乙女ゲーの世界で『ウェイクアップ』と叫んだ男   作:R1zA

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ep.XⅦ「汝の罪は…?」

 

 

 割れる程の勢いでカップを投げつけられ、紅茶と血の混じった赤黒い液体を流すリオン。

 制服はボロボロで、他にも何かされたのだと直ぐに分かるような跡があった。とにかく酷い状態だ。

 

 

 俯いていて表情は見えない。

 

 

「……申し訳ございません。すぐに煎れ直して参ります」

 

 

 そう言って落ちたカップを拾おうとするリオンを、女子はより一層笑みを深めて、執拗にリオンの後頭部を踏みつける。

 

 

「やっぱりいいわ。どうせたいした茶葉でもないのだし、このまま帰らせて貰うわ。こんな不味いお茶とお菓子を出したのだから、お金なんて取らないわよね?」

 

 

 グリグリと革靴のかかと部分でリオンの頭部を踏みつける女子を見て、彼女の友人……取り巻きらしき女子達とその専属奴隷が笑っていた。

 

 

 

 そしてその光景を見せつけられた俺は―――どうやって事態を収めるべきか……と、この状況下で冷えた頭を回転させる。

 

 

 自分よりも取り乱した人を見ると、返って冷静になるとはよく言ったもので、今にも相手の女子に殴りかかるのではないかと思わせる形相のアンジェリカや、自分達の立場ではどうにも出来ずに唇を噛むダニエルとレイモンドの姿が、俺の思考をあるべき場所へと戻してくれた気がする。

 

 

 ……仮に俺が今、反射的に沸き起こる激情に身を任せ、強引に彼女らを鎮圧した場合には、後々面倒な事態になっていたのは想像に難くない。

 

 

「……お代は払って頂きます」

「はぁ? あんた、私たちからどれだけお金を巻き上げたと思っているの? 借金をして専属使用人を売った子もいるのよ! それが分かっているの!」

 

 

 横に立つ王妃の様子を伺うと、どうしてこんな惨状が引き起こされているのか分からなかったのか、それともあの女子の支離滅裂な言動が理解できなかったのか………若しくは両方であるが故か、「え?……え?」と困惑の声を漏らしていた。

 

 だが伊達に王妃の座に就いているだけあってか、これ以上は不味いと判断したのだろう。

 だが―――少し遅かった。

 

 王妃が彼女らに呼びかけようとしていた瞬間、丁度アンジェリカの押さえていた怒りの堰が切れたらしい。

 前に出た彼女は、リオンの頭を踏みつけていた女子をかなりの力を込めて突き飛ばした。

 

 

「態度の悪い客人だ。―――お引き取り願おうか」

「ふん、誰かと思えば、ユリウス殿下に婚約破棄されたアンジェリカじゃない。何その格好? 貴族の娘として恥ずかしくないのかしら?」

 

 

 決闘云々の時から、アンジェリカは手が出るのが早いタイプだとは思っていたが、今回もソレが悪い方向に傾いてしまった。

 しかも相手の女子は彼女の敵対派閥らしく、公爵令嬢相手にも怯む姿勢を見せようとしない。

 

 

「(ああくそ……これじゃもう収集がつかねぇ)」

 

 

 正直、この段階にまで来ると俺に出来ることは殆ど無い。

 ……そうならないことを願うが、万が一この女子が王妃に不敬を働こうとした時のことを想定して、腰に巻き付けた蛮刀を何時でも抜けるように手を掛け、王妃の前に立つ。

 

 

「何その目? もしかしてアンタを怖がると思ったの? 誰が落ち目のアンタなんか―――」

「止めて下さい!リオンさんとアンジェに酷いことして……もう帰ってください!」

 

 

 アンジェリカを庇うようにして二人の立つオリヴィアは、女子に向かって悲痛の声を上げた。

 だが例の女子の反応は―――同じ人間を見る表情とは思えない程に冷徹で、冷たかった。

 

 

「―――図に乗るんじゃないわよ。平民風情が」

 

 

 その辺の羽虫を見るような視線。

 それは彼女が大抵の貴族たちから見れば、無価値な存在であると認識されている事実をダイレクトに突きつけられ、その強い悪意を直に受けたオリヴィアは気圧される。

 しかしそれで口撃が止まるはずも無く、女子は更なる追い討ちをかけた。

 

