引き続き見守ってくださると大変幸いです。
それと, 感想が来ないなぁ…と思ってたりします。よければ感想とか, 改善点とかご指摘していただけると本当に嬉しく思います!ぜひともお願いします!
クルヌギアスの知り合いの或真という男に付いていき, 車に乗せられて街外れの彼の自宅まで連れられていった。彼の家は小さなフラットハウスで, 中に入ってみると意外と広く, 一人で住むには広すぎるくらいに思えた。リビングに案内され, 中央のソファーにクルヌギアスと共に腰掛ける。清潔感のある空間で, 質素な印象を受けた。
「お待たせ。お茶くらいしかないけど…」
或真がキッチンから出てきた。テーブルに置かれたのは, ティーポットと緑茶の入った湯飲みが3つ。どうぞ, と言われて緑茶を口に運ぶ。美味い。ほんのりとした温かい苦味が口の中を満たす。或真は対面しているソファーに座り, ため息をついてから語り始めた。
「えぇ, と。まずはクルヌギアスさん, 源くん。お疲れ様。長旅で疲れたかい?」
「お陰様で。貴方が色々やってくれて大分楽だったわ。まぁ…予定が少し狂ったのは確かだけど」
クルヌギアスが答えた。俺が疑問に感じてそうな表情をしたので, 彼女は俺を見て続ける。
「源。改めて紹介するけど。或真くんはエンジニアよ。私が収容所に潜入できたのも, 彼のお陰ね」
「いやぁ, そうは言うけど…クルヌギアスさん程だったら, 僕が何もしなくても問題なかったんじゃないかなぁ, はは…それに, 『元』エンジニアね。今はフリーターみたいなもんさ」
或真は謙遜している様子で答えた。フレンドリーな印象を受ける人だった。
「でも, そうだね。収容所の場所の特定, 内部のセキュリティシステムを書き換えたのは僕だ。昔の
咄嗟に, 俺はさっきから感じていた疑問を口にした。
「今言った,
或真は俺の方を見て, こう答えた。
「ん, そうか。源くんは知らないのか…無理もない。じゃあ, どこから始めようかな…」
「簡単に言えば, この社会を支配する組織ね」
クルヌギアスが先に説明した。
「この世界において, 金は権力。金を多く稼いで利益を出せば, 社会での力と影響力が高まる。金の流れと利益を独占しているのが…
「そうだね。
つまり, 社会を統べる中心的な存在こそが
「源。貴方の考えていることはわかる…
「…ああ。その通りだ」
「私達も同感よ」
「何?」
「うん。ところがね…ここからが問題だ。その『理由』は僕らもよくわからないんだ」
或真の付け加えた説明に俺は若干, 驚いた。
━わからない, だと?
「貴方が幽閉された理由。貴方が記憶を消された理由。現時点の私達にはその情報が一切ないのよ」
「…じゃあ, 俺を助けたのはどういう了見だ」
理由がわからぬまま, 助けたということか。考え難い。もし, 収容所という機関を瓦解させたいならば無差別に囚人達を解放したりと, 他の方法がいくらでも思いつくだろう。その中で━俺だけにターゲットを絞るのは, 重大な訳があるに相違ない。それとも━
「『俺を守るため』か?」
「それが私の使命。精霊として私の魂に刻まれた義務だから。私自身の存在理由, かしらね」
クルヌギアス自身の存在理由, か。それでもにわかに信じ難い。しかし, 収容所の俺に対するAの執着を考えると━きっと, 俺の存在には何か大きな意義があるのだろう。それこそ記憶喪失の中で今は失われているものの。
「最初は私一人で色々と手を回してみたけど…
「…最初は驚いたけどね。クルヌギアスさんが突然, 僕に協力をお願いして来たもんだから。思ったより上手くいってよかった」
或真は両手をパン, パンと叩く。
「ともあれ, 源くんが無事に脱出できた。今後のことはまた色々考えよう!あと源くんは当面の間, 僕の家で過ごすといい。部屋を空けておいたよ」
「…それは, 非常にありがたい。いえ, 誠にありがとうございます」
俺は頭を深く下げる。
