……五月。
今日を含むこの連休は、毎年恒例のお茶会だ。
各々の男子は招待した女子を、学園に数多く存在する茶室用の部屋を借りた後にセッティングしてもてなし、結婚への足掛かりとする。
俺?……察してくれ。
そんな訳で連休ぼっちの俺は、今日茶会を行うリオンの借りた部屋のセッティングを少し手伝っていた。
曰く、男爵家の次女が招待に応えてくれたらしい。
それで暇だった俺が善意一割冷やかし九割で手伝っている訳なのだが……
箱の中で丁寧に梱包されたマグカップを取り出す。
どうやらあの一件以降、すっかり茶狂いになったリオンは今回も熱の入れようが違うらしい。
これだけで間違いなく300ディアを超える代物だ。
「なあ、このティーセットは何処に置けばいい?」
「そこのテーブルに置いてくれ。高いから落とすんじゃねぇぞー」
そんなのは言われなくても分かる。
そんなこんなでかなり神経をすり減らしたものの、およそ十分後には綺麗な茶室が完成していた。
茶器や茶葉にお菓子。
家具の配置や清掃などのどれもに気を遣っていて、贔屓目なしに結構良い感じになっているのではなかろうか。
部屋の中央にはルクシオンが浮かんでおり、内装の確認を行っている。
『随分と手が込んでいますね。数週間前までは業者を入れて手早く終わらせようとしていたマスターとは思えません』
「だよなぁ。人ってこうも変われるものなんだな」
「おいそこ五月蠅いぞ。お前らも何か気が付いた場所があるなら言ってみろ」
そういうリオンの手には懐中時計が握られており、相手の来る時間を今一度確認していた。
やっぱり初めての事だから、内心は楽しみにしているのかそわそわとしている。
その横では、ルクシオンが溜め息を吐くような動きをしていた。
『私には理解できない世界ですね。遺伝子情報から最適なパートナーを選んでは駄目なのでしょうか?』
「お、いいなそれ。採用と言いたいが……」
「その遺伝子を確認できる人がいないから無理だな」
『ならば言うことはありません』
そんな他愛のない雑談を続けていると、もう相手の女子がやってくるまであと僅かだということに気が付く。
準備は―――うん、完璧だな。
じゃあ後は程々に成功を願っておこう。
「じゃ、頑張れよ。茶会が終わった辺りにまた来るから戦果を教えてくれ」
「おう、手伝いありがとな」
そうして軽く会釈して茶室部屋を後にした俺は、丁度いいから少しの時間潰しをするために昼食にしようと考えて廊下を歩いていると、道中で三人組の女子とすれ違う。
その瞬間は何も思わなかったが、ふと「はてな」と思った。
この辺りの校舎は皆茶会用の空き部屋なので女子が来るのは基本茶会の招待を受けてなのだが、だとしたら何故彼女等は三人組だったのか。
……リオンの様に一人呼ぶ所をなぜか三人アポ無しで行くことにしたとか?
まあそんな非常識なことは流石にしないか。
頭の中で悪い方向にいろいろなことが渦巻く。
ただ三人の女子を見ただけで、考えれば考えるほどネガティブな考えしか出ないのは、俺も無意識の内に随分と学園に毒されてきた証拠だろう。
軽く首を振って先程までの思考を放棄した俺は、空腹を満たすために外の飲食店へと繰り出すのだった。
◆◇◆
おおよそ三十分後。
「ふう…、食った食った。今の店結構良かったし、今度あいつらも誘ってもう一度行くか……」
特に調味料の中でも香辛料が凄かった。
大量に掛けても何も言われなかったし、調味料運んできてくれた店員や料理作ったらしき人も、顔面蒼白になったり泡吹く程度で済んでたから大丈夫だな。ヨシ!()
「――んぁ?何だアレ…?」
そうして学園に戻るまでの道を歩いていく中、そこそこのサイズの馬車が自身の横を通り過ぎていった。
それだけなら何もないが、同じ様な馬車が何度も何度も同じ方角に向かって走って行く事に疑問をおぼえる。
「(確かこの前女子達が話してた……ええと、何だっけか……。――ああそう、フィールド家だ。うちのお隣さんの)」
自分の特段優れているわけでもない頭を回転させて記憶を遡ると、一つ心当たりがあった。
今日は確かフィールド辺境伯家の息子が大規模なお茶会を開くとか周りが言っていた筈だ。
この多くの馬車は大方そのお茶会に向かうのに女子達が利用している物だろう。
リオンの茶会は丁度この時間に終わる。
まさかとは思うが―――相手の女子にとってはフィールド家のこの茶会が本命で、リオンのは唯の時間潰しだっていう可能性、ある?
