━リバティ西地区, 繁華街
━21:59
「…どこだよ, ここ…」
夜空を背景にした細い街頭は, 隙間なく並ぶ無数のネオンによって照らされている。そんな街の光中を歩いていると, まるで白昼夢のような感覚だ。光に踊らされ行く当てもなく彷徨う自分。
軽く舌打ちした。一日中, 或真・クルヌギアスと共に街を巡っていたのだが, 暗くなって人混みが増してきたせいか, どこかの横断歩道を渡る最中で見失ってしまった。
初めは来た道を戻って見覚えのある道に出ようとも思ったが, 如何せんこの街. 小道があまりにも多い。行き過ぎたと思えば既に遅し。全く見当のつかない道路に出た。
「…狭い」
店の並ぶ道を進みながら俺は呟いた。そう, 狭い。
それは, この人混みが捻じ込まれた商店街の路地に限った話ではない。建物内は入り組んだ通路や連絡橋が無数にあって, 方向性という概念を見失いそうになる。
そしてもう一つ。この街を彩る煌きが━恐い。
単なる飲食店の名前を明るく表示したものから, どこかの企業や芸能人を, 爆音で音楽を流しながら大々的に宣伝する広告, そして奇抜なライトアップの風俗営業の電光掲示板。クルヌギアスと共に電車から降りた時も思ったことだが, こうも光が多いのは苦手だ。上下左右, どこを見ても光のない場所は皆無。必ずどこかに店がある, 広告がある。
それは今まで自分が収容所という, 光も何も無かった場所にいたからかもしれないが━不思議にも, あの場所で味わった感覚が, ここで蘇っている気がした。
広い街に居ながらも, まるで閉じ込められているかのような閉塞感。そう, この街はまるで━迷路だ。人工的な光と鉄で出来た迷路。そして, 俺はこの迷路から脱出できそうもない。
収容所では, 物理的に脱出できない環境が敷かれていた。が, ここは違う。精神的に脱出できない, そんな予感がした。
二人には迷惑をかけてしまった。今頃血眼になって俺のことを探しているはずだ。
あぁ, 見失った場所から動かなければよかった, そんな後悔が脳裏を走る。
今からでも引き返すべきだろうが, 引き返してもどう戻ればいいのか全くわからない。
「とりあえず, 座るか」
路地の脇に, ベンチがあったので腰掛ける。背負っていたリュックを前に回し, 両腕で覆うように掴む。こうやって人混みの多い場所は窃盗が頻発するから, 持ち物は見えるところに常に置け, そう或真に言われたばかりだ。
いい加減これ以上動かない方が良いだろうと思い, 座ったまま待つことにした。
そういえば, 俺は今デッキと共にクルヌギアスのカードも持っているわけだが, 彼女は自分のカードを感知できないのだろうか。
深いため息を吐いた。金も持ち合わせていないし, どれくらい待てば良いのだろう。街がどれほど大きいかは知らないが, 或真の身になってみれば相当焦っているはずだ。広い街の隅々まで探すかもしれない━地獄のような作業だ。
次こそは, ちゃんと或真の近くから離れないようにしよう。こんな形で煩わせては━
「失礼する」
「え?」
一瞬, 顔を下げていたら声を掛けられたので首をゆっくりと上げる。
黒いスーツで身を纏い, 両肩, 肘, 手, そして胸に赤い装甲のような具足を装着した男達が3人, 俺の正面に立っていた。顔は仮面で隠されている━これも赤く, 近未来的な風貌だが, 口元が歯を剥き出しにした鬼のような形相となっている。
後ろに振り向けば, そこにも全く同じ姿の男が3人立ち止まっている。
「弾間 源だな?」
正面の男が, エコーの掛かった声で俺に詰問した。
━こいつ。俺の名前を。なぜ…
本能的に不吉な予感がしたが, 立ち上がろうにもそうはいかない。完全に囲まれている上に, この人混みの中, 素早く動けない。唾を呑んで, 男を睨む。
「我々と共に来てもらおう」
「…断ったら?」
「無駄な抵抗はやめておけ」
冷たい声調で男はそう言うと, 左腕を掲げる。手首に装着されているその特徴的な機械━間違いなく
「殺しはしない。生きたまま連れて帰れ, とのご指示だ。立ち上がれ, 今すぐ」
ほう…ディスクが凶器になるとは, これまた予想外だ。或真の言った通り, 街は思ったよりもずっと危険な場所だ。その言葉の意味を, 身を以て知ることになるとは感慨深いものだ。
