遊戯王 Bitten Bullet   作:じぇね

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ストリート・チェイス

━リバティ西地区, 繁華街

━21:59

 

「…どこだよ, ここ…」

夜空を背景にした細い街頭は, 隙間なく並ぶ無数のネオンによって照らされている。そんな街の光中を歩いていると, まるで白昼夢のような感覚だ。光に踊らされ行く当てもなく彷徨う自分。

軽く舌打ちした。一日中, 或真・クルヌギアスと共に街を巡っていたのだが, 暗くなって人混みが増してきたせいか, どこかの横断歩道を渡る最中で見失ってしまった。

初めは来た道を戻って見覚えのある道に出ようとも思ったが, 如何せんこの街. 小道があまりにも多い。行き過ぎたと思えば既に遅し。全く見当のつかない道路に出た。

 

「…狭い」

店の並ぶ道を進みながら俺は呟いた。そう, 狭い。

それは, この人混みが捻じ込まれた商店街の路地に限った話ではない。建物内は入り組んだ通路や連絡橋が無数にあって, 方向性という概念を見失いそうになる。

 

そしてもう一つ。この街を彩る煌きが━恐い。

単なる飲食店の名前を明るく表示したものから, どこかの企業や芸能人を, 爆音で音楽を流しながら大々的に宣伝する広告, そして奇抜なライトアップの風俗営業の電光掲示板。クルヌギアスと共に電車から降りた時も思ったことだが, こうも光が多いのは苦手だ。上下左右, どこを見ても光のない場所は皆無。必ずどこかに店がある, 広告がある。

 

それは今まで自分が収容所という, 光も何も無かった場所にいたからかもしれないが━不思議にも, あの場所で味わった感覚が, ここで蘇っている気がした。

広い街に居ながらも, まるで閉じ込められているかのような閉塞感。そう, この街はまるで━迷路だ。人工的な光と鉄で出来た迷路。そして, 俺はこの迷路から脱出できそうもない。

収容所では, 物理的に脱出できない環境が敷かれていた。が, ここは違う。精神的に脱出できない, そんな予感がした。

 

二人には迷惑をかけてしまった。今頃血眼になって俺のことを探しているはずだ。

あぁ, 見失った場所から動かなければよかった, そんな後悔が脳裏を走る。

今からでも引き返すべきだろうが, 引き返してもどう戻ればいいのか全くわからない。

 

「とりあえず, 座るか」

路地の脇に, ベンチがあったので腰掛ける。背負っていたリュックを前に回し, 両腕で覆うように掴む。こうやって人混みの多い場所は窃盗が頻発するから, 持ち物は見えるところに常に置け, そう或真に言われたばかりだ。

 

いい加減これ以上動かない方が良いだろうと思い, 座ったまま待つことにした。

そういえば, 俺は今デッキと共にクルヌギアスのカードも持っているわけだが, 彼女は自分のカードを感知できないのだろうか。

 

深いため息を吐いた。金も持ち合わせていないし, どれくらい待てば良いのだろう。街がどれほど大きいかは知らないが, 或真の身になってみれば相当焦っているはずだ。広い街の隅々まで探すかもしれない━地獄のような作業だ。

 

次こそは, ちゃんと或真の近くから離れないようにしよう。こんな形で煩わせては━

 

「失礼する」

「え?」

 

一瞬, 顔を下げていたら声を掛けられたので首をゆっくりと上げる。

 

黒いスーツで身を纏い, 両肩, 肘, 手, そして胸に赤い装甲のような具足を装着した男達が3人, 俺の正面に立っていた。顔は仮面で隠されている━これも赤く, 近未来的な風貌だが, 口元が歯を剥き出しにした鬼のような形相となっている。

後ろに振り向けば, そこにも全く同じ姿の男が3人立ち止まっている。

 

「弾間 源だな?」

正面の男が, エコーの掛かった声で俺に詰問した。

 

━こいつ。俺の名前を。なぜ…

 

