混乱した皆様方, 大変申し訳ないです。
━リバティ西地区・繁華街
━旧プライマル・インダストリーズ社ビル
━19:44
「ぷはーッ!やっぱ, ビールが一番だぜ!」
ジョッキを飲み干し, 机に叩きつけるのはショートヘアの女性。白のタンクトップを纏った上半身は筋肉質なのが窺える。薄暗い照明が照らす部屋は, 酒とタバコの匂いで充満していた。
「何杯飲んでも飽きねえしな!ほら, お前も飲めよ, ディプロス!」
「ケントレギナ姉御。飲み過ぎには気をつけた方がいいぜ?」
男勝りな口調で話すタンクトップの女性━ケントレギナが腰掛けている机の隣で, 壁に寄りかかる男━ディプロスは含み笑いを浮かべて答えた。片手に挟んでいたタバコを吹かした後, テーブルの灰皿に擦り付ける。
「明日の夜までぶっ倒れても知らねえぞ」
「アタシがそんなヤワなわけねーだろ?!」
「この前そうやって居酒屋で調子こいて死んだの, もう忘れたとは言わせねーぞ?」
「あぁん?!ウソつくな!そんなん知らねーぞ?!」
「倒れてた姉御のクソ重い身体を俺とテリジアでここまで担ぐの, 大変だったんだぞ?それに, その次の日の姉御の仕事を俺らでやんなきゃいけなくなったんだっつーの」
「あー…」
ケントレギナは少し呆然とした表情で止まると, 唐突に大笑いした。
「ハハハ!そんなことあったなァ。まぁ, 次は大丈夫だろ!」
「ヘッ。そうかよ」
ディプロスは壁から身体を離した。
「で, どうよ。俺らの進捗」
「進捗?そうだねぇ…」
ケントレギナは引き出しから1枚の折り畳まれた紙を取り, 机上に広げる。大量の書き込みで覆われた, 街全体の地図が二人の目に入った。
「今日の報告で, 西一帯のちっせえ連中はほとんど片付けてるはずだ。もうこの辺りでアタシ達に敵う勢力は居ない。そうすりゃ, 次のステージの時間だな」
「…いよいよ, 縄張りを広げる時か」
「ああ。こんな狭い西地区じゃあ, 満足できねぇ!この街全体を, アタシ達『ダイノルフィア』の色で染め上げるまで止まることはできねぇよなぁ?」
ダイノルフィア。この広大な都市━『リバティ』で活動するデュエル・ギャングの1つ。
ギャングは街の各地で互いに縄張り争いを繰り広げ, 企業や商店を傘下に取り込んで利益を得ていった。
リバティ西部は比較的小さい地区で, 海に面した郊外を除けば, 目ぼしい場所はダイノルフィアが拠点とする古ビルが存在する繁華街くらいしかない。人口も少なく, ビジネスの場としては他の地区よりも遥かに小規模だった。
裏を返せば, 競争も他と比べて少なく, 掌握するのも難しくない。ケントレギナらがこの地区に目を付けたのは正解であった。
「初めっから他の地区で暴れるのも良かったんだがよ…それじゃあ, つまんねえだろうが。アタシは, 極限までファイトを楽しみたいんだ。わかるだろ?ディプロス」
「当たり前ぇだ, 姉御」
一刻も闘いに身を投じたい, スリルを味わいたい。
太古の昔に絶滅した種の僅かな末裔として, 常に窮地に立たされた状態で精霊界を生き延びてきた彼らは, 極限の闘いを楽しむという感情を覚えた。死と隣り合わせの決死さと, 敵を破る達成感。これらが高じてこそ, 生を実感できる。
「ま, こんな時間だ!そろそろ飯にしねぇか?ってか, テリジアはどこ行った?」
「テリジアか?さっき, 下に降りてったと思うが…」
「二人とも!」
部屋のドアが開くと, 茶髪の刺々しい髪型をした女性が入ってきた。
「よぉ, テリジア。今お前んこと探しに行こうと思ってたんだ。飯の時間だしな」
ケントレギナが椅子から立ち上がるが, テリジアの表情を見て少し怪訝そうな顔を浮かべた。
「姉さん, ディプロス。私達に会いたいって言ってる人がいるんだけど」
「私達に会いたいだぁ?こんな時に, 一体誰がだよ?」
何かの冗談だと思い, ケントレギナが目を細めた途端。
「僕だよ」
無機質な声。テリジアの背後から, 人影が現れた。
暗い部屋と対照的な白いローブ。右手には何か杖のような長物を構え, フードを深く被った顔は更に仮面で隠されていた。
フードの男は前に歩み寄り, 部屋の中央で立ち止まった。
「…何だ?お前は」
ケントレギナは顔をしかめる。当然このような男には見覚えがない。ディプロスもテリジアも, 少々困惑した様子で訪問者を眺めていた。
「ダイノルフィアの方々, で間違いないかな?」
フードの男の問いに, ケントレギナは鼻で笑う。
「質問に質問で返すっちゃあ, 話になんねェな。人ん家入ったら, 自分から名乗るのが礼儀だろうが」
それまでディプロスの前で悪ふざけに浸っていたケントレギナは何処か。その肉食獣の如き黄色い眼は鋭く仮面を睨んでいた。それでも, フードの男は何も言わない。
ケントレギナはハァ, と一息吐いて続けた。
「お前, 魔術師だろ。どこの手先だ?