にしても, 『首領』か。こいつらの上司が誰だかは知らないが, 明らかに公安部隊の類ではない。むしろ, 収容所で知り合った連中━元ギャングの連中と近しい雰囲気を感じ取れる。
生憎, こういう類の連中の相手取りは慣れている。
「わかった, わかった。お前らについて行くから」
俺は投降するかのように両手をホールドアップした。
「そんなに首の近くにナイフを突きつけられちゃ, 怖くて立ち上がれねぇだろ」
俺は鼻で笑いながら言う。そう言っているうちに, 目線を左右にやる━
左側。裏路地へと続く道があるようだ。そこならば…
人混みに間隔が空いた, 今なら。
「ふざけるな。早く立て」
男は明らかに苛立った声で吐く。どうやら, かなり怒りっぽい性格のようだ。俺は両手を掲げたまま, ゆっくりと腰を上げ直立した。
男は終始, ディスクの刃を突きつけたまま俺から目を一切離さない。
「フン。思ったよりも簡単だったな。ついて来━ごほっ!」
言い終わる寸前, 男の股間に蹴りを入れた。咄嗟に隣と背後にいた男達が掴みかかるが, 素早く奴らの腕を交わして前転する。そのまま人混みを払い除け, 持てる全ての力を足に注いで走った。
「クソ!待て!」
背後を一瞥すると, 男達が早速追跡を始めている。とにかく走る。裏路地への道に入る。思ったよりも更に狭い。それでも両腕を大きく振って走り続ける。
追手も負けていない。5, 6人の赤黒い影が走る様は, 巣を荒らされた虫の群れの如く。正面に目線を戻し, 脇のゴミ箱に目をやる。去り際に踵で後方に蹴飛ばす。逃げる, 逃げなければ。
角を曲がる。壁に梯子がある。咄嗟に跳躍, 梯子を掴んでよじ登る。途中から兎の如く, 跳ね上がるようにして登った。
やがて, 建物の屋上へと着く。左右を見渡す━右の方が建物の列が続いている。一つ, また一つと建物の間を飛び移る。そろそろ足が痛い, 胸も痛い。だが止まれない, 止まってはならない。
次の建物に飛び降りると, その脇の扉が勢いよく開く。鎧の男達が2人躍り出た。
「見つけたぞ!観念しろ!」
片方の男が取り押さえんと突進してくる。ひょいと横に避けて, 腹に拳の一撃。2人目の方が殴りかかってくる。一撃を両腕で防ぐ。二撃目を繰り出す隙を見て, 右足で蹴りを入れる。
「がっ!」
怯んだところに右ストレートをお見舞いして仕留めた。奴らのグローブ装甲のせいで腕が痺れるが, 気にしている余裕はない。後ろからさらに怒号が響いてくる。隣の屋上へと跳躍して逃走を再開した。
流石に疲弊が身体に追いついてきた。が, まだいける。目先に現れた, 下へと続く階段。
あれで降りれば路地に出れる。人混みの中で振り切れる━
「逃さん」
風を切る音。ヒュンヒュンヒュン, と背後から迫る。不味い, と本能的に感じ屈む。
身体を低くした瞬間。正面の階段に続く鉄格子の扉を, 赤く光った刃のような物体が直撃した。赤い刃━斧は鉄格子に突き刺さると, 周囲に六角形のシールドのような空間を展開させる。
━退路を断たれたか。
それまで痛みを限界まで我慢して走り続けていたツケか, 一気に足が竦む。立ち上がろうとしても, 下半身が全く言うことを聞かない。左膝が地に着く。ゆっくりと身体を背後に回す。
眼前に迫るは, 赤き鎧の戦士。それまでの連中とは違う━スーツに鎧を多少付けた程度, ではない。全身が赤い鎧に包まれている。
仮面の形状も全く異なり, 獣のような…否。狼のような仮面を装着していた。
「ここまでだ。お前に逃げ場はない。諦めろ」
手下よりも独特な, ボコーダーの如くエコーのかかった声で狼の戦士は言った。
「殺しはしない…が, これ以上の抵抗を続けるなら強硬手段も辞さない」
「ち……!」
ゆっくりと迫る, 狼の戦士。
━万事休す, か。
ただ道に迷っただけで, こうなるとは━
「オイオイオイオイ!面白そうなこと, やってんじゃねえかよォ!」
「な━」
唐突な轟音。そして右側から漏れる眩い白い光。
俺と狼の戦士は, ビルの影から現れた新たな存在に驚くばかりだった。
ジェット機, なのか?否。確かにジェットエンジンらしき構造は認められる, が。その飛翔物は, ビルの横幅よりもずっと大きな図体を広げていた。
青いフレームに, 両側のこれでもかという大きさの翼, そして翼に付いている爪のような構造。後ろには, 長い突起状に伸びているモノがある…尻尾, なのか?
