迷い込んでしまったのはポストアポカリプスな世界でした(旧題:ポストアポカリプスなう!)   作:abc2148

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死神

 その接近に気付けたのは偶然ではない。

 確かに可能な限り音を消して接近していた。

 静かにゆっくりと違和感を抱かせない様に忍び寄る動きは暗殺者として優れた能力であり、これが只の人間であれば気付かれる事無く一息に殺せただろう。

 だがノヴァの装備している強化スーツは身体能力を強化するだけでなく、複数の小型センサーを死角をカバーするように設置している。

 そのセンサーから得られた情報を統合する事で相手が死角を突くように行動しているつもりでもノヴァには筒抜けになる仕組みである。

 

 そのセンサーがノヴァの背後、20mに何かがいるのを捉えた。

 それはゆっくりとだが着実にノヴァに近付いており、無音で忍び寄る動きは手練れの暗殺者である。

 だが残り15mまで迫って来た瞬間、ノヴァは勢いよく振り向くと同時に、構えた拳銃から銃弾を全て撃ち出す。

 亜音速弾であるが此処まで近付けば逃げられることは無いと予想通り、ノヴァが銃弾は全て背後に忍び寄った何かに命中した。

 

「!?」

 

 だが忍び寄っていた何かはそれで死ぬことは無く、同時に悪寒を感じ取ったノヴァはその場から転がるように離れる。

 その直後、ノヴァの頭があった場所に鋭い爪が突き立てられた。

 鋭く長い爪が丈夫な床材を容易く斬り裂き、破片が幾つも宙に舞う。

 床に転がりながらもノヴァは空になった弾倉を捨て、新しい弾倉を拳銃に込めると再び発砲。

 亜音速弾とサプレッサーが合わさって小さく頼りない音が鳴り響くが、込められた殺意は本物である。

 そうして幾つもの銃弾が再び暗殺者の身体に突き刺さるが、敵は痛がる素振りを全く見せなかった。

 

 この時になって漸くノヴァは敵の全体像を見る事が出来た。

 敵は成人男性を軽く超える体躯を持ち、その四肢は異様に長く発達しながら、手足の末端は歪な変形を起こし、移動方法は両手足を使った四足歩行である。

 髪が一切ない剝き出しの頭部には外科的手法を施されたのか、幾つもの縫合跡がある。

 その目は血走りノヴァを捉えて離さない。

 それは誰もが恐れ恐怖する異形の化物であった。

 

 その化物の身体にはノヴァの放った銃弾が幾つも食い込んでいた。

 銃創から絶えず血が流れている事から効果はあるように思えた。

 だが、ノヴァの目の前で化物の身体が蠢くと同時に銃創で空いた穴の周囲が蠢き弾丸が排出され、肉が盛り上がり穴が塞がる。

 敵の驚異的な再生速度を目の当たりにしたノヴァは、冷汗を掻くと同時に生半可な銃撃では化物に効果が無い事を理解する。

 

 そして、傷を治した化物が地面を這うように駆ける。

 異様に長い手足から繰り出される加速度は予想を上回り、すぐさまノヴァは後方に下がり距離を詰めさせないようにする。

 だが、此処でセンサーが新たに近付く敵を感知する。

 

「!?」

 

 脇目も振らずにノヴァは横に跳び、その瞬間、身体があった場所に爪が襲い掛かった。

 幸いにも攻撃を喰らう事はなかったが、だからと言って窮地を脱した訳ではない。

 

「四体か……」

 

 ノヴァを取り囲むように同じ姿をした化物が四体。

 しかし、これで終わりかどうか分からない。

 相手は高い身体能力に驚異的な切断能力を有する爪、異常な再生能力を持っている化物。

 今のところ化物はノヴァを取り囲み隙を伺っているが、少しでも隙を見せれば容易く殺されてしまうだろう。

 

 だが此処で死ぬつもりはノヴァにはない。

 

「ッ!」

 

