「がはっ!」
バロネスの一撃を受け, 俺の対戦相手の謎の青年━ダイが後ろに倒れる。ソリッドビジョンが解除され, モンスター達の姿が消滅する中, ダイの隣に現れたのは彼の精霊, オオヒメの御巫だった。
「ダイちゃん!しっかり!」
「ぐうう…」
頭を抱えるダイの身体を支えるオオヒメ。俺の両脚を縛っていた拘束が解かれたので, 少し歩み寄るとダイが俺を睨んできた。
「ぐっ…傭兵め…でも, オレが止めないと…」
ダイは衝撃から回復しきってないのにも関わらず立ち上がろうとするが, オオヒメが彼を制止する。
「ダイちゃん!休まないとダメ!」
「休んでられるわけないだろ!こいつらが…」
「もうわかるでしょ, ダイちゃん!この人達は悪い人じゃないって!」
オオヒメは気付いていたのか。どうやって気付いたかは知らないが…それが
或真も言っていたが,
未熟な俺にはそれを未だ感じ取れていないが…精霊であるオオヒメには, 分かったことがあったのだろう。
━またしても, ギリギリの勝利か…
頭髪を少し掻く。最後に戦った強敵, ケントレギナの時もそうだった。相手が強くなればなるほど, こういう長期戦に持ち込まれる。その都度, 運で乗り越えてきた。
今回だって, ダスト・フォースという切り札があったから良かったものの…あれを引けなければ, ダイの戦術に対する回答がなかったままだ。
わからない。勝利を素直に喜べない。
いつになれば, 胸を張って実力で勝ったと言えるようになるのか。
「勝ったじゃない。あんた」
同じく拘束が解けたシェイレーンが歩み寄ってきた。表情はいつも通りムスッとしている。
「ねぇ, 何ボーッとしてんの?」
シェイレーンは俺に首を回す。彼女の表情を見る限り, 少し不服な様子だ。俺が苦戦したのか, それとも時間をかけ過ぎたのか…
「すまない。手間をかけ過ぎた」
「手間?」
「今の
「ああ, それ?仕方ないじゃない。それに, あんたにそこまで期待してたわけじゃないし」
シェイレーンは外方を向く。怒ってはいないようだが…
クルヌギアスと違って, 彼女は言いたいことをハッキリ言ってるようで言わない時がある。ますますわからない。
しばらくシェイレーンと話していると, オオヒメがこちらを向いた。
「見知らぬ人達, 本当にごめんね…うちのダイちゃん, 少し怒りっぽくて…」
見た目こそ若い女性だが, まるで子の面倒を見る母親のような優しさを漂わせていた。俺は首を振って彼女に答える。
「誤解を与えたのは俺だ。こちらこそ」
「いいのいいの!ほら, ダイちゃん」
ダイは少し落ち着いたらしく, 立ち上がって服に付いた汚れを振り払い, 俺とシェイレーンを見上げた。
「…で, 君ら。誰なんだ?」
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地下鉄の少し先に進むと, とある駅に辿り着いた。
この駅のホームは他の駅よりも一回り小さかった。しかし他と違って瓦礫やゴミはなく, 電気も通っている。平時とそう変わらない様子を見せていた。無論, 地上へと続く通路は全て瓦礫で防がれていたが。
ホームにはテントが張ってあり, その周囲にはソファーや簡易ガスコンロ等の生活用具が置かれている━ここがダイの暮らしている場所だろう。
小さなヒーターの周りを囲むように俺とシェイレーン, そしてダイとオオヒメは地べたに座っていた。俺は自分の素性と状況を彼らに伝えた━橋での出来事, シェイレーンとの邂逅。それ以前の収容所, 西地区での出来事も手短に話した。当然, クシャトリラに狙われていることも。
ダイとオオヒメは突飛な状況に少々驚きながらも, 最後まで話を聞いてくれた。
「…そうか。色々, 苦労したんだな」
オオヒメが淹れた茶の入ったコップを, ダイが俺達に回しながら言った。
「俺の仲間を見つけないと。何か知ってるか?」
俺の問いに, ダイは首を横に振った。
「普段ここを通る人間なんかいない。地上から迷い込んだクシャの雑兵か, 誰かに送り込まれた傭兵, スパイか。それくらいだ」