そしてその飛翔物の先端に立つは, 全身をパワードスーツで纏い, 両腕のブレード状の武装から赤い稲妻を浴びせた女性。髪は短く, 顔の下半分はマスクで覆われて見えないが, その黄色い眼は夜の暗さで一層光っているかのようだ。
そして背部には長い尻尾が伸びている。人型ではあるが, やはり尻尾の存在が明らかに並外れている。
「何のバカ騒ぎだと思えば, テメェか。フェンリル」
「…く。遅かったか」
フェンリルと呼ばれた狼の戦士は, 新手に向かって鼻で笑う。
「クシャトリラの連中がアタシの縄張りに入ってきたって聞いたぜ…はるばる南からご苦労様だなァ, フェンリルちゃんよォ?!」
パワードスーツの女性は, 明らかに怒りを露わにした挑発的な口調で放った。
「それにしてもなぁ。目当ての賞金首がアタシの近くに居ただなんて, 本当にいい日だと思わねえか?!」
女性は俺の方に一瞥し, 眼光を一層強くした。
「シャングリラの情報で, 此奴の存在は我々が先に掴んでいた。立ち去れ, ケントレギナ。見つけた者勝ち, という言葉は知っているだろう?」
フェンリルが挑発を返し, 持っていた2本目の斧をケントレギナに突きつけた。
何のことだが全くわからないが, 俺の理解が間違っていなければ。
このフェンリルという男にしろ, 今ジェット機の上にいる女━ケントレギナにしろ。奴らの狙いは俺, ということか。
一体, なぜ…?
「『立ち去れ』だぁ…?ハハハ!」
「何…?」
ケントレギナは大笑いする。
「クシャトリラってのは,
「ここは, アタシの, 島, なんだよォ!」
ケントレギナがそう高らかに叫ぶと, ジェット機の翼の下部が展開し, 尖った円筒状の物体が3本顕現した━ミサイルか。
「ステルスべギア!オオカミ野郎を消し飛ばせ!」
ケントレギナの掛け声と共に, ミサイルが一斉に発射された。
「ちょ, やば━」
響く爆音。地球そのものを揺さぶりかねない勢いの地震に遭ったかのように, 身体がひどく揺さぶられた。
コンクリートの破片が飛び散り, 耳鳴りが昂じる。視界は曇り, 夜空の暗さと煙で何も見えなかった。
が━死んでいない。あの勢いの爆発で, 驚くべきことに俺は死んでいない。
ゆっくりと顔を上げていくと, 隣に新たな人影が現れていたことに気づく。みるみる目前の風景が鮮明になっていく。
「よかった。間に合って」
漆黒のドレスに, 金色の杖を構えた流麗なる化身。
「…クルヌギアス…?」
瞬く間に俺の隣に現れていたクルヌギアスは, 俺を見るや手を差し伸べる。
「源。怪我はない?」
俺は彼女の手を取って立ち上がる。身体中が痺れ震えているが, 辛うじて立つことができた。
「なんとかな。というか, お前…怒ってないのか」
クルヌギアスはキョトンとした様子で首を傾げた。俺も少し呆気に取られた。
「怒る?どうして?」
「俺のことを探しただろう, 手間をかけさせたと思って」
「ああ, そんなこと。貴方は私のカードを持ってるから, その霊感が遠くからでも私には分かる。まあ…結構, 私達から離れちゃったから, 時間はかかったけど」
「でも, 余計な心配を掛けただろう。本当にすまない」
「気にしてないわ。或真くんもそんなに慌ててなかったし」
「そうか…」
俺は肩の重荷が下りたかのように, 深い吐息を漏らした。今ので本当に終わりかと思った。改めて視線を上に戻すと, ジェット機の上で腕組みして立っていたケントレギナ, そして俺達の横でシールドを展開していたフェンリルが同様に驚愕を露わにしていた。
「新手か…?」
「チッ。あの野郎, 精霊の付き人がいることまでは言ってなかったじゃねえか…」
クルヌギアスが一歩前に出て, 二人の襲撃者に話しかけた。
「お楽しみのところ乱入して申し訳ないけど。私の
声調こそ穏やかだが, クルヌギアスの身体の周囲から混沌の波動が漏れ出ている。背後から見ても, 溢れ出んばかりの殺気が伝わってきて鳥肌が立った。
「この瘴気…!
