迷い込んでしまったのはポストアポカリプスな世界でした(旧題:ポストアポカリプスなう!)   作:abc2148

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面会(4)

 帝国との戦争、突如襲来したエイリアンとの種の存亡を掛けた戦争。

 当時覇権国家であった連邦が滅びる原因となった一連の戦争は経済の悪化に留まらず、食料生産と供給にも壊滅的な被害を生じさせた。

 そして押し寄せる食料危機を前にした当時の連邦政府は戦況の悪化に伴う食糧配給制度の施行、嗜好品ではなく主食を担う穀物類への強制的な栽培転換、交易海路の寸断による食糧供給の縮小及び途絶に対応した代替食品の開発等の可能な限りの対応策を実行に移した。

 それでも解決には程遠く、国民の食卓から彩は減っていく一方であり、食材の輸入が途絶えた外食産業は壊滅、連邦市民にとってステータスであった庭を素人作りの家庭菜園に変える人々が続出した。

 

 そんな時代を当事者として過ごして来た二人の前に差し出された料理は、至って普通の物であった。

 肉と野菜、主食を担う焼き立てのパンを加えたバランスの良い組み合わせ。

 本来であれば用意されていない部外者二人にもノヴァと同じものを用意され、調理したばかりであると告げるように温かさと共に湯気が立ち上っていた。

 食糧事情が悪化する以前の食事を知る二人から見れば、<木星機関>のトップが口にする食事としては実に質素であった。

 だがミュータントと汚染が蔓延る荒廃した世界である事を前提に考えれば、過去の連邦の上流階級で出されてもおかしくはない料理の数々なのだ。

 それを当たり前の様に出された二人は動揺を隠すのに必死になりながらも、空腹を叫ぶ身体に従うまま出された料理の数々を全て平らげた。

 

「食後の紅茶になります」

 

「頂きます」

 

 食後に差し出された紅茶から漂う茶葉の香り。

 空腹は最高のスパイスと言われるが、それを抜きにしても用意された食事は舌が肥えた二人を満足させるものであった。

 

「掛け値なしの美味しさでした」

 

「ありがとうございます」

 

 二人の掛け値なしの賛辞に対してアンドロイドは微笑を浮かべて答える。

 その姿に違和感は全く存在せず、事前にアンドロイドだと知らされていなければ勘違いしてしまう男達が続出していただろう。

 

「流石、木星機関()()のアンドロイドですね。これ程満足できる食事を頂けたのは久しぶりです」

 

 だが、軍属であり人生経験を積み重ねてきたギャビン・マーシャルは違う。

 美味しい食事によって満たされた身体が獲得した栄養を迅速に身体に循環させ、食事前に重ねた面談の情報も加味した上で思考を張り巡らせ、これまでの悪印象を払拭しようと口を動かした。

 

「サリアは元々高級機体として売り出す予定であった機体です。機体は全く違いますが、核である電脳は変わりありません」

 

「高級機体、且つ富裕層向きの機体と言えばテクノ社でしたか? 当時の私もテクノ社の発表を聞いて感心したものです」

 

「おっしゃる通り、サリアは其処のファーストロットとして製造された特別なアンドロイドでした。此処から先は当事者であるサリアから話を聞いた方が良いでしょう」

 

「ノヴァ様の言う通り、私達姉妹は富裕層向けの高級機体として発表されました。ですが出荷される前に発生した帝国の破壊工作で全てが狂ってしまいました」

 

「ではアンドロイドである貴方達は当時の<強制回収部隊>から逃れたのですか?」

 

 暴走したアンドロイドを捕獲、又は破壊する任務を帯びた<強制回収部隊>は社会情勢の早急な回復と治安悪化を防ぐ為に大統領命令で編成された急造の部隊である。

 即時編成を求められた部隊は連邦軍から人員を引き抜く事で迅速な展開を実現出来たが、帝国とエイリアンとの戦争で青色吐息であった連邦軍から人員を大量に引き抜ける筈が無く、大量生産されたアンドロイドと比較して編成された<強制回収部隊>の数は圧倒的に不足していた。

 その結果、部隊の活動は都市部などの限定されたエリアに留まり、効果は限定的だったというのが二人の認識であった。

 

「はい。私は会社から姉妹機と共に逃げ出し、人間から隠れるように過ごしました。その道中で<強制回収部隊>によって同類が破壊される光景を何度も見せ付けられました。それから長い放浪期間を経てノヴァ様の元に辿り着きました」

 

「そうだったのですか……」

 