ダイは力になれず申し訳ないと言って茶を飲む。
「地上は危険すぎる。そこら中がクシャトリラで溢れ返ってるし, 見つかったら振り切るなんてまず無理だ。君は近くに彼女がいたから運が良かったけど…」
ダイはシェイレーンに一瞬目を移し, 俺に視線を戻す。
「君の仲間達に関しては, ちょっとわからないな。無事だといいけど, 正直, 難しい」
「…だろうな」
俺は呟く。クルヌギアス, 或真…頼む。彼らなら無事なはずだ。
「で, あんた達はここに隠れてるわけ?」
今度はシェイレーンがダイとオオヒメに尋ねた。
「たまに, 食べ物を取りに外に出るけど…それ以外は, 基本的に出たくないよね」
オオヒメが答え, ダイが頷く。
「オレが戦うのはこの場所を守る時だけだ。脱出したいのは山々だが, こんな内地から脱出なんて無理に決まってる」
「実際, 脱出に失敗した人の話なんて耳が痛いほど聞いてるし。捕まれば何されるか…」
シェイレーンから聞いた話を思い出す。クシャトリラの雑兵の大半は, 捕獲され改造された人間。
そんな非人道的な仕打ちを受ける人間の身になれば━恐ろしい。
「で, 君らは?」
ダイが聞く。
「これからどこに向かうんだ?」
「工業団地よ」
シェイレーンが即答する。
それを聞いたダイは, 大いに困惑した表情で俺達を見る。そしてシェイレーンを3秒ほど凝視して, 何かを悟ったかのように目を大きくした。そのまま彼は持っていたコップを床に置き, 腕組みして口を開く。
「やめておけ」
率直な返答だった。シェイレーンはそれに対して「はぁ?」と顔を顰めた。
「あんた, そんなの分かった上でこっちは━」
「違うよ。そういうことじゃない。危険を承知で行くのはわかってるし, 君らも十分わかってると思う」
「じゃあ, 何よ?」
ダイはシェイレーンの問いに対し, 今度は俺に指差しながら答えた。
「彼を君達の種族の戦いに巻き込むのはやめろ。オレが言うのはそういう意味だ」
…種族の戦い?
俺はシェイレーンに振り返る。工業団地を叩く彼女の意図━クシャトリラの力の源泉を叩くこと。
それに間違いは無いようだが…まだ, シェイレーンは俺に伝えてない何かがあるということか?
シェイレーンは口を噤んでいると, こう答えた。
「無理よ。こいつは私に借りがあるから」
「君が彼を助けたことか。まぁ, そうだろうね」
「それにアンタ。私達がどれだけ酷い目に遭ってるか知ってるんでしょ?」
「自分の知ったことじゃない。それで?」
ダイはシェイレーンの訴えに無頓着だった。シェイレーンはいよいよ怒りを抑えられず, 口調が荒くなっていく。
「あんた, 何様のつもり?」
しかし, ダイは動じない。彼は腕組みしたまま彼女を睨む。
「何様はこっちの台詞だ。自分達の世界の争い事を人様の土地で続けて…その挙句, 南の人達を巻き込んで, それこそ何様だってんだ?」
「そんなの私に言ってどうすんのよ!私にどうにもできなかったことを!」
「ざけんな!君達もクシャトリラも同じだ。人間を屁とも思ってない。団地に行ってどうすんだ?また戦いをおっ始めるだけだろ?」
「…っ!この…!」
話について行けない。それより, ダイとシェイレーンが何に怒っているのかもわからない。
種族の争いがどうこうと言っているが, 何のことだかさっぱりだ。
それよりも, 二人のムードが険悪だ。シェイレーンは今にも自分の剣を引き抜かんとする勢いだ。こんなに怒ってる彼女は初めて見る。こんなところで争うのは…
「はいはい!ストップ, ストップ!」
一触即発の事態を, オオヒメが手を振って止める。
「ダイちゃん!折角のお客さんにそんなこと言っちゃダメでしょ?」
オオヒメの叱咤にダイが呆気を取られる。
「いや, オオヒメ。でも…」
「でもでも言わなーい!」
「あたっ!」
ダイの額を弾くオオヒメ━所謂, 「デコピン」というやつか。ダイは叩かれた所を指で抑え, 「ってえ〜」と言いながら応えた表情を見せる。
「もう!ダイちゃんったら…」
オオヒメは困り顔をしてこちらを向くと, 慌てて両手を挙げた。
