遊戯王 Bitten Bullet   作:じぇね

19 / 24
2: Bellum Irae
サザン・ダイブ


━12:04PM

 

「…ん…」

身体をゆっくりと起こすと, いつも通りの部屋が見えた。カーテンは既に開かれ, 窓も少し開けられているせいか, 外の寒気が若干入り込む。

時計を見れば, 既に正午を過ぎていた。普段は遅くとも10時台には起こされるはずなんだが。

 

…よく眠れた。俺はベッドから降り, 身支度に取り掛かった。

 

リビングに出ると, 既に或真とクルヌギアスがテーブル周りに腰掛けていた。テーブル上のプロジェクターは, ホログラムの地図を映し出していた。

そして相変わらず, 外方を向いてソファーで横になっている黄金卿。眠っているのだろうか。どこまでも気まぐれな精霊だ。

 

「おはよう, 源くん」

或真が俺に気付き会釈した。俺も手を

 

「ああ。寝坊した」

「私が起こしても全然起きなかったから, そっとしておいたわ」

クルヌギアスがクスリと微笑む。

「そうそう。或真くんには, 今朝のことを話しておいたわよ」

「今朝?…ああ, そうか」

 

ダイノルフィアとの対峙…日付自体は変わっていないのか。もうずっと昔のことに思えてきたのは気の所為か。

「ビックリだ。まさか, こんな早くケントレギナと戦って勝つなんて」

「あっちが先に仕掛けてきた」

「それでもだ。やっぱり, 源くんはポテンシャルがある…僕も負けられないな」

 

或真がパソコンに視線を戻し, プログラムを操作する。俺は隣の椅子に腰掛け, 横から画面を覗き見た。

「これは何だ?」

「君達がケントレギナから受け取ったアクセスキーの中身を見てたんだ」

「クシャトリラ…」

 

次なる目的, クシャトリラ━残る3地区のデュエル・ギャングで, 俺を明確に狙っている勢力。

これをどうにかするのが当面の課題だろう。

 

「ちょうどいい。皆揃ったし, 作戦会議を始めたい」

或真がパン, と両手を叩く。

「クシャトリラを相手にするって話だね。彼らはダイノルフィアとは比べ物にならない規模だ」

或真がため息を吐く。

「一歩間違えれば, 僕達は必ず潰される…だから, 計画は入念に練っておきたい。いい?二人とも」

 

「ああ」

「そうね」

俺とクルヌギアスは頷く。

 

「オッケー。まず, クシャトリラの根城…リバティ南地区に入るところがスタートだ」

 

或真は続けて, 表示されていたホログラムの地図に指差す。

「これが南地区。この全体がクシャトリラの縄張りだと思っていい」

「…広いな」

ざっと見る限り, 西地区の2倍近くの面積だ。

「うん。大きさだけなら, 4大地区で2番目に広い。それで…最初の問題だ。南地区に入るのは, 非常に難しい」

 

或真がパソコンのキーを押すと, 南地区の北部境界に沿って赤い線が走り始めた。

「まず, クシャトリラ以前の問題。南地区における, 治安維持課の警戒線だ」

「警戒線?何だ, それは」

「治安維持課の実働部隊がこの一帯に配置されている。原則として南地区への出入りは許可されない状態だ…誰であってもね」

 

治安維持課。結社(コーポ)直属の, いわばリバティにおける警察と同義の存在。

ホログラムに書かれた情報を一瞥した。警戒線に配備されている部隊員, その数約12.000人。

目を疑った。街の一地区にそれほどの人員を割くのは異常だ。

 

「なぜ, 結社(コーポ)はこんな処置を?」

「ざっくり言えば理由は2つ。1つ目は, クシャトリラの攻撃性。クシャトリラは非常に攻撃的な連中だ。源くんなら, 身を以て体験していると思うけど」

 

 

思い出す。クシャトリラの雑兵達が俺を強引に連行しようとした時だ。

短気で攻撃的。正鵠を射た表現だろう。

 

