「……これ、次のレースは代役が立てられないよね? 誰も代わりになりたくないだろうし」
そうリオンが言うと、ベットから怪我をした体で立ち上がろうとするジルク。
だが未だ足の骨は回復魔法で繋げただけであり、癒えてはおらず辛そうだった。
「――くっ!」
「ジルク止めろ!」
皇子がベッドに押さえつけているが、本人の意志は梃でも動かず、どうにかして出場するつもりらしい。
「放してください、殿下。私が出れば誰も傷つきません。これが一番冴えたやり方です」
普通に棄権すればとも思ったが、それはそれで別の立場の人に皺寄せが行って厄介な事になるらしい。
そしてその皺寄せが行く立場―――このエアバイクレースの実行委員達が俺達を見てヒソヒソと話していた。
『ねぇ、バルトファルトかエルブレイブはどう?』
『成績はエルブレイブが出場選手の平均くらいで、バルトファルトもギリギリ選手レベルだけど……』
『エルブレイブはなんか勝ちそうだし、バルトファルト……どうせボコボコにされるなら、ジルク様よりもこいつじゃない?』
代役として無理にでもリオンを出してやろうという方向へと舵が切られた辺りで、アンジェリカがリオンを庇うように前に立った。
「二人を出場させるつもりはない。こんな話を知った上で出場などさせられるものか。悪いが一年生は棄権する」
「ま、待ってよ! じゃあ賞金はどうなるのよ!」
かなり焦っている。
取らぬ狸の皮算用とでも言うべきか、マリエはジルクが優勝する前提で考えてたのかもしれない。
それはアクシデントによって本当に只の皮算用となってしまったのだが。
「……それがどうした?その程度のために、これ以上の怪我人を出せるものか」
正に正論。
人を殺せるんじゃないかと見紛うほどの視線で、アンジェリカはマリエを睨んでいた。
しかし、再び部屋の隅に居る実行委員の話が耳に入ってきて、リオンの顔色も些か悪くなっている。
『で、でも、それをするとアンジェリカ様の評判が』
『そうよね。代役も立てられないなんて学年の代表として問題に……』
『誰かが出てくれれば……』
この時の俺には預かり知らぬ事ではあったが、今のリオンはアンジェリカの父親を実質的な後ろ盾としている。
謂わば彼らの派閥の末端のような立場に収まってしまっている訳で、その中でリオンが原因で娘の評判に傷が付いたと聞けば、どう感じるだろうか。
……アンジェリカの為の尻尾切りは確実。
最悪前の件を掘り返されて極刑だ。
故に、選択の余地は無く――
「……出場する」
「リオン、同情なら―――」
「同情なんかじゃない!男にはなあ、やらなきゃいけない時ってのがあるんだよ!」
それを聞いた実行委員の女子達は、先程までの悲壮感溢れる雰囲気とは打って変わって、一人は「やった。みんなに知らせてこよう〜っと」と言って出ていく始末。
この瞬間を待っていたんだ、と考えていたとしか思えない程の変貌っぷりである。
「リオンさん、無茶していませんか?」
「無茶?いいや違うね。これは意地だ!」
―――だってアンジェパパに殺されちゃうからね! というリオンの
でもアンジェリカは乗り気ではないようで、リオンの出場を止めたいらしい。
「だ、だが、クラリスの所はエアバイクに長けた者が多い。去年の優勝者は、奴の取り巻きの男子だぞ。ラフプレーの可能性も……」
「そんなの関係ねえ。俺は何としても、ここで退くわけにはいかないんだ!!」
「……そ、そこまで言うならもう何も言わない。お前の勝利を祈ろう」
そうしてリオンが代役としてレースに出場する事が決まり、エアバイクの準備の為にリオンはこの場を後にした。
この手のことに関しては無敵と言ってもいいルクシオンが付いて居るのなら、心配は無用だろう。
「……行ったか」
アンジェリカとオリヴィアは観客席のラウンジへと移動し、他の実行委員の人も居なくなった。
俺はリオンに後から行くとだけ伝え、こうして医務室に残っている。
―――俺は、今俺のやるべき事を全うしよう。
今この部屋に残っているのは俺とジルク、マリエと使用人のエルフの子にユリウス皇子だ。
