女性兵士に連れられること数分。あちらはあちらで通信をしているし、お互いに沈黙が流れる。
<デイブ、ヤバいことになってるかも。>
<ヤバいこと? どういう意味?>
<この人たち、データなんだ。あのキューブもそう。>
イーサンはクイックハックと言ってその目で簡易なハッキングをすることができる。ナイトシティではこれで敵を倒し、小遣い稼ぎをしていたほどだ。
その目に映るのは目の前のハニーブロンドの全身がデータで構成されているという事実。周りに浮いているキューブも情報体のようだ。
しかし、イーサンとデイビッドが歩いている路地はデータではない。現実に存在する物質だ。
<俺たちは?>
<肉体だよ。データではない、今のところは。>
<そうか……
<正直、詳しく聞かないとわからないけど、彼女達はアラサカの支社の人間なのかも。>
<またアラサカか……>
<とにかく今はそれだけ。変なとこはそんなもんだけど、彼女達はAIでもないと思う。>
今の位置関係はハニーブロンドが先行し、イーサンとデイビッドが横に並んで、その背後にもう一人の黒髪が武装したまま歩いている。
向かう先はPINGで伸びていた先。下手したら敵の司令部だ。
『ねぇ、お姉さん。』
「何かしら?」
『ここは日本?』
「! ええ、そうよ。日本を知ってるのね。」
日本というワードに何故か振り返ったハニーブロンドが微笑んで答える。
『日本は今戦争中なの?』
「え?戦争?」
『ほら、この辺りの家と路地、砲撃されたみたいに壊れてるでしょ。何かあったのかなって。』
「ああ、そうね。数年前に大規模な侵攻があって、それでこんなに。本当ならここは立入禁止区域なのよ。」
『侵、攻……?』
イーサンは世界史に明るいわけではない。アラサカの人間であるヨリノブ・アラサカが日本でギャングをまとめ上げ、アラサカに謀反を起こしたという話をうろ覚え程度に知っているが、年代がわからない。
そもそも2075年もしくは2076年、その出来事を歴史として知っているのだからもう過ぎたことなのだが。
「あ、でも戦争中ではないのよ。」
『終戦したのか。』
「うーん……それとも少し違う、かな。詳しくは本部で聞いてもらうことになるかも。もう少しで着くから。」
破壊された町の先、そこらの家屋よりも大きな建物が聳え立っていて、もう目と鼻の先といったところ。彼女らはどうやらここの所属のようだ。
アラサカやミリテクどころか、企業ロゴは見当たらない。なんとなくそれが不審に思えて、イーサンはスキャナーを起動した。
『ちょ、ごめ……』
『エタン!?』
途端に強烈な吐き気を催して、路地の片隅に膝を立て、ビシャビシャと吐瀉する。えづく声にデイビッドだけでなく、女性兵の二人も近寄ってきた。
『エタン、どうした?』
『建物、データで構成されてる、気持ち悪い……』
「データ……?」
なんでもかんでも、とりあえずスキャンしてみるというのはイーサンの癖になっている。何の変哲もない建物で、監視カメラにPINGでも刺しておこうとした結果、建物を構成する膨大なデータがイーサンの視界に入ってきて画面酔いした感じになっているのだ。
吐き気で思考能力が鈍っているイーサンでも、異常なことくらいはわかる。現実に存在する建物がデータで構成されているなんてあっていいものではない。イーサンの脳裏には、魂の救済プロジェクトの最奥なのではという疑念が浮かんだ。
ただ、魂の救済プロジェクトだとして、
「大丈夫ですか?体調が優れないとか……」
『大丈夫、一時的にこう……酔っただけ。』
「もし大変なら言ってくださいね、先に医務室に案内してもいいか聞いてみますから……」
この二人が兵士としては相当な未熟者か、日本特有の考え方なのか、捕虜を医務室に連れて行くなんて発想が浮かぶのが少し面白かった。ナイトシティじゃ威嚇どころじゃない射撃で最悪殺されているかもしれないというのに。
「ここが私たちの拠点、ボーダーです。」
ボーダーと呼ばれたその建物を、五人でぞろぞろと歩いていく。ボーダーの入り口で彼女らの部隊にいるスナイパーが合流し、イーサンたちの後ろで黒髪と一緒に歩いている。廊下は白を基調とした飾り気のないもので、歩く道すがらすれ違う人間に大人は少なく感じられた。
<少年兵の基地なのかな。>
<そうかもしれない。歳が近そうな人が多いよな、たぶん。>
好奇心や敵意といった視線が二人にチクチクと突き刺さりながらも歩き続けること数分、ハニーブロンドはとある扉にたどり着いた。
「例の近界民を連れてきました。」
「入れ。」
扉が開いた先には大きな長机に大人が数名着席していて、全員がこちらに注目している。全員が室内に入るとドアが閉められ、ハニーブロンドがイーサンたちの横に並ぶ。
「報告した二名です。それと、こちらが押収した武器です。」
右手前、男性が座る机の上に二挺の銃を置く。それを見て大人全員が瞠目した。
「ご苦労だった。那須隊は防衛任務に戻り、諏訪隊をこちらに寄越してくれるか。」
「わかりました。失礼します。」
一番奥に座る男がそう言うと彼女らは部屋を出ていく。ナス、というのが彼女らの部隊名なのだろう。
「さて、まずは君たちのことを聞こう。名前は?」
『俺はイーサン・アシュフィールド。』
『デイビッド・マルティネス。』
ただ名前を答えただけで、眉を顰められた。もしかしたら二人の名前、ないしデイビッドの名前が知れ渡っているのかもしれない。アラサカの息がかかった企業の可能性もまだ捨てきれない以上は警戒する必要があるだろう。
『どこから来たか、答えられるかね?』
『アメリカのナイトシティ出身だよ。』
