幸せになってほしい子達が、比較的平和な世界で平穏な青春を繰り広げてほしいと思ってます。
別作品がわからなくても問題ないよう書き進めていく所存ですが、わからないところは遠慮なく感想やコメントでおっしゃってください。
静かで深い海の底から、水面へと浮き上がるように。暗澹とした水の中から、月の光を目指すように。ゆっくりと浮上していく意識に、体はようやく目を覚ました。
「ここ、は……」
ザザッとノイズが走り、ぼやけた視界は見える輪郭を徐々にハッキリとさせていく。中腹から折れた木材がところどころに顔を出し、視線の先には夜空が広がっている。横になっている体を起こそうとして、目に映るものは瓦礫やひび割れた窓、そして街灯が点っているのに家々に明かりがついていない景色。家の背が低いから、空がなんだか近くに思えて、その圧倒的な星の空に目を奪われる。
「うう……」
背後から聞こえたうめき声で振り返ると、そこにはデイビッドが倒れていた。体よりちょっと大きめの黄色いジャケットに黒いシャツ、首元には十字のチョーカーがあって、それは紛れもなく親友のデイビッド・マルティネスである。
「デイブ!」
「エタ、ン……?」
イーサンは這ってデイビッドの元へ行き、その体を抱えて上体を起こさせる。寝ぼけたような目に、どこか幼く見える顔つき。生きているその人物に感極まって抱き着けば、デイビッドもイーサンのことを抱き返す。
「良かった、生きてる、生きてるね……!」
「ああ、二人とも、ちゃんと生きてる。」
デイビッドは目を閉じ、微笑んでその背を撫でる。イーサンはデイビッドの体を強く抱きしめて、声を上げて泣いた。デイビッドはあの戦いを生き抜いたというだけであるが、イーサンからすれば『デイビッドの生存』が叶ったのである。しばらくの間泣いて、収まった後にデイビッドから体を離し、その目をまっすぐ見て満面の笑みを浮かべるのだった。
「んで、ここはどこなんだろうな。」
「さぁ。少なくとも、外を見る限りはナイトシティじゃなさそうだけど……」
「とりあえず、外に出てみるか。」
立ち上がろうとするデイビッドがその腕に力を入れた。何か違和感があったのだろう、不思議そうに手のひらを見るデイビッドに、イーサンも気が付いて目を丸くする。
「デイブ、その手……」
「生身だ……メインの、ゴリラアームじゃない……」
「体も、足も、クロームに換装してた、よね?」
「ああ、サイバーパンクの仕事で……エタンに、猛反対されながら、全身換えたはず、だけど……」
二人が元々いた場所は生身の肉体から機械の四肢や臓器に換装することが一般的な世界だ。イーサンは生身で生きてきたが、危険な銃撃戦や潜入任務をするデイビッドは違う。ほとんど全身に機械を装備していたし、左の前腕から砲身が出てきて敵を撃ち抜くなんてこともあった。
体が換装する前の体に戻っている。基本的に一度生身じゃなくなったものは生身に戻ることはない。医療用の副作用がない機械に付け替えることは可能だが、失った肉体を取り戻すことは出来ないのだ。
その手をしげしげと見ながら二人は立ち上がり、イーサンは思わずデイビッドの頭を撫でた。
「おい。」
「つい……」
そんなイーサンを不満げな顔で見上げるデイビッド。ただ、まんざらでもない様子ではある。
足や胴すらも機械に換装していたデイビッドは本来の肉体より背が高くなっていて、イーサンとの身長関係を逆転させていた。それが生身に戻ったことにより、イーサンの方が背が高い状態に戻ったのだ。といってもそこまで大差あるものではないが、なんとなくイーサンはそれが嬉しくなった。
ただし、その体で既につけていた基幹システム(背骨とそこに繋がっている神経系などに影響する機械)のサンデヴィスタンはその背中に残っていた。デイビッドは後頸部から背骨部分に機械が埋め込まれているのだ。
いや、この言い方には語弊がある。彼らがいた都市では眼球と視神経すらも機械化されているため、二人の両目は機械化されている。イーサンの場合はそれがスキャナーも兼ねており、この部屋を見回しながらスキャンをしたが、瓦礫や木材が散るこの部屋から何か手掛かりがありそうなものは見つからなかった。
