「こっちよ」
精霊の少女, シェイレーンは薄暗く灯されたライトを片手に, 地下通路内を進んでいく。電灯が一つも付いていない地下通路は地上よりも寒く感じた。
一寸先は闇。ライトで照らされるのは, ほんの数歩先の床まで━その先は無限の黒が広がっている。しかし, シェイレーンは早い足取りを止めない。明らかに地下通路を熟知しているのか, 行き先は分かっているのだろう。
2人のクシャトリラ兵を打ち負かした後, 俺達は路地のすぐ横にあったマンホールを通して地下に降りた。どのような経路かは不明だが━隠し通路のような入り組んだ箇所を通り抜けると, この地下通路に通じていた。
今は真冬。雪が降り積もる中, 碌に除雪もされていない地上で動けば足跡が残る━容易な追跡材料だ。現に, クシャトリラ側は厳戒態勢を解いていない。ディスクの地図を確認すれば, エリア6中が捜索隊で溢れ返っているのが見て取れる。
連中が地下の存在を認知しているかは定かではない。が, 今のところは追手や捜索ドローンは確認できない。とりあえずは安全だろう。
しかし, この地下通路。元は地下鉄の駅だったのだろう。
西地区にある駅の掲示と全く同じ形式で, 地上への出口や乗り換え線の案内が書かれている。こうして見れば, 同じ街の一地区とは思えないほどに全てが廃れている。広告のポスターは尽く破れ, 電光掲示板は何かに打ち付けられたのか, 画面が粉々にされている。自分の知っている地下鉄の駅の光景とは掛け離れた, 異常な光景だった。
「ここ。入って」
シェイレーンが言う。右側の壁の凹みに扉があり, 彼女はそれを開ける。彼女が壁のスイッチを入れると, 天井のLEDが光った。部屋は小さな駅員用のオフィスの様だった。
机の上には書類が山積みにされ, 掲示板には無数の細い直線が引かれている地図━リバティ南地区の路線図と思しきものが貼り付けられている。
床には寝袋が一つ, 隣にはアウトドア用の小型ガスヒーターが置かれていた。
シェイレーンは小さな椅子を一つ持ってくると, それを部屋の中央に置いた。
「座って」
俺は何も言わず腰掛ける。固い椅子だ━座り心地が一際悪い。シェイレーンはもう一つの椅子に座り, 俺と向かい合う。彼女はその鋭い目で俺を睨み, 暫しの間無言でいた。
「で, あんた。何者なの?」
その眼差しに見合った, 尖った口調でシェイレーンは口を開いた。
「ただの人間だ」
「へぇ」
シェイレーンはフン, と鼻で笑う。
「ただの人間のためだけに, クシャ共が列車を止めるワケ?」
「何?」
シェイレーンはそう言うと, 薄ら笑いを浮かべた。
「あんた, 橋の列車に乗ってたんでしょう」
「…その通りだ」
「陸から見てたわ。しかし, 可笑しなものねぇ」
シェイレーンは一旦足組みをする。
「いつもは放置されるはずの貨物列車が止められて, クシャ共が大勢集まって…何が起きたかと思えば, 橋がバラバラに爆発してたわ」
「………」
「で, 海辺に行ったら瓦礫と一緒にアンタが打ち上げられてた。それも, 私があと一歩遅かったらクシャ共の部隊に拾われるところだったのよ?」
どうやら, シェイレーンは一部始終を知っているらしい。が, 彼女が知っているのはそれだけではなかった。
「それにあんた。ここらでは有名人らしいわね」
「……有名人?」
シェイレーンは懐から端末を取り出した。ホログラムの画面を起動させると, クシャトリラの文字列が表示される━何と書かれているかは知らないが, シェイレーンは読めるらしく, その内容を俺に告げた。
「最重要標的#2。『弾間 源』。ライズハート様の天下に仇を為す脅威。発券次第, 捕縛せよ…だって」
シェイレーンは画面の全貌を俺に見せると, そこには俺の顔写真が確かに載っていた。
今更, クシャトリラが俺の情報を把握していることには驚かない。