別にこのままでも良いが、俺個人の目的を果たすためならマリエとユリウス皇子には退出していて欲しい。
一対一の方が都合が良いんだ。
「――
「……私がそれに応じる必要は?」
「思い返せば、決闘でお前らやリオン達は色々要求してたのに俺は何にも言ってないと思ってな。 敗者は勝者に従え。たった一度の話くらい大人しく応じろ」
「まあ、確かにその通りですね」
これで言質はとった。
……そもそも、今回の一件の根本的な解決をするには再発防止の意味も込めて、こいつを多少なりとも変えなくてはいけないと思っている。
部屋を出る前に、リオンはこいつに貸しだと言っていたが、この後クラリスに対して謝らせる気だろう。
でも決闘で俺も色々言ったからこいつも知らなかったで押し通せる訳でも無いのに、決闘後も二ヶ月放置して、ただ一言謝るだけではい終わり、では足りないと思うんだ。
というか少なくとも俺の気がすまない。
「―――まあそういう訳だからな。第三者のマリエとユリウスには一旦退出して欲しい」
「……せめて、何をするつもりなのかだけ教えてくれ。お前が変な気を起こすとは思っていないが、それでも心配だ」
……俺に対しての信頼が無さすぎて笑うが、ある意味皇子の主張は真っ当だな。
今のジルクは怪我人、その中で決闘云々があってあまり折り合いの良くない……しかも周りが原因とはいえ荒事を起こす割合の高い俺と二人きりにはしたくないだろう。
でも今こいつを納得させるまでに使う時間も惜しいので、こいつを素早く動かす為のファクター……マリエを利用させて貰うとしよう。
「そ、そうよ。あんたはなんか、放っておいたらそのままジルクも殺しちゃいそうだし……」
「……喫茶店、ぼったくり、届け出、王妃様」
「あーっ!そういえば私、喫茶店の戸締まり忘れてたわ!すぐに閉めないと行けないから、ユリウスとカイルにも来て貰わなきゃ!……じゃあ私達はこの辺で〜。オホホホホ……」
「い、いきなりどうしたんだマリエ……?」
「……ご主人様、弱すぎでは?」
大☆勝☆利。
わざとらしくそう口にしたマリエは、皇子とエルフの二人を引き摺って退出していく。
一昨日はあの後皇子が自分達の喫茶店()に連れていった王妃に全員揃ってこってり絞られたと耳にしたから言ってみたけど、やはり効果抜群だった。
マリエは王妃を恐れているらしいし、俺が一言「王妃様!この人詐欺してますぜ!処しましょう!」ってチクれば自分を潰せる大義名分が出てくるんだから溜まったものじゃないよな。
……まあ流石に可哀想だし、今回限りにしておくか。
何はともあれ、これで俺の臨んだ状況となった。
ジルクが俺にドン引きしている気もするが、お前はそれ以上のことをしたのを忘れないでくれ。
「まあ取り敢えず、身体を起こせ」
「……分かりました」
ベッドから背中を浮かせるジルク。
じゃあここから俺の、身勝手と言われても仕方ないであろう、個人的な‘‘お話’’を始めるとしよう。
最初に俺は―――
「ふん!」
「……っ!?」
左手を振り、ジルクの右頬を殴った。
怪我をしているこいつが耐えられる程度の、でもしっかりと痛みがするように調整した威力で。
人の頬を殴ったことによる鈍い音が鳴り、右手で頬を抑えるジルクは、何故、と言いたげな表情で目を見開いていた。
「―――これはあの決闘から、今までのお前の行いの分。もう俺の言いたいことも、話の内容も分かったんじゃないのか?」
「……ええ、確かによく効く一発でしたよ」
「そうか」
反対の頬を殴るつもりは無い。
それをするのに相応しい人は、俺ではなく他にいる。
ここからが本題だ。
この僅かな時間でジルクという男を理解した上で、こいつ側とクラリス側……その両者が後腐れ無いような最良の結末をどうにかして導き出さなくてはならないのだ。
「答えろ。何で決闘の後から今まで……どうして
「違います。――私は彼女に合わせる顔が無かった。他の女性を……マリエを愛してしまった私が、彼女に合うのは失礼だと思いました」
「だから一言言うことさえ出来なかった、と」
「……はい」
……成る程。段々分かってきたぞ。