お互いが身の回りを確認すると、愛用していたハンドガンも腰に装着していた。デイビッドは二挺、イーサンは一挺。弾丸のストックもあり、ハンドガン本体にも銃弾は最大まで詰められている。
今いるのはどこかの民家の二階部分らしい。部屋のドアを抜けるとすぐ階段があって、二人はそろそろと音を立てずに下りていく。デイビッドは片手に銃を構え、カバーの姿勢から一階部分を覗き見た。特に危険はないようで、身を屈めながら先に進み、ハンドサインを出す。それを見てイーサンも同じ行動をとった。
一階はナイトシティでは見たこともないような部屋で、ただ人が住んでいたであろうことはわかる。人影はなく、物音もしない。イーサンはデイビッドにホロコールをつないだ。
<繋がった。>
<……繋がるんだ。じゃあ電波は通ってるんだね。>
<そういえばそうだな。しばらくはこのままでいよう。>
<うん。>
ホロコールとはただの通話だ。しかし彼らが使う端末はその眼球。視界に通話相手が表示され、その意思で着信に応じたり、相手に発信することができる。本来であれば電波があるところにしか通信はできない。
また、ホロコールでの通信中はその眼球がオレンジに光る。一時的に保留状態にすることもでき、そしたら瞳は普通の色に戻る。
少し歩いて玄関にたどり着く。そこにあるのは靴箱と土間。そう、靴を脱ぐスペースがわざわざ設けられているのだ。
<ちょっと待って、もしかしてここ、日本?>
<日本?なんで?>
<日本人は家で靴を脱ぐんだって。靴を脱いでここに仕舞うってことでしょ、多分。>
イーサンは靴箱を開ける。そこにはいくつかのスニーカーとローファーが入っていて、ここに人がいたことを確かなものとした。
<やっぱりここ、日本の家なんだ。>
<なんでこんなに荒れてんだろうな。ギャングの抗争の被害にあったにしては銃痕がない。>
<天井が崩れてたし、砲撃にあったとかかな。でも、日本で戦争が起きてるなんて聞いたことないけど……>
<軍が動きそうなのなんてナイトシティのアラサカとミリテクくらいだろ。外出て、ちょっと見回ってみよう。誰かいるかもしれないし。>
<わかった。>
玄関の扉を開けて、外の様子を窺う。誰もいない道に街路灯が寂しく光を発していて、ナイトシティとは比べ物にならないくらい、星がきれいに見える。イーサンは空を見上げ、その小さな粒を楽しんでいたら、デイビッドに服を引っ張られた。道をキョロキョロと見回す真剣な表情に、やっぱりかっこいいなぁなんて思って。
<それにしても、やっぱりどこも寂れてんな。>
<やっぱり戦争なのかな、爆撃されたとか。>
<見捨てられた町、ね。>
いくつか日本語の書かれた看板を見た。ここは公園、一般人が誰でも使える公共エリアのようだが、人の一人もいない。
中心にあるいくつも穴が空いたドーム状の場所に乗り上げる。その上に座って星空を見上げ、イーサンはその目を輝かせた。デイビッドもそれを見て、仕方ないなと言わんばかりに隣に座って星を見上げる。
<綺麗だね。>
<そうだな。>
イーサンの右手とデイビッドの左手が重なり、優しく握りあう。
<せっかくだから、電気消しちゃおっか。>
<え?>
<ちょっとだけ、ね。>
イーサンが街灯に視線を向けて数秒で辺りの街灯が一斉に光を消した。星は周りが暗いほど良く見える。輝く天井の砂浜、初めての煌めきに二人は感嘆の息を漏らした。
<スゲー……>
<ナイトシティじゃ絶対見れないね。もしかしたら、天国とかなのかも。>
<天国で戦争が起きてるなんて洒落にならないだろ。>
<それは確かに。案外神様も戦争を楽しむタイプだったりするかもね。>
<少なくともキリスト教徒の俺に言う台詞じゃないだろ、それ。>
<ごめんごめん。でも最近お祈りなんてしてないでしょ?>
<まぁ、そりゃね。俺は実力があるから、祈らなくても成功するのさ。>
<二人揃って殺されちゃったけどね。>
今を二人で生きている以上、それすらも笑い話だ。そもそも生きているのかは曖昧だが。
イーサンが夢見た平穏がここにある。それだけで満たされている。デイビッドからすれば刺激のない日々かもしれないが、争いに自ら入っていくようなことはしないで欲しいのだ。
<さて、そろそろ散策再開しよっか。>
<そうだな。>
街灯が点くように命令を出し、その光に眩しさを覚える。手を繋いだまま謎の物体から降りたところで、デイビッドはイーサンへ向き直った。