本能的に不吉な予感がしたが, 立ち上がろうにもそうはいかない。完全に囲まれている上に, この人混みの中, 素早く動けない。唾を呑んで, 男を睨む。

 

「我々と共に来てもらおう」

「…断ったら?」

「無駄な抵抗はやめておけ」

冷たい声調で男はそう言うと, 左腕を掲げる。手首に装着されているその特徴的な機械━間違いなく決闘盤(デュエル・ディスク)だが, ブレード部分が赤と黒が入り混じった, 固い物質で構成されていた。ブレードが少し前に突き出ると, 鋭利な刃が展開され, 俺の首筋から1ミリもない距離で止まる。

「殺しはしない。生きたまま連れて帰れ, とのご指示だ。立ち上がれ, 今すぐ」

 

ほう…ディスクが凶器になるとは, これまた予想外だ。或真の言った通り, 街は思ったよりもずっと危険な場所だ。その言葉の意味を, 身を以て知ることになるとは感慨深いものだ。

にしても, 『首領』か。こいつらの上司が誰だかは知らないが, 明らかに公安部隊の類ではない。むしろ, 収容所で知り合った連中━元ギャングの連中と近しい雰囲気を感じ取れる。

 

生憎, こういう類の連中の相手取りは慣れている。

 

「わかった, わかった。お前らについて行くから」

俺は投降するかのように両手をホールドアップした。

「そんなに首の近くにナイフを突きつけられちゃ, 怖くて立ち上がれねぇだろ」

俺は鼻で笑いながら言う。そう言っているうちに, 目線を左右にやる━

 

左側。裏路地へと続く道があるようだ。そこならば…

人混みに間隔が空いた, 今なら。

 

「ふざけるな。早く立て」

男は明らかに苛立った声で吐く。どうやら, かなり怒りっぽい性格のようだ。俺は両手を掲げたまま, ゆっくりと腰を上げ直立した。

男は終始, ディスクの刃を突きつけたまま俺から目を一切離さない。

 

「フン。思ったよりも簡単だったな。ついて来━ごほっ!」

言い終わる寸前, 男の股間に蹴りを入れた。咄嗟に隣と背後にいた男達が掴みかかるが, 素早く奴らの腕を交わして前転する。そのまま人混みを払い除け, 持てる全ての力を足に注いで走った。

 

「クソ!待て!」

背後を一瞥すると, 男達が早速追跡を始めている。とにかく走る。裏路地への道に入る。思ったよりも更に狭い。それでも両腕を大きく振って走り続ける。

追手も負けていない。5, 6人の赤黒い影が走る様は, 巣を荒らされた虫の群れの如く。正面に目線を戻し, 脇のゴミ箱に目をやる。去り際に踵で後方に蹴飛ばす。逃げる, 逃げなければ。

角を曲がる。壁に梯子がある。咄嗟に跳躍, 梯子を掴んでよじ登る。途中から兎の如く, 跳ね上がるようにして登った。

 

やがて, 建物の屋上へと着く。左右を見渡す━右の方が建物の列が続いている。一つ, また一つと建物の間を飛び移る。そろそろ足が痛い, 胸も痛い。だが止まれない, 止まってはならない。

次の建物に飛び降りると, その脇の扉が勢いよく開く。鎧の男達が2人躍り出た。

 

「見つけたぞ!観念しろ!」

片方の男が取り押さえんと突進してくる。ひょいと横に避けて, 腹に拳の一撃。2人目の方が殴りかかってくる。一撃を両腕で防ぐ。二撃目を繰り出す隙を見て, 右足で蹴りを入れる。

「がっ!」

怯んだところに右ストレートをお見舞いして仕留めた。奴らのグローブ装甲のせいで腕が痺れるが, 気にしている余裕はない。後ろからさらに怒号が響いてくる。隣の屋上へと跳躍して逃走を再開した。

流石に疲弊が身体に追いついてきた。が, まだいける。目先に現れた, 下へと続く階段。

あれで降りれば路地に出れる。人混みの中で振り切れる━

 

