NPCになりまして。   作:紅絹の木

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平和な数日間

 

 

 モモンガ様の自室。応接室にて。

 モモンガ様と私は、応接用のソファに対面するように座ってお話する。

 

「ナナミ、コキュートスに会いたいか?」

「今は皆さん忙しそうだから、落ちついたら会いたいです」

 

 今は転移直後だからね。やる事いっぱいあるんだろうな〜。組織に組み込まれていない私には、できることないけれど。

 そうだ。ここで転移の事聞いておかないと、怪しいよね。質問しちゃおう。

 

「あの、モモンガ様」

「なんだ?」

「皆さん忙しそうですけれど、何があったんですか?」

「ん?お前は聞かされていないのか?」

 

 意外だというように、モモンガ様は仰る。

 

「はい。私はモモンガ様の従者NPCであって、ナザリックのNPCではありませんから、情報共有システムの中に組み込まれてない……と思います」

「そうだったのか。では、アルベドにナナミもシステムの中に組み込んでおくよう言っておく」

「ありがとうございます。これで非常時に逃げ遅れたり、侵入者との戦闘に遅れる事がなくなります」

「うむ」

 

 ところで、と私は言葉を続けた。

 

「モモンガ様の護衛はセバスと私だけですか?少ないと思うのですが……」

「ただ部屋にいるだけだぞ?というか、ナザリックの警備はあつい。これ以上、増やす事は無駄だ」

「そうですか?モモンガ様がそう仰るなら……」

「ナナミ、索敵は任せたぞ」

「――はい!お任せ下さい!」

 

 心配や不安は、その一言で吹っ飛んでしまった。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 数日後、私はモモンガ様の傍にいる。

 専属護衛になったのだから、当たり前なんだけどね。

 

 モモンガ様の護衛にはセバスさんもいるけれど、時々仕事で離れる。その時、護衛は私だけになっちゃう。それは良くないので、セバスさんがいない間だけ護衛は増えた。

 

 増えたせいか、モモンガ様のストレスが爆発した。

 

「独りになりたい」

「それは、ご勘弁を……」

 

 部屋には私とモモンガ様だけ。応接用のソファに対面して座る。

 モモンガ様は頭を抱えていらっしゃった。

 

「ナザリックの中だけでもいいだろう」

「今は転移したてですから、皆さん警戒しているのです。それに敵が地上からこの地下まで一気に転移してくる可能性もあります。その可能性がなくなるまでは、どうか私たちを傍に置いてくださいませ」

「ぬうう」

 

 そう言ったものの、モモンガ様のストレスを発散させなければ、ナザリックから脱走しかねない。

 そう考えた私は、提案した。

 

「あの、まだ外の様子はご覧になられていないんですよね?でしたら、見に行きませんか?今なら夜空を見られるはずです」

「行こう」

「はっ。では少々お待ちください」

 

 私は立ち上がり、部屋の外へ出る。扉の向こうで待機しているナーベラルと情報を共有した。

 

「では、近衛を……」

「必要があれば呼びますので、そのまま待機でお願いします」

「しかし、それではモモンガ様に何かあった時、我々が盾となる事ができません」

「……ごめんなさい、ナーベラル。私の仕事はモモンガ様のお言葉を伝えるだけ。つまり決定事項なの」

 

 最後にもう一度「ごめんなさいね」と伝える。

 ナーベラルは眉を寄せて俯き、少々の間をもって「わかりました」と力なく言った。

 私はそんな姿を見ているだけなんてできなくて、言葉を続けた。

 

「モモンガ様にあなたの気持ちは、改めてちゃんと伝えておきます」

 

 はっと、ナーベラルの顔が上がる。

 

「伝えて……それでモモンガ様がどうご判断されるかは、私にもわからないけどね」

「それでもかまいません。ありがとう、ナナミ」

「お礼を言われる事はしてないよ。それじゃ、またね。ナーベラル」

 

 ナーベラルに手を振ると、彼女は深く頭を下げた。

 扉を閉めて、モモンガ様が座るソファへ戻る。

 

「お待たせいたしました。申し訳ございません」

「かまわない。ナナミ、お前は優しいな」

「聞こえてらっしゃったんですね……。私が優しいとすれば、それはモモンガ様の真似をしているからです」

「私の真似だと?なぜ真似をする?」

「あなた様のように、最高の友達を作りたいからです。友達が素敵だという事は、モモンガ様とギルドメンバーの皆様を見ていて存じております。……私も、友達が欲しいのです。独りは寂しいですから」