 

「お前如きが私に意見?貴族にでもなったつもりかしら?アンジェリカの可愛いペットだからって、私達と同じ地位に立てるとでも?」

「―――ペット?」

 

 

 その言葉を聞いたオリヴィアからは、先程までの悲愴感漂う表情さえもが抜け落ちて、息を呑む。

 かろうじて喉から漏れた空気が声になって、そう一言発したきり、絶句する。

 

 

 ―――いくらこんな状況だったとしても、人として最低限の言って良い事と駄目な事の区別さえつかないのかよ。 改めて思うが、何なんだこの世界の貴族様達って奴は……

 

 

「おい、それ以上は止めろ。いくら何でも言い過ぎだ」

「何よ、たかが子爵家ごときから独立しただけの貴方が、私に指図するつもり? 私を、オフリー伯爵家を敵に回すということの意味を分かっていないのかしら?」

 

 

 何を言っても相手は聞く耳さえ持とうとしない現状に、歯噛みする。

 

 ……まさか、此処まで周りが見えていないとは。

 この女子も最低限のモラル程度は持ってると勝手に思っていたが、完全に見誤っていた。

 半ば無敵の人になりかけているこいつを言いくるめるのは、俺の持つ手札では殆ど不可能に近いだろう。

 

 

「ふん、偉そうに。お嬢様、この者には少し灸を据える必要があるようですよ。このようにっ……、ね!」

「……っ」

 

 そう言って女子の使用人の一人である亜人が俺の胸ぐらを掴み、殴り飛ばす。

 俺はその場から吹き飛ばされることもよろける事も無かったが、今の衝撃で口の中を切ったらしく、口元から赤い血の糸が垂れてきた。

 ソレを見て女子と使用人たちはニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべていた。

 

 

 王妃もこれ以上は流石に不味いと思ったらしく、女子達に向かって声を張り上げる。

 

「いい加減にしなさい!これ以上は見ていられません!」

 

 喫茶店内の視線が王妃に集まると、リオンを踏みつけていた女子も王妃へと視線を向ける。

 だがその顔は、決して王妃に向ける顔ではなかった。

 

「何よ、おばさん」

「お、おばっ!」

 

 ……冗談だったが、不敬罪も現実味を帯びてきたな。

 確かにこんな場所に王妃がいるとは思いもしないだろうが、相手が王妃以外だとしても普通にアウトだ。

 これにはアンジェリカも頭を抱えていた。

 

 

 もうこの時点で拘束する大義名分が出来ているので、後は王妃が俺に対して一言言うだけでよかったのだが、流石王妃と言った所か、頬引きつらせながらも耐えていた。

 

 

「……今の発言は聞かなかったことにします。貴方たち、すぐに支払いを済ませたら出て行きなさい。それでも学園の生徒……いえ、それでも誇りある貴族ですか!」

「はぁ? 調子に乗らないでよ。私を誰だと思っているの? ねぇ、誰かこの婆を摘まみ出して」

 

 

 女子がそう言って専属使用人に命令すると、亜人たちが王妃を囲む。

 これは―――流石に潮時か。

 

 

「貴様ら。誰に向かって――」

「いや、もう手遅れだ。それに……」

 

 

 視線を向けると、視界にはこちらを見ているリオンの顔が見えた。

 王妃とアンジェリカ、そしてそれを守るように立つ俺の様子を見て、その顔は……段々と笑みに変わる。

 最初は驚いていたようだが、口は三日月のように広がり、目も弧を描いていた。

 

 今のリオンの心情を一言で言えば、そう―――

 

 

 

 

 

 ―――我、大義を得たり。

 

 

 

「ぶっ飛べ、バーカ!」

 

 

 アンジェリカは止めようとしたが、時すでに遅し。

 気付いたときには、リオンは立ち上がって王妃を囲んでいた専属使用人のエルフに飛び蹴りをかましていた。

 魔法で肉体を強化して全力で攻撃を行えば、如何に強靭な体を持つ亜人と言えども吹き飛ばされる。

 

 あの暴れ回る様子を見るに、相当フラストレーションが溜まっていたらしい。

 まあ……それは俺もだが。

 

 そもそも、普段……男子たちが専属使用人を攻撃しない理由は、女子に嫌われるから。この一点である。

 この一点だけで専属使用人たちは守られていたのだ。

 