取り敢えずこの発言を一言に纏めると、安直だが「会うのが怖かった」となる。
この言い草的には希望的観測になるが、仮にマリエか皇子達の四人の内誰かがこいつの後押しをしていれば、それを抑えて謝りに行っていたのかもしれない。
まあ、俺だってその一言を言うのがそう簡単に出来ることでは無いのは理解しているつもりだが、どこまで行っても非はジルクにある。
故に逃げるのは甘えだと思う。
「そうか。……じゃあ、終わったことだからこそ聞くが、あの決闘で爆弾を仕掛けようとしたのはなんだったんだ? ユリウス殿下の為とか言ってたが、建前か?」
「……っ、違う! あの時の私は、殿下の名誉を守る為に動いた!この言葉に嘘はありません!」
「その方法はどうかと思うがな……。まあいいさ」
大体の、俺の中でのイメージは固まった。
ジルク・フィア・マーモリアという男の内側の、その大元となる行動原理のイメージがだ。
以前にリオンがこいつのことを、「何考えてるか言わない面倒くさい奴」と評したのを覚えている。
そしてこれは俺の勝手な推論だが、その特徴に加えてこいつは―――理屈っぽくて、受動的な人間なのだ。
恐らくこいつは自分のする大抵の行動に対して、殿下の為、彼女の為と、無意識に何かしらの理由をつけたがるタイプなのだと思う。
決闘の前の時期でも、基本的にユリウスの近くに居ることが多く、学園内で女子に囲まれてても、ユリウス程自己主張を行わなかった印象があるし。
それに少なくとも俺は、こいつが自分の利益の為だけに動いたり、今回のような場面で自分から積極的に動くとは思えない。
動かないからこそ、クラリスに謝りに行こうとする踏ん切りがつかずに、今まで逃げて来たのだろう。
別にそれを悪いこととは言わない。
……いや、だからと言って良い事では無いが。
とにかく、一見面倒そうに見える……というか実際問題面倒くさい奴であるジルクだが、見方を変えよう。
―――自分の意志だけでは動かないなら、誰かが無理矢理にでもエンジンを動かせば良い。
こいつは俺もバカだとは思うが、愚者では無い。
発破さえかけてやれば、やれる筈だ。
「難しい説明は面倒だから簡潔に言うぞ。―――選べ、謝って前に進むか、それとも逃げるか」
「……」
「多分リオンも同じことを言うだろうし、結果は同じだ。 ……でもだからこそお前の意志で、後腐れない選択をしろ。 世の中、後悔してからじゃ遅いんだよ」
「……ならば、行動で示すとしましょう。 でも流石、王国の英雄の血を引く者と言ったところでしょうか」
意を決したような声を出したジルクのその眼差しには、ひとかたならぬ決意が漲っていた。
――以前どこかで、『人は簡単には変われないが、成長することは出来る』と聞いたことがある。
それに当てはめるならば、ジルクは今この瞬間、少しだけ成長したとも言えるだろう。
言葉に関しては一瞬皮肉かと思ったが、こいつはこういう性分なのだろう。……いや待てよ?
今何て言った?
「……知ってたのか」
「決闘の後に調べ直しましたから。 ですが一つだけ分からない事があります」
「何だ?」
「どうして貴方がここまでするのか、です。 マリエさんとの件も、そして今回の件も、貴方に直接関係するものは無かった筈だ」
確かにそうだ。
最初に自分から首を突っ込んだリオンとも違い、俺が大した関わりのないこいつらに対してここまでする理由も、義理もあるはずが無い。
……そう考えるのが自然だが、生憎理由ならある。
「……あの時、お前達五人がしたことは大勢の人に迷惑をかけた。取り返しなんてつく訳が無い」
事実、王国は揺れた。
俺達の世代のトップ五人が揃って消えるというのは、それだけの影響があったのだ。
「地位も実家も、全てを捨ててマリエと一緒になった訳だが、そんなお前達が『思ってたのと違うからやっぱ別れます』って言った時、どうなると思う?」
「そんなことはあり得ません」
「最後まで聞け馬鹿野郎。……まあ、不幸な人間が増えるだけで、初めから終わりまで誰も得しない茶番になる」
そうなれば元婚約者達は何て思うだろうか?