「実際, クシャトリラは他の地区への侵入行為が絶えない」

「こないだも, 東境界部でドラグマとやり合ったっていう話があったわね」

クルヌギアスが加えた。

 

「だから, 結社(コーポ)もそれを問題視しているんだろう…けど, 2つ目の理由が一番大事だ。ここを見て欲しい」

 

或真は地図の左下, 建物が比較的少ない広いエリアを指し示す。

「ここ。南地区…いや, 街全体で一番重要な場所, 『リバティ工業団地』だ」

「工業団地?つまり, 工場のある場所か」

「うん。その工場達が生産しているモノで最も価値あるモノが…『石油』, そして『真珠(ティアー)』だ」

 

「石油…真珠(ティアー)?」

石油ならまだわかるが, 真珠(ティアー)というのは聞き慣れない。

 

「石油…言うまでもないと思うけど, 電力の供給とか, 車や船, 飛行機とかを動かすには不可欠だ。この辺りは油田が近いから, 石油プラントも多い。もちろん, 全て結社(コーポ)傘下のフロント企業が運営している」

 

結社(コーポ)…?南地区は, 結社(コーポ)の影響が及ばぬ場所ではなかったのか。俺は尋ねる。

「クシャトリラ領内にある工場を, 結社(コーポ)が動かせるのか」

「半年前, 結社(コーポ)とクシャトリラ側は合意を結んだ。これまで通りの形で結社(コーポ)が石油プラントを運営する代わり, 利益の一部をクシャトリラ側に山分けすると。それで, 事は収まっている…今はね」

 

或真が手元のコーヒーを飲み, 一旦止まる。

「今は…というのは, 結社(コーポ)は様子見に徹しているってこと。重要な工業団地をあんな暴力的な連中に任せておけるはずがないからね。どこかで引っ掛けて, 潰す機会を窺っているはずだ」

「警戒線の実働部隊も, 命令次第でいつでも南地区を攻撃する準備が出来ている, とも言えるかしらね」

「なるほどな…」

 

「…それで, 真珠(ティアー)っていうのは?」

その問いに答えたのはクルヌギアスだった。

真珠(ティアー)。簡単に言えば, 何でもできる物質よ」

「ほう…?」

 

クルヌギアスは懐から, 小さな宝石を摘んで取り出す。虹色の光が反射し, 真珠と宝石が合わさったような, 実に美しい煌きを放つ物体だった。

その形状は名が示す通り, 涙の形をした真珠ともいえる。

 

「クシャトリラが現れてから工業団地で生産されるようになった, 謎の材質…その可能性は本当に広い。ちょっと弄れば, 何にでも加工できるわ。燃料としても, 建築材料としても」

「夢のような物質だな」

「その通りだ。夢の物質。最近, 本当に話題になってるね。一番性能のいいCPUには, 全て真珠(ティアー)が使われている。これがデカい。この先, ITには不可欠なパーツになるね」

或真が頭を掻いて, 欠伸をした。

 

真珠(ティアー)の製造権は, 実はクシャトリラにある。曰く, 『自分達の開発した独自の技術』だそうで。タイミング的にも, 文句は言えなかったんだろう…結社(コーポ)は毎月クシャトリラに莫大な資金を支払って, 真珠(ティアー)を仕入れている」

「こっちの主導権はクシャトリラ側にあるのか…」

「だから石油の件も合わせて, 結社(コーポ)はクシャトリラを潰した暁には…真珠(ティアー)の利権も独占したいんだろうね」

 

まるで2つの国家間のいがみ合いだ。リバティという都市で, 結社(コーポ)とクシャトリラが主導権を争おうとしている。南地区の情勢は, 限りなく不安定ということか。

 

「…話が長くなったね。まぁ, 様はこうだ。南地区に入るには, 2つの勢力を同時に掻い潜る必要がある…結社(コーポ)の治安維持課, そしてクシャトリラ。これをどうにかしたいね」

或真が咳払いする。

 

