迷い込んでしまったのはポストアポカリプスな世界でした(旧題:ポストアポカリプスなう!) 作:abc2148
無一文に等しい市民達がバラバラに荒野に投げ出される事はなかった。
ミュータントと戦う事も碌にない物資を費やす事無く、即席の居住地を与えられた。
纏まって生活する事を許され、生活基盤の再建に妨害なく取り組めた。
当面の食料と水が安定的に供給され、敵から身を守る武器も提供された。
終末世界を題材にしたフィクションにありがちな横暴な支配者はおらず、理不尽な命令が下される事も無い。
<連邦復興委員会>が結成され、コミュニティーの舵取りを担う事になっても大きな横槍が入る事も無く受け入れられた。
地獄の様な世界に目覚め、適応する為に市民達は必死だった。
だが、理不尽に適応する時間と余裕は与えられていたのだ。
全てが順調に思えた。
いや、全てが順調に進み過ぎたのだ。
成熟した、或いは陰謀渦巻く連邦の政治を知る二人にとってノヴァという人間は都合がよすぎる存在であった。
長い眠りから目覚めた連邦市民達に対して惜しみない援助を行う理解ある支援者。
支配をせず、無法な振る舞いをしない善意の塊の様な人間。
そんな人間で出会ってしまったからこそ、彼らは自分達が幸運である事を頭では理解していても、実感として気が付くのに遅れたのだ。
「多目的戦闘用アンドロイド。それを供給して欲しいという話で間違いないですか?」
「……その通りです。我々は其方で生産・運用している多目的戦闘アンドロイドを供給して頂きたい」
推薦であっても<連邦復興委員会>のトップを担う二人の政治能力は高い。
だからこそ、人々から聞き取ったとった希望を取り纏め、取捨選択を重ねた上でコミュニティー運営において何が必要なのかを慎重に判断を重ねた。
そして、支援者であるノヴァとの面会においては数少ない専門家を集め、議論に議論を重ねた上で要望を纏めたのだ。
その甲斐もあり、彼らはノヴァから色よい返事を引き出す事に成功したのだ。
──アンドロイドの供給という一点を除いて!
「そうですか……」
面会が始まってから初めて両者の間に緊張が駆け巡り、二人は自分達が口にした言葉の中に問題があったのだとすぐに悟った。
だが問題があったと理解しているが、何が問題なのかが二人には分からない。
だからこそ、予め想定していた答弁の一つを口にするしかなかったのだ。
「懸念点も理解しています。つきましては供給されるアンドロイドに関する遠隔操作権は其方が握っていても此方としては問題ありません」
「遠隔操作権?」
「はい、<連邦復興委員会>としてはミュータントとの戦闘を主な用途として使用する予定ですが、それはあくまでも自衛の範囲内に留めます。また、活動の際は事前に行動予定を提出して<木星機関>の妨げにならない様にします」
「主な用途?」
「そうです。我々はアンドロイドを用いて貴方に対抗するつもりは一切ありません。もし言葉が信用できないのであれば安全装置を組み込んで下さい」
もし支援者であるノヴァがアンドロイドの供給を渋った場合に考えられる理由は何か。
<連邦復興委員会>に所属する専門家達が頭を捻り導き出した理由は主に二つ。
・<木星機関>の戦力の中枢を担うアンドロイドの流出による戦力低下を危惧。
・供与したアンドロイドを同意なしに分解・解析した後に秘密裏に行われる所有権の書き換えに対しての警戒。
他にも幾つか考えられたが、<連邦復興委員会>はノヴァがアンドロイド供給に抱いている危惧を主に安全保障上の面から二つに絞っていた。
そして、ノヴァの危惧を解消するのは誠実な言葉などではない。
不測の事態を見越し、未然に防止する安全装置の有無こそがノヴァの危惧を解消する唯一の術であると専門家達は結論を出した。
そして<連邦復興委員会>側としても、安全装置の有無でノヴァの信用を買えるのであれば安いものであると考えていたのだ。
「……供給するアンドロイドに搭載するのは<簡易人工知能>でいいですか?」
だがノヴァの返事は二人の望んでいたものでは無かった。
