第九階層の一室。
モモンガ様の自室より広い部屋の中にいる。
部屋の中には、長く少し広い長方形のテーブルがある。かけられた白いテーブルクロスは、上品な刺繍が施されており、美しい。
モモンガ様が上座に座り、その近くに私が座っている。警護にはセバスさんがついている。
部屋の中には三人だけがいた。
モモンガ様と私の前には遠視の鏡が置かれている。
二人でせっせっと鏡を操り、ナザリックの外の世界――つまり地上――が目まぐるしく移り変わる。
ある時は草原を、ある時は森をうつす。
村はまだ見えない。
「(モモンガ様、早くカルネ村を見つけちゃってください)」
私が見つけてもいいと思うけれど、襲撃された村を救うのか判断されるのはモモンガ様なのだ。
モモンガ様が見つけた方が、スムーズに物事が進むと思った。
が、村を見つけたのは私の方だった。
「……モモンガ様、村です」
「おお、見つけたか。よくやった」
「はっ。ありがとうございます。それであの、何だか様子がおかしいのですが……」
「む?」
鏡の中では、騎士風の男たちが、村人たちに剣を振り回し殺している。
モモンガ様がこちらに来られたので、席を譲った。
モモンガ様は席に座られて、その様子を見た。
「祭りか?」
「多分、殺しです。その証拠に片方は逃げて、もう片方は追いかけていますから……。モモンガ様、どうしますか?」
モモンガ様はこちらを見られた。私も鏡から目を離しモモンガ様を見る。
「助けるか、見なかった事にするか。どちらにしますか?」
「お前は、助けに行きたいのではないか?」
「そう、なんでしょうか。今考えているのは、助けた時のメリットです。そればかりぐるぐる頭を巡っています」
「ふむ。聞かせてくれ」
「まず、あの騎士風の男たちと戦闘ができます。この世界のレベルを知る良い機会です。村を助けるという大義名分が立ちます。村人たちが恩知らずではなければ、友好関係を築けるでしょう。――それに、」
鏡が少女と幼女を映し出す。
何かから逃げているようだ。
「――助けたいです。とっても」
私は急いで、モモンガ様に膝をついた。
――――――
モモンガ様の魔法〈転移門〉をくぐり、森の中に出る。
少女たちが右手側、騎士たちが中央と左手側に計三名いる。
――うん。弱いな。
騎士たちから感じられる気配は、なんというか軟弱なものだ。これなら至高の存在をお呼びしてもいいだろう。
「――ご主人様、問題ありません」
「わかった」
今度はモモンガ様が〈転移門〉から出てきた。顔を隠されていない、骨が見える姿で。
びっくりしていた空気が、今は凍りつくようだ。
「では、まずは……」
「う、うわあああ!」
混乱した騎士風の男の一人が、モモンガ様に襲いかかる。
――頭にカッと血がのぼった。ゆらりとモモンガ様の前に立ち、間合いを測る。
「ここ……!」
「!!???」
私の腕よりもずっと長い距離、それだけの差があったのに。
相手の心臓を、私は盗んでいた。
厚い鎧を貫き、服を裂き、肉を破り、痛みもなく心臓を手に入れる。
「え?あ、え??」
男は最期まで理解できず死んでいく。
まだ鼓動する心臓は、地面に落とした。同時に男も倒れた。
男の開いた胸を中心に血の海ができあがる。
「ひいい」
「お姉ちゃん」
少女たちが身を抱きしめ合って、顔を伏せた。
それでいい。もうちょいじっとしててね。
「ご主人様、私の得意技が効きました」
「それは何より。さて、次は私だな」
叫んで男たちが逃げ出す。
数歩、走ったところで一人が転んだ。後ろのもう一人も巻き込んで、派手に倒れる。
「〈心臓掌握〉」
一人が絶命する。できあがった死体が重りとなり、下敷きとなった人間はジタバタとと足を動かした。
「<龍雷>」
今度は龍のような形の電撃が、モモンガ様の指から放たれる。その先には倒れている騎士風の者がいた。
雷撃に飲み込まれる。白く輝いた。
輝きは一瞬で、光がおさまると騎士風の者は動かなくなった。肉体が焼け焦げた、そんな臭いが鼻につく。
「――くしゅん!」
思わずくしゃみをしてしまった。
「すみません」
「風邪か?」
