新進気鋭の海外スカウト組。そんな話がボーダーに流れているとコウタロウから聞いたのはついさっきのこと。イーサンとデイビッドが入隊初日に対人訓練で他の訓練生をなぎ払ってB級に上がったために出たものだと思われる。
「ま、実際にチャカ持ってる奴は違ぇわな。」
『? チャカって何?』
「拳銃のことだよ。」
『へー』
イーサンとデイビッドは訓練生として入隊した影響で、ボーダー内に私室が与えられた。部屋は基本的に個室らしいが、何かと一緒にいることが多いので二つの部屋をひとつに統合してもらって二人で一部屋を使っている。そしてそんなスペースがあるからかスワ隊の面々は二人の部屋に遊びに来る。なんだかんだで面倒見が良く、イーサンたちがある程度心を許していることもあって友好度は上がり続けている。
「んで、せっかくB級になったんだ。トリガー構成とかどうすんだ?」
「そういえばそうでしたね。二人ともこのまま
『まぁ、そうだな。色々種類があるって聞いてるから、そこから組んでみるつもり。エタンは?』
『俺もあとはスナイパーライフルさえ貰えればいつもの装備になるかな。』
「ほー、イーサンは狙撃もするのか。」
『近距離で撃ってどっかに当たれば吹き飛ばせるしね、足とか。』
「えげつねー話だな、それ。」
『動き封じた方が殺しやすいでしょ。』
「まぁそりゃ……そうかもしれんが……」
イーサンとデイビッドはナイトシティでの生身の殺し合いを想定している。一撃確殺や抵抗することができなくなるように四肢を潰すのが普通という戦闘を経験しているのでそんな考えを持ってしまうが、この世界ではそもそもそんな戦闘は起きないらしい。
マサフミが日本で拳銃を持つのは法律に抵触するので禁止といっていたのを思い出す。銃刀法という法律があるらしく、武器の類は所持を禁止しているようだ。トリオンの銃や剣も決められた職務以外で振り回すことは禁止されていて、訓練ブースや対人ブースなどで扱うようにと釘を刺された。
「トリガー構成も気になるところだが、部隊はどうするんだ?」
『ああ、マサフミにも言われた。俺たち二人で組みたいんだけどって話はしたさ。』
「へぇ、いいじゃねーの。」
『それがオペレーターがいないからダメって言われた。』
「まぁそりゃそうだな。戦闘員一名、オペレーター一名が最低条件だし。」
『でも、正直俺たちは二人でいいっていうか……正隊員同士の大会みたいなのがあるんでしょ?』
「ランク戦のことかな? それならあるよ。」
『俺たちそんなの出ないからさ、多少レギュレーション違反しても特例で認めてくんないかな』
「オペレーターがいないと防衛任務とかに響くからだと思うよ。そこさえどうにかすれば忍田本部長も認めてくれるんじゃないかな。」
『ふーん……オペレーターがどうにかなれば、ね。』
コウタロウとダイチの助言にイーサンはヒントを得た。戦闘中にオペレーター業務が行えれば、マサフミは許してくれる。そう解釈してしまった。
『ねぇ、コウタロウ達の部隊の部屋って入っていい?』
「どうだかな。今のところ俺たちと那須んとこの部隊以外と交流してないんだろ?」
『それは単に機会がないだけさ。食堂は普通に使っていいってマサフミから許可は下りてる。』
「一応本部長に確認してみっか。許可が下りたら遊びに来い。お前らに麻雀ってもんを教えてやる。」
『麻雀って古いボードゲームだっけ?』
『トランプの立体版じゃなかった?』
「お前らが何を想像してるのか全然わからねーけど、遊びに来た時の楽しみにしてな。本部長には俺たちから聞いておくから。」
『ありがとう、コウタロウ。でも大丈夫、俺たちこれからマサフミに会いに行くから。』
「そうか。許可下りるといいな。」
今夜はどうやらスワ隊が防衛任務についているようだ。これから仮眠をとると言ってコウタロウとダイチは二人の部屋から出ていった。
『んで、コウタロウ達のオペレーション用のPCでもハッキングする気か?』
『マップデータとかそういうのを盗んで俺とデイブの視界に映るように調整したらいいだけならすぐできると思う。俺たちのミニマップ、今は機能してないしさ。』
イーサンとデイビッドの視界にはいろいろな情報を映し出すことができる。ホロコールであれば通信相手の名前や顔写真、ネットワークに繋がっていれば世界地図や自身の周りのミニマップを映すことも可能である。実際、イーサンは一度だけ泣きながらボーダー本部をクラッキングし、内部構造のデータを抜き取って常にマップを表示している。訓練室や呼び出しに遅れずに行けるのはこれが関係しているのだが、データの吸い出しはバレていない様だし、怒られる気配もない。
ランク戦についてはマサフミから話は聞いているし、防衛任務についてもまだ就いていないだけでそろそろ配置すると言われている。この世界における実戦の日は近いのだ。
『トリガーのセットって開発室に行けばいいって言ってたよね?』
『ああ、今から行くか?』