「さあ, どうやって南地区の中に入る?二人とも, 何か考えは?」

或真に聞かれ, 俺とクルヌギアスは考えた。

 

「治安維持課に知り合いはいないの?」

「実働部隊にはいない。そのルートは無理だ」

 

「じゃあ, 南地区内部の知り合いはいないのか?」

「ゼロ。あそこは元々僕も用事がなかったし」

 

「ID偽造, 上手いこと治安維持課をやり過ごせば…」

「リスクが高すぎる。そんなトリックに引っ掛かるほど, 結社(コーポ)のセキュリティはヤワじゃない」

 

「治安維持課とクシャトリラをぶつかり合わせ…どさくさに紛れるのはどうかしら?」

「全面戦争になりかねないし, 僕としては無関係の人達に被害が出るのは好ましくないな」

 

難しい。他にもいくつか提案してみたが, どれも良い案とは言い難かった。

残るは…強行突破だが。それも言語道断か。

 

地図を見る。何か方法があるはずだ。抜け道が…

そして, あることに気づく。

 

「或真。これは何だ」

俺は地図に指差す。海沿いに引かれた, 南地区へと入る細い直線。

「これは…列車だね」

「列車?」

或真が直線にクリックし, 詳細情報が表示される。

 

「貨物列車だ。西地区と南地区を結んでいるのか…」

そして, 何かに気づいたように或真は目を大きくした。

 

「そうか!貨物列車。それだよ, 源くん」

「うん?」

「よく見て。これは工業団地で取れた資源を外に運ぶための列車だ。つまり, 稼働している」

或真は地図をスクロールし, 路線をさらに見る。

「始点は, ここから10km南にある駅…そして終点は工業団地の手前。入るだけならこれが一番手っ取り早い。よし!」

 

或真は高揚感から立ち上がる。

「決まりだ。この列車に乗ろう」

「乗るって…貨物列車だろ?そう簡単に乗れるもんなのか?」

俺の問いに, 或真は自信満々の笑顔で返す。

 

 

 

「僕に任せて」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

━4日後

━西地区・最南端部

━04:28 AM

 

「…うーん…」

真っ白な雪に身体を突っ伏している俺の隣で, 或真が双眼鏡を覗く。視界は良く, 吹雪もない。

数百メートルと離れていない先には, 無数の電線の下で線路が数本敷かれているだけだった。

何もないド真ん中で, 俺達は雪に伏せている。

 

「…うん, 見張りはゼロだ。源くん, 時刻は?」

「28分」

「あと2分ってとこか。そろそろ準備して」

「わかった」

 

俺は懐からスマートフォンを取り出し, アプリケーションを立ち上げる。

プログラムの羅列が表示された後, 画面下側に『RUN』というボタンが表示される。いつでも押せるように親指を構える。

 

ここ4日間, 一睡もしていない勢いで計画を練った。

貨物列車には, 一般の乗客は乗ることができない。事実, 飛び乗ろうとして検挙されているケースがリバティ中で絶えないらしい。

だから駅で乗車するのはもっての外, 飛び乗るのも危険すぎる。それに, 警備も甘くはない。

 

しかし, それは駅の話。

このように, 何もない路線のド真ん中なら別件だ。

しかし, 問題が一つある。猛スピードで通り過ぎる列車に飛び乗ることなど出来ない。クルヌギアスのポータル能力を以てしても, 豪速で動く列車に転移するのは危険らしい。

 

「…見えた!源くん!」

「ああ。準備完了(スタンバイ)

 

顔を見上げると, 右側から2点の光が朧げに見えてきた。そろそろか。

「ステイ…ステイ…」

列車の全貌が見えてきた。赤いフレームに, 如何にも貨物列車という顔だ。とても長い…ここから見ても, 軽く20両以上はある, 巨大な列車だ。

「まだだ…あと少し…」

目の前を通り始める列車。1, 2, 3両。箱がどんどん通る。

 