 

 上手く笑えているだろうか。

 言葉の最後は声が震えて泣いてしまいそうだ。

 

 ユグドラシル時代、NPCに転生した当初。

 あの頃は寂しかった。たった数日。されど独りで危険に立ち向かった数日。

 怖くて、寂しくて絶望していた。

 

 嫌な事を思い出して俯く。

 すると、頭に硬いものが当たった。

 視線を向けると、モモンガ様が私の頭を撫でている。

 

「モモンガ様?」

「……ナナミ。ここがお前の家だ」

 

 ゆっくり、丁寧に髪をすかれる。

 

「!はい!!」

 

 その一言で救われる。

 

 

 

 

 

 モモンガ様と打ち合わせをして、地表部分に最も近い場所、ナザリック地下大墳墓地表部中央霊廟へ転移する。

 

 モモンガ様には魔法でフルアーマーを着用していただき、顔も体も隠れるようにしてもらう。隙間は目元のわずかなスリットだけなので、ぱっと見ただけでは誰かわからない。

 

 私は早着替えで、対プレイヤー用の装備に着替える。

 動きやすい軽装に、超一級品の素材で作られた装備品を着る。愛剣も、普段使いの物から短剣に変更する。

 冒険者風の装いから、アサシンへと見た目が変わった。

 

「良し、行くか」

「あの」

「なんだ?」

「あちらにシモベがおります」

 

 私たちの進行方向にシモべがいる。その数は計十三体。

 ……全ての目がこちらを向いている。

 その集団の先頭にはデミウルゴスがいた。

 

「どうしましょうか」

「かまわん。行くぞ」

「はい。私が先行しますか?」

 

 その方がパーティとしては自然だろうと思い、提案した。

 瞬きの間の後に、モモンガ様は私に先を譲られた。

 

「失礼いたします」

 

 モモンガ様の前を歩く。

 一挙一動、シモべたちの視線が注がれているのがわかる。妙な圧迫を感じた。

 私たちと彼らの距離が迫った時、デミウルゴスたちは膝をついた。頭を下げる。

 まるで物語に出てくる騎士様のようだ。

 

「これはモモンガ様。それにナナミ。近衛をお連れにならずここにいらっしゃるとは、一体何事でしょうか?それにそのお召し物」

 

 はい、見破られた!……そういえば、ギルドメンバーはオーラがあるんだったか、輝きがあるとかで、シモべたちからは一発で見破られちゃうんだっけ?

 忘れてた〜。

 

 なんて言い訳しようか考えていると、モモンガ様が一歩前に出て仰った。

 至高の御方曰く「デミウルゴスなら、その理由がわかるはず」だと。

 モモンガ様ったら、理由を考えるのを丸投げされている。

 

「それと、私の事はダークウォリアーと呼べ」

「ダークウォリアー様ですか……」

 

 デミウルゴスがちらりと私を見る。私はモモンガ様をダークウォリアー様と呼ぶのは当然だと言わんばかりに、頷いておいた。

 かちゃりと小さな音がする。悪魔が眼鏡のブリッジ部分をくいっと上げたのだ。

 

「なるほど……そういう事ですか」

 

 動揺する視線が私に注がれる。私はモモンガ様の方へ振り向き、大丈夫だと伝えるため笑顔を見せた。

 動揺がおさまった、気がする。

 

 私は再び、デミウルゴスたちの方を向いた。

 息を吸って、震えそうな声を張る。

 

「……モ、じゃなくて……ダークウォリアー様のお考えはわかったはず。私たちは地表へ行きます。よろしいですね、ダークウォリアー様」

「うむ」

「それでは、皆さん。失礼します」

 

 ぺこりと頭を下げて、私はモモンガ様とその場を離れた。

 

 私の背中に視線が注がれるので、その視線をたどって相手を見る。

 デミウルゴスだ。

 専属護衛が羨ましいのかな?後で、デミウルゴスに……いや彼だけじゃなくて、皆に専属護衛の役割がいくように、モモンガ様に言ってみようかな。

 とりあえず、私は小さく手を振っておいた。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 宝石箱を散りばめたような、そんな星空が私たちの目の前に現れた。

 ユグドラシル時代、ナザリックがあったワールドであるヘルヘイムではお目にかかれなかった素晴らしい光景だ。

 