 正面に陣取る怪物に向かってノヴァが駆ける。

 強化スーツの膂力による急激な加速に身体が軋み、悲鳴を上げるが無視する。

 怪物はノヴァの速さに反応が追い付いていない。

 それを確認したノヴァは対応される前に、背負った銃器を構え怪物の口に突き刺す。

 念の為に用意した強化スーツを着た状態で使用する事を前提とした大型散弾銃。

 それを化物の口を引き裂きながら突き刺し──発砲。

 潜入用にカスタムした拳銃とは比べ物にならない、燃焼ガスと大粒の散弾が怪物の身体を膨らませ破裂させる。

 内臓が、脊椎が、骨が、血が、全て一緒くたとなって爆ぜる。

 如何に優れた再生能力を持っていようが限界を超えた損傷は治せないようであり、頭部と両手足だけ残した化物は碌な反撃をする事もなく死んだ。

 

 ──だが、まだ敵は三匹残っている。

 

 化物達が背後から迫り、ノヴァを獲物ではなく脅威と定めた三匹が必殺の意思を込めた一撃を放つ。

 一匹は腕の関節を外し、元から長い腕をさらに延長し鞭の如く振るう。

 もう一匹は異様に長い舌を槍の様な鋭さで放つ。

 最後の一匹が──、しかし、何かをする前にノヴァに間合いを詰められた。

 振るおうとした腕を掴まれ、強化スーツの膂力にものを言わせてノヴァは化物を振るい、投げ飛ばす。

 その先にあるのはノヴァに迫っていた凶悪な爪と舌であった。 

 

「!?!?」

 

 化物が叫ばなかったのは、叫ぶために必要な声帯を取り除かれていたからだろうか。

 凶悪な爪が右腕と右脚を斬り飛ばし、舌が下腹部を貫く。

 意図しない同士討ちに化物は混乱したのか動きが鈍り──、それはノヴァが付け入るには大き過ぎる隙であった。

 

 ノヴァは片手に散弾銃を持ち、片手には大型ナイフ、いや短剣とも呼べる程の刃渡りを持つ刃物を握る。

 瀕死の化物から視線を外し、腕を伸ばしている個体の間合いに一足で踏み込む。

 一撃目で、関節を外してまで伸ばした腕を赤熱する短剣の刃が焼き切る。

 二撃目で、碌な防御も出来ず、逃げる事すら出来ずに晒された化物の首を半ばまで焼き切った。

 丈夫な頸骨を断つには勢いが足りなかったが、それで充分だ。

 

 二匹目を突き刺さったままの短剣を手離したノヴァは、そのまま駆け抜け最後の怪物に向かう。

 勢いよく舌を放つ為に両手足を地面に付け低い体勢のままでいた化物の頭部は、なんとも蹴りやすい位置にあった。

 

 強化スーツの膂力、その全てを片脚に込めてノヴァは化物の頭部を蹴る。

 余りの力に頸骨も張り巡らされた筋繊維もなすすべなく砕かれ千切れた。

 身体から切り離された頭部は勢いよく吹き飛び、地下空間の壁に衝突し紅い花を咲かせる。

 

 ノヴァはセンサーから送られてくる情報を確認し、他に襲い掛かってくるような敵はいないと判断した。

 

 振り返ると未だに心臓が動いているのか頭部を失くした身体が小刻みに動いていた。

 ノヴァは銃口を身体の中心部、心臓を巻き込める位置に押し当て引き金を引く。

 

 頸骨を半ばまでしか断てなかったせいで死にきれなかった化物が、碌に動かない身体を震わせ藻掻いている。

 そして驚異的な再生能力を持つ肉体が半ばから断たれた首を繋ぎ治そうとするが、短剣が発する高熱が押し寄せる肉を焼き続け、血が強制的に焼き固められていく。

 ノヴァは手放した短剣を再び握り、首を完全に切り落とすと、頭と体をそれぞれ散弾銃で砕いた。

 

 最後に残った一匹は残された左腕と左脚を使って這うように逃げていた。

 最早自由意志は欠片も残っておらず、人であった頃の何もかもを失い、生物兵器にされてしまった人間の成れの果て。

 

 そう、生物兵器だ。

 豊富に存在する人という資源を使って生み出された兵器。

 ミュータントに対抗出来る、人の手で制御可能で生産可能な兵器。

 環境の急激な変化によって生まれ、元となった生物としての形を色濃く残すミュータントとは違う。

 殺す為に、目的に準じてデザインされ不要な機能が取り除かれた歪な存在。

 