「今!」

『RUN』を押す。

ピピッ, と電子音が鳴った。

 

3秒も経たないうちに, 列車が明らかにスピードを落とし始めた。急ブレーキが掛かったかの如く甲高い摩擦音が夜に響き, 箱の横列は急速に勢いを失っていく。

「クルヌギアス!」

「はいはい」

すぐさま上体を起こすと, クルヌギアスが霊体化を解く。

「フフ。案外簡単ね…こうかしら!」

例の如く, 彼女の杖の一振りで俺達の身体をポータルに包む。次の瞬間, 俺達は雪の中から一変, 箱のような空間の内部に移動していた。

 

「はい。これで乗れたわよ」

「サンキュー, クルヌギアスさん」

或真が側に置いてあった木箱の上に乗り, 身を少しコンテナから乗り出し, すぐに戻す。

「うん, 問題ない。あとはサイドミラーに映らないように, 身を隠していれば大丈夫だ」

「システム復旧まであと30秒。じきに列車も動き出す」

俺はスマートフォンの画面を見て言った。やはり, 或真の腕は確かだ…突貫工事と称して自前のプログラムを組み, それで本当に列車を止めるとは。

 

ブザー音が鳴り, ぐらりとコンテナが揺れたと思うとガタン, ゴトンという音が鳴り始める。ゆっくりと列車が動き出した。

「よし!成功だ」

或真は軽くガッツポーズをして, 俺に振り向いた。互いの拳を合わせる。

「ほら, クルヌギアスも」

「あ, え?ああ, そう」

俺が拳を出すと, クルヌギアスは少し困惑した顔をしつつも拳を合わせてくれた。

「完璧すぎて笑っちゃうな。こんな上手くいくってね」

「方面は合ってるんだろうな。反対だったりして…」

「ハハハ, まさか」

或真は愉悦に浸る。こんなに嬉しそうな或真を見たのは初めてかもしれない。俺もつられて少し笑った。

 

「さて…計算が合っていれば, 工業団地の検問所までは2時間以上かかる。降りた後も結構動くだろうし, 休むなら今だ」

「私と黄金卿が見張りを付けておくわ」

クルヌギアスが言う。

「源。疲れているでしょう?眠るといいわ」

「…ああ。そうする」

 

適当な木箱の上に座り, コンテナに寄りかかる。厚いコートを毛布代わりにして, 目を閉じた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

━07:54AM

 

「…きて, 源」

「ん…」

目を開くと, 空は若干明るくなっていた。クルヌギアスが俺の顔色を窺っている。

「クルヌギアス…着いたのか?」

「あと10分って或真くんが言ってたわ。そろそろ準備した方が良いって」

「そうか…」

 

立ち上がって, 座っていた木箱の上に乗って首を外に出した。

眼前の光景は見事だった。遠くに広がる蒼い平面…水面。海, か。雲の間から漏れ出る僅かな太陽光が水面に反射し, 珠のように煌く。

地図で確認した通りだ。この貨物列車は海に面する公道に沿って作られているはず。

もう少しすれば, 狭い海峡に架かる橋を通る━その先の検問所を過ぎれば, 南地区に入れる。

 

検問所, と言っても。或真によればこの検問所のセキュリティは比較的甘いらしいので, 問題にはならない。

順調だ。俺は頷いて木箱から降りる。或真はコンテナの反対側で体育座りをして, 珍しく外で実体化している黄金卿と何やら話している。

 

『…柿の種を所望する』

「持って来てないよ」

『ムゥ…ならば, アレだ。アレ』

「アレって何」

『わからぬのか, アルマ。いつもの…』

「わかんないって…」

『ええい, 役立たずめ…我の眷属でありながら…』

「眷属じゃなーい。あ, クッキーならあるよ?」

『…いいだろう』

 

お茶目な黄金卿と, 彼の前で世話焼き人になる或真。微笑ましい姿だ, と思って腕時計を見る。もうすぐ朝の8時か。

「うふふ。今日はちょっと嬉しそうね」

クルヌギアスが隣に座ってきた。いつもの妖艶な笑みが目に入る。

彼女のその視線が, どうしても慣れない。全てを見透かすかのような目。

 