『せっかくなら武器のセットくらいしておこうよ。デイブも銃の感触とか確かめたいんじゃない?』
『ま、それもそうだな。行くか。』
新進気鋭の海外スカウト組、というのはコウタロウ達の嘘でもなんでもなく、ボーダー内を歩いているだけでヒソヒソと噂をしているのがわかる程度には有名らしい。開発室への道すがら、二人は徐々に足早になっていった。
『すみませーん。』
開発室と呼ばれる空間は、工場や実験室と言われた方がしっくりくると思った。それぞれが別のデスクで何らかの作業をしており、なんだか少し焦げ臭いことがある。
声をかけて少しすると現れたのはモトキチ、開発室長だった。
「なんだ、お前らか。何の用だ?」
『トリガーの設定を頼みたい。要望はこの紙に書いてある。』
デイビッドからトリガー二つと用紙を二枚受け取り、それをモトキチはしげしげとみる。
「わかった。夕方までには終わらせてやる。18時頃に取りに来い。」
『ありがとう。もう一つ、聞きたいことがある。』
「なんだ?」
『トリオン体を調整するのって時間かかるか?』
「何がしたいかにもよる。」
『部隊ができたら俺たちの服を着せてほしい。C級の衣装じゃなくて。』
「なんだ、そんなことか。服装のデザインさえ決めてくれればそこまで時間はかからん。……ん?貴様ら、部隊に所属するのか?」
『それは未定。これからマサフミに話を聞きに行くんだ。』
「ふん、そうか。もし決まれば初仕事には間に合わせてやろう。」
モトキチは言い方こそ多少高圧的なところがあるが、彼自身は優しい。日本ではこういう性格のことをツンデレというらしい。コウタロウからは本人には言うなと怒られたが。
現在時刻は13時。トリガーの設定は意外にも時間がかかるらしい。奥へ向かったモトキチが作業台の上に二人のトリガーと要望書を置いていったのを見るに、仕事の傍らで作業してくれるということだろうか。
場面はさらに変わって、マサフミとキョウコがいる会議室。デイビッドが話を切り出した。
『マサフミ、やっぱり俺たち二人で部隊を組みたい。』
『オペレーターはどうする?』
『俺がやるよ。戦闘とオペレーション、どっちもやる。』
『オペレーターはそれ専用のシステムが作戦室に置いてあるから、両立することは出来ないが……?』
『そのことで、許可をもらいに来たのが俺たちの一件目の用事。』
この場にいる四人は現状トリオン体ではない。英語でやり取りをする関係だ。
『一体どうやるつもりか、聞いても?』
『俺にインストールする。オペレーションシステムとマップデータ。』
『イーサン君に、インストール?それってどういうこと?』
イーサンはその左手の手首からしゅるりとコードを伸ばした。マサフミとキョウコは驚いてそれを見る。
『部屋に置いてくれた端末に繋げられることは確認済み。あとはこれをオペレーションシステムが入ってる場所と繋げて、俺が勝手にデータをパクるだけ。その許可が欲しい。』
『それでオペレーションが可能だとして、戦闘しながらマップを見たりする必要があるが……』
『俺たちの目に直接映るようにどうにかする。そういうのは得意なんだ。』
『ふむ……』
マサフミは何か考えるように手に顎を乗せた。キョウコは相変わらずコードに興味津々だし、伸ばして見せればその端子部分を凝視している。
『オペレーションについてはいいだろう。それが可能であると実証してくれれば考える。』
『そしたら俺たち二人だけで部隊を組んでもいい?』
『ああ。城戸指令には私から話しておこう。それが一つ目、ということは別の用件があるんだろう?』
『二つ目は……実際に見てもらった方が早いか。』
デイビッドがそう言うや否や、姿が消え、マサフミたちの背後の壁に背をつけて立っている。
『これが俺の付けてるサンデヴィスタンってクロームの能力。』
後頸部から覗く銀色が、その時だけはやけに主張が激しく感じられる。イーサンはデイビッドから目を逸らし、マサフミとキョウコは思い切り背後を振り返った。
「瞬間、移動……?」
『そうだけどそうじゃない。サンデヴィスタンは体感速度の拡張とそれに伴う身体機能の上昇。マサフミ達には瞬間移動したように見えるけど、デイブはただ普通に席を立って壁際まで歩いただけなんだ。』
『俺はこれを使って戦ってきた。これは身体の一部なんだ。きっと無意識にこれを使用する。』
『俺達は生き残るための戦いをしてきたから。戦いとなれば、たぶん手段は選ばない。俺達が住んでたのは、そういう世界だから。』
イーサンは徐々に言葉尻が弱くなる。思い出したくもないものだ、自分が何度殺されたかなど。幾度かの死は全てその光景が脳裏に残っている。
デイビッドはそれを見て、普通に歩いて戻ってきた。椅子に少し乱暴に座って、その下でイーサンの手を握る。
『俺からしたら身体機能だ。もちろんボーダーに都合の悪い使い方はしない。約束する。』
『それはもちろん、これまでの君たちの行動を信頼している。処分をするなんてことはないから安心してくれ。』