……既に無関心になっているかもしれないが、少なくとも良い気分にはならないだろう。
結局何がしたかったんだ、となるし、子供の身勝手でただただ多くの人が不幸に見舞われただけに終わる。
そんなのを周りが許すはず無いだろう。
ジルクの胸ぐらを摑んで、額がくっつきそうな程に互いの顔を近づける。
「多くを捨てて一緒になったお前たちは、人生の終点……墓場に入る最後までを共にする
「……言われなくてもそのつもりです。私も、殿下も」
「そうだ。一度アレを本気で愛したのなら、最後までそれを貫き通せ。二度目は無いぞ」
「肝に命じておきます」
―――多分もう大丈夫。
後は俺が何もしなくても、平和的な解決が見込めるだろう。
レースの方もそろそろリオンが勝っている頃合いだろうし、俺もお役御免ということで休めそうだ。
今日は何か凄く疲れたし、さっさとお暇しようか。
「じゃ、後は自分で何とかしろよ。リオンもついてくるだろうし行けるだろ」
「言われるまでも無いですね。―――貴方に感謝を。貴方のお陰で私は、マリエさんに誇れる私になれそうです」
「お前に礼されると気持ち悪いな………」
殴られた相手に感謝するとか正気かよ。
俺はヒールに撤する気だったんだが、何故か良い方向に受け取られてしまったらしい。
そうして医務室から退出する。
「まあ、結果オーライか」
俺は廊下を歩きながら、帽子を目深に被り直した。
余談だがこの後観客席に向かった時に、丁度そこで起きていたアンジェリカと例のオフリーの取っ組み合いの現場に遭遇して、何故か俺がそれを止めることとなる。
だがそれはまた別の話。
◆◇◆◇◆
数十分後の医務室。
あの後なんやかんやあって優勝したリオンは、賞金と自分に賭けて勝った分の金を持ってやってきていた。
数分間前に医務室に戻って来ていたマリエは、リオンの持つメダルと大量の白金貨を見て悔しそうにしていた。
「ほうら、お望み通り勝ってきましたよ。約束忘れていないだろうな、ジ~ル~ク君……って何でそんなボロボロなんだよ」
「あ、それ私も気になってた。
最初はニヤニヤしながらジルクを煽っていたリオンだが、安静にしていた筈のジルクが更にボロボロになっている事実に疑問符を浮かべた。
マリエも最初にジルクのその姿を見た時に回復魔法を行使しようとしたのだが、それを拒まれたので、先程からその理由が気になっていた。
二人に詰問されるジルクは、フッと微小を浮かべて、事の一部始終を語り出した。
「大したことではありません。彼に私が責任から逃げていたことを指摘されたのです。……そして、この痛みはその戒め。マリエさんの手を煩わせる訳にはいきません」
「い、戒め……?」
「はい。私は貴方に誇れる自分になりたい。なので今一度自分を見つめ直そうと思うのです。 約束の件についても覚えています。悪事に手を染めるような事でなければ、何でもしてみせましょう」
その時、内心でリオンとマリエの意見が一致した。
―――なんかジルクが綺麗になってる、と。
加えて言えばマリエは、じゃあ働けよとも思ったが、流石に空気を呼んで堪える事にした。
頭の後ろで手を組んでいるカイルが、リオンに対してため口で話しかける。
「それで、何をさせるつもりなんですか? 裸で逆立ちでもさせるつもりですか?」
「馬鹿かお前は。こいつの逆立ちにどれだけの価値があるよ? いやまあ結構金になりそうだけど……」
リオンがそう言うと、ジルクは立て掛けてあった松葉杖を手に取り、立ち上がろうとする。
足の痛み自体は引いてきたのか、最初に比べると結構動けている。
「分かりました。それで貴方の気が晴れるなら……」
「阿呆が。そんな事をしたらアンジェとリビアに怒られるだろうが。もっと現実的で可能な範囲の命令……いや、お願いだ」
「お願い?」
そうしてリオンの命令……お願いを聞いたジルクは、一瞬だけ驚いたような顔をして、苦笑した。
「申し訳ありません。そのお願いは聞けませんね」
「は?何で……」
「簡単です。お願いをする必要が無いからですよ」
「―――え?」