「逃さん」

風を切る音。ヒュンヒュンヒュン, と背後から迫る。不味い, と本能的に感じ屈む。

身体を低くした瞬間。正面の階段に続く鉄格子の扉を, 赤く光った刃のような物体が直撃した。赤い刃━斧は鉄格子に突き刺さると, 周囲に六角形のシールドのような空間を展開させる。

━退路を断たれたか。

それまで痛みを限界まで我慢して走り続けていたツケか, 一気に足が竦む。立ち上がろうとしても, 下半身が全く言うことを聞かない。左膝が地に着く。ゆっくりと身体を背後に回す。

 

眼前に迫るは, 赤き鎧の戦士。それまでの連中とは違う━スーツに鎧を多少付けた程度, ではない。全身が赤い鎧に包まれている。

仮面の形状も全く異なり, 獣のような…否。狼のような仮面を装着していた。

 

「ここまでだ。お前に逃げ場はない。諦めろ」

手下よりも独特な, ボコーダーの如くエコーのかかった声で狼の戦士は言った。

「殺しはしない…が, これ以上の抵抗を続けるなら強硬手段も辞さない」

「ち……!」

 

ゆっくりと迫る, 狼の戦士。

 

 

━万事休す, か。

 

ただ道に迷っただけで, こうなるとは━

 

 

 

「オイオイオイオイ!面白そうなこと, やってんじゃねえかよォ!」

「な━」

 

唐突な轟音。そして右側から漏れる眩い白い光。

俺と狼の戦士は, ビルの影から現れた新たな存在に驚くばかりだった。

 

ジェット機, なのか?否。確かにジェットエンジンらしき構造は認められる, が。その飛翔物は, ビルの横幅よりもずっと大きな図体を広げていた。

青いフレームに, 両側のこれでもかという大きさの翼, そして翼に付いている爪のような構造。後ろには, 長い突起状に伸びているモノがある…尻尾, なのか?

 

そしてその飛翔物の先端に立つは, 全身をパワードスーツで纏い, 両腕のブレード状の武装から赤い稲妻を浴びせた女性。髪は短く, 顔の下半分はマスクで覆われて見えないが, その黄色い眼は夜の暗さで一層光っているかのようだ。

そして背部には長い尻尾が伸びている。人型ではあるが, やはり尻尾の存在が明らかに並外れている。

 

「何のバカ騒ぎだと思えば, テメェか。フェンリル」

「…く。遅かったか」

フェンリルと呼ばれた狼の戦士は, 新手に向かって鼻で笑う。

「クシャトリラの連中がアタシの縄張りに入ってきたって聞いたぜ…はるばる南からご苦労様だなァ, フェンリルちゃんよォ?!」

パワードスーツの女性は, 明らかに怒りを露わにした挑発的な口調で放った。

 

「それにしてもなぁ。目当ての賞金首がアタシの近くに居ただなんて, 本当にいい日だと思わねえか?!」

女性は俺の方に一瞥し, 眼光を一層強くした。

「シャングリラの情報で, 此奴の存在は我々が先に掴んでいた。立ち去れ, ケントレギナ。見つけた者勝ち, という言葉は知っているだろう?」

フェンリルが挑発を返し, 持っていた2本目の斧をケントレギナに突きつけた。

 

何のことだが全くわからないが, 俺の理解が間違っていなければ。

このフェンリルという男にしろ, 今ジェット機の上にいる女━ケントレギナにしろ。奴らの狙いは俺, ということか。

一体, なぜ…?

