Cybernetic Trigger   作:ヴラドミア

9 / 9
Overprotection / 学生

学校の授業の内容自体は割と退屈なものだった。イーサンはナイトシティのアカデミーでも学力トップの成績を残していたし、デイビッドも成績上位者であった。数学や理科系の科目、母語である英語は簡単に解けてしまう。

お分かりだろう。国語と社会科系の科目は絶望的である。辛うじて1800年代頃までの世界史はどうにかなるのだが、近現代は彼らの知るものと明らかに違うし、日本史や日本の政治経済はそもそも知識として持っていないし、2075年とは違う地理に混乱する。国語なんて二種類の日本語となぜか中国語をやらされていて、日本の第二外国語は英語じゃないのかとヒロに文句をつけた。ヒロも同調したので日本人でも謎らしい。

 

「サトシ、読んで」

「お?なんです?」

「これ、ここからここまで。」

「はいはい。持仏据え奉りて、行う尼なりけり。簾少し上げて、花奉るめり。」

「スダレって何?」

「簾っちゅうのは垂れ幕みたいなもんです。昔は横開きの障子とか襖って言うドアもあるんですけど、簾を垂らすだけってのもあったんよ。」

「パーティションね。ありがとう、サトシ。」

「かまへんよ。」

 

ここは生駒隊の隊室。二人の噂を聞き付けた隊長に会ってみたいから連れてこいと命令されたらしい。その時のサトシは少し申し訳なさそうな顔をしたが、勉強を教えてもらえると言うので貸し借りはなくなった。

 

時期はもうすぐ一月の末。期末テストと呼ばれるものが迫っており、世の学生達が猛勉強をする時期なのだとか。マコとヒロからは四月まで待ってもらえば良かったのにと言われ、サトシからはテストで悪い点取ったらマサフミから怒られると聞いている。

流石に怒られたくはないので慣れない日本語の勉強をしなくてはならないのだが、どうやらその比でないくらい学業がまずい年上がいるらしい。

 

イーサンもデイビッドも学校というものに概ね満足している。チェアに座って、パーソナルリンクを接続し、延々と抑揚の無いAI教師の声を聞き続けるよりよっぽど楽しいものだ。日本語という聞きなれない言語で授業を受けているというのも刺激に関与しているかもしれない。

 

「お疲れさまでーす。」

「こんちはー……って、水上先輩、お客さん?」

「お疲れさん。ほら、前にイコさんが連れてこいてうるさかったやろ。」

「ああ、例の。初めまして、隠岐孝二です。」

「細井真織言います、よろしゅうお願いします。」

「俺がイーサン・アシュフィールド。こっち、隊長のデイビッド・マルティネス。よろしく、コージ、マオリ。」

 

生駒隊の隊員2名が合流。軽く自己紹介を済ませると各々が席に着いて作業を始める。といっても彼らも提出課題があるらしく、それを進めているだけだが。

イーサンたちは二人が来たタイミングで提出課題を中断し、再度向き合いたくないという強い拒否反応から、国語の教材を鞄にしまい込んだ。新たに取り出したのは生物である。こちらも授業中に課題が出されたため、提出日までの短い期間で問題を解き終えなければならない。

 

先進医療が高度に発展し、さらにはその軍事利用まで画策された世界に生きていただけあって、二人の生物学への理解度は高い。用語も記述もすらすらと埋めていくが基本的には英語で書かれている。

 

「イーサンくんにデイビッドくん? さすがに日本語で書かなあかんのちゃう?」

「いや、だって、言語は指定されてないし!」

「そもそも日本語でなんていうかわかんないから……」

「まぁ……確かに……」

 

そう答えながら、記述式の回答すらも英語ですらすらと記入していく。一度はツッコんだサトシも納得したように引き下がったが、留まることなく回答し続ける二人には感心した。なお教材を変えるタイミングで自動翻訳システムを起動しているので二人の目にはすべて英語で映っている。

 

 

 

それから暫くして、怒涛の速度で課題を一つ終わらせたイーサンとデイビッドはコージとマオリに勉強を教えているところだった。サトシはすでに我関せず。自身の課題を一段落させ、何かの雑誌を読んでいる。