マリエ曰くその時のリオンの表情は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔だったとか。
◆◇◆
場所は移ろい、リオン達の喫茶店。
中の荷物の多くは学園祭の終了ということで運びだされ、昼間に比べると閑散としていた。
その場に居るのは、リオンとジルクに―――クラリスと、その取り巻き達。
何をしているのかと言うと―――
「クラリス。この度の事は―――本当に申し訳ありませんでした」
この場を用意したのはリオンだったが、ジルクが自分の意志でクラリスに謝っていた。
流されるままにこの場に立っていたリオンは、内心かなり混乱していた。
「(いや、どういう状況これ? ジルクの出すイケメンオーラが増してるし、あの数十分間で何があったんだよ!?)」
リオンのその疑問には、念話でルクシオンが答えを出した。
どうやらレースと平行して、医務室の様子も大まかにだが監視出来ていたらしい。
『どうやらジルクはヴァンに性根を叩き直されていたようですね。あの頬もヴァンが殴った物です』
「(そんな事してたの!?てかじゃあ肝心の本人はどこに居るんだよ。俺よりあいつがここに居るべきだろ)」
『ヴァンは現在、この校舎の屋根の上で昼寝中です。先程までアンジェリカとオフリー家の女子の争いを収めていたので、疲労が限界に達したのでしょう』
「(えぇ……)」
リオンとしてはその二人の争いについて聞きたかったが、今はそのタイミングでは無い。
クラリス先輩が涙目になっている。
「今更、今になって――遅いのよ! 私はずっと待っていたのに! あんた、あんな手紙一つで全部なかったことに出来ると思っていたの!」
「他の女性を愛した私が、貴方と居るのは失礼だと思った。そんな理由を付けて私は貴方から逃げた。だから今の私には―――行動で誠意を示すことしか出来ません」
そう言ったジルクが松葉杖を床に置き、腰を落として膝と頭を床に擦り付けた。
俗に言う土下座の姿勢で、足の骨がくっついただけの今のジルクでは、その姿勢を取るのにもかなりの痛みが伴うだろう。
クラリスの取り巻き達は、あのジルクが……?と困惑の表情を浮かべており、リオンも少し驚いていた。
クラリス自身も涙を零し、唇を噛み締めている。
「……今更、何が誠意よ!あんな女に誑かされて……私を捨ててまでそんなに欲しかったの? どうしてあの女なのよ! どうして―――私じゃ駄目なのよ」
「自分でも分かりません。けれど、彼女のことを愛してしまったんです。だから私は、これ以上貴方と関わるのを止めにしようとした」
言い訳なのか、本音なのか。
それはジルク本人にしか分からないが、一つだけ言える事として―――今の彼は、
「そうやってまた誤魔化すの? ジルク、貴方はそうやって本音を私に語ったことなんか一度もないじゃない! 今もそうやって謝るふりをして逃げるの?」
「これが私の素直な気持ちです。ですが、それを証明する手はありません。なのでどう言われようとも私には、こうする他ありません」
そう言って土下座を続けるジルク。
「お前、いい加減に―――」とクラリス先輩の取り巻きたちが手に武器を持とうとしていた。
まずいと思ってリオンが間に入ろうとすると――
「……もう良いわ」
「お嬢様?」
三年生の人、先程のエアバイクレースではリオンとしのぎを削った人が、クラリスを心配していた。
クラリスは涙を拭い、ジルクに告げる
「立って、
「……はい」
言われるがままにジルクがゆっくりと立ち上がると、クラリスが踏み込みつつ、右手でスナップの利いた平手打ちをジルクの
パチン、といい音が部屋全体に響く。
「これで終わり。貴方たちが手を汚す価値もないわ。もう、私はこんな男と関わらない。これからは他人よ。二度と関わらないで」
「申し訳ありませんでした。そして、今までありがとう……クラリス」
「呼び捨てにしないで! もう顔も見たくないわ!」
そうやって部屋から追い出されるジルクだったが、やけにスッキリしたような表情をしていたのがリオンの印象にに残っていた。
そして気付く。
―――なんか、俺だけ取り残されてない?
