迷い込んでしまったのはポストアポカリプスな世界でした(旧題:ポストアポカリプスなう!) 作:abc2148
今年もよろしくお願いします。
部屋に入って来た人物の容姿には特段目を引き付ける特徴はない。
アジア系の顔立ちをした青年であり、酷い不細工ではなく美形という訳でもない。
敢えて特徴を挙げるなら荒事とは無縁そうな穏やかな表情をした好青年といった所だろう。
多種多様な人種と民族のサラダボウルであった連邦という巨大国家を知る二人から見れば、ノヴァという青年は簡単に群衆の中に埋もれてしまう程に没個性的であった。
「初めましてMr.ノヴァ。私達は<連邦復興委員会>の委員長を務めていますギャビン・マーシャル。こっちが補佐を務めるヘンリー・ニューサムです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
挨拶としてノヴァから差し出された右手を二人は交互に握手を行う。
その際に二人は青年の手が傷だらけであり、火傷の跡や細かなタコがある事を手の感触を通して機敏に感じ取った。
「それで、コミュニティーの生活はどうですか?」
「順風満帆とはいきません。それでも着の身着のままで放り出されないだけで有難いものです」
「そうですか。私自身はコミュニティーの創立に一切の関与が出来なかったので、気になっていたのです」
現場主義であり活発な人物であると、最初の挨拶と手の感触という些細な情報から二人は青年の人柄を大まかに察した。
そして、優しさと配慮を合わせた青年の答弁は礼儀正しさと道徳心の高さを表している。
だが、話した限りでは彼個人に強力なカリスマ性がある訳でもなく、改めて容姿を観察しても特別目を引く様な特徴がある訳でもない。
総合的にノヴァという人物を評価するのであれば、高い水準の道徳心と礼儀を備えた利発的な研究者か技術者だと言えるだろう。
それが二人のノヴァに対する人物評価であり、それは<連邦復興委員会>が集めた数少ない情報から割り出した人物評価とも一致していた。
それだけであれば、二人にとってノヴァという青年は好感に値する人物程度に留まっていただろう。
「足りないものを挙げれば際限がありません。ですが、委員会を中心にして一先ずは生存可能な土台を築く事を最優先としています」
「此方でも事情は確認しています。万全とは断言できませんが当分の間は支援を継続するつもりです」
「ありがとうございます」
──だが、その没個性的な青年が立場と権力……それも、現在の世界の覇権を握っているという事実を付け加えれば、評価はガラリと変わる。
「此方が我々のコミュニティーの現状になります。<木星機関>からの支援で漸く形になってきましたが我々が掲げる目標には届いていません」
「こればかりは一朝一夕で出来上がるものではありません。試行錯誤と経験を重ねて一歩一歩慎重に進めるべきです」
「委員会も同じ考えでコミュニティーの構築を進めています。ですが前代未聞の状況、特にミュータントによる定期的な襲撃は市民にとって精神的に大きな負担となっています」
文明と呼べるものが自然に吞み込まれ、荒れ地のみが広がる世界だけであれば不満はありつつも絶望する事は無かった。
嘗ての何もない新大陸に足を踏み入れ、連邦建国の礎になった先祖に倣い荒野を切り開いていけばいいのだとコールドスリープから目覚めた市民達は考えていた。
荒れ地を鍬で耕し種を蒔き、土地を喰い荒らす獣を銃で追い払い、一面黄金色に輝く麦を刈り取り、麦袋を満載した馬車で道を作る。
それは連邦の輝かしい歴史を再現するに等しく、その当事者に選ばれたのだと一部の市民は声高に叫んでいた。
──だが彼らの目の前に広がっていたのは汚染された大地、野生動物とは比較にならない凶暴さを持つミュータントが蔓延る地獄であった。
現実は非情であると突き付けられた人々の楽観が諦観に、希望が絶望に変わるのに時間は掛からなかった。
そして、過去の偉業の再現が夢物語であるのだと突き付けられた人々はミュータントに食い殺されない住処を、身体が汚染されない清浄な空間を第一に求めた。