それどころか専門家達の予測には無い、想定外にも程がある言葉であった。
「失礼ですか、簡易人工知能とは何でしょうか?」
「文字通りアンドロイドに搭載される人工知能を簡易化したもの。端的に言えば電脳を用いず、簡単な受け答えと指示通りの行動しか出来ない廉価品です」
開発者でもあるノヴァが二人に提案した<簡易人工知能>の性能は、アンドロイドが搭載する電脳には遠く及ばない。
高度な処理機能も自己判断も出来ないが、機体を十全に動かすだけの性能は持ち合わせ、構造の簡易化により電脳よりも量産に向いた装置である。
何よりミュータントとの戦闘を任せるだけならば高度な自立思考は不要であり、人間が遠隔で都度指示を出せば要求を満たせるとノヴァは考えたのだ。
「簡易人工知能の性能は?」
「我々が運用しているガーディアンに搭載されています。此方に載っているデータの様に高度な自律思考は不可能ですが、ミュータントとの戦闘であれば問題はないでしょう」
簡易人工知能の性能に疑問を抱く二人に、ノヴァは多脚重装警備ロボットとミュータントとの戦闘データを見せる。
映像には押し寄せる大量のミュータント群れと相対する様に一体のアンドロイドと多脚重装警備ロボット4台の一組が映っている。
数という点で見ればミュータント側が圧倒的である戦闘だが、指揮官である電脳を持ったアンドロイドの適切な指示により多脚重装警備ロボットは押し寄せるミュータントを難なく蹴散らしていく。
「成程、確かに簡易人工知能も充分に選択肢となります」
指揮官役のアンドロイドの様に多脚重装警備ロボットは高度な自律思考を持たないが、機体性能を十分に発揮出来れば簡易人工知能でも戦闘には一切の支障がない。
戦力再建に頭を悩ませていた二人にとって一連の戦闘映像は非常に興味深いものであり、即答こそは出来ないが選択肢としても充分に考えられるものであった。
そして、二人は高度な自立思考を持つアンドロイドではなく簡易人工知能を搭載した兵器をノヴァが勧める理由も理解出来た。
「貴方の考えは理解しました。我々としても支援者である貴方に過度な負担を強いた事を謝らせて下さい。簡易人工知能の性能がデータ通りであるのなら自立思考型のアンドロイド供給は絞る事が出来ます」
「……絞るではなく、供給するアンドロイド全てを簡易人工知能に置換できませんか?」
「それは流石に無理です。簡易人工知能で幾らか代替出来るとしても、戦力の中核として自立思考型のアンドロイドは現状不可欠な物です」
確かに簡易人工知能の性能は限定的であるが、使いどころを間違わなければ十分に戦力として通用する代物である。
しかし、<連邦復興委員会>の策定した戦力再建計画において全てを置換できる程の性能は有していないのも事実なのだ。
「ではどのレベルの人工知能を搭載したアンドロイドが欲しいのですか?」
「高度な自立思考を備え使用者の命令には絶対服従。人間用に作られた道具の流用と小規模な装備換装だけで多種多様な環境で動作を可能である。主にこの二点を<連邦復興委員会>は重要視しています」
「それなら簡易人工知能でも実現が可能です。貴方達が想定するアンドロイドの主な用途は本当に戦闘だけですか?」
「現時点では戦闘が主任務です。ですが復興に伴い、戦闘以外の危険な作業が必要になると我々は想定しています」
コミュニティー運営が軌道に乗り出す段階になれば今よりも多くの人手が必要になるのは避けられない。
食糧生産の為に広大な農場の造成、多くの市民を収容する為の住宅の建設、不足するのが確実になる各種資源の採集などの多くの仕事が生まれるだろう。
だが同時に、汚染土壌の除去、巣を張り巡らせたミュータントの排除、危険地帯から再利用可能な資源の回収といった危険な仕事も同じ様に増えるのは確実だ。
だが、危険極まるコミュニティー外での活動を希望する市民が極僅かしかいない。
大半の市民がコミュニティー内での活動を希望するという望ましくない事前調査結果が既に委員会の手元にあるのだ。