 

「……最初にやったのはお前らだからな」

 

 

 それだけ呟き、丁度一番近くに居た俺のことを殴り飛ばした亜人へと無言で近づき、真上へと蹴り飛ばす。

 リオンは肉体強化を行っていたが、この程度の身体が頑丈なだけの相手なら、強化なしの素の身体能力で十分だった。

 寧ろ遠慮なく倒せてラッキーなまである。

 

 

「調子に乗るなよ、クソガキがぁ!」

「はいはい、すいませんね……」

 

 

 後ろから殴りかかってきた亜人の攻撃をバク宙で避けて背後に回り、そのまま肩を掴んで軽く投げる。

 なぜ投げたかというと、投げたその先には―――両手を組んでハンマーのようにした状態のリオンが居たからだ。

 

「くたばれぇぇぇ!!」

 

 容赦など微塵も感じられない一撃を受けた、亜人の下の床は陥没し、オフリーとやらの専属奴隷三人は一瞬で鎮圧される。

 

 それだけならまあ良かったような気もするのだが、リオンは王妃を庇うように前へと躍り出て―――

 

「控えろ、下郎共! このお方をどなたと心得る! ホルファート王国王妃――ミレーヌ様であらせられるぞ! 頭が高いんだよ、ひれ伏せ!」

 

 ついでと言わんばかりに王妃の正体もバラしてしまった。

 当初の予定であったお忍びが台無しである。

 

「え? あれ? 何で?」

 

 困っているミレーヌを見ながら、アンジェリカは片手で顔を覆い、天を仰いだ。

 

 

「リオン……お前という奴は」

 

 

 王妃という圧倒的大義名分を理由に、専属使用人たちを叩きのめし、女子たちをひれ伏せさせようとしていたのだ。

 この部屋の惨状を見れば、そうまでしたくなる理由をある程度分かってしまうのが何とも言えない。

 

 

「貴様ら覚悟しろよ! 王妃様に手を出した報いを受けてもらうからな!」

 

 王妃であるミレーヌの威光を笠に着て、リオンは高笑いをしていた。

 この辺りで漸く自分達のしたことを理解した女子たちは動けないのか立ち尽くし、口をパクパクさせていた。

 血の気が引いて顔が青ざめている様にも見える。

 

 

 青ざめているといえば、王妃もリオンの腕を掴んでいて、随分と取り乱している様子だった。

 

 

「リオン君待って。お忍びなの、こんな所で騒ぎなんて起こせないの! だから落ち着こう。良い子だから。ね?」

「いいえお任せください、王妃様。このリオン、こいつらを成敗する際は先陣を切る覚悟です。さぁ、ご命令を! 族滅でも根切りでも実行してみせますよ! 王妃様の敵は全て、このリオン・フォウ・バルトファルトが倒しましょう!」

 

 

 ―――滅殺ですよ、滅殺!!

 

 

 そう高らかに叫ぶリオンに対して涙目の王妃を一瞥し、今一度教室の様子を確認する。

 床には何かを叩きつけたような跡があり、あの高そうだったテーブルも随分と汚されていた。

 

『大義は我らにあり! アロガンツでお前らの実家を蹂躙してやるよぉぉ!!』

『お願いだから辞めて! 私が悪かったから許して頂戴!』

 

 ……俺は何も聞こえてない。聞こえてないぞ。

 

 ゴミ箱には割れた皿などの陶器類が大量に入れられており、部屋の端の方の席には、あの女子とは別に実行犯だと思わしき女子達の姿があった。

 恐らくあの女子達とは別のグループなのだろうが、俺がそちらへと視線を向けると、皆一様にビクンと電気に触れたかのように震えていた。

 

 

 自分達があの使用人たちと同じ目に合うのを恐れているようだが、どのみちこれ以上居座られても邪魔なので、とっととお帰り願おう。

 

 険しい顔をして、彼女らの方へと数歩近寄る。

 これだけでも割と効果覿面だったようだが、駄目押しにもう一つやっておく。

 

 

「……今回だけは見逃す。だが、もしまた俺達に向かって何かしようとしたら―――これだからな」

 

 

 そう言って親指で首元を横一直線になぞる*1

 するとその意味を理解した女子達は、一様に全身から血の気が引いたような顔をして、そそくさと退出したかと思えば、一目散にここから逃げていった。

 