それから地獄の様な世界を生きる為に人々が集まり結成された<連邦復興委員会>が企画して実現に漕ぎ着けた<木星機関>のトップを務めるノヴァとの面会。
その第一回目となる面談の目的は、現在構築の最中にあるコミュニティーへの継続的な支援の確約を取り付ける事であった。
そして、ノヴァの口から継続的な支援という言葉を引き出せただけでも二人にとって大きな成果であった。
「<木星機関>に提出した報告書の中身は全て最新ものです。そして此方が建設を予定しているコミュニティーの概要になります」
「……これはまた、コミュニティー全体を要塞化するつもりですか?」
「それだけ多くの市民は外を恐れています。現状の委員会としてもコミュニティーの安全を高める為には要塞化は欠かす事は出来ません」
基本方針として地上はコミュニティー防衛の為の軍事施設が集中配備され、住民の殆どが地下で生活を営み、生活空間の拡張は地下を掘り進めることによって賄う。
コミュニティーの出入り口となる地上部分を強固な壁で囲み外部からの侵入を阻止すると同時に、壁の上部には多数の銃火器を配備して襲撃してきたミュータントを撃退。
地下の生活空間では核融合炉による安定的な電力供給によって多数の食料生産工場を運営して食料自給率を向上させ、外部からの食料供給依存を低く抑える。
ノヴァに提示されたコミュニティー建設計画は嘗ての連邦が構想していた巨大地下シェルター構想と非常に似通っているものであった。
或いは、地下シェルター構想に地上への恐怖が加わり要塞建設計画として生まれ変わったと言っていい代物である。
「……<連邦復興委員会>の計画は理解しました。ですが計画に必要される諸々の物資を含めた援助は機関であっても荷が重いです。何より、計画そのものが“我々が善意で行える援助”の限界を超えている事ははっきりと言わせて頂きます」
「其方は将来的な計画です。当面の間は四方を壁で覆う程度に留め、地下開発はずっと先の話になります」
<連邦復興委員会>の二人としても最初から全面的な協力が得られるとは考えていなかったのか、間髪入れずに別の計画書を差し出す。
その中身はコミュニティーの規模を縮小化して、地下開発を見送ったものでしかない。
だが、先程の要塞化と比較すれば現実的な数値に纏まっており、ノヴァとしても納得できるものであった。
「……此方の方が現実的です。第一案は当て馬という事ですか?」
「そうなります。ですが状況が変われば有力案の一つでもあります」
<連邦復興委員会>としては第二案こそが本命、要塞化は後から出される第二計画に対する当て馬である。
だが、市民の安心させる為の要塞化も状況によっては実現可能な選択肢であると二人は考えていた。
そのカギを握るのがノヴァであり、好意的な反応があれば二人は要塞化を強く要望するつもりだった。
「……それはいいのですが、何故試すような真似をするのですか?」
だが、二人の強かな行為がノヴァにとって好意的な目で見られるかどうかは別である。
可能な限り誠実に受け答えをしようと思っているノヴァにとって自分を試すような行動をする二人には若干の苛立ちがあった。
自身よりも長い人生経験に基づく交渉術であるとは理解しているが、感情は別なのだ。
「最初から第二案を出さず、貴方を不快に感じさせたのなら謝罪させて欲しい。我々<連邦復興委員会>としては計画に賛同を得られなかった事実が必要だったのです」
「謝罪は受け取ります。私としては出来る事、出来ない事を誠実に答えるつもりなので一計を案じる必要はありませんよ」
「ありがとうございます。ですが、我々としては増長するだろう市民に釘を打つ為の仕込みとして貴方の不興を買ったという事実が欲しいのです」
「不興を買う? それ程までにコミュニティーの統制が難しくなっているのですか?」
「目が覚めた我々には財産と呼べるものは殆どありません。そんな自分達に無償で援助をしてくれた貴方に市民は感謝するでしょう。ですが感謝の気持ちは長続きしません。遠からず援助が不足していると不満を漏らす人々が出てくるでしょう。そして、それが多数派になれば委員会でも止められません」
コールドスリープから目覚めた市民の大半は財産と呼べるものは無い。