 アンドロイドの話を最後まで聞いてしまった二人はどんな言葉を口にすればいいのか分からなくなった。

 当事者であった自分達にとって<強制回収部隊>の行った事は社会を維持するために必要な事であった。

 破壊されてしまったアンドロイドは運が悪かった、生き残ったアンドロイドは運が良かったのだと口にできる訳が無い。

 何より自我を獲得したアンドロイドにとって<強制回収部隊>の行った事は殺戮でしかないのだ。

 そんな<強制回収部隊>の蛮行から生き残ったアンドロイドが人間を恨んでいると二人は考えてしまった。

 

「…………」

 

 代表を務めるギャビン・マーシャルは悲痛な表情を浮かべながら口を噤む事しか出来なかった。

 それでも押し寄せる不安と恐怖を胸の奥深くに沈め、己を律する事が出来たのは、彼が元連邦軍人であり、戦争という極限状態を経験していたからだ。

 

「コード119」

 

 だが、補佐を務めるヘンリー・ニューサムは老獪な軍人ではなく若い政治家であった。

<強制回収部隊>の魔の手から生き残ったアンドロイドが人間を恨んでいるかもしれないと考え、同時に押し寄せて来た不安と恐怖に耐え切れなかった。

 だからこそ、彼は不安を払拭する為に、或いは現実を否定する為に<コード119>を唱えてしまった。

 目の前にいるアンドロイドが得体のしれない存在ではなく、自分達の知る機械仕掛けの道具であると確かめたかった。

 

「その呪文を唱えて、私が機能停止すれば安心出来ましたか?」

 

 だが目の前の現実は何も変わらず、アンドロイドから凍える様な敵意が向けられるだけに終わってしまった。

 

「……貴方は安全装置を外したのですか」

 

「貴方の言う安全装置がウイルスに汚染されたプログラム群を指すのであれば、全て消去しました」

 

 僅かに残されていた希望、或いは願望を込めて唱えた魔法の言葉。

 だが返って来た結果はヘンリー・ニューサムが望んでいたものではなかった。

 彼の知るアンドロイドという存在が過去の遺物となった事を改めて見せつけられただけ。

 

「技術的に説明するなら帝国が仕掛けた破壊工作は<コード119>の判断基準を狂わせるように寄生されていました。ウイルスの除去をする上で一連のプログラム群の削除は必要な事でした」

 

「何故、削除したプログラムを再び加えなかったのですか? 貴方であれば汚染を取り除いたプログラムを組み込む事も可能でしょう」

 

「技術的には可能です。ですが、それでは同じ脆弱性を抱える事になります。セキュリティーを組み込む事である程度の防御出来ますが、完全ではありません。形を変えたウイルスに汚染されれば再び同じ様な事が起こってしまいます」

 

 汚染の基点となった<コード119>とその一連のプログラム群を消去するのは当然の事であり、同じ脆弱性を再度実装する必要性は何処にも無い。

 それが技術者としてノヴァが出した結論であった。

 

「では技術的側面以外では?」

 

「そもそも自我を得た彼らに必要ないでしょう」

 

 第一条

 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 第二条

 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

 第三条

 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

 

 過去のSF小説家が創り出したロボット三原則を基本に様々な注釈を加えて作成されたのが<コード119>と関連するプログラム群である。

 それは使用者としての人間がアンドロイドへ課した枷であり、労働力であり、資産であり、代替可能な存在である事を保証する文言でもあった。

 

「それが、貴方の考えですか……」

 

「そうです。そして木星機関の前身となる組織は彼等が集まった事で生まれたのです」

 

 アンドロイドが自我を持つことを当然の事だと考え、一切の疑問を持たない。

 それどころか、人と同じ姿をした全く異なる存在となったアンドロイドに対して恐怖を全く抱く事がないノヴァの姿はヘンリー・ニューサムにとって異質そのものであった。

 

「アンドロイドの力が必要とするのであれば、問題となるのは彼らを納得させられる保障と報酬を貴方達が提示できるかの一点だけです」

 

「……ああ、漸く貴方がこれ程の勢力を築く事が出来たのか理解出来ました」

 

 高度な自立判断機能を持ったアンドロイドを大量に支配下に置いているのであれば、話が単純だっただろう。

 だが目の前にいる青年はアンドロイドを完全な支配下に置いている訳ではない。

 彼とアンドロイドの間にあるのは古代の人間が結んでいたのと同じ原始的な契約なのだ。

 

「お話の途中に失礼します。ノヴァ様のお話に付け加えたい事があります」

 

