遊戯王 Bitten Bullet   作:じぇね

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最後の壁

エレベーターの扉が閉まり, 一息吐く。最下層へのボタンを押すと, パネルの下向きの矢印が点灯し, 空間が微かに下へと動くのを感じ始めた。

ー手薄どころが, 本当に無人だったとは。

ライノに言われた通り食堂へ向かった時, 人の気配が全くなかったのには度肝を抜かれた。食事時間の直前に暴動が始まったとはいえ, 看守や炊事当番の囚人らが居ただろうに。この状況に対応しきれていないといったところか。それでも看守に見つからぬように全速力で厨房の裏側まで走り抜け, このエレベーターを見つけたわけだが。

 

しかし, 一つだけ腑に落ちない。食事時間の()に暴動が始まったという事実だ。

普段, 作業時間の終了後は一旦点検を受けてから部屋に戻される。そして, 先程のように食事を報せるブザーが鳴るまでは部屋で待機しなければならない。待機時間の間はドアが閉まっていて, 勝手に出ることはおろか, 他の囚人と会話することもできない。俺の知らない所で前々から計画の話し合いがあったと考えるにしても, どうやってあれだけの大人数が部屋のドアを開けられたのか。

 

ーまぁ, いい。今は脱出に集中だ。

 

ドアが開く。前に進もうとすると, なんと正面に看守が一人立っていた。まさか囚人が乗っているとは思ってもいなかったかのような驚愕の表情を表して, 一瞬後ずさった。

 

「お, おい!お前ーごほっ!」

 

躊躇することなく, 素早く腹部にジャブを喰らわせる。看守は後ろに吹っ飛ばされて壁に激突する。一撃で気を失ったらしい。

周囲を素早く見渡し, 他の看守の有無を確認するー問題ない。こいつだけか。あまり暴力に走るのは好きではないが, ここは収容所。身を守れる程度のファイトスキルは身に付けたつもりだ。正面の壁に非常口を表す標識があったので, それに従って右に走る。 

今の看守はたまたまこの場に居合わせただけだろうが, あまり余裕はない。暴動が起きている時に収容所側が懸念するであろうことには, 囚人の脱出も含まれる。囚人ブロックで騒ぎがあったとしても, 無人の食堂を抜けた上に職員用エレベーターまで使用した俺の姿がカメラに捉えられていてもおかしくはない。出口を封鎖しようと動くだろう。

 

長い廊下を走り抜けて, ようやく非常口の扉を見つけた。キーを使って解錠し, 音を立てぬようゆっくりと扉をずらし, 隙間から空間を覗く。看守の気配はない。安全を確認し, 扉を完全に開ける。出た先の入り組んだ廊下を抜け, やがてガラス版で仕切られた受付のような部屋を通り過ぎる。その隣にはセキュリティゲートが立っていたが, 起動していない様子で, 潜っても何も反応がなかった。依然としてカメラが天井のあちらこちらに散見されたが, 気にしている場合ではなかった。

やがて, 大きな両開きのドアが見えた。キーリーダーはなく, 開けようとしてもびくとも動かない。どうしたものか, と考えると今通り過ぎた守衛室が目に入り, あることに気づいて急いで戻る。中に入ると, 机の上に何やらスイッチが並んでいるが, どれを押せば良いのかは一目瞭然だった。「FRONT DOOR」とあった欄のスイッチを反対側に抓ると, ロック解除音と共に扉がゆっくりと開き始めた。そのまま守衛室から飛び出して扉を抜ける。

 

抜けた途端に, 急に身体が寒くなった。同時に, 足下の地面が今までのように灰色のコンクリートの床から一変。純白に包まれていた。少し先を見上げると, あたり一面が同様に, 白い絨毯で覆われていて, 上から無数の粒がひらひらと舞い降りていく。さらに首を上にすると, 地面とは対照的な真っ黒な空間が広がっていて, 遠くに大きな明るい点が一つ見えた。あれが, 月というものか。視線を正面に戻すと, 何本もの外灯が足元の道路を照らし, 向こう側までまっすぐ並んている。この道を辿れば, いずれは構内から出られるだろう。

 

記憶を失ってから初めて見る「外界」。それは, 息を呑むように美しかった。中の醜悪な空気を吸ってきた自分を, 冬の冷気は潤してくれるような感覚だった。

 

ー出れた。俺は…自由なのか。

 

あまりにも呆気ない。

これから計画を立てようと思考を巡らせていたところで, 唐突に始まった囚人たちの反乱。二度と訪れないであろう僥倖。

心残りは…ない, とも言い切れない。何せ, ライノがまだ中にいるのだ。彼は今頃無事なのだろうか。仮に看守らを圧倒したとして, その後どうなるのかが本当に不安だ。外から応援を呼ばれたらどうする。

託されたディスクを一瞥する。

 

前に数歩踏み出して, 歩きながら気付く。難所は超えたが, この先もまた難所であると。

 

ー自由を手にするのは一つだが, 自由を守り通すことができるのか?