 

「『立ち去れ』だぁ…?ハハハ!」

「何…?」

ケントレギナは大笑いする。

「クシャトリラってのは, (カシラ)も下っ端もバカ揃いってか」

 

 

 

「ここは, アタシの, 島, なんだよォ!」

 

 

 

ケントレギナがそう高らかに叫ぶと, ジェット機の翼の下部が展開し, 尖った円筒状の物体が3本顕現した━ミサイルか。

「ステルスべギア!オオカミ野郎を消し飛ばせ!」

ケントレギナの掛け声と共に, ミサイルが一斉に発射された。

「ちょ, やば━」

 

響く爆音。地球そのものを揺さぶりかねない勢いの地震に遭ったかのように, 身体がひどく揺さぶられた。

コンクリートの破片が飛び散り, 耳鳴りが昂じる。視界は曇り, 夜空の暗さと煙で何も見えなかった。

 

が━死んでいない。あの勢いの爆発で, 驚くべきことに俺は死んでいない。

ゆっくりと顔を上げていくと, 隣に新たな人影が現れていたことに気づく。みるみる目前の風景が鮮明になっていく。

 

「よかった。間に合って」

漆黒のドレスに, 金色の杖を構えた流麗なる化身。

 

「…クルヌギアス…?」

瞬く間に俺の隣に現れていたクルヌギアスは, 俺を見るや手を差し伸べる。

「源。怪我はない?」

俺は彼女の手を取って立ち上がる。身体中が痺れ震えているが, 辛うじて立つことができた。

「なんとかな。というか, お前…怒ってないのか」

クルヌギアスはキョトンとした様子で首を傾げた。俺も少し呆気に取られた。

「怒る?どうして?」

「俺のことを探しただろう, 手間をかけさせたと思って」

「ああ, そんなこと。貴方は私のカードを持ってるから, その霊感が遠くからでも私には分かる。まあ…結構, 私達から離れちゃったから, 時間はかかったけど」

「でも, 余計な心配を掛けただろう。本当にすまない」

「気にしてないわ。或真くんもそんなに慌ててなかったし」

「そうか…」

俺は肩の重荷が下りたかのように, 深い吐息を漏らした。今ので本当に終わりかと思った。改めて視線を上に戻すと, ジェット機の上で腕組みして立っていたケントレギナ, そして俺達の横でシールドを展開していたフェンリルが同様に驚愕を露わにしていた。

 

「新手か…?」

「チッ。あの野郎, 精霊の付き人がいることまでは言ってなかったじゃねえか…」

クルヌギアスが一歩前に出て, 二人の襲撃者に話しかけた。

 

「お楽しみのところ乱入して申し訳ないけど。私の(マスター)を付け狙うこと…一体, どういう了見かしらね?」

声調こそ穏やかだが, クルヌギアスの身体の周囲から混沌の波動が漏れ出ている。背後から見ても, 溢れ出んばかりの殺気が伝わってきて鳥肌が立った。

 

「この瘴気…!混沌(カオス)の一味か。ライズハート様に報告しなければ…」

フェンリルはそう呟くと, 数歩後ずさって左腕を口元に掲げた。

「総員, 撤退せよ」

「させるかよ!」

ケントレギナがジェット機から飛び降り, 両腕のブレードを展開させてフェンリルに斬りかかる。間髪入れずにフェンリルは斧で一撃を受け止める。そこから二人は壮絶な斬り合いに入った。

「…源, 今のうちに逃げましょう」

「ああ」

クルヌギアスの手を取り, 彼女は混沌のポータルを顕現させた。次の瞬間, ビル上から俺達の姿は跡形もなく消滅した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

気がつけば, 或真の家のリビングに戻っていた。

「…起きた!源くん, 大丈夫か?」

「ん…」

両足の痺れが残っているが, さっきよりは大分マシだ。目覚めると, 或真が心配そうな表情で俺の様子を伺っていた。

「聞こえるか?源くん」

「え, ああ…或真。大丈夫だ」

「痛いところはない?」

「足がちょっと痺れてるが…問題ない。歩ける」

「ホッ…ならよかった」

或真が安堵した様子で身体を離し, 頭を掻いた。俺は辺りを見渡すと, クルヌギアスが隣に座っていて, 対面のソファーには黄金卿の巨体が, 我が物顔で寝そべっている。

『少年。冒険してきたか?』

黄金卿がニヤリとほくそ笑んで悪戯っぽく聞いてきた。

 