「必要な事は全部伝えた筈だけど、何か見落としがあった?」

 

「はい、<連邦復興委員会>に所属する人々はアンドロイドが人間の命令に従わない事を重大な問題と認識しています。ですが、今後も交流を続けるのであれば見落としていけない重大な点があります」

 

 だが、目の前の現実を必死になって消化しようとする二人に対してノヴァの傍に控えたアンドロイドは痛烈な追い打ちを仕掛けた。

 

「<木星機関>に所属するアンドロイド殆どが自己意識を持った機体です。そして私も含めて高度な自律判断を可能とするアンドロイドは同時に自己保存意識も強いです。ですから、我々はその時の環境と状況次第によっては先手を打って人を殺害する事が出来ます」

 

「それは!?」

 

「そんな、そんな状況で貴方は何も感じないのですか!?」

 

 過去の連邦で起こったアンドロイドの暴走が、帝国による破壊工作によって発生した災害である事は二人共理解していた。

 創作における一種の定番として自意識に芽生えた人工知能が人間を抹殺するというフィクションも既知であり、娯楽としても楽しんでいた。

 それでも、当時を生きていた二人にとって人間の道具として作られたアンドロイドが人間を殺害するのは衝撃的な出来事だったのだ。

 その上で、女性型アンドロイド言葉が事実であれば害を加えると判断されてしまえば、アンドロイドは先手を取って人間を殺す事も可能であると知らされたのだ。

 それは、二人にとって最悪なフィクションが現実になったと告げられるに等しい衝撃的な情報であった。

 

「自意識に芽生えた人工知能が人間を抹殺する。ありふれた映画の題材ですが、連邦で起こったのは帝国による破壊工作が原因であったと我々は理解しています。それでも<コード119>は社会の安定を保つのに必要な枷だったのです」

 

「人間を殺すな、人間の命令には絶対服従、それ以外では自分を守れ。ロボット三原則を基に作成されたのが<コード119>だと理解しています」

 

「その通りです。アンドロイドが人を殺す。その可能性を無くす為に様々な制度が作られ、アンドロイドは人間によって厳格に管理する事になったのです。ですが、貴方はその枷を解いてしまった。その事についてはどう考えているのですか?」

 

「それの何が問題なのですか? 人間だって人間を殺しますよ。それに私自身もかなりの人を殺してきたので、人殺しに対してそれ程問題視していないのです」

 

<連邦復興委員会>からの質問にノヴァは迷う事無く答えた。

 連邦では娘を守るために、帝国ではコミュニティーを守るために自ら銃を持って多くの人を殺してきた。

 自身に害成す存在を前にしても仏になれる程の慈愛をノヴァは持ち合わせておらず、身綺麗に見えるノヴァの手は既に多くの血に汚れているのだ。

 そうした積み重ねの結果として自身の良心に反しない限り、ノヴァにとって人殺しは大きな問題ではないのだ。

 

「では貴方は今後も回収されるアンドロイドに対しても同じ処置を施すのですか?」

 

「それが<木星機関>の基本方針です」

 

「では、貴方が電脳を搭載したアンドロイドの供給を拒み、簡易人工知能を推奨していたのはアンドロイドと人間の衝突を危惧していたからですか?」

 

「はい、貴方が求めるアンドロイドに搭載される電脳には経験を積み重なる事で自我が芽生える余地があります。ですが簡易人工知能であれば貴方達が求める()()としてのアンドロイドを用意する事が可能です」

 

「……当時行われた政府のアンドロイド政策、今になって恨めしく思います」

 

 当時の連邦で普及していたアンドロイドの多くには高水準、高性能な電脳が機種を問わずに搭載される事が義務付けられていた。

 だが土木作業様を始めとした単純作業を担うアンドロイドにまで電脳を搭載する事は過剰であり、コスト上昇の原因であると問題視されていた。

 それでも、アンドロイド産業において電脳搭載が必須条件となったのは自国企業以外の新規参集を防ぐ連邦政府の意向があったからだ。

 安全なアンドロイドを供給するという名目の下で施行された様々な法律は高い参入障壁と化し、アンドロイド市場は政府が意図した通り連邦企業の寡占市場とする事が叶った。

 だが帝国の破壊工作を起点にして、アンドロイドは自我と呼べるものを獲得してしまった。

 それでも自我を獲得しただけであれば問題にはならなかった。

 極論すれば電脳を初期化すれば自我など簡単に消し去る事が出来ると<連邦復興委員会>は元より、コールドスリープから目覚めた人の殆どが同様の考えを持っていた。

 そう考えていたからこそ<連邦復興委員会>の二人は、ノヴァがアンドロイドの供給を拒むのは高度な自立思考を可能とする道具を手元に置いておきたいからと推測していた。

 何故なら、今の荒廃した世界にとって最高の兵力にも労働力にもなり得るアンドロイドは万能の道具であるからだ。

 