 

 ……今の俺の独断で処刑なんて出来る訳無いから、半分ハッタリだったのにここまで怖がられるとちょっと凹むな。

 

 まあいいか。

 

 

 そして収拾がつかなくなったリオン達の状況は、アンジェリカがとある人物を呼ぶまで収まらなかった。

 それと、あのオフリーとか言う女子は気付いたら居なくなってた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

「ミスタリオン、いけません。茶の道を進む者がご婦人に迷惑をかけるなど、あってはならないことですよ! それは紳士ではありません!」

「……すみません、師匠。でも、俺……俺は!」

 

 

 少しして客の完全に居なくなった教室。

 その中でリオンと、何故か俺も、アンジェリカが頼った人物……リオンの師匠ことルーカス先生に指導を受けていた。

 

 

 リオンは分かる。

 でも何で俺もなの?

 

 

「ミスタヴァン、これは貴方にも当てはまるのですよ。目を逸らしてはいけません!」

「あ、はい、すいません……」

 

 

 俺に対して、宜しい、と頷いたルーカス先生は、リオンの肩にそっと手を置く。

 

 

「さぞ、辛かったでしょう。苦しかったでしょう。 しかし、そこで諦めてはいけません。その先にこそ、真の紳士としての道――そして、茶の道が続いているのです」

「――は、はい、師匠!」

 

 

 感動の名場面()を終えた所で、本題に入るとしよう。

 向かいの机には、先程までとは打って変わって真剣な表情の王妃が座っている。

 ……理由は明白だが、少々疲れた顔をしていたが。

 

 

 ルーカス先生がお茶を淹れに行ったのを境に、軽く咳払いをして王妃が話し出す。

 

 

「……二人共。私は怒っています」

 

 

 王妃がそう言うやいなや、俺はその場で両膝をついて両手も床に付ける。

 所謂土下座であり、示し合わせたわけでは無いが、多分リオンも同じ体勢をしているだろう。

 

 

 ……え、プライド?

 こんな状況でそれを優先する奴は、余程の大物か、状況の理解出来ない愚か者である。

 正直心当たりは全然無いけど、リオンも含めるなら多分決闘の件だろう。

 

 

「……反省しています。すいませんでした」

「大変申し訳ありませんでした!もう覚悟はできています。 ですがどうか、家族は、家族だけは許して下さい!! 自分はどうなっても構いせんから! 何卒!!」

 

 

 只の謝罪の筈なのに温度差で風邪ひきそう。

 案の定というか何と言うか、余りにも悲痛な叫び声を上げて、嗚咽を漏らしながら懇願するリオンの様子に王妃は慌てる。

 

 それ多分演技ですけどね。

 

 

「え? いや。ち、違うのよ。そういう話じゃなくて……アンジェ助けて!」

「……ミレーヌ様、からかわれていますよ。リオンはミレーヌ様が本当に怒っていないと分かっている顔をしています」

「え?」

 

 

 王妃に視線を向けられたリオンは、下を出して自分の手を頭に乗せて―――テヘペロをした。気色悪かった。

 

 

「最低ね。見損なったわ!」

「……申し訳ありませんでした!」

 

 

 再び謝罪をした後、ルーカス先生の淹れてきた茶を飲み一段落する。

 

 

「王妃様、今回のお忍びの件ですが――」

「……もう良いわ。下手なことを言うと誰かさんがいじめるから、ハッキリ言います。私は貴方に文句を言いに来ました。処罰云々ではなく、個人的な話です」

 

 

 と言うと、リオンが皇子をボコボコにした件か。

 母親としては文句の一つも言いたくなるだろうが、その理論で行くと―――俺、関係無いよね?