流石にソレはリオンが気の毒過ぎるので出来ればこの最悪な可能性は杞憂であって欲しいのだが……。
そんな事を道すがら考えていると、気付けばリオンの用意した茶室の目の前に。
近くの廊下には先程までは無かったはずの紙片が所々に落ちており、ここで何かがあったのかと不審に思わざるを得ない。
まあリオンの茶会自体は終わっている筈なので、少し驚かした後で聞けばいいか。
静かにドアノブを握り、ゆっくりと右に回す。
そしてその直後俺は、ドアを蹴破るかのように勢いよく開けた。
割れそうな程に大きな木材同士がぶつかる音が部屋中に響き渡り、その音と共に俺は滑り込むように部屋へと侵入した。
「待たせたな!!」
「ひゃあっ!?」
―――ん?
なんかリオンにしてはやけに声高くないか?
予想外の声でふと我に返り、前を見れば呆れの色を表情に宿して呆然としてこちらを見ているリオンの姿が。
……じゃあ、今の声の主は?
ギギギ……と壊れたロボットの様に恐る恐るそちら側に振り返って視線を向けると……
「―――あ、こ、こんにちは……」
おずおずと気まずそうに挨拶をしてくる茶会で呼んでいた女子とは別の女子―――というか特待生が居た。
……あかんこれ、やらかした。
と、今更考えても遅い後悔を胸中に宿しながら、必死にどう弁明しようかと考えるのであった。
◆◇◆
数分後。
何とか俺が跡形もなく破壊した部屋内の朗らかな空気も戻ってきて、一応二人からも許して貰えた。
いや本当に二人が菩薩並みに優しくて助かった。
「いやホントすみません……えぇと……」
「あ、自己紹介しないと……。オリヴィアです」
「ヴァンです。人呼んで『ヴァン・ザ・ナイスガイ』」
「分かりました、ナイスさんですね!」
待ってなんか変な方向に誤解されちゃったよ。
粗相をしないように家名の方で呼ぼうとしたんだろうけどなんか逆に裏目に出ちゃってるよ。
すると横からリオンがそのオリヴィアの間違いを指摘する。
「……オリヴィアさん、からかわれてるぞ。それは名前じゃなくて渾名みたいな物だ。あとお前もそんなにふざけるなよ」
「え?そうなんですか?」
頷いてその問いを肯定する。
それで何とも言えない複雑そうな表情を浮かべるオリヴィアさんだったが、俺に対し特に何か言ってくることは無かった。なんかごめん。
じゃあ改めて名乗ろうか。
「ヴァン・フォウ・エルブレイブだ。別に無理して敬語は使わなくても構わないぞ」
「いえ、今が自然体なので大丈夫です。―――あれ?それにしてもその家名、どこかで……」
そう言ってうんうん唸るオリヴィア。
……もしかして、
俺もソレの存在を知ったときは割と本気で驚いたし、爺さん達がお伽噺になってリアル空想上のヒーローみたいなムーブ地で行ってる事実にも驚いたからな。
そう考えていると、リオンのぱちぱちと手を打つ音が静かな部屋に響き返る。
「あー、本題から逸れてたから無理矢理戻らせて貰うぞ。オリヴィアさん、確か大まかに言うと『女子の中の暗黙のルールを知りたい』だったよな?」
「はい……」
「安心してくれ。一人心当たりがある」
「本当ですか!」
わお、笑顔が眩しい。
それにしても心当たりか……確か学園に姉が居るんだったか? ならそこから色々教えて貰えば解決だな。
―――俺の出番は無さそうだが。
◆◇◆◇◆
時は経ち五月半ば。
俺達は日頃の授業の成果を発揮する場として用意された、ダンジョン攻略の授業を受けていた。
元々冒険者というのは国が管理している立派な職業で、先祖が冒険者である貴族たちも先祖に倣って最低一度は冒険者になる。
この学園でも原則、上級クラスに関係なく全員が冒険者ギルドで冒険者登録を行う義務がある。
その影響か休暇中等に冒険者として金を稼ぐ生徒たちは多く、かくいう俺もダンジョンに行って小遣い稼ぎをする者の一人だ。
今の所そこまで無理矢理突き進んだりはしていないが、それでもソロで九階辺りまでは行けてる。やったぜ。
そんな中行われた授業で俺は―――俺達は、周囲の人々の雰囲気に呑まれかけていた。