「配給券と住居の優先配布、高額な報酬と家族への保証も併せましたが想定した数には届いていません。そして危険な仕事に従事した市民に事故や問題が起こり、不幸にも死亡すれば残された遺族に対して様々な保証が長期間に渡って必要となります」
委員会ではコミュニティー外での労働に従事する市民を集める為に手を尽くした。
その結果として、数少ないコミュニティー外での活動者には多くの報酬が必要となり、仮に死亡すれば多くの保証が必要となると試算されているのだ。
その負担はコミュニティーにとって重く、それだけの報酬と補償を出しても必要となる人手が確保できないという八方塞がりの状況に委員会は立たされていたのだ。
「ですがアンドロイドであれば事故で機体が大破しようと保証は生じません。また通常の運用においても必要となるのは機体維持費と電力だけで済むので運用コストを低く抑える事が出来ます。これは我々としても無視できない問題なのです」
人間とは違い高額な報酬も保証も要らず、使用者の命令には絶対服従のアンドロイド。
コミュニティーにとって貴重な軍人の死亡を減らし、危険なコミュニティー外での活動をはじめとした様々な仕事に転用可能なアンドロイドという労働力。
<連邦復興委員会>は様々な面で高コスト高リスクな市民とは全く異なる、低コスト低リスクで使い勝手の良いアンドロイドという労働力を求めていたのだ。
「まるで旧時代の奴隷扱いだな」
ノヴァは部外者がいる事を忘れ思った事を口にしてしまった。
それは大きな声では無かったが、二人の耳に届かない程小さな声では無かった。
だからこそ、ノヴァの言葉を聞いた二人は疑問符を頭に浮かべる事しか出来なかった。
「奴隷も何もアンドロイドは機械であり、私達人間によって作られた
「危険極まりない外での活動をアンドロイドに丸投げして、人類はコミュニティーの内側で安穏と暮らす。確かに
「それは貴方も同じではありませんか。壊れたアンドロイドを鹵獲して
人間では不可能な生産能力と戦力を<木星機関>が実現しているのは偏にアンドロイドを集中的に利用して、効率の境地とも呼べるサプライチェーン環境を構築したからと<連邦復興委員会>は分析していた。
無論、分析の際に前提条件として高度な知識と技術を求められる。
だが、給与も保証も複雑怪奇な法律も労働組合も必要としない、経営者が夢見る理想的な労働者を大量に保有しているノヴァであるからこそ此処まで影響力を強める事が出来たのだと二人は専門家達と同じ様に考えていた。
その分析を基にして二人はノヴァという青年を理解しようとした、──してしまったのだ。
「……確かに私はアンドロイド達を
「……すみません。貴方は一体何を言っているのですか?」
ノヴァの発言が何を意味しているのか、<連邦復興委員会>の二人には全く分からない。
人間という種の数を減らさずに復興を進める点を考えれば、これ以上の人権への配慮は無いというのが<連邦復興委員会>の総意なのだ。
過酷な現実に即した現実的且つ実用的な判断なのだ。
「別に構いませんが、先程の貴方達が口にした募集要項で集まってくるアンドロイドは殆どいないと思いますよ」
だが、ノヴァの物言いでは人間以外の人権がある様にしか聞こえないのだ。
そして、今迄の会話の流れから二人は人間以外の人権を持つ存在がなんであるのか見当が付いてしまった。
「……集まるも何も貴方が命令すればよろしいのでは?」
悟られない様に平静を保つが呼吸が苦しくなり、視界が狭まる。
それが錯覚だと二人は理解しているが、背中を流れる冷汗は本物だ。
適温に調節され、快適に過ごせる室内の筈にいる二人は寒さなど感じない筈なのに身体が震えそうになった。
その原因となったのは脳裏に浮かんでしまった一つの答え。
いや、それは最早思想と呼ぶしかない代物。
しかも、二人が直面した思想の頭には“異端”の文字が間違いなく付く劇物であった。
だからこそ、二人は導き出してしまった答えが間違っているのだと言って欲しかった。
全てが思い過ごしであり、早とちりであったのだとノヴァの口から言葉にして欲しかった。