 

 そんな事を思ったが、結局何を言いにきたのか…… 

 

 

「お伺いさせて頂きます」

「よろしい。では……ユリウスの事を先に詫びます。あの子のわがままに付き合わせて申し訳なかったわ」

 

 

 一番最初に謝罪とは、少々意外だった。

 普通こういうのは話の締めくくりに言うものだと思っていたから。 

 

 

「本当に、どうしてこうなってしまったのか、母親でも理解に苦しむわね。 ……言い方は悪いけれど、子爵家の娘なら愛人でも良かったのよ。あの子は王宮では女性に対して素っ気なかったから、ここまで執着するとは思わなかったわ」

 

 

 マリエが凄いのか、皇子がチョロ過ぎたのか。

 王妃の話し方からしても、ああなるのは完全に予想外だったのだろう。

 

 

「ただし、決闘内容には納得が出来ません。戦いぶりが酷すぎます。貴方達ならもっと穏便に事を収められたのではなくて?」

 

 

 透き通った青い瞳が、俺達へと向けられる。

 でもやっぱり王妃の話し方的に、この話の主題はリオンな気がする。

 何故かリオンは白々しくこちらを見てきていたが、言うなら今しかないと思い、問いかける。

 

 

「あの、それって自分も含まれてるんですか……?」

「当然です……とはならないのよね。確かに一方的な展開ではあったけれど、あれは私の目から見ても完全に、貴方は実力を示しただけ。 ジルクとグレッグの二人の事を私がとやかく言う権利は無いし、王家は、エルブレイブに……特に貴方のお祖父様方には、随分と助けられているもの」

 

 

 やはり俺の予想通りだったらしく、王妃はあっさりと俺を開放してくれた。

 ……その代わり、余計な疑問が深まったが。

 王家に実質的な貸しを持たせるって、一体何したんだよ。 

 

 敵軍を単騎で壊滅させたとかか?

 

 

「……リオン君も分かっていると思うけど、王宮にも貴方の敵は多いわよ。ユリウスに期待していた人たちも多いの。貴方達、この先のことをしっかり考えている?」

「ある程度は」

「もちろんです」

 

 俺は領地を宛てがわれた訳じゃ無いから、実家を拠点にして、一般騎士Aとなれば問題ないだろう。

 爵位とか関係なくなるだろうし、実力が認められればスピード出世出来そうだし。

 

 

「そう。強い子ね。ユリウスの側に貴方みたいな子がいれば、あの子も道を間違えなかったのかしら?」

 

 

 どうだろう。

 仮に何か影響を与えられたとしても、周りの他の人の影響で結局何も変わらなそうだ。

 というか俺の方から仲良くなりに行くビジョンが見えない。

 

 

「俺がいたところで結果は変わりませんよ」

「そうですよ、多分嫌われて終わりですよ」

「そうかしら? まぁ、良いわ。今日はもう一つだけ別の目的があるの。それを手伝って貰いましょう」

「別の目的?」

 

 

 ……これ以外の用事って何だ? 少し学園を見て回りたいとかか?

 そんなことを考えていると、王妃は少し恥ずかしそうに頬を掻きながら話し出す。

 

 

「私、他国から嫁いできたから、学園に通ったことがないのよ。だから、学園での思い出が欲しいな~って。知り合いの女性みんなが楽しそうに話をするから、羨ましくて」

 

 

 ……どうしよう。どうすれば正解なのか。

 一瞬『いやいや、流石にそれは……ねえ……?』と言いそうになったが、それは普通に不敬罪というか、相手が誰であろうとシンプルに失礼だろう。

 

 

 それに、学園らしい思い出って何だ……?

 

 

 ……賭け事とか言ったら殴られそうだよな。

 

 

「……良いでしょう。学園での思い出を作って貰います」

 

 

 俺がそうして思い悩んでいた中、横ではやけに澄んだ顔をして立ち上がったリオンが王妃に近づき、王妃の手を握ったと思えば、この場に居る全員が震撼するだろうレベルの特大の爆弾を落とした。

 

 

「ミレーヌさん、俺と―――結婚してください!」

 

 ……

 

 部屋中に訪れる、一瞬の静寂。

 

 

「………ッッッ!?」

 

 

 一瞬の間惚けていた王妃も今、自分が何をされたか理解して頬がみるみる紅潮し、耳の付け根まで真っ赤に染まる。

 

 まさか、自分達の眼の前で口説きだすとは夢にも思わなかったのだろうオリヴィアとアンジェリカが椅子から立つ。

 流石にこれは見過ごせなかったらしい。

 

「リオンさん!?何を言っているんですか!」

「お、おま――お前は! 相手は王妃様だぞ!」

 

 国の王妃に求婚するのは当然慮外の考えだろう。

 柄にもなくルーカス先生も動揺し、額に冷や汗を浮かべていた。

 