 

「にしてもイコさん遅いなぁ。このまま居させるのも悪いし、また後日来てもらった方がええんちゃいますか?」

「奇遇やな隠岐、俺も同じこと考えてた。」

「タツヒト、今日は来ない?」

「防衛任務がない日でもだいたい隊室にはいるはずなんやけどね、いつもなら。」

「二人もやりたいことあるやろし、今日は申し訳ないけど……」

「気にしないで、俺達は暇だから。」

「じゃ、今日は帰るね。また会えそうなら呼んで。」

「堪忍な、ありがとう。」

「また明日なー。」

「うん、バイバイ。」

 

生駒隊の隊室を出て、歩き出す。自室へ向かう道はさほど遠いものではないが、少々面倒ではある。

エレベーターに乗って下の階へ。その道中は人が多くて少し騒がしい個人戦ブースを横切る必要があり、イーサン達はあまり通りたいとは思わない。ただそこを通るのが近道であるのと、自動販売機が近くにあることで、飲み物をいくらか買って帰るためにも通るべき道であると二人は結論付けたのだ。

 

ドアが開いて、視線の先には個人戦のブースがある。今日も賑わいを見せるそこには色とりどりの隊服が一様にモニターを見ていて、今日もみんな元気だなと他人事に思う。

 

「あら、イーサンとデイビッドじゃない。」

「ユウコ」

 

自販機の前でユウコが休憩していたようだ。こちらに気付いた彼女が手をひらひらと振るので、手を上げて応える。

 

「あんた達もランク戦しにきたの?」

「違うよ。ここ、部屋に帰る道。」

「そうなんだ。せっかくならランク戦の見学でもしていったら?今日はいろんな人がいるし。」

「俺達が行ったら大変でしょ。普段部屋から出てないし。」

「盛り上がると思うけどね。まぁ無理には――」

 

ユウコはランク戦とやらが好きらしい。ただ熱心に進めてくるだけでなく、引き際もちゃんとわかっているのが良い。

そんな会話の中で、デイビッドが急にサンデヴィスタンを起動したようだ。隣から消え、いつの間にやらユウコの背後にいる。

その手は誰かの手首を握って上に。その誰かはひきつったように苦笑い。特に抵抗する様子はなく、というか諦めたように無抵抗で、乾いた声を上げる。

 

「はは……今日も美人だね、熊谷ちゃん……」

「迅さん……っ!もしかして、また!」

「セクハラ。」

「……デイビッド、できればもっと強めに。イーサンも手伝って。」

「え、ちょっと、熊谷ちゃん!?」

「これでいい?」

「痛い痛い、既に痛いから!」

「そのまま。今までのお返しよ!」

 

イーサンもデイビッドも、ナイトシティではサイバーパンクの仕事で生きたままの捕縛を命じられたり、NCPDに協力して人の逮捕に協力していたりと、逮捕術のようなものにも片足を突っ込んでいる。

二人はジンサンと呼ばれた彼の腕を極めながら、ユウコの制裁を受ける彼をじっと見ていた。端から見れば処刑であるが、ユウコの勢いの良さを見るに常習犯だろう。

 

周りから視線を集めるほどの乾いた音が廊下に響き渡る。思いきり振りかぶった渾身の一撃に、イーサン達は思わず目を逸らしたが、その音に目を瞑ってしまうほど。

 

「もういいよ、ありがとう二人とも。」

「う、うん……」

「あー……良かっ、た?」

「やっと今までのツケをやり返せたわ。ちょっとスッキリした。」

 

清々しいまでの笑顔を見せるユウコは地に伏すほどのダメージを受けた男に目もくれず、ランク戦へと向かっていった。

 

「大丈夫?」

「かなり効いたね、ジンジンするし熱い……」

「まぁ、犯罪は良くないな。」

「見つからないように気を付けるよ。」

「そうじゃないけど……」

「平手打ちなだけ良いもんだろ。」

 

立ち上がりながらそんなことを言えるだけ元気はあるようだ。名乗る程度の自己紹介を済ませて去ろうとすると、ユウイチから待ったがかかる。

 