だが, 問題は…『何処』からその情報を入手したかだ。本来ならば, 或真・クルヌギアスと共にその計画を進めるつもりだったが…このザマだ。
「これ, あんたの事よね?」
「そうだ」
「何やらかしたの?クシャのお尋ね者のトップ2なんて, 相当よ」
俺は首を横に振った。
「知らない」
「はぁ?」
俺の答えに, シェイレーンが表情を歪めた。
「ふざけてるの?」
「奴らが勝手に俺を狙ってるだけだ」
「で, その狙ってる連中の縄張りに, わざわざあんたは入ってきたってワケ?」
「そうだ」
「バッカじゃないの?!」
シェイレーンが声を荒げる。如何にも不可解, 信じられないと言わんばかりの顔で彼女は叫んだ。
「死に急ぎなの, あんた?」
「違う」
「じゃあ, 何?」
「答えが知りたい」
「何よ, それ」
シェイレーンの困惑した表情を直視して俺は答えた。
「狙われている理由が知りたい。クシャトリラがなぜ俺を知っているのか, 何が目的なのか。そういうことだ」
「…まさか。クシャ共が話し合える相手だとでも思ってるの?」
「思わない。現に西地区にいた時も問答無用で襲われた」
あの時はまだ無傷で済んだ訳だが。今回は危うく死にかけた…それも, シェイレーンの発言が本当ならば, 無意識のうちにクシャトリラの捕獲されていたということか。
尚更, 彼女には感謝せねばならない, が。
「それで。一人で来たの?」
「仲間がいる。見ての通り, 今は離れ離れだが」
俺は彼女に尋ねた。
「何か知らないか?」
「知るわけないでしょ」
シェイレーンは言い捨てた。
「海辺に倒れてたのはあんただけだし…第一, あんな状況で生きてるあんたが異常よ」
「…俺の仲間が死んでるって言いたいのか?」
「私があんたなら潔く諦めるわ。あんたの仲間, 人間?精霊?知らないけど, 橋の爆発から生き延びたって…クシャ共に囲まれて, どこまで保つかしらね」
俺はため息を吐いた。諦める?そんな選択肢は, 毛頭無い。
「彼らは強い。どこかにいるはずだ。それに, あいつらと合流しないと何も始まらない」
シェイレーンは深いため息を吐く。
「人間って, 揃いも揃ってバカね…で, これからどうするつもり?」
「あいつらを探しに行く」
「…行くアテも無いのに?それに, 人間なら…食料も水も無くして, 外に出て生きていけるわけがないじゃない」
「そうだな。だから…」
両手を膝に当て, 頭を深く下げた。
「頼む。協力して欲しい」
「イヤよ」
シェイレーンは即答した。
「あんたの命を救ってやっただけでも一苦労だったのに, その上でまた頼み事を押し付けるワケ?」
「…烏滸がましい真似なのは分かっている」
「ったり前じゃない!バカバカしい」
「俺に手は残されてない…お前の言う通り, そのまま外に出れば俺は野垂れ死ぬだけだ。でも, 俺は目的を諦めたくない」
「知ったことじゃないわね。こっちは自分のことで精一杯なのよ?」
頭を上げると, シェイレーンが冷ややかな表情でこちらを見て, こう言った。
「大体, アンタのことはあのままビルに置いていくつもりだったから。アンタと会うこと自体が想定外の事故だったし」
「…それも, そうだな」
「とにかく。あんたの目的なんてどうだっていいし, 私が協力する理由なんてない。いい?」
シェイレーンは断言した。何か言おうと思ったが, 彼女の毅然とした様を見て, これ以上彼女を説得するのは無理だと理解した。
俺は無言で数回頷いた後, 席を立った。ジャケットの裾を直して扉の前に向かう。
「どこに行くの?」
背後からシェイレーンが呟く。
「…俺のやることは変わらない。仲間を見つけないと」
俺は振り向かずに返した。そのまま, 冷たいドアノブに手を伸ばす。
「待ちなさい」
ドアノブを回す手が止まる。
