Cybernetic Trigger   作:ヴラドミア

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Advance / 信

パッと意識が覚醒した。止めてしまった呼吸が、やや荒々しく再開される。汗にまみれた身体、ドクドクとうるさい鼓動。

恐る恐る隣を見ると、薄く目を開けたデイビッドがイーサンを見て微笑みかける。

 

『俺はここにいるし、エタンもここにいるよ。』

 

デイビッドの右腕がイーサンの首の後ろを通って、その頭を抱き寄せる。

 

『大丈夫、ここはナイトシティじゃない。俺もエタンも、あんなところよりずっと安全な場所にいる。』

 

イーサンは度々悪夢に魘される。悪い前兆ではなく、イーサンの記憶のフラッシュバックだ。自身の、あるいは親友にして恋人であるデイビッドの死を何度か経験してきている。

その忌まわしい思い出が鮮明に浮かび、その度にデイビッドに慰めてもらうのだ。ここは夢の終わり、俺はお前の目の前にいると、優しく頭を撫でられながら。

 

 

 

『ボーダー内での交友関係を深めるためにも、君たちには学校に通ってもらう。』

 

イーサン・アシュフィールドの中にあるマサフミ・シノダの人物像は、鈍感で真面目で、あまり冗談の類を口にしないというものである。イーサンとデイビッドはピシリと固まり、その後に冗談だと続くことを願った。

 

『以前にも言ったはずだ。もうそろそろボーダーでの生活にも慣れたことだろうから、次はもう少し外の世界を楽しんでくるといい。』

 

残念ながら、マサフミは本気らしい。イーサンはともかく、デイビッドは学校というものに良い思い出がない。貧富の格差が激しいナイトシティで、貧民層にいたデイビッドは貴族層の通う学校で差別的な扱いを受けてきたからだ。

そして少し前にレイ達に指摘された日本語が話せないという問題がある。あれから学ぼうとしているものの、軽い挨拶以外の受け答えは全くできないし、英語と語順が違うし、そもそもナイトシティでは言語の学習なんて存在しない。言語を学習したことがないというのが厄介で、どうやって学べばいいのかが全く分からないのである。

 

『マサフミ、本気で言ってる?』

『もちろん本気だ。君たちは17歳、高校生として学業に励むべきだ。』

『俺達はボーダーの仕事をするって約束だし、日中の防衛任務だってある。学校は――』

『学業に励むこともボーダー隊員の務めだ。』

 

ぐうの音も出ない。それも仕事のうちだと言われてしまえば、傭兵は反論することが出来ないのだ。そして、マサフミはそれを心得ている節がある。

 

『ボーダーと提携している高校に行ってもらうことになる。君たちと同じクラスになる隊員には先に伝えておいた。もうそろそろ――』

「忍田本部長、人見と北添です。」

『―来たようだ。「入ってくれ。」』

 

失礼しますと言って入ってきたのは黒い服に身を包んだ細身の女性とふくよかな男性。男はこちらをみて何やら呟いたようだが、それを女が咎めたようだ。

 

『この二人が同じ学年の隊員、人見摩子と北添尋だ。』

『マコとヒロね。』

「おお、英語だ。何言ってるかわかんないね。」

「日本語はわからない、よね?」

「本部長が英語で喋ってるくらいだし、わからないんじゃないかなぁ?」

 

ここは本部の少し大きめの会議室。マサフミ達は奥の方にいて、新しく来た二人は近付きながらこそこそと話しているようだ。

 

「もう知っているだろうが、この二人は海外からの入隊者、デイビッド・マルティネス隊員とイーサン・アシュフィールド隊員だ。」

「人見摩子です、よろしくお願いします。」

「北添尋です、よろしくね。」

 

二人は名乗り、頭を下げた。そういえば日本人は握手をする文化ではなかったと差し出そうとした手を引っ込めてこちらも頭を下げる。

 