「何?」

「二人に会いたいってやつがいてさ、良かったら会ってくれない?」

「会いたい?なんで?」

「色々と噂を聞いて、強いかどうかを確かめたいんだってさ。」

「戦いたいってこと?」

「まぁそうなるだろうね。ちょうどそこにブースがあるからさ。」

「いいよ、少しね。」

「助かるよ。たぶんすぐそこにいるからさ。」

 

 

 

そしてやってきた個人ランク戦ブース。ユウイチは有名人のようだし、イーサンとデイビッドはそれはそれとして一部では有名である。そんな三人が一緒に歩いていれば注目されてしまうのは明らかで、正隊員に倣って訓練生までもが視線を送るのだ。デイビッドはともかくとして、イーサンは目立つことに慣れていないため、少しでも身体を小さくしようと猫背になる。

 

『相変わらず人が多いとこ苦手だな』

『なんか怖いっていうか……アフターライフも最期まで慣れなかったな。』

 

ナイトシティにいた頃から、人混みがあまり得意ではない。人前に出ることがあまり好きではないのだ。そういうところにいく時は今と同様、デイビッドに手を握ってもらうのだ。というか、そうして強引にでも進ませてくれないとこんな場所に来たりしない。

 

「小南、見つけたよ。」

 

ユウイチが声をかけたのは緑のジャージを着た少女。オレンジのショートカットで、癖なのか髪が跳ねている部分がある。

 

「迅!例の二人ね!」

 

元気の良い声で接近し、物色するようにじろじろとイーサン達を見る。

 

「あんた、あたしと勝負しなさい!」

「え、俺……?」

 

デイビッドに指を向け、やる気満々の彼女にデイビッドは戸惑い、困惑の視線をユウイチに送る。それに対して困ったように笑うことしか出来ないユウイチに代わって、イーサンが声をあげた。

 

「ダメ、やるなら俺と。」

「なんでよ!」

「リーダーは……いろいろ、戦っちゃいけない、から。」

「え、そうなの?じゃああんたでいいわ!」

 

サンデヴィスタンの負荷も考えれば、一日の起動回数をあまり増やしたくはない。さっき痴漢未遂で一度使ったのもあって、イーサンはデイビッドに戦闘させたくはないのだ。

 

「十本勝負で良いわよね?」

「うん。何してもいい?」

「副作用でもなんでも制限はなしよ、本気でやって!」

「わかった。」

 

 

 

「コナミは強いか?」

 

デイビッドはブースに入っていくイーサンを見送って、モニターの前の席に座った。先に座っている迅の隣である。

 

「強いよ。二人の本気には敵わないだろうけどね。」

「そうか。」

「……心配?」

「いや。心配事はなくなったよ。」

「なくなった?」

「俺がコナミと戦う方が……いや、なんでもない、気にしないで。」

「確かに、それよりは良かったかもね。」

 

デイビッドが言い淀んだ内容に、ユウイチは同意をした。デイビッドはチラリとユウイチを見ると、何かを悟ったように苦笑している。

二人は先ほど知り合ったばかりの間柄だ。その方が良かったなどと言えるような仲でもなければ、事情を知っているわけでもない。彼はその方が良かったと言えるような情報をどこかで得ている。出会ってから今までで。デイビッドが傷付けば、荒れるのはイーサンの方だというのはマサフミ達も知らない。

 

「前か先か、どっちを見た?」

「察しがいいね。未来が見えるんだ、俺。」

「……そうか。」

 

それ以上、会話は続けなかった。

 




・中国語:漢文。なおナイトシティにはタイガークロウズというギャング集団があり、虎鉤衆というウォールペイントが見られるため、割りと漢字も一般的。

・持仏据え奉りて~:源氏物語の若紫。高校古典ではありがちな文章。

・AI教師:イーサン達が通っていた学校はホームルームから授業まで、顔面のホログラムが請け負う。全てが円滑に進むようにプログラムされたAIであり、抑揚のない音声で淡々と授業が進む。

・未来視:イーサンが未来に抗ったことを知っているデイビッドはそれがあればと考えてしまった。

用語解説は

  • あると嬉しい
  • なくても良い
  • どちらでも構わない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。