られている」って、報告したと思うんだけど……。
もしかして、アルベドに伝言ゲームの才能はなかったりして。
アインズ様はちらりと私を見た。
「……ナナミと、シャルティアが連れて行った吸血鬼の花嫁は、無事だったのだな」
私は片手を胸に当てて、軽く頭を下げる。
「はい。結果的にシャルティアに助けられました」
「ふむ、詳しい話は後で聞こう。今度は私に起きた事件を話すか」
それは、誘拐されたンフィーレアを奪還した話だった。
良かった。無事に助けられたらしい。
アインズ様は玉座に腰掛けられた。