「源。照れてるの?」

「…違う」

 

「そう?頬っぺがちょっと赤いのは, 気のせいかしらね。ふふ」

身体が急に少し熱くなった。意識がのぼせるような, 血が上るような, 何とも言えない気持ちだ。それで俺は何も言えなかった。

 

「あ〜ら。ようやく砕けてきたかしら?源ったら」

 

クルヌギアスが身体をもっと寄せる。彼女のドレスの袖が, 俺に少し触れるのを感じた。

「ずっと固い顔して, ストイック?って言うのかしら。素っ気ないわね, って思ってたのだけど」

「……」

「やっぱり, 貴方も人間ね」

下を俯いて, 気持ちを鎮めようとする。何だ, この心臓が熱くなるような感覚は。

妙だ, 変だ。心拍数が急に上がってくる。風邪でも引いたか?

 

クルヌギアスは続けて, こう聞いた。

「ねぇ, 源…私のこと, どう思ってる?」

どう思う…?何だ, そんなことか。何を聞かれるかゾッとしたが…いや。なぜ俺は恐れている?何を恐れている?

「…心強い仲間だと思う」

「へぇ。それは光栄ね」

クルヌギアスがそう言ったと思うと, 右腕が少し震えた━それは, クルヌギアスの手が, 腕に触れたからだ。冷たくもない, むしろ暖かい彼女の手なのに…なぜ, 俺は今震えた?

 

ゆっくりと顔を回すと, 冥神の紅き瞳と目が合った。

身体全体が固まる。まるで, ゴルゴーンの目を除いたかのように…石のように動かない。

クルヌギアスの美貌が, 俺を虜にした。

 

「思うことは…それだけ?」

 

「……!」

咄嗟に目を逸らした。本能的な何かに駆られて。額の汗が一気に増える。

 

━冬だぞ, 今は。こんなにも…熱い, わけが。

 

「アハハ, ごめん。ちょっとからかってみただけよ」

クルヌギアスが軽い口調で言う。

「ちょっとした実験よ。こうしてみたら, どう反応するかしらって」

「…心臓に悪い。やめてくれ」

「ふふ。まだまだ固いわね」

 

クルヌギアスは俺の胸に手を当てる。

「もっと解した方が良いわよ, 貴方の心」

「…それが, 何のためになる」

「貴方自身のためよ。こう言われているの。精霊の力は, 主との絆が強ければ, それだけ強くなる」

 

「絆…?」

「ええ」

クルヌギアスは頷く。

 

「私…固い源は, あまり好きじゃないの」

「仕方ないだろう。周りは敵ばかりだ」

「それは間違い。かえって余裕がないように見えるわ。それで固いままだと, つけ込まれるだけ」

「じゃあ, どうすればいい」

「言ったじゃない。解しなさい, 貴方の心を」

「解す?どうやって」

 

「私を信じて。もっと私を頼って」

クルヌギアスは, 真顔で俺を見る。

「貴方の味方は私だけ。たとえ, 世界の全てが貴方の敵に回っても…私は貴方のためなら, 命だって投げ出していいわ」

「過激すぎる。お前に, そこまでの義務感は…」

「あるわ。私が, 私自身の魂に刻んだ使命が, 貴方を守護すること…私はその使命を絶対に尽くす」

 

俺は, 長らく抱えてきた疑問を一つ, 彼女にぶつけてみることにした。

「クルヌギアス。お前は…そう何度も言った。俺を守ると」

「ええ」

 

「なぜ?」

 

 

 

「本来, 異世界の存在であるお前が…人間界と何の関わりを持たないはずのお前が」

 

 

 

「なぜ, 俺にこだわる?」

 

 

クルヌギアスはそう聞くと, 少し悲しそうな表情を浮かべた。

言いにくそうな, 哀愁感を漂わせる顔。

列車の揺れる音だけが, 俺達の間を響く。

 

