愛にあてられて、調子を崩した日から数日が経った。
アインズ様に「ちょうど良いから、連休を取れ」と言われたので、お言葉に甘えてのんびりしていた。
元気を取り戻した私は、まず朝風呂に入り、身なりを整える。
のんびりぼんやりしつつ、化粧を軽くほどこす。
なんて優雅な朝なのだろう。
これで、メイドの皆が使っている食堂で、ご飯が食べられたら!ああ、ホテルに泊まっているみたい!
まだ許可はいただいていないから、転移した以降は利用してないんだけど。
「食べたいな〜、ごはん!」
マジックアイテムの力で飲食不要だけど、すっごく食べたい!だって美味しそうだし!
今この時も、お腹の虫が鳴ってしまいそうな気がする。
そんな朝と昼の間、自室のドアをノックされた。
私は声を張る。
「はーい!」
机に出した化粧品をそのままに、イスから立ち上がってドアに向かった。
私のパッシブスキルによると、ドアの向こうの誰かさんに敵意はない。なので、警戒もせずドアを開けた。
あら、メイドのインクメントリだわ。
「おはよう、インクメントリ。何か用かな?」
「おはようございます、ナナミ様。アインズ様がお呼びです。……調子は戻られましたか?」
「うん、戻ったよ。準備できているし、行こっか」
「かしこまりました」
インクメントリが先導し、長い廊下を歩く。
私は後ろから声をかけた。
「あのさ」
「はい」
インクメントリが振り向く。
「私の事、ナナミでいいからね」
「……わかりました」
えへへ、一歩仲良くなれた感じがする。
私はにこやかに、そして静かに足を動かす。
インクメントリも前を向いて歩き出した。
――――――
――アインズ様の自室に到着する。部屋を守るのは、コキュートスの部下たち。会ったことがあるけれど、今は目礼にとどめておく。仕事中だからね。
インクメントリがドアをノックした。
すると、ドアの向こうからデクメントリが顔を出す。
二人は、互いにほんの少しだけ笑うと、すぐに真顔に戻った。
「ナナミを、お連れしました。入室してもよろしいですか?」
「少々お待ちください」
デクメントリがドアを閉める。
数十秒後、ドアが再び開いて、私たちは部屋の中へ通された。
何度も足を運んだ、アインズ様のお部屋。
そこには、執務をされているアインズ様、補佐するアルベド、護衛のハンゾウたち、待機しているメイドが数人。
初日にいた儀仗兵たちを考えれば、大分減ったよね。
まず、アインズ様に深く頭を下げて、それからアルベド、メイドたちに目礼する。護衛のハンゾウたちにもね。
そうしてアインズ様が座る執務机の方へ歩いた。程よい距離で止まり、また頭を下げる。
「アインズ様。ナナミ、参上しました」
アインズ様は仕事をしていた手を止めて、私を見た。
「うむ、よく来たな。さっそくだが、ナナミに仕事をしてもらいたい」
「はっ!何でもいたします!」
「外で賊どもを手に入れるシャルティアに、同行しろ」
「はっ……はっ!」
私は顔を伏せた。
やったー!シャルティアに同行だー!
まさか、私自身が行けるとは思いもしなかった。頑張って法国との接触を避けるぞ!
そうだ、ちゃんとお仕事の内容聞かなきゃ。
私は顔を上げた。
「あの、アインズ様?シャルティアに同行して、私は彼女の命令を聞けばいいですか?」
「そうだ。それから緊急時には、シャルティアではなく、お前に指揮権を委ねる。シャルティアを上手く使え」
「かしこまりました。皆で生きて戻り、成果をご報告できるよう、努めます」
「うむ。それでいい」
アインズ様は何度も頷かれた。私の言葉に満足されたようだ。
アインズ様はイスの背もたれに、深く背中を預けた。
「よし。では準備にとりかかれ。後で呼びにいく」
「はい!それでは失礼いたします」
私は、深く頭を下げる。
退室する時も、アルベドとメイドたちと、ハンゾウたちに目礼する。
デクメントリにドアを開けてもらい、彼女にお礼を言った。
後ろでドアが閉まる。
私は長い廊下をしばらく歩いてから、踊る。
スキップし、優雅にターンを決める。
「お仕事、お仕事!」
シャルティアに同行できる!やったね!頑張ろ!