俺は首を何回か横に振る。それよりも, 今日の一件は俺が謝るべきだろう。

「みんな, 本当にすまない。俺がよく見てなかったばかりにはぐれちまって…」

「いやいやいや, 僕達がもっとゆっくり歩くべきだった…それに, 夜にあんな人の多い場所に行くべきじゃなかったんだ。僕のせいだ。ごめん」

或真が頭を下げる。

「仕方ないわよ。それに, 無事で良かったじゃない。次から気をつければいいだけよ」

クルヌギアスが続ける。

 

「それよりも, 或真くん。もっと大きな問題があるんじゃない?」

「当たり前だ。今, 考えてるんだけどさ…なんで…?」

或真が落ち着かない様子でソワソワする。

『アルマよ。そんなに驚くことでもなかろう』

「そうだけど…早い。早すぎる。治安維持課もメディアも, 全然動いてないんだぞ?」

「脱獄から24時間も経ってないし…確かに。ちょっと早いかしらね」

「なんでギャングが先に動いているんだ。あいつらが動く理由なんてないはず…」

「諜報課が裏取引でもしたんでしょう?」

「だったら僕の耳に入らないわけがない。さっきも確認した。システムに動きが全然ないし, それに━」

 

「待て待て待て。お前達, 何の話をしている」

俺は3人の白熱しかけている議論にストップをかける。3人は俺の方に目を向けた。

「状況を説明してほしい」

「…うん, もちろんだ。えっとね, どうしようかな…」

 

或真がどこから話し始めようか迷っていたところに, 黄金卿が入った。

『単純に申せば, 貴様を狙っている者共が動き始めている。そういうことだ』

「俺を…狙う者?そいつは何だ。収容所の連中か?それとも, 結社(コーポ)ってやつか」

「ううん。私達も最初はそう思ったんだけど…さっき, 貴方が出会した人達がいたでしょう?」

「ああ…」

 

ジェット機の上に乗っていた, パワードスーツの女。ケントレギナ。

そして赤い鎧の戦士。フェンリル。

両者とも明らかに人間を超越した能力を持っていた━蓋し, 精霊だろう。

 

「彼らはデュエル・ギャング。縄張りを張って, 街の支配権を争う組織よ」

「リバティを支配するのは結社(コーポ)じゃないのか」

 

「そうは言うけど, リバティの実態はもっと複雑だ。これを見て」

或真は窓際に置いてあったプロジェクターを取り出し, 中央の机の近くに持って行く。プロジェクターが起動すると, 巨大な地図のホログラムが浮かび上がった。

 

「これがリバティの地図。僕らは今ここだね」

或真がどこからか取り出した棒で, 地図の西側に表示された赤点を示す。都心からかなり離れていることが窺え, 端にある海辺の方が近いようだ。

「で, 僕の家を含んだこの一帯…ここは『西地区』だね。同じ要領で, 『北地区』, 『南地区』, 『東地区』…そして, 真ん中は『中央特区』って呼ばれる地域だ」

或真が棒でリバティの地区を囲いながら説明する。

 

「当たり前だけど, 結社(コーポ)の拠点は『中央特区』にある。で, 東西南北の地区だけど。だいたい, どこかのギャングが牛耳る地区だ」

「つまり, ギャングは4つ?」

「もっと小さな組織がごまんとあるけど。大きいのは4つ。で, クルヌギアスさんとさっき話してたんだけど, 源くんはそのうち2つのギャングと既に遭遇している」

 

或真は棒を西と南に指す。

「僕らのいる西地区を支配するギャング, 『ダイノルフィア』。リーダーは『ケントレギナ』。僕もよく知らないけど…まぁ, 結構危なっかしい人と聞いている」

「…ビルにミサイルをぶち込むくらいだからな。納得だ」

 

「そして, 南地区の『クシャトリラ』。他の地区にしょっちゅう侵入する, 極めて攻撃的な連中だ。この前は東地区の『ドラグマ』とぶつかり合ったっていう報道があったね」