「……」

「どうした」

「…いえ。いずれ, 聞かれることだったから」

「答えられない理由があるのか」

クルヌギアスは頷く。

 

 

「ごめんなさい, 源…今の貴方に言っても, 貴方は理解できない」

 

 

納得できない返答に, 俺は何か言おうと思った…が。

冥神の表情はこれ以上ないほどに悲哀に溢れていて, 何も言う気になれなかった。

俺は黙りこくる。沈黙の中で, 俺は何も考えられなかった。

 

が, 沈黙はすぐに破られた。

 

ブレーキ音が響くと, 列車がスピードを落としていく。

「着いた…のか?」

俺が呟くと, 木箱の上から外の景色を覗いていた或真が寄ってくる。

先ほどまでの或真とは一変した, 不吉な表情だ。

 

「何かがおかしい, 源くん。準備して」

「何があった」

「列車は橋の中央で停車している。検問所には着いていない」

「…機械の問題じゃないのか」

「違う。外を見て…あんまり身体を出さない方がいい」

 

コンテナの縁から目の部分だけが出るように, ゆっくりと外を覗く。

海が見えるのは変わらないし, 橋の上だということもわかる。特に変わった物は見当たらない。

 

…が。その思い込みはすぐに間違いだと気づかされた。

 

空を破るローター音が聞こえてきた。赤いフレームを纏ったヘリコプターが唐突に飛来し, 停車する貨物列車の横で旋回している。

 

━赤い…?治安維持課なのか…?

 

サイドドアーが開くと, 人影が映る。

その姿を見て, 俺はハッと息を呑んだ。

 

赤い装甲, 狼の仮面。その特徴的な姿は, 一度見れば記憶から消えるわけがない。

あの夜, 西地区の街で出会した, 狼の戦士。

 

クシャトリラ・フェンリル。

 

「━━━!」

 

反射的に身を隠す。気がつけば, 列車の上空にも同じペイントのヘリが2, 3機飛び交っている。

明らかに異常事態だ。検問ならともかく, 橋の中央, それも真下に海がある大橋の中央で列車が止められているとは。

 

「どういうことだ。なぜクシャトリラが集まっている?」

俺は或真に詰め寄るが, 彼もこの事態は流石に想定外だったらしく, 慌ただしく首を横に振った。

「知らないよ!気付かれる要素なんて一つもなかったはず!」

 

『慌てるな, アルマよ。我々のことではない可能性がある』

黄金卿がそう呟くが, その幻想はすぐに打ち砕かれた。エリア一帯に響くアナウンスが大音量で流れた。

 

「不法侵入者に次ぐ!我々はクシャトリラである。クシャトリラ領内への侵入は厳重に罰せられる!直ちに投降せよ!」

 

ボコーダーに掛かったような, 低音の機械的な声。フェンリルの声だ。

 

「再度, 警告する。16号車に潜伏している不法侵入者よ。直ちに投降せよ!貴様らは包囲されている!指示に従わねば, 強硬手段も辞さない!」

 

「…やっぱり, バレてるよな」

16号車とは, このコンテナのことだ。しかし, どこで発覚した…?

見つからないように, 予め列車囲りにレーダージャミングもかけたというのに…?

 

脱出せねば。降りる術はただ1つ━後面のコンテナの扉。

だが, 状況を鑑みれば連中はすぐ外で俺達を待ち伏せしているに違いない。上空にヘリコプターが3, 4機。橋上にもクシャトリラ兵がそれなりの数, 待機しているはずだ。降りても逃げ場はない。

かと言って, ここに止まるわけには…

 

『フン。遅い。貴様らは判断が遅すぎる』

屈んでいた黄金卿が立ち上がり, 扉へ堂々に歩いていく。

「ちょ, 黄金卿?!」

或真が驚いて後を追う。

「何するつもり?罠だってわかってるでしょ。外に出たら…」

『それがどうした?』

「いい加減なこと言うな。死ぬよ?」

 

