覚悟をしていなかったといえば噓になるが、ここまでとは思っていなかった。世界の歴史は1980年代からすでに違っているし、そのせいで世界情勢はイーサンたちの知っている常識とはかけ離れている。さらにそこにトリオンや近界なんてものが加わるため、パンク寸前だった。
そしてイーサンとデイビッドはその近界から来た近界民として扱うということになり、ナス隊とスワ隊には箝口令が一時的に敷かれたらしい。といってももうすでに漏れているからあまり関係はないというのはコウタロウの話。
箝口令が敷かれたナス隊とスワ隊の面子には、交友関係を築くという大義名分の下でお喋りや勉強に付き合ってもらっている。どうやらボーダーはそこまで規律規範に厳しい軍隊ではないらしい。そもそも軍隊ではないという意見もいくらか聞いたがさすがにそれはないと思う。
「あ、そうだ。」
イーサンとデイビッドが住む捕虜用の部屋に集まったナス隊のレイ、ユウコ、アカネは五人が思い思いの場所で寛いでいた。イーサンとデイビッドはレイと一緒にテーブルについてボーダーについて書かれたパンフレットに目を通していて、ユウコとアカネは二人で勉強に勤しんでいる。
そんな中でレイが何か思い出したように顔を上げる。
『どうかしたか?』
「私たちは今トリオン体で生活しているのよ。」
『そんな話だったね、レイは体が弱いからトリオン体で日常生活をサポートするのがメインの目的なんだっけ。』
「ええ、そうね。その延長で防衛任務に就いているの……ってそんな話はどうでもよくて。」
手のひらを叩いて話を切り替える。
「イーサンくんとデイビッドくんは日本語喋れる?」
『それは俺たちの中に入ってるシステムが勝手に英語に変換してーーーあ。』
イーサンはそう説明しながら気づいてしまった。
イーサンとデイビッドがインストールしているシステムは耳で聞こえる音声を自動的に英語に翻訳してくれる。音声ごと変換することもできるが、大半は視界に文字が映るだけだ。それは視覚にも作用する。見ている文字が自動的に英語に翻訳されて映っている。つまり、日本語なんて一度も目にしたことはないし、耳にしたことはない。
この機能は受動的なものだ。イーサンやデイビッドの目もしくは耳に入る情報を自動的に翻訳しているのだから、イーサンとデイビッドが発する言葉は英語でしかない。
そしてレイ達が全身を換装しているというトリオン体には自動翻訳機能が付いているらしい。こちらはさらに高性能で話す言葉すら相手の言葉に勝手に変換してくれるという優れもの。つまり彼女らは日本語を話しているつもりで英語を話しているのだが、彼女らの耳には日本語に聞こえていて、イーサン達には英語に聞こえている。
「イーサン君?」
『エタン?ーーーあ。』
イーサンは気づいてしまった。そして遅れてデイビッドも気づいた。二人とも、日本語を勉強しないと会話はままならないという事実。
「二人とも?」
『……俺たち、日本語なんて欠片も話してないし、見てもいないんだ。』
『レイ達はトリオン体である以上、レイの言葉は例え日本語でしゃべってても、俺たちには英語に聞こえる。俺たちは常に英語でしゃべってて、ここに来るときはみんなトリオン体で来るから、俺たちの声が日本語に聞こえてるんだ。』
「それって、私達がトリオン体から普通の身体に戻ったら……」
『俺達はレイ達の言ってることがわかるけど、レイ達は俺達の声がそのまま英語に聞こえるから……』
「英会話出来ないと、お喋りできなくなるってこと、よね?」
『いや!俺達が日本語を勉強する!せっかく日本に来たし!日常生活で困るし!』
イーサンは言いながら溜め息を吐いた。言語問題を完全に失念していたからだ。ナイトシティは自動翻訳なんて標準装備、気にしたことなど一回もない。
そして、マサフミとキョウコをはじめ、あの会議にいた大人は英語がわかる人間だった。だから会話も出来たし、意志疎通に問題はなかった。
しかしここにいる隊員の殆どは学生だという。トリオン体であれば会話できるが、外国語である英語でしっかり会話が出来る人なんて限られているだろう。特にイーサンとデイビッドが使うのは
さらに、マサフミが言うには二人とも学生の年齢なら学校に行きなさいとのことだ。学校なんて行ったら日本語が話せないどころか、読むことさえ出来ないのはさすがに不味いだろう。
『レイ、日本語って、どうやって勉強したら良い?』
「え、ええーっと……国語の教科書、かな?」
『少しはボーダーについてわかってきたか?』
『まぁ、それなりには。』
そんな言語問題が発覚して数日後。マサフミに連れてこられたのはボーダーの訓練施設だという。
その前々日に身体測定をされたが、どうやらトリオン体を作成するための身体測定だったそうだ。好きな体型、体格を作れるそうで、要望はあるかと聞かれたが二人には特になかった。現在の体格のまま作成してもらうこととなるらしい。
『ここはトリオン体に慣れてもらうための訓練を行ってもらう場所だ。入隊したての新人訓練に使う施設とも言う。』
四角い枠に囲まれたブースがいくつかあり、そのエリアではトリオンが無限に使用できるらしい。
中に入っても特になにか感じるわけではない。2m程度の壁の上は透明で、外から中の様子を見ることができるようだ。
トリガーの説明からトリオン体で使える武器の概要、実際に戦う敵を見せてくれたりと実地的な学びを得る。
「そういえば、ここに来たときに
『そうだな、俺達は基本