「ダニエルもレイモンドも友達が困っているのに逃げ出しやがった。いや、俺も同じ状況なら逃げるけど。逃げるけども!」
「そう言うなよ。ここは大人しく流れに身を任せたほうが楽だと思うぞ?」
「……お前はさあ、取り敢えず俺と同じくらいの防具つけてこいよ。致命傷貰ったらどうすんだよ」
そう言ってジト目で睨んでくるリオンは基本的な装備に身を包んでおり、その隣には、同じく普通の装備を身につけたオリヴィアが立っていた。
俺はまあ―――当然のように
……胸当てのような、見ればわかるそれらしい防具は皆無なので先生の説得は一苦労だったが。俺だけかもしれないけどアレ着ると凄い動きにくいから着たくない。
「ご、ごめんなさい。アンジェリカさんがどうしても参加して欲しいと言うので」
申し訳無さそうにしているオリヴィアを尻目に、自分たちの周りを見渡す。
俺達は皇子を始めとする名門たちが集う、途轍もなく格式の高いグループに回されてしまったらしい。
特に有名な奴らだけでも、皇子にその側近、剣聖の息子に実践主義で腕自慢の冒険者。あと辺境伯の息子。
そんな五人が揃い、彼等の取り巻きの中でも腕の立つ奴らが護衛のように周囲を固めている。
その錚々たる面子の中におまけのような形で何故か俺達が混ざっている形だ。
大方、保険として俺達にダンジョン内で皇子達の護衛をさせたいのだろう。
実家から連れてきた騎士や兵士を連れ込むのは当然無粋とされるし、周囲も実家の力を利用しただけの根性なしと思うだろう。
だがしかし、自分で言うのも何だが、俺やリオンのように同年代で実績が飛び抜けた奴がいれば、ただ一緒に行動しただけとか理由……悪く言えば言い訳が出来るらしい。
詳しいことは俺にはよく分からないが、外から強い騎士や兵士を勝手に連れてきて貰っても学園からすれば困るので学生を使って内側で問題を片付けさせているのだろう。
そんな学園側の思惑や、何故か公爵令嬢の行った推挙などの様々な理由が重なってこんな事になったようだ。
でもまあ……今から授業で俺たちが入るのはこのダンジョンの三階層まで。
いわば初級も初級で、護衛なぞ連れなくても普通に踏破出来る程度のレベルである。
故に授業でのダンジョン攻略は、半分歩くだけの散歩の様なものであった。
周りを見れば人数的には三十人くらいの集団。
その中には皇子の婚約者の公爵令嬢も混じっており、男女に関係なくダンジョンに入るのは決まっているというルールのお陰だろう。
「それにしても、呼ばれた割には声もかからないな」
「こちらから声をかけるべきでしょうか?」
「どうかな? 出しゃばりと思われるだろうし、指示に従っておく方が良いかも」
リオンの言う通りだろう。
この状況下において、俺達三人はかなり浮いている。
その証拠に周りからも少し距離を取られている気もするし、隅で大人しくしたほうが安全だ。
教師が全員を前に簡単な説明を開始する。
「それでは、班を作ってください。今回はダンジョンの地下三階に到達したら戻ってきて貰います。それ以上先には進まないように」
そうして各自六人班を五つ作ることになったが特に別行動をする事は無く、基本全員固まっての行動らしい。
最重要警護対象の皇子たちを中央にして、俺たち三人は実力があるということで一番前を歩くグループになった。
―――しかし、班分けの最中に事件は起こる。
「身の程を知れと言っている!!」
怒気を孕んだ公爵令嬢の声はダンジョン内で反響し、周囲全体に響き渡った。
その声に驚いた俺含む全員が声のした方へ振り返り、その先の視界に映ったのは―――マリエの前に立つ、公爵令嬢の姿だった。
引率の女教師はまだ若く、公爵令嬢が相手とあって何も言うことが出来ずにオロオロとしていた。
何事かと思い周囲の人達の会話を聞き取ると、どうやら班分けの最中に揉めたらしい。……お前ら小学生か?
当人のマリエはよりによって皇子の後ろに隠れていた。
……公爵令嬢と皇子は婚約関係にある筈だが、それを分かっていて態とくっついているのか?