黄金卿は赤い眼光を光らせて, 身体中にエネルギーを蓄えていく。

 

『アルマよ。我は軟弱者には反吐が出る。今の貴様に, 従うつもりは毛頭無い』

 

「…っ!」

『冥神。貴様も見ているだけか?』

クルヌギアスはそう言われると, 目を閉じて何かを悟ったように立ち上がる。

「とんでもない。行くわよ, 源, 或真くん」

「…ああ」

 

『ハハハ…久方ぶりに, 身体を動かすとするかァ!』

 

黄金卿が両手を翳す。放たれる黄金色の波動砲。

瞬く間に扉が吹き飛び, 正面に立っていた2人のクシャトリラ兵は勢いよく後方に吹っ飛ばされた。

 

「黄金卿に続いて。早く動きましょう!」

コンテナから飛び降り, 朝日の眩しさに一瞬狼狽えつつも足を止めない。周囲のクシャトリラ兵達は黄金卿とクルヌギアスという存在が想定外だったのか, 数で勝っているにも関わらず防戦の構えに入っている。

 

精霊(スピリット)と会敵!警戒態勢C-3に移行!」

危険指標(デンジャーゲージ)…クソ!SSクラスが2体だ!」

「上空援護だ, 早く!」

 

地上で圧倒されていくクシャトリラ兵達を援護しようと, ヘリコプターが橋の真横に降りてくる。

サイドドアーから, 機関砲のような武装でこちらを狙う兵士達が姿を現す, が。

 

『脆弱。小細工など通用せん…散れ!』

「笑わせるわね…沈みなさい」

黄金卿とクルヌギアスの放つ攻撃が, 視界に映るヘリ3機を全て撃墜してしまった。

 

これなら…突破できそうだ。二人が圧倒的に強すぎて, この数のクシャトリラなら手に負えないはず…

と, 思いきや。

 

「源くん, 後ろだ!」

ハッと振り向くと, 赤い影が豹の如く素早さで迫る。

「くっ!」

寸前のところで横に転がり, 影の突進を避けた。立ち上がると, 影はこちらに振り向く━

クシャトリラの精鋭, フェンリル。

奴は俺を睨んでいた━仮面を被っているが, 奥の瞳は鬼の如く形相で睨んでいるに違いない。

 

「弾間 源…今度こそ, 貴様を捕縛する!」

 

クルヌギアスが俺の前に立ち, 杖をフェンリルに構える。

「笑止。貴方如きが彼に指一本触れられるなんて, 本気で思ってるのかしら?」

「貴様…混沌(カオス)の。ライズハート様の邪魔はさせん!」

 

フェンリルが斧を振り上げ, 突撃しようとした時。背後で衝突音がした。

上空から降ってきたのか。丸い紫色の窓が付いた, 円筒型の機械が線路上に直撃した。

円筒の正面が突き破られる。尖ったフォルムが歩み出る。

 

フェンリルより高い背丈に, 同じ赤を基調としたボディ。右手には刀, 左手にはボウガンを装備し, 額の一角が目立つ戦士。

 

「フェンリル…何を手こずっている」

「…ッ。ユニコーン…」

 

ユニコーンと呼ばれた, 新たなクシャトリラの刺客は剣を構える。そして俺を分析するような眼差しで見る。

 

「…標的, 確認。任務を遂行する」

 

「ユニコーン。我が手柄を横取りする気か」

フェンリルが不服そうな口調でユニコーンに放つ。ユニコーンは気にも留めず, 冷静に返す。

 

「一度ターゲットを逃したお前のことだ。二度目の失敗を起こさぬよう, 私が面倒を見てやるだけだ」

「き, 貴様…」

「それとも, ライズハート様の怒りを所望か?私は構わないがな。クク…」

 

「まぁ, いい。さっさと片付けるとしよう」

ユニコーンがそう言うと, 電子のエフェクトを残して姿を消した。

 