「日本語を読むことと聞くことはできるようだが、書くことと話すことはできない。これから学ばせるが、サポートしてあげてくれ。」

「サポートって言っても、僕たち英語で話せませんよ?」

「まずはボーダー内で交流してくれればいい。何かあればトリオン体で意志疎通を図ってくれ。」

「なるほど、わかりました。」

『二人は、ボーダー内ではできる限り日本語で話すこと。』

『……了解。』

 

 

 

それからというものの、自分たちのシステムに入っている日本語の自動翻訳システムをオフにして語学に励んでいた。マコとヒロは学校が終わると顔を出すようになり、それとは別にコウタロウやダイチ、レイとユウコも遊びに来る。

真剣に日本語を学ぶようになり、且つネイティブがそこら中にいるおかげで、大雑把な意思疎通くらいならどうにかできるようになってきた。そうはいってもまだ語彙は少ないので、難しい単語にはついていけない。

 

「そういやお前ら、正式に部隊結成できたんだって?」

 

コウタロウが隣で学校の宿題を片付けながらそう聞いてきた。どこからその話を聞きつけたのかは知らないが、大方マサフミかキョウコが口を滑らせたのだろう。

 

「うん。昨日マサフミが良いって。」

「部隊名はどうすんだ?」

「ブタイメイ?」

「チームの名前。基本的にはリーダーの名前だけど。」

 

レイ・ナスがリーダーなのでナス隊だし、コウタロウ・スワがリーダーなので、スワ隊。苗字が被ったらどうなるんだろうというのが浮かんだが、それは一旦思考の外へ。

サイバーパンクはチームで仕事をすることもあるが、基本的には個人の集まりである。呼び掛けで集まって仕事をして、終われば解散。そしてまたそれぞれに依頼を受ける、というサイクルを繰り返すため、バチバチの戦闘が仕事なら二人が呼び出されるが、ネットやデータ関連の仕事であればイーサンしか呼ばれないのが普通だ。二人一組となった今、チームであることに間違いはないのだが、今更そう呼ばれるのはちょっとしっくりこない。

 

「考えてない。」

「じゃあ本部長が勝手につけるんだろうなぁ。せっかく海外勢のチームなんだから、なんとか隊ってよりなんとかチームの方がそれっぽいけどな。」

「名前、マサフミが決める?」

「リーダーの名前が勝手に付けられる、が正解。」

「ふーん。後でマサフミに聞く。」

 

リーダーはデイビッドのため、順当にいけばマルティネス隊になるんだろう。二人は恋人同士であるがナイトシティでも籍を入れているわけではなかったため、マルティネスという一括りになるとちょっと照れくさいものがある。

 

「忍田本部長から、明後日が初めての防衛任務だって聞いたぞ。それまでに考えておきな。」

「わかった、ありがとうコウタロウ。」

「んじゃ、そんな話も聞けたところで、ちょっとこれ、間違ってないか見てくれるか。」

 

 

日本語を教えてもらう代わりに、イーサンたちは英語などの勉強を手伝っている。

日本のガチガチな文法教育はイーサンたちも驚くほど固いし、他の勉強もアカデミーの物とは全然違う。紙を使うことすら新鮮だ。

 

 

 

時は進んで二日後の昼。学生の隊員はほとんど出払っていて、防衛任務に当たる隊員のみがこのボーダーの周りにいるような時間だ。

 

「さて、二人は今日が初めての防衛任務だが、その前にいくつか話がある。」

 

マサフミに召集され、いつもの会議室へ。マサフミどころか初めてボーダーに連れてこられた時の面々が揃っていて、内心はドキドキしている。

 

近界民(ネイバー)だけで構成された部隊というのは初めての試みだ。我々としても慎重にならざるを得ないことを理解してほしい。」

 

一番奥に鎮座するマサムネの言い分は尤もだ。こちらにその気がないにしても、あちらから見れば侵略者の可能性があるような人物。今まで優しい対応をされていた方がおかしいのだ。

 