『侵略に取り憑かれた愚か者共だ。何と, 哀れな…クックッ』

黄金卿が愉快な様子で嘲笑う。

 

「クシャトリラが西地区の繁華街まで侵入するのは, 今回が初めてだ。いつもは境界線の辺りで留まっていたと聞いてる…しかも, 幹部のフェンリルまでやってきたとなれば, 相当な大事件だ」

「ダイノルフィアの拠点が繁華街だからね。敵の根城に殴り込みに行くようなものかしら…まぁ, 源が目的だったのなら, 話は別だけど」

 

俺はクルヌギアスの言葉に食いついた。

「そういえば, 黄金卿が最初に言っていたことだが。クシャトリラの目的は俺, ということか?」

「そのようだ。クシャトリラの雑兵が君を追ってきたんだろう?」

或真が聞く。

「そして, 君を付け狙うのは彼らだけじゃない。ダイノルフィアだってそうだ」

「なぜだ?俺が脱獄犯だからか?結社(コーポ)に追われるならまだしも…」

「それを今, 僕達は話し合っていたところだよ。わざわざ君を狙う理由がわからない」

或真が首を振る。

「それに, もうここまで時間が経っているのに, 結社(コーポ)側の声明がひとつもない。ネットワーク上の動きもゼロ。何もかもが怪しいね」

 

確かに。脱獄犯が見つからなければ, 当事者である結社(コーポ)が何らかのアクションを起こすはずだ。メディアで捜索を呼びかけたり, 街中に警戒態勢を敷くとかの措置がなされるはず。

特に, デジタル技術がここまで発展している社会だ━カメラに顔でも写れば瞬時に特定されるだろう。

しかし, 今日或真と共に街を巡っていた時は全く異変を感じなかったし, 特に何事もなかった1日だった━ギャングとの邂逅を除けば。

 

「ともかく, 安易に街には出られないな。ダイノルフィアに目を付けられたら…」

「私がいるから大丈夫でしょ?」

クルヌギアスが返すが, 或真の表情は硬い。

「クルヌギアスさんがいれば, もちろん大丈夫だけど。源くんの顔を見られている以上, 無闇に外に出るのは危険だ。ギャングが裏で結社(コーポ)と繋がっている可能性だって否定できないし, 情報を流されたらもっとヤバい」

 

「お前の技術で, ギャング側の持っている情報を洗い出せないのか」

俺がそう聞くと, 或真は首を横に振った。

結社(コーポ)のシステムはある程度わかってるつもりだけど…ギャングは別だ。ダイノルフィアもクシャトリラも, 独自のネットワークを張ってる。よくわからないまま侵入(ハック)しようものなら, 倍返しに合う恐れがある」

或真はパソコンを操作し, 語り続ける。

「それに今回は動いてないけども。北の『SPYRAL(スパイラル)』は本当にヤバいから触りたくもないし。東の『ドラグマ』に至っては, ネットワーク自体が存在しない…彼らは教義を重んじる故に, テクノロジーを拒絶しているのさ」

「ギャングにも独特な文化があるんだな…」

「大元は精霊界のモンスター達だし。それがリバティにやってきて, 人間達を取り込んで大組織に発展しているからね」

 

『わざわざ人間界を訪れ, つまらぬ闘争に明け暮れる…我には理解できんな』

黄金卿が呟く。

「その…北と東の連中も俺を狙っている可能性があるのか」

「可能性は十二分にある。それが本当だとしたら…」

 

 

━リバティの勢力を, 全て相手にしなければならない。

 

 