「…そんな時代遅れの頑固者達と, 一緒にしないでもらいたいな」
「はん, そうか。ヘンテコ魔法はサッパリなんでねぇ。で, アタシ達に何の用だ?」
「君達に提案があってね」
フードの男は, 懐から1枚の紙切れを机に置いた。ケントレギナはそれを取って読む。
《治安維持課直属 北西拘置所》
《受刑者情報》
・氏名: 弾間 源
・生年月日: XXXX年X月XX日
・受刑者ID: #MAX0910A
…
紙の右上に, カラーの顔写真が載っている。黒髪の青年の顔で, 20歳を過ぎたかどうかの境目といったところか。
上3つの氏名, 生年月日, ID番号。それ以降の項目の全てが黒塗られている。ケントレギナはその黒の帯に覆われた紙を見て大いに困惑した。
ケントレギナや他二人はこの弾間という男性を当然ながら知らず, この魔術師が一体どうして治安維持課の書類を所持しているかも全く見当がつかなかった。
「…囚人か。で, 何が言いたいんだ?」
「彼は脱獄者だ。昨日の夜のことだけどね。現在, リバティに潜伏していると思われる」
「ああ。それで?」
「彼を探し出して欲しい。形は問わないし, 特に期限も設けない。見つけ次第, 僕に差し出してくれ」
「脱獄者を探す, ねぇ。それは治安維持課の仕事でしょう?」
フードの男にそう問い質したのは, テリジアの方だった。
「私達にそんな依頼をする理由は?」
「極秘事項だ」
「名乗りもしねぇ, 仕事だけ押し付けて訳は言わねぇ。てめぇ, 何様だ?」
それまで沈黙していたディプロスも, 苛立ちを露わにしてフードの男に一歩近寄る。
「この依頼を全うした暁には, 君らに然るべき報酬を用意しているよ」
「然るべき, 報酬…?」
フードの男は左手を宙に翳すと, その掌上に魔法陣が顕れる。それが形を変えると, ダイヤモンドの如く透明で, 内部に妖しい虹色の輝きを宿した菱形の結晶が顕現した。
ダイノルフィアの3人は, それを見て戦慄する━誰もが, その結晶をよく知っていた。見違えるはずがない。
「そいつは, まさか…」
「そう, 見ての通り。《究極進化薬β》だ」
進化薬。
恐竜を更に上位の頂上捕食者へと超越させる化学物質。その血統を引くダイノルフィア達も, 進化薬の恩恵を大いに理解していた。
その進化薬の中でも最高級の物質━究極進化薬, 最新型のβ。
恐竜族たるケントレギナらは知っていた。この究極進化薬βによって生まれた, 新たなる超越した恐竜達の可能性を。そして, それが自分達の種━
━なぜ, こいつがそれを…?