あ、待てよ、世界級への対策は?え、そちらの方が大切では??私、何やっているの?
ぴたりと足を止める。しばし考えた。
今ここで〈伝言〉を飛ばして、アインズ様に進言するか?いや、周りで仕事をしている皆の迷惑になるかもしれないし、自室に戻ってからだな。
私は踊りをやめて、そそくさと自室に戻る。
自室に入り、扉を閉めて、応接用のソファに座った。
アインズ様に向けて〈伝言〉を発動する。糸が繋がる感覚がして、すぐに応答があった。
『――なんだ?』
「お忙しいところ、失礼いたします。今お話できますか?」
『聞こう』
「その、私の考えすぎかもしれませんが……出会った敵が世界級を持っている……なんて事ないですかね?」
『――はあ?どんな確率だ、ソレ』
素のアインズ様だ。私は気づかないフリをした。
「戦士長のガゼフが特別な指輪を持っていた様に、切り札として持っていてもおかしくはない……かなーと、思いまして。その対抗手段として、私たちも世界級を持っておいた方がいいのではないか、なんて、思いまして……」
『却下する』
鋭いアインズ様の声。
私は慌ててソファから降りて、土下座した。
「変な事を言いました。すみません」
『……はあ、いやいい。ナナミの思いつきは時々当たる。助けられた事もある。ただ、今回は問題ないだろう。賊を捕まえに行くだけだぞ?』
「仰る通りです」
『現場経験の豊富なお前も行くんだ。何かあれば、シャルティアを守ってやれ』
「はっ!二人で成果を上げられるよう、努めます」
『うむ。ではな』
「はい。失礼いたします」
糸が……繋がりが消える。
私は土下座をやめて、一息ついた。
「……シャルティアを守ってやれ……か」
めちゃくちゃ難しくないか?戦闘力で言うなら、シャルティアの足元にも及ばない私が守るの??
それが実現するケースって、シャルティアが私の言う事を聞いてくれる場合では?
「……聞いてくれるのかな?」
宝物殿に残されるまでは、ナザリックのあちこちに顔を出していた。主にいたのは第九、第十階層だけど、アインズ・ウール・ゴウンのファンである私は、ナザリック地下大墳墓を、巡っていた。
つまり聖地巡礼。最高だね。
シャルティアにも会った事がある。私から話しかけた事がある。
しかし、それは全てゲーム時代での事。
アルベドが私を友達だと思ってくれたみたいに、シャルティアも友達だと思ってくれたら、いいな。
――――――
外で仕事をする準備を済ませる。
法国の事を考えて、装備は一級品の物で揃えた。戦う気はないけれど、逃げきれる為に、もしくは勝つ為に、装備品を揃える。後悔のないように。
ついでに身バレ防止の為に、認識阻害の魔法がかけられた仮面を、身につけておく。目元だけを隠す、仮面舞踏会にでも付けていけそうな、少し華やかな仮面だ。
そうして待っていると、シャルティアの愛妾である吸血鬼の花嫁が、私を呼びに来た。髪はボブだ。綺麗だなあ。
ごめん、名前は知らない。
彼女は頭を下げた。
「ナナミ様、お迎えにあがりました。シャルティア様が地表にてお待ちです」
「了解。すぐに行こう」
私たちは、ナザリックの階層同士を繋ぐ転移門を利用した。
私だけ、先に上へ行っても良かったんだけどさ、せっかく案内してくれると言うのならば、お願いしたいの。
地上の墓地部分では、シャルティアとユリが、私たちを待っていた。
シャルティアは何故か顔を逸らし、ユリはあからさまに安堵した表情で、私を迎えた。
私は二人を交互に見て、言った。
「えーと、待たせちゃったかな?」
「いいえ、さほどは。……では、指輪を預かります」
「指輪……ああ!」
すっかり抜け落ちていた!