「ご, ごめんね!ダイちゃんが変なこと言うから迷惑かけちゃって…」
「いや, いい。シェイレーン?」
俺はシェイレーンに振り向くと彼女は色々言われたからか, 不服な表情を浮かべて外方を向いてしまった。
仕方ないか。俺はため息を吐いて彼女から目を離す。
「ほーら。ダイちゃん, 謝りな?」
「ぅう…すまん…」
ダイが叩かれた箇所を抑えながら小声で言う。余程痛いのだろうか…しかし, 彼の言っていた話が気になって仕方ない。そう思い, 俺は尋ねることにした。
「ダイ。お前がシェイレーンに言ってたこと, 種族の戦いとか, それは何だ」
「…ん。そうか, 君は南の人間じゃないから知らないのか…」
ダイは首を振って話し始める。どこから話そうか, と一言置き彼は口を開いた。
「この南地区にやってきたのはクシャトリラだけじゃない」
「ほう。なるほど…」
初っ端から, 俺の南地区に対する理解と異なる発言だ。
「半年前, この南地区にはデカい勢力が3つ同時に現れた。1つ目が, 当然『クシャトリラ』。後の2つは…『スケアクロー』。そして…『ティアラメンツ』。これはオオヒメから聞いたことだ」
「スケアクロー…ティアラメンツ…?」
スケアクローという単語には聞き覚えがある。それもたった数十分前聞いた言葉だ。
クシャトリラの改造を受け, 原型を留めていない機械化されたモンスターの死骸が記憶に蘇る。
なるほど, 別世界に住むモンスターとは言われたが…
そして, ティアラメンツ。今初めて聞いた単語だが, それが何なのか分かった気がした。
俺は隣に座る少女━シェイレーンを見る。彼女は俺を横目で見返す。
「お前のことか」
「…そうよ。私は『ティアラメンツ』」
ダイは頷く。
「スケアクロー, ティアラメンツ, クシャトリラ。こいつらは元々精霊の世界で争ってたらしいが, ある日突然人間界に渡ってきた。理由は知らないけど」
「私も知らない。気付いたら身体が移動してて, この街にいたの」
「…君達も自分で知らないわけか。それはますます不思議だろうな」
そういえば, 或真も言っていた気がする。そもそも精霊が人間界に居る意味とは, などを考えていたところを聞いたことがある。
精霊達自身もわからないと言うくらい深い謎なのだろうか…
「とにかくだ。スケアクローは何してたかオレは知らない。でも, ティアラメンツとクシャトリラは…人間界に来るや, 殺し合いを始めた」
「………」
シェイレーンが黙り込む。その表情からして本当の事なのだろう。
「精霊同士の戦いはとても人間の耐えられるもんじゃない。当然, 街は戦場になった。クシャトリラが街を壊したのは, 半分正解。本当はこいつらの争いで街が荒れたんだ。多くの人々が死んだ」
「…なぜ?敵同士だから, 別世界でも戦争を始めたのか?」
「そのようだな。それでオレも家を追われた。クシャトリラ共に殺されそうになってな…オオヒメがいなければ今時死んでるか, 改造人間になってるかだ」
ダイの話を聞きつつ, 俺はシェイレーンに視線を移す。
彼女の表情はこれ以上ないほど哀しげで, 今までの強情な彼女とはかけ離れていた。
「シェイレーン?」
「何よ」
「お前も, その時クシャトリラと戦ったのか?」
「……ええ。そうするしか…なかったから」
すると, シェイレーンの両手が拳に丸められる。
「あの男…レイノハートのせいで!」
シェイレーンが地面を叩きつける。
「私達は, 争いなんて嫌いだった。人間達を巻き込むつもりなんて, これっぽちもなかったのに。あの男が…戦えって」
「レイノハート。それがお前達のリーダーか?」
「違う!私達の本当のリーダーは, キトカロス姉様よ!それなのに, あの男, どこから来た馬の骨とも知れないあの簒奪者が, 私達から全てを奪った!」
シェイレーンの声は溢れんばかりの怒りで震えていた。
「キトカロス姉様も, 私の仲間達も全員奴隷にして弄んで…この世界に来た時も, 戦わなければ殺すって脅して!」
「………」
「ハゥフニスもメイルゥも, 何処に居るかわからない。早く探さないと…彼女達だけでも, 生きてくれれば…」