「な━」

「…っ。そこ!」

 

耳が破裂するような金属音。

頭を本能的に下げると, 数十センチと離れていない場所で, ユニコーンの巨体が迫ってきていた。その大剣を受け止めるのは, クルヌギアスの杖。

 

「ほほう。良い腕だ…混沌(カオス)の者よ。だが…」

「くっ…!」

「接近戦は不得手と見る。ハッ!」

 

ユニコーンの大剣から発される波動。爆音と共に, 俺とクルヌギアスは吹き飛ばされた。

「きゃっ!」

「うわっ!」

 

クルヌギアスは列車の方, 俺は橋のレールに当たる。背中を強い打撲痛が遅う。

「…クルヌギアス。クルヌギアス!」

「…っ。源!大丈夫?」

 

クルヌギアスがよろめきつつも立ち上がり, 俺の方に向かおうとする。彼女が足を踏み出した途端, 斧が地面に投げつけられ, 電子の隔壁を作る。

「あっ?!」

クルヌギアスは混沌の魔術で隔壁を壊そうとするが, びくともしない。それどころが, 隔壁は立方体形に変形し, クルヌギアスを取り囲んでしまう。

「なっ…!こ, これは…!」

「クルヌギアス…!」

 

頼りの綱が無力化されてしまった。

 

「フン。あれさえ居なければ, 容易いものよ」

ユニコーン, そしてフェンリルが身動きできない冥神を一瞥して, ガードレールを背に立ち尽くす俺を見る。

 

「さぁ, 無駄な抵抗はするな。大人しく我々について来るがいい」

ユニコーンが刃先を俺に向ける。

「くたばれ, 赤野郎」

「フン。口先だけは達者なようだな…ならば, 考えがある」

ユニコーンは刀を収納すると, 握っていた拳を振るい上げる。ああ, 痛めつけられて連行されるのか。或真と黄金卿は, どうなっている。そうか…橋の向こう側で, クシャトリラの増援を迎え撃っているに違いない。こっちで起きていることなど到底わからないはず。

 

こんな形で終わるとは思いたくないが, クルヌギアスが戦えない今, もう━

 

 

 

 

 

『塵となるがいい!』

 

 

 

 

 

 

地面が揺れる。ユニコーンの拳が止まると思うと, 右側から地響きの音がする。

この音を俺は知っている。

 

無数の黄金の杭が, 橋の線路, 脇道を破壊しながら飛び出してきた。ドリルの如く迫る, 鋭い黄金の怒り。

黄金の征服王(エル・ドラド・アデランタード)』。

 

「ユニコーン, 後退だ!」

フェンリルが危険に気付き, いち早く後ろに走る。一方のユニコーンはしばらく立ち尽くして黄金の杭を眺め, 俺の方に首を戻す。

地面が激しく揺れ始める。黄金の杭が橋の脆い地盤を砕いたせいか, 橋全体が急速に安定感をなくしていく。地震に見舞われたかのように激しい揺れが橋全体を襲う。

 

━今だ。クルヌギアスに…

 

閉じ込められたクルヌギアスに向かおうと一歩前に出ようとするが, 橋が今一度揺れ, 再度ガードレールに叩きつけられる。

━駄目だ。前に進めない。

ユニコーンも俺を掴もうと動くが, 揺れで思うように身動きが取れていない。

 

杭が迫る。時間がない。逃げ道も…ない。

 

どっちにしろ, 死ぬのか。俺は囚われたクルヌギアスを見る。

 

彼女はこれ以上なく悲しそうな表情をすると, 両手を俺に掲げた。そして, 叫ぶ。

 

 

「生きて, 源」

 

 

そして, 放たれる衝撃波。

俺の身体がガードレールを突き破り, 宙へと射出される。

 

 

何が起きたかを理解した時には━身体が吸い込まれるように, 直下の水面へと突入していた。

 

 

そうして, 意識がプツリと途切れた。

 

身体が深く, 深く沈んでいく。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。