 此処で慈悲を見せて逃がしたところで何かが変わる訳でもない。

 コレは逃がした先で更なる殺戮を行うだろう。

 そのようにあれかしと作り替えられたのだから。

 

 逃げる化物の残された手足を散弾銃で吹き飛ばす。

 叫ぶことも何も出来ない哀れな怪物の頭部にノヴァは銃口を押し付ける。

 

「どうか安らかに眠ってください」

 

 引き金を引いた。

 それで全てが終わった。

 

 静かになった地下空間でノヴァは端末を操作する。

 真っ赤に染まった身体で端末に表示された文字を口に出した。

 

「素材保管庫」

 

 それは未だ生物兵器にされていない、これからされる予定の素材達を収監した場所が記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、いい加減ゲロっちまえよ。お前は十分頑張ったよ、誰もお前を責めやしねえよ」

 

 幾つもの拷問道具が並べられた部屋の中で椅子に拘束された男、ロバートは何回目かも分からない台詞を聞いた。

 ロバートの目の前にいる男、この拷問部屋の主にして最悪のサディストはヘラヘラ笑いながらロバートへ馴れ馴れしく話しかける。

 

「……」

 

 軽口に言い返すだけの体力が、もうロバートにはなかった。

 出来る事と言えば不快な声に耐え続けるだけだ。

 

「だんまりか、いいのかそれで。このままじゃお前は化物の素材になるんだぞ。もし話してくれれば俺からドクターに伝えて素材リストから外せるぞ」

 

 クズ共の協力者であるドクターと呼ばれる男。

 その人物との個人的なパイプを持っている事が男の自慢の様だが笑える話である。

 一体何人の仲間がその言葉を信じて破滅したか、そもそもパイプ以前に目の前にいるクズの法螺話でしかない可能性もあると言うのに。

 

「くはは、何度その手を使って仲間達を騙して来た。今更信じると思っているのか。そう思っているなら救いようのない愚か者だな」

 

 ロバートは残された気力で目の前の男を嗤う。

 予想外の反応だったのか、拷問官は間抜けづらを晒している。

 少しばかり気分が良くなった。

 

「!?」

 

 だが、すぐさま耐え難い痛みが身体を襲う。

 最早叫ぶ気力は残っていない。代わりに拘束された身体を揺らす位しか出来ない。

 痛みの発生元を見れば、残っていた筈の爪が全て剥がされ、剥き出しになった肉からは血がぽたぽたと流れていた。

 

「あんたすげえよ、此処まで俺を怒らせる奴は中々いねえよ。その馬鹿さに免じて一本ずつ指を切り落としてやるよ」

 

 如何やら拷問官にあったらしいプライドを刺激したようだ。

 碌なプライドでもないくせに、だがそれが目の前の男が唯一持っているモノなのだろう。

 だからといって殊勝な気持ちなど一欠けらも湧かないが。

 

「おい、大事な素材だぞ。余り傷つけるなよ」

 

「いいんだよ、頭と心臓さえ動いていれば十分だ。指切りの道具持って来いよ」

 

「たっく、人使い荒いんだよ」

 

 拷問部屋にいたもう一人の男が部屋から出ていく。

 目の前の男が自慢げに話している道具を持ってくるためだろう。

 

「さて、何本でお前はゲロってくれるか楽しみだな!けどよ、簡単に折れるんじゃないぞ。そうなったら俺が面白くないからな」

 

「外道共が……」

 

 口からは悪態が出てくるがそれだけだ。

 何かをしようとする気力も体力も尽きかけている。

 それでも目の前のクズを睨むことだけは辞めない。

 意地があるのだ、どれだけ苦痛を与えられようと、睨む事しか出来なくとも……。

 

 だがもう間もなく最大の苦痛が我が身を襲うだろう。

 いつまで持つかは分からないが、ロバートは覚悟を決める──、だがその時は一向に訪れなかった。

 

「おい、道具一つ持ってくるのにどんだけ掛かってるんだ!さっさと持って来い」

 

 待ち草臥れたのか拷問官が声を張り上げる。

 耳に痛いほどの大声だが、道具を取りに行った筈の男から返事は返ってこなかった。

 

「聞こえねえのか!返事くらいしやがれウスノロが!」

 

 男は拷問部屋の扉を開け再び叫ぶ。

 部屋の外に広がる廊下に叫び声が反射するが──、返事はない。

 