 地表部分から数百メートル上空。そこに私たちはいる。

 

 モモンガ様はアイテムで飛び、私もかつて与えられたアイテムで空を飛んでいる。ユグドラシル時代のくせで、私はモモンガ様の隣りにいた。

 

 転生者の私から見ても、この光景は美しいと思う。

 科学が発達していない世界だからこそ、自然すべてがありのままで綺麗なんだ。

 ……ここにブルー・プラネット様がいたらいいのに。

 至高の御方の都合など考えずに、私はそれが一番だと……今はだけはそう思っていた。

 

 ふと、モモンガ様の視線を横から感じた。

 

「?ダークウォリアー様、何か?」

「気づいていないのか?」

「え?」

 

 モモンガ様が私の頬を指さす。

 頬に手を当てると、濡れていた。どうやら泣いていたようだ。

 慌ててこする。

 

「申し訳ございません!あまりにも夜空が素晴らしくて……ブルー・プラネット様の事を思い出したら寂しくなってしまって……」

「――そうか、お前も同じ気持ちか」

 

 モモンガ様と視線を合わせる。

 がらんどうの目に灯る赤い輝きが、優しく光った気がした。

 

「――会いたいなあ、皆に」

「!モモンガ様っ……」

 

 涙腺が決壊する。

 私は顔を両手でおおい、叫ぶように、でも弱々しく言葉を漏らす。

 

「お会いしたいです……!皆様に、また、お会いしたい!その両目で私を見て欲しい!また話しかけていただきたい!相手をして欲しい……可愛がっていただいて……。――ただ、傍にいて欲しい」

 

 頑張って尽くすから。精一杯、働くから。

 貴重なアイテムを見つけてくるから。それを献上するから。

 だから、一緒にいて欲しい。

 

 しばらく泣きじゃくる私を、モモンガ様は抱きしめてくれた。

 痛みを分かち合うように、背に回る腕の力が込められる。

 そして時々、子をあやす様にポンポンと背中を優しく叩くのだ。

 

 

 

 ――数分後。

 やっと涙がおさまってきた私の様子を見て、モモンガ様は慰めるように話題をふられる。

 

「あー、ところでこの夜空だが、美しいと思わんか?まるで宝石箱だ」

「ぐず、この世が宝石箱ならば、アインズ・ウール・ゴウンを飾るのに相応しいかと……」

「ふふ、それは素晴らしい考えだな」

 

 モモンガ様は顔を上げて、夜空を見る。

 私も夜空を、モモンガ様を見上げた。

 

「……世界征服なんて、面白そうだなあ」

 

 はい、言質とった。

 私は涙が引っ込んでしまったのを隠すため、俯く。

 ハンカチを取りだして、顔を隠すように涙を拭く。

 

 地表で動きがあった。

 広大な大地が、海のごとくさざ波を生み、そしてうねりだす。それは集まり小山ほどの大きさとなって、ナザリックの壁にぶつかった。

 まるで津波だ。

 

「モ、ダークウォリアー様、あれはマーレの〈大地の大波〉ですね」

「もうモモンガで良いぞ。――ああ。あれだけの事ができるのは、あの子以外にいない」

 

 感心したようにモモンガ様は仰る。

 そして、今なお腕の中にいる私を視界に入れた。

 

「そういえば周囲の警戒はどうなっているんだ?」

 

 私は首を振る。

 

「すみません。わかりません。あの、モモンガ様」

「む、なんだ?」

「私では、今のようにモモンガ様のご質問に答えることができません。なので、私以外のものも身辺警護につかせてはいかがでしょうか?それに、その……皆さんモモンガ様のお傍で仕事をしたいと思っているようですから」

「そうだな。私のストレスも大分緩和されたし、そろそろ良いか……」

 

 そしてモモンガ様はじっと眼下を、特にマーレがいるだろうナザリックの城壁を見る。

 

「ところで、ナナミ。私の命を完璧に遂行しているマーレの陣中見舞いに行こうかと考えている。何かいい褒美があれば渡してやりたいところだが……」

 

 ――心から言葉が溢れた。

 

「モモンガ様がお声をかけてくだされば良いかと。でもそれだけじゃダメなんですよね?……あの、ちょっと考えたんですけれど」

「なんだ?言ってみろ」

「指輪を、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡すのはどうでしょうか?」

「――考えておく」

「はい」

 

 そして私たちはマーレがいる城壁の上へ降りた。

 