『それはわかってる。それに、信頼も信用もそう簡単に勝ち取れるもんじゃない。』

「結構。特異な力を持つ君たちの働きには期待している。」

『ああ、期待通りの働きをして見せるよ。それで、本題は?』

「良いだろう。これを見たまえ。」

 

モニターに映されたのは防衛任務の概要だ。

ボーダーの敵、近界民というのは門と呼ばれる空間の歪みから現れる。オペレーターや司令部が歪みそのものや予兆を確認し、そこに隊員が赴いて現れたトリオン兵を倒す。指定された時間中、ずっとこれをこなすだけだそうだ。かといって出現数はまちまちで、多い時も少ない時もあるらしい。

 

「君達が防衛任務に当たる時のみ、出撃するのは君達だけだ。」

 

防衛任務はいくつか部隊が同時に編成され、エリアごとに守備につくのが基本らしい。これはコウヘイから聞いたことで、間違いはないだろう。

 

「同時に編成された部隊は基本的にボーダーで待機。もちろん、すぐに出撃できるように準備をさせるが、可能な限り君たち二人で対処してもらう。」

『……それで俺達が信用に足るかどうかを判断するつもりか?』

「そうだ。将来的に、君達は部隊でありながら個々で遊撃に回ってもらうつもりだ。そのための戦力の計測も兼ねていると思ってくれ。」

『俺達が二人で戦地に出て裏切ったらどうするつもりだ?』

「トリオン体はトリオンを用いた攻撃以外を一切受け付けない性質を持っている。」

『……なるほど、わかった。』

『俺のハックとデイブのサンデヴィスタンは使ってもいいの?』

「構わない。これを機に限られた範囲で君たちが近界民(ネイバー)の協力者という情報を広めるつもりだ。これに関しては日常生活や常識の齟齬への理解者を増やす目的もある。」

『それはありがたい申し出だね。』

 

二人の部屋に来る隊員は一様に海外スカウトなんてものは実際に行われていないというような話をしていた。あれは本当なのだろう。英語とはいえ言葉が通じるところは運が良かったし、ボーダー内で混乱を生まないためにも必要な嘘だったのかもしれない。

現状、公式に二人が近界民(ネイバー)だと知っているのはナス隊とスワ隊だけだ。もしかするとコウヘイとヨウスケは聞いたかもしれないが、それ以外の隊員は一応知らない体になっているはずである。

 

「以上だ。何か質問は。」

『サンデヴィスタンもクイックハックも使っていいってことは、俺達は俺達のスペックをフルで使っていいって認識でいいんだな?』

「もちろんだ。全力で任務に当たれ。」

『了解。』

「よし、それでは解散とする。」

「二人の防衛任務は今夜だ。まだ時間はあるからトリガーの調整や休息に充ててくれ。」

『わかった。準備をしよう、エタン。』

 

二人はさっさと会議室を後にして、自室へと向かう。防衛任務はボーダーとしても、サイバーパンクとしても、この世界初めての仕事だ。

多少なりとも意気込んで、仕事の用意を始めるのだった。

 




・貴族層が通う学校:ナイトシティは企業がその経済を牛耳っている。企業勤めはエリートの証、その分命が狙われやすいが。イーサンは死別した両親が元企業勤めだが、デイビッドはそうではない。

・言語の学習:マイナーな言語でも自動翻訳のシステムに言語モジュールをインストールすればどんな言語でも理解できる。日本語や中国語、スペイン語なんかは標準的に実装されていそう。

・紙を使うことすら新鮮:ナイトシティの学習は椅子に座って専用のゴーグルをつけ、ホログラムや電脳空間で行われる。現実世界にはその椅子しかないし、アカデミーは基本手ブラで行ける。

・トリオン体はトリオンを用いた攻撃以外を受け付けない:戦地のど真ん中で素っ裸にして見殺しにするぞという脅し。

用語解説は

  • あると嬉しい
  • なくても良い
  • どちらでも構わない
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