<敵地かもしれないんだから、気を付けろよ。>
<わかってる、いつも通り二人でどうにかしよう。>
<よし、それじゃ……>
「動かないで!」
二人が行動を始めようとしたとき、ちょうど二人の位置から見て暗がりになっているところから声が響いた。
デイビッドは振り返り、その指は既に引き金にかかっているが銃を見せてはいない。
イーサンは銃に手をつけながらも相手を凝視した。
<PINGのアップロード開始。>
<頼む。>
「大人しくしてくれれば、私たちは危害を加えません。手を上げてくれませんか。」
<完了、データ見えてる?>
<ああ。建物と繋がってるのか。>
<司令塔がいるのかも。右に伸びてるのはスナイパーかな。>
警告をしながら近づく影は二人。どちらも女性だ。ハニーブロンドの髪色の女性にPINGを仕掛ければそこへ接続しているのは四ヶ所。一人は隣の女性、もう一つは右手の背の高い建物。残りの二つは真っ直ぐ彼方へと消えている。どうやら奥に見える建物と繋がっているようだ。
<せっかくここの人に会えたんだし、従ってもいいと思うけど。>
<そうだな、話してヤバそうならサンデヴィスタンで逃げよう。エタンのハックも効くみたいだし、何かあったらよろしく。>
謎のキューブが身体の周りを回っている女性と、剣と盾を構える女騎士さながらの女性。二人とも同じ服を着ているため、同じ隊の兵なのだろう。女性のみで構成された小隊だろうか。
イーサンとデイビッドは銃を地面に置いて、少しだけ後退しながら両手を上げる。というのもドームのせいでそれ以上は後ろに進めないからだ。
「ご協力、ありがとうございます。この銃はお預かりしても?」
「ああ、最終的に返してもらえるなら構わない。取り扱いには注意してくれ。」
「わかりました。」
二人は足早に近づき、一人一挺ずつ銃を回収する。それが本物だとわかると引き金に触らないように慎重に持ち直した。
ハニーブロンドは耳に手を当て、誰かと交信を図っているようだ。
<通信してるみたいだけど目が光ってない。軍用の特注品か?>
<かも。それが部隊全員に配られてるなら、相手はでかい企業かな。>
<でもアラサカじゃなさそうだ。>
<ミリテクでもないよね。軍事企業であんな可愛い色合いの制服ってのも見たことないし。>
ホロ通信がバレている様子もない。まずそこがおかしいのだが、それについては一旦不問としよう。通信越しになにか驚いた様子のハニーブロンドは頷くとキリッとした顔つきでイーサン達に向き直る。
「お二人とも、私たちと同行していただけますか?」
ナイトシティ:イーサンとデイビッドが住んでいたアメリカ西海岸の独立都市。金と権力と欲望が渦を巻き、警察ですら買収される治安最悪な場所。流れ弾で民間人がよく死ぬ。
生身の身体:ナイトシティをはじめ、イーサン達が住んでいる世界では肉体をサイバーウェアという機械に置き換えることが主流。そこら辺の一般人でも目と視神経は機械化していて、それだけで通信ができるのが便利。
ゴリラアーム:その名の通り、力がものすごく強くなる機械の腕。でかい。デイビッドがつけていたものは前腕部分にプロジェクタイルランチャーという砲台が内蔵されている。
クローム:身体を置き換える機械(サイバーウェア)のこと
基幹システム:背骨をはじめとする脊椎部分のサイバーウェア。これによって神経系を強化したりなんだったりできる。サンデヴィスタンはその一つ。能力はまたいつか。
ホロコール:前述の目と視神経を機械化していることによってできる通信手段。これによって通話用の機械が要らなくなった。
アラサカとミリテク:ナイトシティを含め、彼らが住んでいた場所と時代においてほとんど世界を牛耳っている巨大企業。イーサンとデイビッドはアラサカに殺されている。
PING:イーサンは目のサイバーウェアを使用して相手をハッキングすることができる。PINGはその一つ。対象と接続されているネットワークを線として認知させる。この時点で目に映った情報はデイビッドに共有した。
イーサンとデイビッド:学生時代の友人兼仕事仲間。なお学校は中退。二人とも十七歳。日本的には高校二年生。
用語解説は
-
あると嬉しい
-
なくても良い
-
どちらでも構わない