だとすればかなり不快だぞ。
「アンジェリカ、もうそこまでにしておけ」
「殿下、この者のわがままをお許しになるのですか?」
二人が言い争いを続ける中、マリエは皇子の後ろでうつむいていた。皇子の袖をおずおずと指でつまみ、か弱い女子の演技でもしているのだろうか。
「殿下、私……殿下と一緒が良いと思っただけです。迷惑なら断っていただいても構いません」
マリエのその言葉が琴線に触れたのか、公爵令嬢が噛みつくように怒声を浴びせた。
「図に乗るな! お前と殿下とでは身分が違う。今まで大目に見てきたが、お前がそのような態度なら――」
―――結構短気だな、公爵令嬢。
まあ誰であろうと婚約者が目の前で別の女に言い寄られていたらああもなるか。
「……あのマリエって女、何かおかしくないか?」
「そ、そういえば、最近は私よりいじめが酷くなりましたね。周りが言うには貧乏な子爵家の娘だとか噂されていましたけど」
不信感を顕にするリオンに対し、オリヴィアが少し考えるような素振りを見せる。
子爵家は王国でも結構不遇なポジションで、男爵家よりも領地の規模は大きいが、家によっては爵位に見合った領地を持っていたのは過去の話。
現在は借金を抱えていたりだとか領地が小さいという例はいくつもある。
……うちの場合はその真逆で本当に良かったと思う。
「婚約者の前であそこまですり寄るとかあり得ないよね」
「あの子、他の男子とも仲良くしていたよね?」
「信じられない」
周囲も公爵令嬢に同調し、完全にマリエを叩く雰囲気が生まれ始めている。
このまま周囲によって険悪な状況が悪化していくと思われた次の瞬間―――
「―――いい加減にしろッ!!」
皇子が大声を上げ、その圧に尻込みした生徒たちも即座に口を閉じた。
公爵令嬢も「で、殿下?」と困惑の声色を上げている。
この状況もきっといい感じに両方を宥めて和解に持って行ってくれるんだろうなと俺が安心していた矢先―――皇子とマリエを庇うように立った『緑』を見て、自身の表情がサーッと抜け落ちていくのを感じた。
「アンジェリカさん、あまり殿下を困らせないでいただきたいですね」
「困らせる? 私が困らせているというのか? 私は殿下のためを思って――」
その言葉に噛みつくのは、後ろの方で暇そうにしていた赤髪だった。
自前の槍を担いで煩わしそうに目を細めている。
「そういう態度が迷惑だって言うんだよ。学園にまで外の関係を持ち込むな。見ていてイライラするぜ」
有力貴族の跡取りの言う言葉に、周囲は何も言い返すことができない。
それを見ていた俺は―――胸の奥がどんどん冷えていくのを感じていた。
無意識に彼等を見る目が細まり、不愉快に思う。
『あいつら―――一体何を言っているんだ?』
沸き起こった感情は―――呆れ。
曲がりなりにも自分との婚約者なら、どのような状況であれ味方につくものなのではないか?
そして何故その側近がその愚行を窘めるどころか、一緒になってその女子の肩を持つんだ?
挙句の果てには―――何故関係のない赤髪まで出張ってきて公爵令嬢を批判する?
筋が通っているのは公爵令嬢の方だろうに、理解に苦しむ言動を繰り返している彼等に呆れ果てて二の句をつぐことさえ忘れてしまう。
彼らに対して憤る訳でも無く、ただ純粋にその言動と行動を理解することが出来なかった。
そんな失望にも近い感情を抱く中、殿下は周囲のソレを意にも介さず教師に話しかけていた。
「申し訳ない。俺たちはここにいるマリエと組む。後は適当に編成してくれ」
「は、はい!」
教師が慌てて何度も頷いていた。
唖然とする公爵令嬢を無視して、その三人とマリエに加えて紫髪の奴と水色の奴も加わり、六人で別の方へと歩いて言ってしまう。
それを見て俺は、この先何か厄介なトラブルが起きなければいいが……と、将来のことを危惧するばかりであった。
【王国勇者伝説】とかいう全盛期勇者爺達の活躍を綴った本(ノンフィクション)は王国で1000万部超えの大ベストセラーらしいよ。
そして五馬鹿(特に緑と青)とヴァン(本物)の相性は恐らく最悪だと思われる。
流石にあれだけ良い相手で浮気はいかんよ。
ヴァン:皇子達五馬鹿の屈指の謎ムーブに困惑。
彼らが嫌いとか殺意を抱いたとかではなく、ただ純粋に呆れてしまった。
……あれが将来の国王とかマジ?
前回高評価(誕プレ)をしてくださった
【☆10】
碧瑠璃さん、Dadagaさん
【☆9】
カフェイン之キワミさん、Asuhaさん、田中読者さん、A-kiさん、黒政さん、ノンシュガーレスさん、pose195さん、月曜の憂鬱さん、げーむさん、HIRENさん、N-Achtさん、ぬまさん、チックタックさん
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