フェンリルはそう呟くと, 数歩後ずさって左腕を口元に掲げた。
「総員, 撤退せよ」
「させるかよ!」
ケントレギナがジェット機から飛び降り, 両腕のブレードを展開させてフェンリルに斬りかかる。間髪入れずにフェンリルは斧で一撃を受け止める。そこから二人は壮絶な斬り合いに入った。
「…源, 今のうちに逃げましょう」
「ああ」
クルヌギアスの手を取り, 彼女は混沌のポータルを顕現させた。次の瞬間, ビル上から俺達の姿は跡形もなく消滅した。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
気がつけば, 或真の家のリビングに戻っていた。
「…起きた!源くん, 大丈夫か?」
「ん…」
両足の痺れが残っているが, さっきよりは大分マシだ。目覚めると, 或真が心配そうな表情で俺の様子を伺っていた。
「聞こえるか?源くん」
「え, ああ…或真。大丈夫だ」
「痛いところはない?」
「足がちょっと痺れてるが…問題ない。歩ける」
「ホッ…ならよかった」
或真が安堵した様子で身体を離し, 頭を掻いた。俺は辺りを見渡すと, クルヌギアスが隣に座っていて, 対面のソファーには黄金卿の巨体が, 我が物顔で寝そべっている。
『少年。冒険してきたか?』
黄金卿がニヤリとほくそ笑んで悪戯っぽく聞いてきた。
俺は首を何回か横に振る。それよりも, 今日の一件は俺が謝るべきだろう。
「みんな, 本当にすまない。俺がよく見てなかったばかりにはぐれちまって…」
「いやいやいや, 僕達がもっとゆっくり歩くべきだった…それに, 夜にあんな人の多い場所に行くべきじゃなかったんだ。僕のせいだ。ごめん」
或真が頭を下げる。
「仕方ないわよ。それに, 無事で良かったじゃない。次から気をつければいいだけよ」
クルヌギアスが続ける。
「それよりも, 或真くん。もっと大きな問題があるんじゃない?」
「当たり前だ。今, 考えてるんだけどさ…なんで…?」
或真が落ち着かない様子でソワソワする。
『アルマよ。そんなに驚くことでもなかろう』
「そうだけど…早い。早すぎる。治安維持課もメディアも, 全然動いてないんだぞ?」
「脱獄から24時間も経ってないし…確かに。ちょっと早いかしらね」
「なんでギャングが先に動いているんだ。あいつらが動く理由なんてないはず…」
「諜報課が裏取引でもしたんでしょう?」
「だったら僕の耳に入らないわけがない。さっきも確認した。システムに動きが全然ないし, それに━」
「待て待て待て。お前達, 何の話をしている」
俺は3人の白熱しかけている議論にストップをかける。3人は俺の方に目を向けた。
「状況を説明してほしい」
「…うん, もちろんだ。えっとね, どうしようかな…」
或真がどこから話し始めようか迷っていたところに, 黄金卿が入った。
『単純に申せば, 貴様を狙っている者共が動き始めている。そういうことだ』
「俺を…狙う者?そいつは何だ。収容所の連中か?それとも,
「ううん。私達も最初はそう思ったんだけど…さっき, 貴方が出会した人達がいたでしょう?」
「ああ…」
ジェット機の上に乗っていた, パワードスーツの女。ケントレギナ。
そして赤い鎧の戦士。フェンリル。
両者とも明らかに人間を超越した能力を持っていた━蓋し, 精霊だろう。
「彼らはデュエル・ギャング。縄張りを張って, 街の支配権を争う組織よ」
「リバティを支配するのは
「そうは言うけど, リバティの実態はもっと複雑だ。これを見て」
或真は窓際に置いてあったプロジェクターを取り出し, 中央の机の近くに持って行く。プロジェクターが起動すると, 巨大な地図のホログラムが浮かび上がった。
「これがリバティの地図。僕らは今ここだね」