『ナイトシティ?それはどこにある?』
『え、西海岸だよ。旧カリフォルニア州って言った方がわかりやすいかな?』
『旧、だと?』
アラサカの人間であればナイトシティくらいは知っているはずだ。アメリカで再起した巨大都市、それを知らない人などほとんどいないだろう。
それなのに、ナイトシティを知らないどころか旧という言葉に引っかかっているようだ。話が合わないという規模ではないとイーサンは直感する。
『こっちから一つ聞かせてほしいんだけど。』
『何かね?』
『今は西暦何年?』
『2012年だが。』
『『……は?』』
返ってきた答えにイーサンとデイビッドは口を半開きにして思わず声を出した。そして顔を見合わせる。そんな二人を怪訝な顔で見つめる七人の大人たちに視線を返す。彼らの反応を見るにどうやらそれは本当らしいが到底信じられない。
『そんなに驚くことかね?』
『ちょっと待って、理解が追い付いてないんだ。今日は2012年?本当?』
一番近く、ナス隊から銃を受け取った男性に視線を投げる。彼は努めて真剣な表情をしているが、困惑しているイーサンたちを怪しむ様子はまだ残っている。
『君たちは西暦何年だと思っているんだ?』
『20……76年……』
『ふむ……』
男はその返答に考え込んだ後、何かしらの端末を操作する。ほどなくしてプロジェクターに映されたのはアメリカの地図だ。しかし、イーサンたちが知っているアメリカの地図とは、少し違っている。もちろん今が2012年だとすると60年もの差があるのだ、地形の多少は変わっている可能性があるだろう。それを加味したうえで違うと言いきれてしまうのだ。
『現在のアメリカ合衆国には、ナイトシティという都市は存在していないようだが。』
『待って、アメリカ合衆国!?2012年なんでしょ、アメリカはもう国家として崩壊して無法地帯になった時代だ、アメリカ合衆国は滅びてる!』
『アメリカが滅びるなんてそれこそあり得ないだろう。あれほど巨大な国家が崩壊するなど……』
『中東がアメリカ大陸に散布した生物兵器でアメリカ合衆国は死んだはずだ、少なくとも経済的、生物的な被害が甚大すぎて国家としての体裁を取ることは不可能になってる……』
イーサンたちが知っている歴史では株価の大暴落や大統領の暗殺を皮切りに、原子力発電所のメルトダウンやそれに伴う毒性物質や放射線の散布、マグニチュード10.5という超巨大地震に火災嵐といった異常気象にも見舞われてアメリカ合衆国は崩壊している。
しかしこの世界の現代ではアメリカは合衆国としていまだ存在しているらしい。歴史の変遷が違うのだ。
『一度落ち着いてくれ。君たちが2076年から来たというのはわかった。違う歴史、違う未来をたどった、もう一つの2076年といったところだろう。』
『……もう少し、聞かせてほしい。アラサカ社は存在してる?』
『探せばあるだろうが……』
アラサカ社は、イーサンたちを殺した企業はこの時代、第四次企業戦争という戦争の真っただ中にいるはずだ。探す必要もなく、常識的に知っているはずなのだ。なにせ日本の企業なのだから。
そう、この時点でイーサンとデイビッドが知っているアラサカは存在しないことが確定した。イーサンはその動揺を隠せない反面、デイビッドを狙う輩がこの世界にはいないということに安堵もしている。
『は、ははっ……』
その感情が顔と声に出た。笑い声のような、だけど少し引き攣るような、そんな息が漏れる。ちらりと隣を見ればデイビッドも意味が分からないといった様子で眉をしかめていた。
「諏訪隊、到着しました。」
「入ってくれ。」
扉から入ってきたのは男三人。女性部隊と違い、こちらは緑を基調とした制服を着ている。三人程度で部隊を組んでいて、それぞれに違う制服が支給されているようだ。咥え煙草の金髪の青年とその隣の茶色い短髪の青年は脇に
『お互いに状況を整理する時間が必要だろう。部屋はこちらで用意するから、そちらで一度落ち着いてくれ。』
『わかり、ました。』
新しく入ってきた男子三人組もその身体がデータで構成されている。イーサンはもう何が何だか分からなくなった。
・肉体世界と電脳世界:ミートスペースとサイバースペース。二人がいた世界・時代では精神をそのままネットワーク上に投影することができるため、肉体がある場所とネットワーク上をこのような言い方で区別していた。
・突然の吐き気:イーサンのスキャナーで相手の情報を見ることができる。トリオン体はプログラムすることで好きな見た目を反映できるため、トリオン体は実体化したデータの集合体であるという本作独自解釈のもと、ボーダー本部はトリオンで構成されているため、その情報の波がイーサンに流れ込み、データ酔いした。
・魂の救済プロジェクト:人間の精神をデータ化し、SDカードやUSBといった情報媒体に保存。それを人体に差し込むことでその人格が復活し、意識を乗っ取ることでその人物が永遠の命を手に入れられるというコンセプトのやばいプロジェクト。アラサカという企業が研究している。
・アメリカ合衆国は国家として崩壊している:度重なる核戦争やテロリズム、自然災害などによってアメリカという国は国であることができなくなった。
用語解説は
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あると嬉しい
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なくても良い
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どちらでも構わない