『
「そんなことはないが、訓練生はトリガーを一つしか持てないようになっているんだ。
極力二人でいる状態を崩したくはない。訓練は同じものに参加するようにしたいから
それからさらに数日後。イーサンとデイビッドはC級として入隊することとなった。使う武器は二人ともハンドガン。使用する弾丸はデイビッドはアステロイド、イーサンはハウンドである。
入隊前に発覚したのはトリオン体でもサンデヴィスタンは使えるようだし、イーサンはクイックハックが使用できるということだ。これはマサフミやレイ、コウタロウ達には言っていない。出来る限り使用は控えるようにお互い気を付けようということで話はまとまった。
入隊式というセレモニーが終わり、これから最初の訓練らしい。アラシヤマという隊が先導しており、周りの話を盗み聞きしたところ、アラシヤマ隊は広報活動をする隊でもあるようだ。
正隊員になるためのルールは簡単で、割り振られたポイントを4000まで上げれば良いとのこと。訓練はもちろん、対人練習でも良いらしい。
一通りの説明が終わったところで、訓練用のブースに移動することになった。
「まず最初の訓練は対
<いきなり戦闘から始まるんだね。ナイトシティならそれも仕方ないと思うけど。>
<手っ取り早く向き不向きがわかるって意味ではいいのかもな。サイバーパンクに不向きなやつは最初の仕事で死ぬもんだし、わからせるにはちょうど良いだろ。>
<そんなもんかな?>
<そんなもんだよ。その点、エタンは向いてたってことだな。>
ホロ通信をしても、トリオン体では目がオレンジに光らない。そのため通話状態がバレることがない。
仮想モードではトリオン切れはなく、怪我もしないという旨の説明を受けると、訓練ブースで大きな像が実体化した。
「今日戦ってもらうのはビギナーレベルの相手。君たちも見たことのある大型
現れたのは、確かバムスターと呼ばれるもの。少し小型化してあるとは言うものの、そのサイズは人の何倍も大きい。
「制限時間は一人五分。早く倒すほど評価点は高くなる。自信のあるものは高得点を狙ってほしい。」
早打ちゲーム、ということで良いんだろうか。イーサンは別に銃火器の扱いが上手いわけではないが、これまでの戦闘経験がある分はアドバンテージがある。
ブースに移動しながらチラリとモニタールームを見てみるとコウタロウとダイチがこちらを見ていた。手を振ってみるとひらひらと振り返してくれる。
『さて。銃が小さくて軽い分、ちょっと扱いづらいな。』
右手に銃を持ち、新しく構成されたバムスターを睨む。正確にはそのコアである口の中の丸いレーダーのようなもの。
「四号室、用意ーーー」
銃の感触が懐かしい。腰を少し落として、少し身体を捻り、銃口は右の足元へ下げる。そうだ、この感覚だ。撃つのは一発、狙いは
「ーーー始め」
機械音声が聞こえるや否や銃口がコアを捉えた。銃声が響き、弾丸はまっすぐにそれを貫く。バラバラになっていくバムスターに、イーサンは満足して訓練ブースを後にする。
隣でもデイビッドが同じような記録を出したらしい。二人とも揃って一秒ジャスト。アラシヤマ隊は驚いたような顔をしているし、周りの訓練生からもどよめきの声が上がった。
「君たちすごいな!これは将来有望だ、すぐに正隊員になれる!」
『はは、そりゃどうも。』
潜り抜けた修羅場が違うんで、なんて口を滑らせるわけにもいかない。訓練が終わるまでは大人しくしていた。
訓練で得られたポイントなど微々たるものだった。イーサンもデイビッドも初期ポイントが3000と多く割り振られており、正隊員となる4000までは近い。
「お、いたいた!」
アラシヤマにトキエダと言ったか。訓練の先導者二人がイーサンたちに近寄る。
「二人とも、少し良いか?」
『何か?』
「いや、初回とは思えない訓練だったからな。素晴らしいものだった。」
『ああ、どうも。』
ナイトシティでこうやって近付いてくる奴はろくな依頼を持っていない。何となくひきつった笑みで返してしまったが、彼らは純粋に賞賛しに来たようだ。
『そうだ。手っ取り早く正隊員になるには、どうしたらいいかな?』
「それなら対人訓練のブースに案内しよう。着いてきてくれ。」
・翻訳システム:イーサンとデイビッドは受け取る言語情報のみを自然に翻訳する機能をインストールしている。ナイトシティではほとんど標準装備なので言語を学ぶ必要がない。
・拳銃:返してもらってないし、ワートリ世界の日本では普通に違法なはず。なおデイビッドはあの時一挺しか差し出していないので、もう一挺は普通に所持している。
・デイビッドはアステロイド、イーサンはハウンド:サイバーパンク世界ではパワー武器(跳弾)、テック武器(貫通)、スマート武器(自動追尾)の3種類がある。イーサンはスマート武器を愛用していた。デイビッドは作中にてそういった描写はないのでシンプルなアステロイドを採用。
・撃つのは一発:外せばその分敵に撃たれる可能性が上がる。可能な限り頭を撃ち抜かないと反撃で自分が死ぬ恐れがあるのがナイトシティ。なお、イーサンは銃の扱いが上手いわけではない。
・初期ポイントが3000:主に忍田と諏訪、堤のせい。トリオン体に換装した時、訓練ブースで戦闘能力が既に計られていた。
用語解説は
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あると嬉しい
-
なくても良い
-
どちらでも構わない