「いいえ。焦げた臭いに慣れていないせいです」
「そうか。平気か?」
「はい。問題ありません」
「うむ」
モモンガ様は地面に倒れている騎士風の者たちをじっと観察する。
「弱すぎるな……そう思わんか?」
「彼らが特別弱いのかもしれません」
「その可能性もあるな。さて、どうするのだ?」
「え?」
「そこの人間たちを助ける目的は達成された。後はどうする?」
まるで試されているような、そんな感じがする。
なぜ試されているのかは、わからない。とにかく、今思いつける案も特別ないし、原作通りに動いてみよう。
「次は、ご主人様のスキルを試してみませんか?」
私が心臓を盗った死体を指さす。
「あれで壁役のデス・ナイトを召喚するのです」
「ふむ。よい考えだ」
モモンガ様はデス・ナイトを召喚された。人間がデス・ナイトになる場面はえげつなくて、目を細めておいた。視界が霞んでよく見えない。よし。そして姉妹がさらに縮こまるが、今は無視です。
「このデス・ナイトをどうする?このまま私たちの傍に置くか?」
「許していただけるならば、村人たちを助けに向かわせてください。……それか私が行きましょうか?」
「いや、お前は残れ。次はデス・ナイトの強さがみたい」
「かしこまりました」
「うむ。デス・ナイトよ。この村を襲っている騎士を殺せ」
モモンガ様が殺した騎士風の者を指さす。デス・ナイトはそれに応えて、雄叫びをあげた。そして駆け出した。
二・三メートルはありそうな巨体に似合わない、素早い動きで走り去る。
「――迷いなく行っちゃいましたね」
「……そうだな。さて、次は……」
「ひいい」
モモンガ様が姉妹の方を向くと、姉が妹を庇うようにその小さな身に覆いかぶさる。
そのとき、モモンガ様が開いていた<転移門>からフル装備のアルベドが出てきた。門は閉じられる。
「準備に時間がかかり、申し訳ありませんでした」
「いや、そうでもない。実に良いタイミングだ」
「これで村を救いに行けますね」
私がそう言うと、アルベドが驚いた雰囲気をかもし出した。
「あれ?セバスさんから聞いてない?私たちは村人たちを助けに来たんだよ」
「そうだったの」
「当面の敵は、あの騎士たちだ。さて今度こそ……」
「お姉ちゃん……」
姉妹は可哀想なぐらい泣いている。
私はモモンガ様に小声で進言した。アルベドにも聞こえるぐらいの大きさで。姉妹たちには背を向けて。
「今後村との友好的な関係を築く為にも、ここであの子たちからの印象を良くしておきましょう」
「具体的にはどうする?」
「それはですね……」
原作でモモンガ様がやった事を、提案する。
モモンガ様は気に入られたようだった。アルベドはなぜそこまでするのか、わからないようだった。
姉妹に渡すアイテムは、私のアイテムボックスから出す。
これにはアルベドが驚いた。
「いいの?それは至高の存在から下賜されたアイテムでしょう」
「いいんだ。ナザ……ギルドの利益に繋がるなら、至高の御方々は許してくださるはずだよ。ですよね、ご主人様?」
「ああ……私が許そう」
「ありがとうございます」
下級治癒薬、小鬼将軍の角笛を二つ手のひらで転がす。治癒薬はやまいこ様から貰って、角笛はウルベルト様から貰ったんだよね……。懐かしい。
「では、ご主人様からお渡しください。その方がよりご主人様に感謝が集まります」
「わかった。アルベドは周囲を警戒しておけ。来い、ナナミ」
「かしこまりました」
「かしこまりました」
私とアルベドの声が重なる。
私はご主人様の先を歩かせてもらい、姉妹に近づいた。姉妹は怖がっているので、程よい距離で立ち止まる。
声は私からかけた。できるだけ優しさを含んで。
「さっきは驚かせてごめんなさい。もう大丈夫だよ。私たちは助けに来たんだよ」
「…………助けて、くれるんですか?」
「うん。だから、もう心配しないで?安心してね」
地面に膝をついて、視線の高さをできるだけ合わせる。
信じてくれたのか、姉妹の瞳に力が戻る。
そこからはモモンガ様が姉妹と話された。アイテムの受け渡しはスムーズに行われる。アルベドが怒ることはなかった。