「ミスタリオン……流石にその冗談は笑えませんぞ!」

「分かっています。分かっていますが……俺は本気なんです!」

 

 過去一真剣な声色をしているリオン。

 もう何を言われても立ち止まる気は無いらしい。

 

 それにしても―――

 

 

「へぇ、考えたな……」 

 

 

 すっかり忘れていたが、この学園は何せら勉学や鍛錬の全てをアレらとの結婚という釣り合わない対価と交換させる場所。

 いわば学園の皮を被った婚活会場なので、屁理屈っぽいが今リオンがしていることも学園()()()といえばそうなのだ。

 

 

 それを瞬時に考えて、剰え実行するとは……リオンも中々の命知らず(バカ)だよな。

 

 

「何ちょっと関心してるんですかヴァンさん!リオンさんを止めてください!」

「ごめん俺、空飛ぶスパゲッティ・モンスター教だからそれは無理」

「そんな……ヴァンさんまで、おかしくなって……」

 

 

 いやいや俺は正常だぞ。

 だから今日はさっさと帰宅して創造神(ヌードル神)に祈りを捧げなくてはならないのだ。ラーメン。

 

 

 

 

 

 

 と、まあ冗談はここまでに。

 

 

 実際この雰囲気の中で居るのも結構地獄だし、ここからいなくなりたいのは本音だ。

 

 

「好きです!愛しています!」

「こ、困ります。私には夫も、子供も……。――そ、それにおばさんだし」

 

 

 なんか普通に口説けてるし。

 ちょっとチョロすぎるんじゃ無いですか王妃様。

 

 

 そんな事を思っていると、ふと後ろから強烈な怒気を纏った気配を感じた。

 

 

「……」

「あ」

 

 

 咄嗟に振り返ると、そこに居たのは皇子だった。

 この際服装に関しては何も言わないが、誰がどう見てもキレていることだけは分かった。

 

 

「関係ありません。貴方は美しい。例え家族がいても、俺は―――ぶっ!?」

 

 そしてまだ気付いていなかったリオンの後頭部を、手に持つお盆で思い切り殴っていた。

 殴られた所を抑えながらキレ気味で振り返ったリオンも、流石に目をぱちくりさせていた。

 

 

「あ、殿下」

「……人の母上を口説くとは良い度胸だな、バルトファルト」

 

 

 皇子の拳は震えていた。

 まあ誰だってそうする、多分俺もそうする。

 

 

「ち、違うのよ、ユリウス。こ、これはその――」

「母上もいい加減にその手を離してください! バルトファルト、お前もさっさと離せ!」

「え~やd――」

 

 

 最後まで言葉を発する事なく皇子に吹き飛ばされたリオンは、そのまま教室のゴミ箱に突っ込んで行った。

 リオンに駆け寄ろうとした王妃は、皇子に腕を捕まれて連れて行かれた。

 

 

 

 ……そういえば、今リオンの突っ込んだゴミ箱の中って、割れた皿とかの陶器類が大量にあった気がするのだが、大丈夫だろうか。

 

 死んでないよな?

 

 

 

 

*1
意訳:殺す





書くことが無いので今回の話の考察と裏話でも。

原作知っている人なら当然分かるでしょうが、オフリー伯爵令嬢って環境がアレなんですよね。
商人が元々あった貴族家を乗っ取ったので、王都や他の貴族からは総スカンに近い対応をされていますから、他の貴族なら知り得る情報やタブーも教えられなかったのでしょう。

だからこの世界線でも、マジの偉人級であるエルブレイブ家(正確には先祖が偉人級なだけ)に対しても爵位だけで舐めて喧嘩を売ろうとしてしまった訳なんですねぇ……


これは全然関係無い話ですが、現在私の脳内にだけ存在する、オリヴィアや皇女殿下を壊れる一歩手前まで程々に曇らせた後で、最後の最後に颯爽と欝ブレイクして助けた後に、ドロッドロの依存に近い激重感情を向けられる、この作品のマリエ√の世界線Ver.を書きたい(願望)

 まあ多分無理なんですけどね。


それでは、前回高評価をして下さった、

【☆9】
ヤンキーハムスターさん、脳内チンパンジーさん、翔悟さん、黒の鴉・白の蛇さん、ザクタンさん、juda3412さん

ありがとうございますm(_ _)m


高評価されると更新頻度が上がるのでよろしくお願いします。


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