 モモンガ様は脱いでいた兜をかぶり直す。

 私は数歩下がって、モモンガ様についていく。

 私たちが降下する途中で気づいたマーレが、早足で駆け寄る。

 

「モモンガ様、ナナミさん!よ、ようこそおいでいただキます」

「マーレ落ち着いて」

「そうだぞ。そんなに怯えなくてもいいし、焦らずともかまわん。……もし難しいのなら、敬語だって……」

「モモンガ様、それはいけないかと」

「そうです!モモンガ様のような至高の方に対して……本当はお姉ちゃんもいけないんです!そ、そんな失礼な事しちゃいけないんです!」

 

 モモンガ様が参ったというように、私を見る。

 私は頭を振った。諦めてくださいと伝えるために。

 モモンガ様はマーレの方を向く。

 

「わかった、マーレ。お前がそう決めたと言うのであれば、私からは言う事はない。ただ、強制する気はないと知れ」

「は、はい!」

 

 そしてモモンガ様はマーレを賞賛する。

 マーレの働きがどれだけ安心感をもたらしてくれるのか、そしてそれにどれだけ満足しているかを、話される。

 

 そして褒美を与えるという段階で、マーレは首を振った。

 彼曰く、至高の方々に仕えるために皆いるんだから、仕事をするのは当たり前だと。

 マーレは私の方を見た。

 

「ねえ、ナナミさん!」

 

 同意を求められたので、ハッキリ言った。

 

「貰える物は頂戴したいかな」

 

 マーレの顔が驚きで崩壊する。

 顔にはありありと「こいつ何言ってんだ」と書いてある。

 

 

 ――――――

 

 

 

 少々の押し問答の末、モモンガ様の説得が成功しマーレは褒美として指輪を受け取ってくれた。

 その後、アルベドとデミウルゴスも合流する。

 モモンガ様はアルベドにも指輪を渡した。

 

 第九階層に戻るため指輪の力を解放しようとして、デミウルゴスに止められた。

 

「モモンガ様、少々ナナミをお借りしたいのですが、よろしいでしょうか」

「私はかまわないが……」

 

 モモンガ様が私の顔を窺われる。

 慌てて私は言葉を発した。

 

「許可をいただけるのであれば、ここに残りたいと思います」

「許す」

「はっ!ありがとうございます。モモンガ様」

「では、私は叱られないうちに九階層に戻るとしよう。皆、励め」

 

 恭しく私たちはお辞儀する。

 モモンガ様が転移したタイミングで、アルベドが吠えた。

 

「よっしゃ!!」

「……良かったね。アルベド」

 

 耳がちょっとキーンとするよ。

 でも友達のお祝いなので、パチパチと手を叩く。

 

「ありがとう、ナナミ」

 

 アルベドはニコニコと笑って、指輪を左手薬指にはめた。

 ――見なかった事にしよう。

 

 話題を変えるべくデミウルゴスの方を向く。

 

「それで、私にどんな用事があるの?」

「別に用という程の事ではないんだが……その目元と頬、冷やしてからモモンガ様の元に戻った方がいいのではないかね?」

「……ああ」

 

 そういえばさっき泣いたっけ。

 指摘されなければ、何もせずモモンガ様の傍に居続けたはずだ。

 

「ありがとう、デミウルゴス。化粧直ししてから戻るよ」

「ああ、そうするといい」

「――泣くような事があったの?」

 

 ずいっとアルベドが顔を寄せてきた。やっぱりすげえ美人だなあ。

 

「あー、えっとね……」

 

 何があったのか、かいつまんで話た。抱きしめられた事は言わない。恐ろしい事が起こるのはわかっているから。

 私が泣いたというと、二人――マーレは仕事に戻っている――は呆れたが、理由を知って空気が沈んだ。アルベドはわからないけれど、デミウルゴスは会いたいもんね。

 そして、モモンガ様のあの言葉を伝えると、一気にわき上がる。

 

「モモンガ様が、世界征服をお望みなんて……!」

「皆が一同に集まる時に、アルベドから伝えてよ」

「それはいいけれど、あなたの口からも伝えてもらうわよ?」

「うん。その場にいる事を許されたらね」

 

 こうしてナザリックは、世界征服へと動き出した。

 ……私のせいでたくさんの人が死ぬのかなあと思った。

 けれど、目の前の人達の笑顔を見ていたら、どうでも良い気がしてきた。

 

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