シェイレーンはそう言うと両腕で顔を包み, 嗚咽混じりの声を流す。
それを見たオオヒメが彼女の隣に回り込み, 背中を撫で回してシェイレーンを宥める。
「よしよし, いい子。うんと泣いていいんだよ…辛かったね…」
俺とダイは黙り込んで, 彼女達の様子を見つめる。
ティアラメンツ, クシャトリラの場違いな争いに巻き込まれたダイもそうだし, シェイレーンも理不尽な戦いを強要されて苦しんでいたのだろう。どっちも立派な被害者だ。
だが, 話はまだ終わっていない。俺は引き続きダイに尋ねる。
「で, どうなったんだ。クシャトリラが好き放題地上を歩き回ってるってことは…」
「と, 思うだろう。でも実際は違う━どっちが勝ったわけでもない。むしろ, ティアラメンツ, スケアクロー…
「消した…?どういう意味だ」
「オオヒメに聞いたが, 彼女にもわからないらしい。街中にいたティアラメンツの姿が突然見えなくなった。全員殺されたわけでも, 撤退して隠れたわけでもない。全く不可解だな」
それでも, 姿を消したというなら残ったクシャトリラが街の主導権を握った, というわけか。
「で?どうなってる」
「後は見ての通りだ。クシャトリラが
「
「それがおかしいのよ」
隣で泣き止んだシェイレーンが低い声で呟く。
「おかしい?どういうことだ」
俺が尋ねると, 彼女は懐から宝石を一つ取り出す━まさしく,
「
「…万能物質っていうのは聞いてるが, 本当なのか」
「そうみたいね。でも, クシャ共は
「知らない…?」
「ペルレギアの大地でしか育たない鉱物よ。私達ティアラメンツだって作れない…そもそも,
「人為的に作れないだと?」
じゃあ, 工業団地で製造しているという話はおかしい。クシャトリラの技術ですら製造できないのに, ましてや人間の土地で製造するなど。異世界でしか生じ得ない物質あるならば尚更だ。
人間界で作る方法があるはずがない。不可能だ。
一体, 工業団地で何が起きている?
そして, これを後押しする
「そこよ。それを知りたいから, 私は工業団地に行こうって言ってんの」
シェイレーンが言う。
「ははぁ。それはオレも知らなかったな。そういうことか」
ダイが納得し頷く。そしてシェイレーンに手を差し伸べた。
「すまん。さっきは取り乱した」
「…フン。気にしてないわよ」
シェイレーンとダイは軽く握手する。
「やることは決まったな。まぁ, 当初の目的と何ら変わっていないが…」
変わったことがあるとすれば, それはシェイレーンが少し打ち解けてくれたことか。
シェイレーンは俺を一瞥する。
「あんた。仲間が心配?」
「まあな」
心配どころではない。少々焦ってもいる。
「そう。まぁ…ちょっとは手伝ってあげる。もちろん, 私と一緒に工業団地に行くのは変わらないけど」
俺はフッと笑う。
「助かる, シェイレーン」
「フン…何でもないんだから」
「なら, 源, シェイレーン。オレとオオヒメにも同行させてくれないか?」
ダイが尋ねる。俺に主導権はない━シェイレーンに振り返る。
「シェイレーン, お前はどうだ」
「…いいわよ, 別に。あんた達が強いのはさっきの
ダイは満足げに頷き, すぐさま立ち上がる。
「よし。オオヒメ, 出掛ける準備だ」
「お出掛けなんて久しぶりだね, ダイちゃん!」
「ああ…全部は持っていけないから, どうしようかな…」
「あたしに任せて!ふんふふん〜」
そう行ってオオヒメとダイがテントの周りに戻り, 荷物を纏め始めた。
俺とシェイレーンはストーブの近くで身体を温め, 差し出された茶を飲む。
「…美味しいな」
こんなに美味しい茶を飲んだのは何日振りか。とはいえ, 或真の家を出たのがたった2日前とはとても信じられないほど, 時間が遅く感じる。それが良いことなのかどうか…目的地まではまだ遠い。徒歩でも3日は掛かるという計算だ。
だが, 今新たな仲間が増えた。敵は強大だ━少しでも仲間が増えれば心強い。このペースで続けば, いつかは光を掴める。
仄かな暖かい思いを潜めて, 俺はダイとオオヒメの荷造りを待った。
次なる目的地へと向かうために。