「おい、ふざけてんのか?面白くねえから出て来いよ」

 

 此処に来て男は言いようもない不安を感じたのか、それとも仲間達が自分をからかっていると考えたのか、ロバートには分からない。

 しかし今までの荒々しい叫び声でなく、呼び掛ける様な声を出している事には気付いた。

 だが、そんな男の呼び声に返事が返ってくることは無かった。

 

「マイク!ペロン!ガス!ラルフ!誰でもいい、返事をしろ!」

 

 流石におかしいと感じ始めた男が仲間達の名前を大声で叫ぶ。

 しかし何も変わらない。男の叫び声だけが空しく廊下に反響するだけだ。

 

「おいおい一体何の冗談──」

 

 それ以上男の言葉は続かなかった。

 まるで糸が切れた人形のように膝を突き、後ろに倒れる。

 その際にロバートが見た男の顔は、何が起こっているのか全く理解していない表情のままであった。

 そして額には小さな穴が開き、其処からゆっくりと血が流れていた。

 

「生きているか?」

 

 その声を聴いた瞬間、ロバートの全身に冷や汗が流れた。

 若い男の声だが、その声をロバートは聞いたことが無い。

 外に蔓延る無法者とは違い静かで落ち着いた声だ。

 だからこそ余計に恐ろしい。

 

「死んでいるのか?」

 

 ロバートは覚悟を決める。

 先程の指を切り落とされる事よりも強く。

 そして声がした方向に顔を向ける──そして死神と言いださなかった自分をかつてないほど内心で褒めたたえた。

 

「君は……誰だ?」

 

 若い男は答えなかった為、少しでも情報を得ようと、その姿をロバートは見た。

 全身が紅く染まっているが、それだけなら派手な色の服を着た勘違い野郎と考える事が出来た。

 しかし身に纏う匂いがそれを否定する。

 硝煙と何かが焼けた匂い、そして隠し様も無い死臭だ。

 

「じっとしていろ、拘束を解く」

 

 若い男は椅子に縛られたロバートの拘束を短剣で斬り裂いて行く。

 その刃がいつ自分に向けられるのかロバートは気が気でなかったが、そんな未来は来なかった。

 

「これを渡しておく、応急措置の薬と下の階の牢屋の鍵だ。此処は暫く安全だろうが逃げるなら早めにしろ」

 

 男はロバートの拘束を解くと、容器に入った薬と鍵を差し出した。

 薬は判別できないが鍵は間違いなく下の階に捕らわれている仲間達のいる牢屋のものだ。

 だが安全とはどういう事だ?

 

「それはどういう……いない?」

 

 若い男はロバートが牢屋の鍵を見つめていた間に消えてしまった。

 急いで廊下に出るが男の姿は何処にもなく、まるで幻覚だったかのようだが拷問官の死体がこれが現実であると物語っている。

 ロバートは急かされるように仲間達が捕らわれた牢屋に向かう──、そして男が言った安全の意味を理解した。

 

 牢屋までの道は痛めつけられた身体には長く感じたが、生きて仲間達と再会できた喜びの前には些細な事である。

 

「無事だったか、ロバート!」

 

「ああ、何とかな。それより此処から逃げるぞ、動ける奴は出来ない奴を背負え」

 

「ロバート、だが奴等がいるぞ、今は何故か大人しいが動き出せば……」

 

 仲間達が言う事はもっともだ、此処はクズ共にとって重要な施設である。

 馬鹿ではあるが間抜けではない奴等は、それなりの数の人員を監視の為に配置している。

 此処から逃げ出すならば監視員をどうにかする必要がある。それは全くもって正しい考えである。

 

「安心しろ、それはない」

 

 しかし、今の状況においてそれは間違いである事をロバートは知っている。

 だが彼の仲間達は理由が分からずに首を傾げるばかりだ。

 そんな仲間達を前にしてロバートは答えを口に出す。

 

「此処に居た外道共は死神に皆殺しにされていたよ。自分が死んだ事にも気が付いていない間抜け面を晒してな」

※2023/08/18 最新話85話「決着」の後、間話を挟まずに本編に移行するか作者も悩んでいるのでアンケートを採ります

  • 本編を書いて
  • 間話を書いて
  • どちらでも良い
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