連邦の救済措置により施設では最小限の手荷物の保管が可能であったが、スペースの都合上大量に落ち込む事は許されなかった。
その結果、多くの人が何時か目覚めるだろう未来まで保管しようとしたのは書籍やアルバムといった記録媒体か煙草等の嗜好品等が殆どであった。
だが連邦政府の計画が破綻した事により、永い眠りから目覚めた人々は先立つものが一切ない状況に置かれてしまったのだ。
人間の生存に欠かせない食料や水は一切なく、記念品として持ち込まれていた少数の連邦通貨に至っては無価値な紙屑となっていた。
だからこそ、市民達の中には<木星機関>の事を連邦政府の後継組織であると考えて必要以上の保証を求める人々が現れ出したのだ。
「我々の生存には貴方という存在が不可欠であり、我々の生殺与奪を握るのも貴方なのです。ですから可能な限り関係が拗れるのは避け、最悪の場合でも私の首一つで収まるようにしたいのです」
「民主主義の悪い点といった感じですか」
「その通りです」
もしアンドロイド達の援助が無ければ多くの人々は餓死かミュータントに喰い殺されていただろう。
建造途中のコミュニティーに関して言えば食料の安定供給には程遠く、継続的な支援が得られなければ簡単に破綻してしまうのだ。
此処で善意の支援者であるノヴァが見放せばどうなるか、理解出来る市民もいるが全員ではない。
そして<連邦復興委員会>には暴走する市民を押さえつける強権は無く、暴走する民意を止めなければ委員会も引き摺られてしまう。
「だからこそ、汚れ役が必要なのです」
自分達に“善意からの協力”を行う地上における最大勢力の限界を見極める必要が<連邦復興委員会>には必要だった。
その行動が自分達の所属するコミュニティーの生殺与奪の権を握る重要人物に対する不興を買うに等しい行動であっとしても。
そして、ノヴァと委員会を悪者にせず汚名を被り、暴走の兆候を見せる市民への頸木となる覚悟が二人にはあった。
「……私としては聞きたい事があります」
「何ですか?」
「貴方達は現代に、今の世界で目が覚めたくなかったと……、アンドロイド達が行った事が貴方達にとって不利益であったのではと考えていました」
「それは……」
思い詰めた表情をしたノヴァが二人に尋ねたのはコールドスリープから目覚めた市民にとっては一種のタブーである事柄である。
望んでいた未来とは異なる地獄の様な世界で生きる事を強いられる、それについてどの様に考えているのかノヴァは知りたかった。
だが、当事者である二人にとってはこれ程に答えにくいものはなかった。
「……確かにコールドスリープ状態であった我々にとって現在は予想外にも程があります。ですが尤も責められるべきは約束を反故にした連邦政府です。実際に様々な意見が委員会の内部にもありますが、現状の責任の所在については連邦政府にあると真っ先に見解の統一を行いました」
確かに目覚めた時に広がっている荒廃した世界を見て絶望した人々も、悲しみに暮れた人々も、怒り狂った人々もいた。
こんな世界で目覚めさせたアンドロイドに対して恨みを持った人もいた。
どれも誤魔化しようがない事実であるが、今も生きて答えられるのはアンドロイド達の協力があったのも事実である。
だからこそ、<連邦復興委員会>は“全ての責任は約束を反故にしたのは連邦政府にある”とコミュニティー内の考えを統一させたのだ。
それは、統一させておかなければ後々の交渉で問題になると考えていたがための行動であったが、市民達の思考を転換させる切っ掛けでもあった。
「そうですか。それを聞いて少しだけ安心しました」
そんな二人の説明が功を奏したのがノヴァの表情には安堵があった。
そして気持ちを切り替える事に成功した二人は提出した計画書を基に今後の支援内容についての話を切り出した。
「それでは今後の協力内容に関しては我々が提出した計画を参考に決めていく。その認識で宜しいですか?」
「<木星機関>としてはそのように考えています。ですが際限のない支援は我々であっても困難である事は知っておいて下さい」