「俺も帰ります。この場には相応しくない」
「いや、少し待ってくれ」
そう言われるやいなや、リオンは男子たちに囲まれると、全員に頭を下げられた。
……一瞬、ボコボコにされるのではと想像していたのは内緒だ。
「せ、先輩!?」
「俺たちが呼び出してもあいつは来なかった。お前には――男爵には感謝しています。数々のご無礼、申し訳ありませんでした!」
『申し訳ありませんでした!』
理由の分からない先輩達の謝罪にリオンが困惑していると、少し離れた場所で亜人種の奴隷たちはその光景を眺めていた。
彼らに主への忠義など存在しない。
あるのは金で結ばれた契約だけだ。
「不満があれば殴ってくれても構わない。出るところに出ても良い。ただ、お嬢様は今回の件と無関係だ」
「それが通用するとでも?」
「駄目なら俺が責任を取るさ。命懸けでな」
万が一そうなれば、本当にそうするのだろう。
リオンがそう思うだけの貫禄が、その人にはあった。
ここまで忠誠を捧げられる主人がいるのも羨ましい限りだとリオンが思っていると、それを聞いたクラリスが立ち上がった。
「待ちなさい! 私がそんな事を許すと思っているの! ……全ての責任は私にあるわ。貴方たちは私の命令に従った。それだけよ」
「ですがお嬢様!」
責任の引き受けあいという現場を見て、リオンは呆れたように言う。
責任の引き受けあいって何さ、という指摘は兎も角。
「面倒な小芝居は止めて貰えますか。それに責任を追及しても面倒になるから嫌です」
「お、お前……そうか。許してくれるのか」
一つだけ、リオンには納得行かない点があった。
自分がジルクを連れてきたのだという先輩達の誤解を、訂正する。
……尚更本人がこの場に居ずに休んでるのを、内心で恨めしく思いながら。
「……一つだけ間違ってるんで言っておきますけど、ジルクを連れてきたのは俺じゃ無いですよ」
「そ、そうなのか?」
「俺が来たときにはジルクはもう、こうするつもりでいたみたいですね。 そしてそうなるように説得したのが、『ヴァン・フォウ・エルブレイブ』……俺の親友です」
「俺達にも出来なかったのに、あのジルクを説得か……。近い内に礼を言わないといけないな」
そう言って頬を掻きながら笑う先輩を見て、リオンは少し照れくさくなって視線を逸らす。
そしてクラリスも、今回の裏の功労者に対して思いを馳せるのだった。
「……私も、お礼をしないとね。彼の名前は―――ヴァンって言うのね、ふふっ」
まだ言葉を交わしてはいなかったが、きっと優しい人なのだろうと考えて、笑みを零した。
―――未だに、多くの問題が山積みとなっている。
当然全てが無くなった訳ではなく、空賊やオフリーなどの目下の問題も多い。
だが、その内一つの問題の解決と共に学園祭の幕引きを告げるのであった。
書き終わった後にやべーの書いたなって思った。
キャラ崩壊タグ無くても大丈夫だよね……?
ジルク:誰だよコイツ。
でも正直下げる所までsageた感があるので、今後は上がるだけな筈。
前回高評価をして下さった、
【☆9】
翔悟さん、ゴンゴさん、脳内チンパンジーさん、鬼饅頭さん、タルタルソースa10さん
ありがとうございますm(_ _)m