リング・アインズ・ウール・ゴウンは、ナザリックに置いておかなくちゃダメじゃん!
私は手袋を外し、はめていた指輪をとる。そしてユリに預けた。
「ありがとう!言われるまで、指輪を付けたまま外に出るところだったよ」
「まあ、ナナミったら。そそっかしいんだから。ダメよ、忘れたら」
ユリにくすくす笑われる。
私は、ちょっぴり恥ずかしく、申し訳なく、やらかした気持ちを混ぜた気持ちになる。つまり、複雑なのだ。
でも、ユリとも仲良くやれそうで、嬉しいな。
そこに咳が響いた。
「こほん」
シャルティアだ。
まるで「自分を忘れるな」と、言わんばかり。私とユリは顔を見合わせた。
なんか、シャルティアが変だ。
私は、まず情報を集めるべく、ユリと吸血鬼の花嫁を手招きし、顔を突き合わせてこっそり喋る。まあ、シャルティアには丸聞こえだろうけど。後ろめたい事を話すわけではないので、続ける。
「ねえねえ、シャルティアどうしたの?怒ってる?」
「怒ってるわよ」
「その、怒ってます」
「え?私のせい??」
「ええ」
「はい」
身に覚えがない!どういう事!?
私は動揺して、手をワタワタと動かした。
「な、なんで怒っているか、二人は知ってる?」
「私は知らないけれど……」
ユリはチラリと吸血鬼の花嫁を見た。
吸血鬼の花嫁はシャルティアの方へ顔を向けた。
シャルティアは視線を感じているはずなのに、愛妾の方を見ない。
それをどう感じたのか、吸血鬼の花嫁は私を見て言った。
「シャルティア様は、ナナミ様が訪れなくなった事に、怒っていらっしゃるのです」
「――あ〜、お見合いがあったからね」
私がそう言うと、シャルティアの顔がぐるりとこちらを向いた。
「ぬし、お見合いをしたんかえ?誰と?」
私は驚いたけれど、すぐに答える為、指折り数えた。
「コキュートスから始まって、マーレ、デミウルゴス、セバスさん、最後にパンドラ……宝物殿の領域守護者パンドラズ・アクターとお見合いしたよ」
「それが、わっちの屋敷に来ない事と、どう繋がるでありんすか?」
「私ね、最後のお見合いが宝物殿で行われたんだけどさ、宝物殿で待機するように命じられたの。だから、動けなかったんだよ」
「それは誰に……いえ、どなたに命じられたでありんすか?」
「か弱いネコ様だよ」
「至高の御方が……そう……」
シャルティアは美しい顔の、長く整えられたまつ毛を伏せた。
しばし沈黙して、目を開ける。そして形のいい唇を開いた。
「他の誰かに、夢中になっているだって、思ってた」
「?違うよ」
「そうね。違ったでありんす」
シャルティアはお淑やかに歩く。そして、私の隣に立った。
美しく、可愛らしく、見た目の歳には過剰なほど妖艶な雰囲気を醸しだして言った。
「今度、屋敷に来なさい。歓迎してあげるでありんす」
それは変な意味じゃないよね……?
私は「うん」とは言わず、別の話題を持ちだす。
「もう、怒ってないの?」
「わっちの勘違いだったみたいだし、水に流してあげるでありんす」
吸血鬼らしい発達した鋭い歯が、笑顔と共にキラリと光る。
どうやら機嫌は直ったみたいだ。
私は胸を撫で下ろした。
「ごめんね、勘違いさせちゃって」
「もういいでありんす。未来の妾筆頭に、これ以上のイジワルはしないでありんす」
「……ん?」
「?」
シャルティアは首を傾げた。
私とユリも首を傾げた。
「誰が、妾筆頭になるの?」
「おぬし」
ぴっ、と整えられた指先が指したのは、私だ。
私は天を仰いだ。
ペロロンチーノ様、一体どういう事でしょうか?
想像の至高の御方は、親指をグッと立てていた。