「勝てるのか?」

「到底, 無理だね」

或真が即答した。

「とりあえず今は情報が必要だし, 僕が何とか調べてみる。源くんは…そうだな。今日はもう寝るといい」

「いや, 俺は…うっ」

立ち上がろうとした矢先, 脳裏がグラッと揺らいだ。目が閉じかかって, 開けるのにも一苦労だ。一仕事を終えた直後のような疲労感が, 全身を包んだ。

「そう…だな。少し疲れた」

「長い1日だったからね。明日また一緒に考えよう」

「ああ…そうしよう。シャワー行ってくる」

「うん。おやすみ, 源くん」

『チャオ〜』

寝そべる黄金卿と, その隣で懸命にパソコンと向かう或真を後にして, クルヌギアスと共に二階の自分の部屋へと戻っていった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

シャワーと歯磨きを済ませ, ベッドに寝転がる。

━まだ, あの豚箱から出て1日しか経っていないのか。

あまりにも出来事が多すぎて, 1日とは思えないほど長い歳月が経ったのかと思えた。自由を手に入れたかと思えば, 一難去ってまた一難, 別の連中に追われる毎日が続くかもしれない。

 

━こんなんじゃ, 安心して寝れたもんじゃない。

 

収容所では, 就寝時間になれば部屋が施錠される。何かやらかさない限り看守が勝手に部屋に入ってきたり, 他の囚人に襲われることはなかった。ある意味, 安全な空間で寝ることができたのだ。

 

だが, ここはどうか。先ほど言われた, デュエル・ギャング…連中が今, ここで俺を見つけてもおかしくはない。今日はたまたま逃げられたが, 明日はどうなるか。

いずれ見つかったらどうなるか?

 

それに, 元ギャングの囚人の知り合いはいた…彼らの話を思い出す。

ギャングの世界は残忍だと言われる。その限りではないかもしれないが…俺も指を切り落とされたり, 最悪殺されたりするのだろうか。

 

「源」

寝ている側から, クルヌギアスの声が聞こえた。

「もうすぐ寝るが」

「少しいいかしら?」

彼女はベッドの上に腰掛けた。俺も身体を起こし, マットレスの上で両足を組んで座る。

「何だ」

クルヌギアスは俺の顔を眺めて, いつもの縹渺とした微笑を見せる。

「今日は色々あったわね」

「そうだな」

「どう?この世界は。何か思うことはある?」

思うこと, か。俺は一考し, こう答えた。

「正直, わからない。ジャングルに放たれたような気分だ」

クルヌギアスは頷きながら俺の話を聞いていた。

 

「俺はどうすればいい?」

「…それは, 貴方自身が私に教えてくれたのではなくて?」

意外な返答に, 俺は目を見開く。

「『もし, 世界の全てが敵だったら…貴方はどうする?』って, 私は聞いたわね」

「…ああ」

クルヌギアスと過ごした, 列車内の問答。それがまさに今の状況だと, 瞬時に理解した。

「それで, 貴方はどう答えた?」

 

「『戦うに決まってる』」

「そう。なら, 既に道は示されている。あとは, どう上手くやるかじゃない?」

「上手くやる, か…」

 

吐息を漏らす。たとえ戦うにしても, 上手くやらなければ失敗する。だが, 眠気のせいか, 俺自身の経験が浅いのか。

この漠然とした課題にどう立ち向かうべきか。アイデアが浮かばない。

 

「貴方一人で抱えこまなくていいのよ。私もいるし, 或真くんも黄金卿もいる」

クルヌギアスは俺の左手を優しく握る。

「それに, 私は貴方を見捨てない。絶対にね」

 

妖艶な笑みの裡に見え隠れする, 確かな信念。

ただ━クルヌギアスが俺に言っていない『何か』があるのは確かだ。いずれ, 知ることになるのだろうか。だといいが, そこだけが腑に落ちない。

彼女は, 俺をどこに導こうとしているのか。

 

が, 彼女の俺を守るという心は真である。これだけはわかる。

ならば━彼女を頼るしかない。この世界で生きていくために, そして, 力を付けていくために。

 

 

「…そろそろ眠い。俺は寝るぞ」

「そう。電気は消しておくわ」

「助かる。また明日な, クルヌギアス」

クルヌギアスはベッドから立って, スタンドの照明を落とした。

 

 

「おやすみなさい, 源」

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