魔術師の男に対するケントレギナの不信感が更に増した。
「どうする?1個じゃ不十分だろうし, 3個でどうだい。それなら, 納得する対価だろう?」
「………」
「ダメよ, 姉さん。コイツ, 絶対裏で何か企んでるわ」
テリジアが敵意を剥き出しにして, ケントレギナに訴える。
「あぁ。悪い予感の臭いしかしねぇな。この話はナシだ。さっさと出てけ」
ディプロスが拳の関節を鳴らしながら, 脅すようにフードの男に近寄る。
「ああ, そうそう。僕がこの話をつけているのは, 何も君達だけじゃない」
「は?」
「今夜ここに来る前に, 既に北, 東, 南の人達にも話をしてきたよ。全員, 快くオファーを引き受けてくれたよ。当然…他の人達が先に彼を見つけた場合, 君達への報酬はない」
ケントレギナは男を睨む。
━そういうことか。
この男の出自がどうであれ, 彼の目論見は明らか。
自力では困難であろう脱獄者の青年の捜索を, 取引を通じてデュエル・ギャングに依頼する。そうすることで, 実質的に人手が増える他, ギャング同士の抗争が加速するのが目に見えている。
脱獄者が街のどこにいるかが不明な以上, ギャング同士が互いのテリトリーを侵害するのも, ケントレギナには容易に想像できた。
最小規模の西地区に, 自分達よりも強大な勢力である北・東・南の連中が入ってきたらどうなるか。弱肉強食の社会━それは, ギャングの世界では尚更のことだ。
先に目障りな西を一網打尽にしようと手を組んでくる可能性もある。
「姉さん, どうするの?」
「姉御!」
「ヘッ。意地でも潰し合えってか」
ケントレギナはクックッと笑い, 長考の末, フードの男を両目で捉えた。
「おもしれぇ。その話, 受けてやるぜ」
「オイオイ姉御, マジかよ?」
驚愕するディプロスを他所に, ケントレギナは続ける。
「その弾間ってヤツを, 他より早く見つければいいだけの話だろ?ならチョロい話だろ。手立てならいくらでもある」
「ほう…?」
フードの男は興味津々な声を上げる。
「それに, テリジア。ディプロス。遅かれ早かれ, 他のギャングとやり合うのは見えてただろ。だったら, 今闘って早いとこブッ潰せばいいだけだろ?」
「それはそうだけど, 姉さん…」
「…勝てるのか?」
「今更何言ってんだ。向こうでもアタシ達はいつだって, 崖っぷちに立たされていた。いつだって, 数もパワーも劣ってた。でも, 勝ってきたじゃねえか」
「…そうだな」
「だったらここでも同じだ。勝てるか?じゃねえ。
猛獣の如く勢いで, 尖った歯列を剥き出しにして笑うケントレギナ。そして自信に溢れる姉分を見て, 感化される二人。
「姉御がそう言うなら, 俺もついて行くぜ」
「私も闘う。それが, ダイノルフィアだから」
「フッ, 感動的だ。じゃあ, 話がついたということでいいかな?」
フードの男は納得したかのように頷く。
「バックれたら, どうなるか分かってるんだろうな?」
「まさか。君達の力は僕も十分知っている。そんな愚かなことはしないよ」
フードの男は部屋の出口へと歩いていった。
「じゃあ, 僕は失礼するよ。せいぜい頑張ることだ」
そう言って男は消えていった。残された3人はしばらくの間沈黙し, お互いを見つめていた。
「…気味の悪りぃ奴だ」
ディプロスが箱から新たな煙草を取り出し, ライターで点火させる。
「テリジア。あの野郎, 誰だと思う?」
「さぁ?魔術師なんて私達と全然世界が違うし, サッパリね」
「だな。
「不思議ね。脱獄者がいたとしたら, メディアで報道されるはずじゃない?それも街にいるんだったら尚更よ」
「細けぇことはいい!二人とも!」
ケントレギナの呼びかけに反応して, 机の後ろで立つ彼女に目を向ける二人。
「やることは決まった。ディプロス。今すぐ降りて, ここ一帯の店全部に伝えてけ。例の弾間ってヤツを見かけたらアタシ達に報告するようにってな。テリジア, お前はいつも通り情報担当だ。そいつの情報を洗い出せ」
「他の連中も今頃同じこと考えてると思うぞ, 姉御。あの野郎, 俺達より先に他と話つけたって言ってたろ」
「上等だ。数じゃ負けるが…アタシ達の方が強えに決まってる。少数精鋭ってやつの意気込み, その目に焼き付けてやるよ」
ケントレギナの眼がギラリと煌く。恐竜は獲物を逃さない。頂点捕食者として, かつて大地を闊歩した猛獣の本能は尚も生き続ける。