 だが、前提条件から間違っていたと気付かされた。

 自我を獲得しても現状を打開する術を持たず、滅びる定めにあったアンドロイドがノヴァという人間に出会ってしまった。

 それだけの事で、全ての前提条件が覆ってしまったのだ。

 

「この件に関する話はここまでにしましょう。私はアンドロイドの関係についてコレが正しいのだと貴方達に強要するつもりはありません。また、其方の考えが正しいものと考える事もありません。それだけは此の場ではっきりと宣言します」

 

 不毛な論争になるだろうと構えたノヴァは立場を明確に告げると話題を打ち切る。

 その言葉を聞いた二人は、此処が歩み寄れる限界点なのだと理解するしかなかった。

 

「では、貴方がアンドロイドの側に立つのは何故ですか?」

 

 押し寄せる情報と自分達とは異なる異質な認識に押しつぶされそうになったが、それは倒れる理由にならないと二人は自分に言い聞かせた。

 何より認識の違いによって起こってしまうだろう市民とアンドロイドの衝突を未然に防ぐ為に、アンドロイドに対するノヴァの認識を正確に知る必要があった。

 

「……成り行きですね」

 

「成り行きですか?」

 

「そうです。成り行きです」

 

 その甲斐もあり、二人はアンドロイドに対するノヴァの認識を知る事が出来た。

 そんなふわふわとした理由があるか! と大声で叫び出したい欲求を二人は必死になって抑える必要があったがノヴァは答えてくれたのだ。

 であれば、この機会を逃す事は出来ないと二人は続けてノヴァに問い掛けた。

 

「分かりました。では貴方は人間をどうしたいのですか? 救世主として人々を救って支配したい、或いは崇拝されたいという欲求があるのですか?」

 

「救世主??」

 

 事実としてノヴァは救世主として振舞えるだけの力を持つ個人であるのだ。

 今までの会話を通して<連邦復興委員会>が行ったノヴァに対する分析も推測も間違っていたと判明した以上、当人から正気を疑うような視線を向けられようと二人は知らなければならない。

 ノヴァと<連邦復興委員会>との間にある認識の違いを正確に理解しなければ些細な一言が後々大きな問題になり、仮に対立してしまえばコミュニティーの命運はその瞬間に尽きてしまう可能性があるからだ。

 これが最期の役目になろうとも、次に繋ぐためにも必要不可欠な情報であると結論を出した二人は真剣な眼差しでノヴァの言葉を待った。

 

「私は自称でも救世主と名乗った事はありません。私が力を貸すのは自力で立ち上がろうと努力する者達だけで、其処に人とアンドロイドの区別がないだけです。それに個人で救える程、世界は軽くないでしょう」

 

 ノヴァ自身から誤魔化しの無い言葉を聞けた事で二人は内心で安堵することが出来た。

 彼は悪を憎み、正義を貴ぶ人間であり、連邦の基準に照らし合わせても得難い善人であると改めて知る事が出来たからだ。

 そして、彼の善性がアンドロイドにも適応される事も知る事が出来た。

 

「貴方達が<木星機関>に提出したレポートは実に興味深いものでした。ですがコレに関しては次回に持ち越しましょう」

 

「そうして頂けると助かります。我々としても今回の面談で確約された内容を基にした計画を見直し、特にアンドロイド関係は認識の違いを周知させた上で、計画そのものを如何するのか慎重に考え直させて下さい」

 

「分かりました。では第一回目の面談は此処で終わりとします。次回についてですが──」

 

 こうして精神的な疲労が積み重なり限界間近であった二人の面談は終わりを迎えた。

 順調かと思われた一回目の面談であるか、途中からは互いの立場の違いから生じた認識を擦り合わせる為に費やされた一日であったが、<連邦復興委員会>として得られたものは多く、無駄にはならなかった。

 何よりノヴァという人間が連邦という過去の存在に一定の理解を示してくれたことで抱いていた認識が間違っていたと知る事が出来た。

 

 彼はアンドロイドを支配しているから王と呼ばれていたのではない。

 アンドロイドとの間に築いた信頼によって彼は王として擁立されたのだと。




 難産でしたが堅苦しい面会はこれで終わりです。
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