堂々としたデイビッドが、少し照れた様子で視線を下に向けた。
『デイビッド君の背中の機械の影響、なのよね?』
『ああ、そうだ。』
『イーサン君には付いてないのね。』
『サンデヴィスタンは付けてないよ。俺のは三つ目。俺はハッキングが出来る。』
『ハッキング?』
『そう。マサフミ、トリオン体になってもらってもいい?』
『? ああ。』
キョウコの発言から、次の話題はイーサンに移る。
イーサンはこれまでに何度か使っているように、その目で機械の類いをハッキングすることが出来る。マーキングをしたり、相手の目を潰したり、使用用途は様々だ。
マサフミがトリオン体になったことを確認し、イーサンはじっとその顔を見つめる。その瞳が赤く光り、少し不気味なその輝きをマサフミはじっと見つめた。
『今から少しの間、目の前が真っ暗になるよ。何かしようって訳でもないし、すぐちゃんと映るようになるから。』
『ああ、わかった。』
『よし、それじゃあカウント。3…2…1……』
真剣なマサフミの表情が驚愕に染まる。目の前の机を触りながら、本当に見えないということを何か楽しんでいる節さえある。
『凄いなこれは。トリオン体をハッキングするというのはイメージが付かないが……』
『初めてレイ達と会った時、それからこの建物を見た時もそう。俺の目には情報の羅列が見えるんだ。デイビッドが直接的を叩く役割なら、俺は敵の動きを封じたり、遠くから敵を仕留める役。』
『手のコードは忍田本部長と繋がってないのにハッキングが出来るの?』
『そう。俺は機械を見るだけでハッキングを仕掛けられる。セキュリティを越えるようなのはちょっと難しいけどね。』
もちろん、これも人を殺すための手段である。その視界に相手を映してしまえば、サイバーウェアの動作不良にすることはもちろん、破壊もできるし、人の脳を焼くことすら出来てしまう。もちろんこれもイーサンなりの生き残るための努力だ。
ただ、この世界に来てイーサンが使えるものは、基本的に行動制限をするものだけだ。直接ダメージを与えるようなものはデータがなかった。唯一の例外はあるが、それもトリオン体にダメージを与えるものではないと実証済みである。
『君たちは何故、今それを話してくれたんだ?』
『B級になったら防衛任務に付くって聞いた。俺達が差し出せるのは前にも言った通り、戦力だ。それ以外には何もない。』
『だからこっちが出来ることを今のうちに教えておこうって。俺達がどうにか出来る範囲のことは協力する。任務は毎日いれてくれても大丈夫。』
『俺達が見せられる誠意だ。あとは仕事振りを見てくれればいい。』
ナイトシティでのサイバーパンクは信用によって成り立つ。依頼を完璧にこなせばその知名度でどんどん仕事が入ってくるようになるし、少しでもミスがあれば途端に仕事は無くなる。
それはきっとどの世界でも同じだ。正しく仕事をすれば相応の報酬がもらえるし、そうでなければ減らされる。
だからこそ、この二人には出来る限り隠し事をしないように決めたのだ。なんだかんだでボーダーに来てからはずっと二人に面倒を見てもらっているし、これからもこの関係は変わることがないだろう。少なくともこの場所に居続ける限りは。
『そうか、わかった。そう決めてくれたことに感謝する。』
忍田はただ一言そう答え、頭を下げた。
頭を下げがちなのは日本人ならではとワカコが言っていた。これもそういう、社交辞令だとか癖だとかの類いなのだろう。
・チャカ:関西ではチャカ、関東ではハジキらしい。作者はチャカの方が聞き覚えがある。
・サンデヴィスタン:神経系の異常な覚醒状態とそれによる筋肉組織の強化、感覚の変化をもたらす。サンデヴィスタンは認知機能を上げることで周りが止まっているように見えるし、周りが認知できない速度で動くことが出来る。某実力派エリートでも対策は難しいと思う。
・ハッキング:クイックハックと呼ばれるサイバーパンク的魔法攻撃。相手のサイバーウェアを破損させて中に入ってる有毒物質を体内に流したり、脳の神経を焼いたり、身体に自殺させたりすることが出来るが、さすがにワートリ世界ではそんなことは出来ない。トリオン体の動作不良を引き起こしたりはできる。どちらにせよ強いことに変わりはない。
・ワカコ:ワカコ・オカダ。ナイトシティにいる仕事を斡旋してくれる人の一人。名前の通り日本人のおばあちゃん。関西弁で話す。ここまで紹介しておいて本作には出てきません。
用語解説は
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あると嬉しい
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なくても良い
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どちらでも構わない