「分かりました。とは言っても提出した計画書に関しては初版なので、計画の中身も定まりきっておらず後々変更が生じるかもしれません」
「その際は双方相談の上で慎重に決めていきましょう。絵に描いた餅、ペーパープランであるのは此方も重々承知しています。それでも大まかな方針を定められた事は評価すべきでしょう」
「ありがとうございます」
「それで現在行っている援助に加えて何をお望みですか。全てとは言いませんが、可能な限りご要望には添いたいと考えています」
ノヴァの言葉を聞いた瞬間、二人の目の色が変わる。
<連邦復興委員会>に所属する二人にとっては此処からが正念場であり、紙に書かれただけのペーパープランを実現する上で欠かせない<木星機関>の協力を取り付ける重要な機会なのだ。
「先ずは計画書に書かれているのは大まかな方針として食料自給率の向上、エネルギー供給の安定化、医療品の供給、外部からの防衛戦力の向上に関して話を進めさせて頂きます。先ずは安定した食料供給の為に、其方で利用されている食料生産工場の建設を<木星機関>に依頼したい」
「其方で施設を運用できるだけの人材と水の用意が出来れば問題は無いでしょう。ですが施設を運用する為の電力調達は如何しますか?」
「其方が各地のコミュニティーに提供している小型核融合を検討しています。設備自体をブラックボックス化しても此方には一切問題はありません」
「既に現地のコミュニティーにも条件付きで発電ユニットを提供しています。これも大きな問題はないので可能です」
「医薬品の安定供給と合わせて医療機器の提供を依頼したい。此方には医療従事者がそれなりの数いるので彼らの能力を出来るだけ早期に活用したい」
「医薬品に関しては生産拡大を行っていますが当分は品薄の状況が続きます。希望する量が全て納入されるとは断言出来ませんが必要最小限は納入させましょう。また医療機器ですが此方は高精度が要求される代物なので量産に時間が掛かります」
食糧、エネルギーに関しては大きな障害も無く非常に前向きな返事を得られただけでも二人には大戦果である。
反対に医薬品と医療機器については状況が改善するのを待つしかないが、現状の世界を考えれば継続的に取得できるだけでも大きな収穫である。
だが、連邦時代の様に湯水の如く医薬品や医療機器は使えない為、今後のコミュニティーでは衛生管理の徹底による予防が重要になると二人は考えた。
そして、二人は今回の交渉において最も困難を極めるだろう防衛戦力の向上について話を切り出した。
「武器の供給を依頼したい。此方が現在のコミュニティーに所属する元連邦軍人で結成された自警団が作成した防衛計画に必要とされる武器兵器の一覧です」
「小銃を筆頭とした各種銃器、戦闘用外骨格、手榴弾等の爆発物に加えて戦車に攻撃ヘリに装甲偵察車両等々、さしずめ連邦陸軍の再建の先鋒と言った感じですね」
「現時点ではコミュニティー防衛に主眼を置いています。これでも一部の軍人は足りないと言っている程です」
「流石、連邦軍といった所ですか」
純粋にコミュニティーの防衛を考えて算出された兵器一覧を見てもノヴァの顔色が変わる事は無い。
それは自身が作り上げたアンドロイド軍団の脅威とはならないと判断しているからだと二人は考えた。
だが、二人の予想に反して計画書を読み進めていたノヴァはある一点で目を止めた。
「多目的戦闘用アンドロイド……。これは一体?」
「其方で生産している戦闘アンドロイドを
「うん?」
危険極まりないミュータントとの戦闘において各種兵器の提供も重要ではあるが、<連邦復興委員会>にとっては貴重な軍属の死亡を減らす戦闘用アンドロイドの供給こそが本命であった。
死なず恐れず、量産性に優れ高度な自立判断を可能とする<木星機関>のアンドロイドを間近で見て来た委員会にとってアレは理想的な兵隊であるという認識であったのだ。
各種人間用の兵器提供が叶わずとも、アンドロイドの安定的な供給が叶えば<連邦復興委員会>としては問題にならないとさえ考えていたのだ。
──だからこそ彼らは其処に致命的な認識の違いがある事に気が付かなかった。
彼らが下手を打ったわけではない。
結論から言えば相手が悪かっただけなのだ。