「そんなにかしこまらなくていいよ!僕の一存でやっているだけだ。無論, クルヌギアスさんのこともあるしね」
「そういえば, 或真さんとクルヌギアスはどういう関係なんだ?」
クルヌギアスは少し考えてから言った。
「仕事仲間, かしらね?」
「うーん…まあ, そんな感じだな。知り合ってからどれくらい経つっけ?」
「1年半ね」
「1年半。そうか, もうそんなに経つのか…」
或真は感嘆のため息を漏らし, 何回か頷く。それに対してクルヌギアスの表情が少し曇ってきたような気がした。
━何か, 過去にあったのだろうか。
「…ともあれ。二人とも, もうかなり遅いから休んだらどうだい?」
或真がリビングの壁に掛かったアナログ時計を示す。収容所にはなかった時計━時間の概念が, 自分から失われていたことに改めて気づく。それでも時刻の読み方までは知っている━午前2時15分。十分遅いと言っていい時間帯だろう。
「そうだな…少し眠いかもしれない。電車で寝たんだがな…」
「そうか。じゃあ, 源くんは部屋とシャワーに案内するよ。ついて来て!」
或真が立ち上がり, 俺とクルヌギアスもそれについて行った。
シャワーを軽く浴びた直後, ベッドに突っ伏して意識が遠のいていった。
長い, 長い1日がようやく終わった━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「…眠った?」
「ええ。熟睡中よ。ところで黄金卿はどうしたの?さっき居なかったみたいだけど」
「あぁ, とっくに寝たよ。あの人, ホントに気まぐれだからなぁ…」
黄金卿。僕の精霊。本当ならば, さっきの時点で源くんに紹介させておきたかったけど。『我は眠る』とか言って姿を隠してしまった。
まぁ…明日でもいいけど。
源くんが床に就いて1時間ほど。僕がリビングで書類の束に目を通しながら作業していたところに, クルヌギアスさんが入ってきた。彼女は僕の隣に腰掛け, 僕の正面にあったノートパソコンの画面を覗く
「…気づかれてなさそう?」
「今のところはね。ようやく非常事態が解除されたところかな」
僕は紙を置き, パソコンの画面を一瞥した。画面にはプログラムの書かれた無数のウィンドウと, カメラで映された画面が3,4つほど。映像には壁一面と平行に並んで地面に突っ伏しているオレンジ色の服装を着た男達の姿が映っている。看守と思しき警棒を持った人物が, 数を数えているかのように指を動かしている。
「そのうち看守達も気付くでしょう…まぁ,
クルヌギアスが呟くが, 僕は正直言って, 彼女が目的を果たすために取った手法に度肝を抜かれている。
潜入して間もなく看守らの精神を書き換え, 自分の存在を認識させなくした上。僕から源くんの移送についての情報を受け取るや, 今度は囚人達の精神を操作して暴動を起こさせる。
はっきり言って大胆不敵すぎる。僕だったらもっと静かな方法を取っていた。
「で, この後のこと。源くんを置いていくことに異議はないけども, 彼をどうする気だい?」
まだ, クルヌギアスさんとはこの事について十分話し合っていなかった。僕自身, 源くんに関しては同情しかない。何せ, 自分の意思に反して非常に長い期間, 牢で過ごすことを強要されてきたからだ。
しかし, 彼の救出について僕を頼ってきたのは彼女━
「まず, 源の記憶喪失と収容について,
「それはわかってる。ちょうど今, 調べ始めていたところだよ。そうだね…この調子だと, しばらくかかると思うな」
「そう。悪いわね, 色々と」
「全然!むしろありがたいよ, ちょうど暇してたしさ」
クルヌギアスさんは微笑む。
「それで, クルヌギアスさん。彼について, 他に何か考えていることは?」
クルヌギアスさんは少し考える素振りをしてから, こう答えた。
「私が責任を持って, 彼を守る。そして…彼にはこの世界を見せていく必要がある。この社会の現実をね」
「現実…か」