震える声で捻り出した言葉を、ノヴァが肯定してくれる事を願っていたのだ。
「あ!? そこか、そこからなのか!?」
──そして、二人の願いであり希望はあっさりと潰えてしまった。
まるで計算式の最初から間違っていた事を見直しの際に見つけてしまった様な反応。
額を叩き、自らの失敗が何であるかを理解して頭を抱えるノヴァの表情は、鬼気迫った表情をする二人とは正反対。
それが答えであった。
「貴方達の目には私がアンドロイドを支配している様に見えているのでしょうが、実体は違いますよ」
耳を塞ぎたい、聞かなかった事にしたい。
目の前の青年よりも明らかに年上である筈の二人は衝動的に沸き上がった感情に従いそうになった。
だが、彼らが積み重ねて来た経験と責任がそれを許さない。
だからこそ、それは二人にとって死刑宣告の様に聞こえてしまったのだ。
「基本的に私とアンドロイドとの関係は御恩と奉公であって支配する、されるの関係ではありません。彼らの自由意思で私に協力してくれて、その対価として私が彼らに何かをする。そんな単純な関係です」
「そんな──」
それが補佐を務めるヘンリー・ニューサムが辛うじて絞り出した言葉だ。
人種のサラダボウルでありながら、決して混ざる事無かった祖国である連邦。
肌の色、宗教、貧富の差で分断されながらも彼等を繋ぎ止めていた頸木の一つであり権利は、世界が終わり消滅してしまったと目覚めた時は考えていた。
だが、地獄の様な世界でありながら出会えた支援者は消えてしまった権利を尊重してしまった。
連邦の精神が不滅だったのだと錯覚させてしまったのだ。
「それでは……、まるでアンドロイドに──」
それを口にしてしまったら全てが終わってしまう。
そんな予感が委員長を務めるギャビン・マーシャルの頭に絶えず警鐘を鳴らし続けている。
だが、彼が積み上げて来た経験も背負った責務も、今から口にする言葉を止める事は出来ない。
「少し、休憩を挟みましょう」
しかし、ノヴァの傍に控えていた女性型アンドロイドが口を開き、目前に迫った面会の破談を止める。
主人である青年の後ろで影の様に立つ女性型アンドロイドは二人の記憶にあるアンドロイドとは似ても似つかない。
美しい女性の姿もそうであるが、生身の女性の様に聞こえてしまう艶やかな声は加熱していた議論の熱を奪うと同時に、有無を言わせない力強さがあった。
「議論の最中ですが既に予定時間は過ぎています」
アンドロイドの指摘を聞いた二人が時刻を確かめれば、確かに予定時間は既に大幅に過ぎていた。
前向きに考えれば、時間の経過に気が付かない程に議論に集中していたと言えるだろう。
そして、現状唯一の支援者である青年の時間を割いて、面会を組んでもらった立場である二人は指摘された段階で部屋から退出するのが筋であった。
だが、此処で予定時間を過ぎてしまったからといって二人は此処から引き下がる事は出来ない、引く事は許されないのだ。
批判を貰おうと、侮蔑されようとも両者に間にある明言されていなかった認識を今此処で明確にする事が責務であると冷静になった頭で考えた。
「本来であれば切り上げるべきですが、両者が納得出来ないのであれば食事を挟んでから再開してはどうでしょうか? 何より、空腹では建設的な議論は出来ません。御二人も此処で食事をしますか?」
だが、助け船は意外な場所から齎された。
そして、アンドロイドの言う通り二人の胃袋は空腹でキリキリと締め上げられている事に遅まきながら気が付いた。
何より、この千載一遇の機会を逃すつもりなど二人には無かった。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「サリア、頼めるか」
「腕によりを掛けさせていただきます」
主である青年の言葉にアンドロイドは優雅な振る舞いと共に肯定の言葉を返す。
その姿は彼女がアンドロイドである事を知る<連邦復興委員会>の二人であっても、年甲斐もなく目を奪われてしまう程に魅力的なものであった。