「あんた。借りを返さないままで済むなんて, そんなこと思ってないでしょうね」
俺はそう言われ, 再びシェイレーンの方を向いた。彼女は立っていて, 俺の目の前まで歩み寄った。
「何がどうあれ, 私があんたを助けたのは事実。そういうのを貸しって言うんじゃないの?」
「………」
言っていることは最もだが。
「貸しは返すもの。あんたの事はどうだっていいけど, このまま外に出したら私が見殺しにしてるみたいで, 気に入らないの。わかるかしら?」
俺は首を縦に振った。
「…何が言いたい」
「はぁ…まだわかんないの?言ってあげるわ」
シェイレーンは俺に指差して高らかに伝えた。
「私に協力しなさい, 弾間 源」
俺は彼女の指先を少し眺めてから, 視線を彼女の顔に戻した。
「何をするつもりだ?」
シェイレーンは指を下ろす。
「クシャトリラを潰す。それだけよ」
少女の精霊, シェイレーンの深い蒼の瞳の奥は燃えているように見えた。嫌悪, いや, それよりも強い。
激しい憎悪の眼差しだ。俺へ向けたものではない━クシャトリラに向けた憎悪。
「…具体的には?」
俺が尋ねる。すると, シェイレーンは掲示板の路線図に指差し, 近くに来いと手招きした。
そうすると, 彼女はある地点に指差す。
「ここが私達の現在地。目的地は…ここよ」
シェイレーンの左手はさらに下側にある, 地区中心からも遠く離れた最南部に着いた。この場所…確か。或真との話で出てきた場所だ。
「これは……工業団地か」
「あら, 知ってるのね。そう, リバティ工業団地。奴らのライフラインを叩く」
或間の話を再度思い出す。南地区の情勢を語る上で最も重要な工業団地。
クシャトリラと
シェイレーン…彼女はそれを理解しているのだろうか?
その旨を尋ねようと思ったが, ひとまず俺は彼女の話を聞いてみることにした。
「具体的な計画はあるのか」
「あるわ。でもそれは着いてからの話…まずは, 団地へのルートを確保するわよ」
シェイレーンは引き続き地図をなぞる。
「ここから地下鉄を辿れば, 終点のエリア8まで歩けるはず。そこを目指すわ」
「敵は?」
「いるかもしれないし, いないかもしれない…ハッキリ言って, 向かわないとわからないわ。でも…」
シェイレーンは俺が腕に付けたディスクに触れる。
「アンタ。少しは戦えるみたいだし, クシャの雑兵程度なら追っ払えるでしょう?」
「とりあえずはな」
拾ったカードで作った付け焼き刃のようなデッキだが, 先程の
願わくば, ヴァレット達を何処かで発見できれば……希望的観測か。海の藻屑になっている可能性も十分にある。
とりあえずは, このデッキでの戦い方を熟知しなければ…
「2人で戦った方が1人よりマシってだけよ。でも, 私の足を引っ張ることだけは, 絶対にしないで」
「…お前に合わせる」
「フン。だといいけど」
シェイレーンは壁から離れ, 少し背伸びした。
「私は寝るわ。あんたは机の上で寝て」
シェイレーンは机に指差す。俺は肩を竦めた。まぁ, 床に寝るよりは幾分マシか。
「明日は4時に動くわよ。寝過ごさないでよ」
「…分かった」
椅子に再び座り, 欠伸をする。机の前まで椅子ごと身体を動かして, 机に突っ伏した。
━疲れたな…
混濁していく意識の中で, 散り散りになった仲間達のことを思う。いつもだったら或真の家のベッドに寝転がり, クルヌギアスが何か語りかけてくる。今の俺は寒さと暗闇と静寂の中で, 固い机の上で眠ろうとしている。
落ち着かない。眠たいはずなのに, 眠れない…何故。
「…クルヌギアス」
━源。どうしたの?
ふと, 彼女の声がしたかと思った…が, 幻聴に過ぎなかった。無事なのだろうか。どこかで俺を探しているのだろうか。それとも━
不安と恐怖が入り混じった, あやふやとした意識の中に囚われ, 意識が不確かな暗闇の中へと彷徨っていった。