クルヌギアスさんは真剣な顔で言ってきた。彼女とはそれなりの年月を過ごしてきた仲だ。その言葉の意味するところを, 僕はよく理解している。
でもハッキリ言って, 僕はあんまり乗り気じゃない。ただでさえ脱走犯扱いの彼を保護しなきゃいけない中で, なおさら波風を立てたら災いの元だ。
「聞くよ。それは, 彼に
僕はクルヌギアスさんの目を真っ直ぐ見て, 神妙なトーンでそう伝えた。彼女は, 静かに答える。
「…私は, 彼を導くだけ。それが私の使命だから」
「使命, か。僕はちょっと, 乗り気じゃないな。正直」
「なぜ?」
「なぜって, 決まってるじゃないか。背負うものが大きすぎる」
「彼もいずれ, それを背負う覚悟を身につけられる。私にはわかるの」
クルヌギアスさんは確信を持ったような口調で言うが, 納得ができない。僕はため息を吐いてから, 少し声を大きくして返す。
「その言葉の意味, 当たり前にわかってると思うけど…本気かい?」
「私は本気。いつだってね」
「これは僕や君よりも, ずっと大きなこと。世界を
僕は一旦言葉を止める。
「もう一回聞くよ。クルヌギアスさん。君は, 源くんにどうしようもなく大きなモノを背負わせようとしている。それって━」
「━
冥神は黙りこくる。しかし, 表情は依然として淡白としていて, 眉一つ動かない。
僕は唾を呑んで続けた。
「君は見ていたはずだ。彼女の側で。彼女の全て…始まりから, 結末までをさ。それをまた彼にやらせると言うのか?」
「やらせる?人聞きの悪い言い方ね」
「やらせるも同然でしょ。その方向に押すってことはさ。なんで?」
僕は彼女に迫る。
「弟だから?お姉さんと同じことをやらせるってこと?」
クルヌギアスさんはそれを聞いて一旦動作を止めた。その後, ため息を吐いてゆっくりと立ち上がり, リビングの窓の正面へと歩いていった。
外はいつしか, 雪が激しくなって吹雪が吹き荒れている。
「ねぇ, 或真くん。聖梨がいなくなって…もう1年半経つわね」
僕は足元を一瞥する。なんとも言えない, 悲しみとも虚しさとも言えない複雑な感覚が一瞬心を覆った。
「…そうだね」
「それで, 世界は変わった?」
「全然」
僕は即答した。事実だからだ。それどころが, 悪化している節だってある。
僕が嫌気を覚えた, これでもかという搾取構造。無視され, 踏みにじられ続ける人の尊厳。
「私は…ずっと後悔しているの。あの時,
「…………」
「でも, 聖梨は違う。不条理を目の当たりにして逃げなかった。戦うことを選んだ。それが, どれだけ自分より大きくても。どれだけ味方がいなくても。どれだけ不利だとわかっていても。彼女は戦うことを選んだ…逃げた私とは, 大違いよね」
「恥じることはないさ。誰だって, 勝てない戦いからは逃げるよ」
「あの子はそうして戦って…本当に勝つところだった。あとほんの少しで, あとほんの一押しで……不条理を壊せるはずだった。私はあの子の隣で全てを見ていたから, 尚更わかる」
「だから…なんてあの時, 消えたのか。スッキリしないわ」
僕は黙ってクルヌギアスさんの話を聞いていた。
「私は, この心残りを晴らしたい。或真くん, 貴方にもわかるわよね」
「わからなくはない。それでも, 君の目的のために源くんを利用するのは, よくないと思うな」
「…利用じゃない。私がこうするのには, ただ私の勝手な挫折感を満たすためじゃないの」
「じゃあ, どうして」
一時の沈黙。
「そういえば。あの時のこと, 話してなかったわよね」
「あの時?」
「聖梨と最後に話したことよ」
ああ, そうだった。
というか, あの後はしばらくクルヌギアスさんと連絡が途切れていたものだから, 僕も忘れかけていたな。
漆黒の佳人は振り返る。その赤き両眼に, 悲しみの中の怒り, 儚さの中の熱情を秘めながら。
「彼女の意志。私への最後の願い, それは━」
「『私の大切な弟を守って。そして導いて欲しい。この世界と戦えるように━』」