或真がどこからか取り出した棒で, 地図の西側に表示された赤点を示す。都心からかなり離れていることが窺え, 端にある海辺の方が近いようだ。
「で, 僕の家を含んだこの一帯…ここは『西地区』だね。同じ要領で, 『北地区』, 『南地区』, 『東地区』…そして, 真ん中は『中央特区』って呼ばれる地域だ」
或真が棒でリバティの地区を囲いながら説明する。
「当たり前だけど,
「つまり, ギャングは4つ?」
「もっと小さな組織がごまんとあるけど。大きいのは4つ。で, クルヌギアスさんとさっき話してたんだけど, 源くんはそのうち2つのギャングと既に遭遇している」
或真は棒を西と南に指す。
「僕らのいる西地区を支配するギャング, 『ダイノルフィア』。リーダーは『ケントレギナ』。僕もよく知らないけど…まぁ, 結構危なっかしい人と聞いている」
「…ビルにミサイルをぶち込むくらいだからな。納得だ」
「そして, 南地区の『クシャトリラ』。他の地区にしょっちゅう侵入する, 極めて攻撃的な連中だ。この前は東地区の『ドラグマ』とぶつかり合ったっていう報道があったね」
『侵略に取り憑かれた愚か者共だ。何と, 哀れな…クックッ』
黄金卿が愉快な様子で嘲笑う。
「クシャトリラが西地区の繁華街まで侵入するのは, 今回が初めてだ。いつもは境界線の辺りで留まっていたと聞いてる…しかも, 幹部のフェンリルまでやってきたとなれば, 相当な大事件だ」
「ダイノルフィアの拠点が繁華街だからね。敵の根城に殴り込みに行くようなものかしら…まぁ, 源が目的だったのなら, 話は別だけど」
俺はクルヌギアスの言葉に食いついた。
「そういえば, 黄金卿が最初に言っていたことだが。クシャトリラの目的は俺, ということか?」
「そのようだ。クシャトリラの雑兵が君を追ってきたんだろう?」
或真が聞く。
「そして, 君を付け狙うのは彼らだけじゃない。ダイノルフィアだってそうだ」
「なぜだ?俺が脱獄犯だからか?
「それを今, 僕達は話し合っていたところだよ。わざわざ君を狙う理由がわからない」
或真が首を振る。
「それに, もうここまで時間が経っているのに,
確かに。脱獄犯が見つからなければ, 当事者である
特に, デジタル技術がここまで発展している社会だ━カメラに顔でも写れば瞬時に特定されるだろう。
しかし, 今日或真と共に街を巡っていた時は全く異変を感じなかったし, 特に何事もなかった1日だった━ギャングとの邂逅を除けば。
「ともかく, 安易に街には出られないな。ダイノルフィアに目を付けられたら…」
「私がいるから大丈夫でしょ?」
クルヌギアスが返すが, 或真の表情は硬い。
「クルヌギアスさんがいれば, もちろん大丈夫だけど。源くんの顔を見られている以上, 無闇に外に出るのは危険だ。ギャングが裏で
「お前の技術で, ギャング側の持っている情報を洗い出せないのか」
俺がそう聞くと, 或真は首を横に振った。
「
或真はパソコンを操作し, 語り続ける。
「それに今回は動いてないけども。北の『
「ギャングにも独特な文化があるんだな…」
「大元は精霊界のモンスター達だし。それがリバティにやってきて, 人間達を取り込んで大組織に発展しているからね」
『わざわざ人間界を訪れ, つまらぬ闘争に明け暮れる…我には理解できんな』
黄金卿が呟く。
「その…北と東の連中も俺を狙っている可能性があるのか」
「可能性は十二分にある。それが本当だとしたら…」
━リバティの勢力を, 全て相手にしなければならない。
「勝てるのか?」
「到底, 無理だね」
或真が即答した。
「とりあえず今は情報が必要だし, 僕が何とか調べてみる。源くんは…そうだな。今日はもう寝るといい」
「いや, 俺は…うっ」
立ち上がろうとした矢先, 脳裏がグラッと揺らいだ。目が閉じかかって, 開けるのにも一苦労だ。一仕事を終えた直後のような疲労感が, 全身を包んだ。
「そう…だな。少し疲れた」
「長い1日だったからね。明日また一緒に考えよう」
「ああ…そうしよう。シャワー行ってくる」
「うん。おやすみ, 源くん」
『チャオ〜』
寝そべる黄金卿と, その隣で懸命にパソコンと向かう或真を後にして, クルヌギアスと共に二階の自分の部屋へと戻っていった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
シャワーと歯磨きを済ませ, ベッドに寝転がる。
━まだ, あの豚箱から出て1日しか経っていないのか。
あまりにも出来事が多すぎて, 1日とは思えないほど長い歳月が経ったのかと思えた。自由を手に入れたかと思えば, 一難去ってまた一難, 別の連中に追われる毎日が続くかもしれない。
━こんなんじゃ, 安心して寝れたもんじゃない。
収容所では, 就寝時間になれば部屋が施錠される。何かやらかさない限り看守が勝手に部屋に入ってきたり, 他の囚人に襲われることはなかった。ある意味, 安全な空間で寝ることができたのだ。
だが, ここはどうか。先ほど言われた, デュエル・ギャング…連中が今, ここで俺を見つけてもおかしくはない。今日はたまたま逃げられたが, 明日はどうなるか。
いずれ見つかったらどうなるか?
それに, 元ギャングの囚人の知り合いはいた…彼らの話を思い出す。
ギャングの世界は残忍だと言われる。その限りではないかもしれないが…俺も指を切り落とされたり, 最悪殺されたりするのだろうか。
「源」
寝ている側から, クルヌギアスの声が聞こえた。
「もうすぐ寝るが」
「少しいいかしら?」
彼女はベッドの上に腰掛けた。俺も身体を起こし, マットレスの上で両足を組んで座る。
「何だ」
クルヌギアスは俺の顔を眺めて, いつもの縹渺とした微笑を見せる。
「今日は色々あったわね」
「そうだな」
「どう?この世界は。何か思うことはある?」
思うこと, か。俺は一考し, こう答えた。
「正直, わからない。ジャングルに放たれたような気分だ」
クルヌギアスは頷きながら俺の話を聞いていた。
「俺はどうすればいい?」
「…それは, 貴方自身が私に教えてくれたのではなくて?」
意外な返答に, 俺は目を見開く。
「『もし, 世界の全てが敵だったら…貴方はどうする?』って, 私は聞いたわね」
「…ああ」
クルヌギアスと過ごした, 列車内の問答。それがまさに今の状況だと, 瞬時に理解した。
「それで, 貴方はどう答えた?」
「『戦うに決まってる』」
「そう。なら, 既に道は示されている。あとは, どう上手くやるかじゃない?」
「上手くやる, か…」
吐息を漏らす。たとえ戦うにしても, 上手くやらなければ失敗する。だが, 眠気のせいか, 俺自身の経験が浅いのか。
この漠然とした課題にどう立ち向かうべきか。アイデアが浮かばない。
「貴方一人で抱えこまなくていいのよ。私もいるし, 或真くんも黄金卿もいる」
クルヌギアスは俺の左手を優しく握る。
「それに, 私は貴方を見捨てない。絶対にね」
妖艶な笑みの裡に見え隠れする, 確かな信念。
ただ━クルヌギアスが俺に言っていない『何か』があるのは確かだ。いずれ, 知ることになるのだろうか。だといいが, そこだけが腑に落ちない。
彼女は, 俺をどこに導こうとしているのか。
が, 彼女の俺を守るという心は真である。これだけはわかる。
ならば━彼女を頼るしかない。この世界で生きていくために, そして, 力を付けていくために。
「…そろそろ眠い。俺は寝るぞ」
「そう。電気は消しておくわ」
「助かる。また明日な, クルヌギアス」
クルヌギアスはベッドから立って, スタンドの照明を落とした。
「おやすみなさい, 源」