 

記憶がないせいで, ここが一体どこなのか, そしてどこに向かえばいいのか, 全く見当がつかない。問題はそれだけではない。囚人服を纏って他の人がいる場所に行けば, 迅速な通報を免れない上に, 警察などに延々と身を追われることになる。それに, 今の俺には名前も戸籍もない。社会でどう生きていけば良いのか。

壁の内側にいた時は出ることで頭が精一杯で, こういうことを考える余裕などなかった。今になって少し後悔する。

 

 

「どう, すれば…」

 

 

「答えようか?諦めればいい。それだけだよ」

 

後ろから声がして, 身震いした。この声。聞き覚えがあるー否。たった数時間前に聞いた, この冷気の如く冷たい無機質な声ー

 

階段を降りてきたのは, 他の誰でもなく。この収容所の最高権力者ー所長, Aだった。

 

ー馬鹿な。人の気配などなかったはず。

 

咄嗟に身構える。Aは立ち止まり, 右手でフードを少し直して口を開いた。

 

「…暴動が起きるのは本当に想定外だった。人員も圧倒的に不足している。じきに管制室も制圧されるだろうね。当然, 外に応援は要請しておいたけど」

「自分の収容所なのに, よく無関心でおられますね。所長」

俺の返答にAはフッ, と鼻で笑う。

「いずれこの騒ぎは鎮圧される。僕が何もしなくてもね...だが, ()()は違う。逃してしまえば, 取り返しがつかない」

「脱走した囚人なんて, それこそすぐ捕まるでしょう?それにー」

「その通り。()()()()()ならね。数日, 長ければ一週間もあれば捕縛は容易い」

 

Aは右手を上げ, 俺を指差した。

「君は違う。君は普通ではない。教えてあげよう, 君は記憶喪失じゃない。()()()()()()()()()。普通じゃないが故にね」

 

ー消されて...いる?

考慮した可能性の一つではある。だが, 科学的にそんなことが可能なのか?疑心暗鬼になりつつも, 微かな確信を得た。いけ好かない雰囲気のAだが, 今の言葉の口調から察するに, 言葉は嘘ではないように見える。

 

「...普通じゃないから, ここから出せない。と?」

「その通り。僕にとっては君の事情はどうでもいいが, これも上からの命令だ。君だけは, ここから出すわけにはいかない」

「人の自己を奪うことには飽き足らず, 自由も奪い続けるってことか」

身体中が震える。抑えつけていた怒りを露わにする。

 

「ふざけるな!」

左腕を掲げ, ディスクプレートが合体して展開される。ソリッドビジョンシステム起動音が鳴り響く。Aはそれを見て, 深いため息を吐く。

「僕を倒せば, 前に進めるって考えか。無駄だよ。僕がここにいる今, もはや君がここを抜ける術は無い」

Aも左腕に装着していたディスクを起動する。

「それに, 君も分かっていると思うけど, 前回の僕は少々手加減していただけだ。本気で潰そうと思えば...あとはわかるね」

「でかい口を叩くのは勝ってからにしろ」

 

お互いに無言で睨み合い, 張り詰めた空気が辺り一面を充満する。まさに戦いの火蓋が切られる寸前, 唐突な横からの一声が俺とAの気を引いた。

 

「面白そうなことやってるじゃない」

 

外灯の裏から人影が歩み寄ってきて, 暗闇から光の下へと姿を現す。その姿を見て, 俺はハッと息を呑んだ。

 

「お前は...!」

 

小汚い橙色の囚人服と不釣り合いな, 雪の如く清らかな肌。黒髪を冷風に棚引かせ, 深紅の瞳が俺を見つめる。

「ここでも別の騒ぎが起きているなんてね。意外だわ」

黒髪の令嬢ー囚人666番は, 妖艶な微笑みを浮かべながら話す。意外とは言っているが, 全く驚いている様子がない。

彼女はAの方に視線を移した。

 

「君, 何者だい?見た感じ, データベースにない囚人だが」

「さぁ, 誰かしらね?」

「質問に質問で返さないでくれるかな」

Aが少し苛立ったのか早口で返す。それに対して666番は腕組みして, まるで小馬鹿にしたかのような表情を浮かべた。

 

「面白い人ね, 貴方。()()()()()()で犯罪者扱いされて, ここでは犯罪者を管理する立場。本当に運命って, 皮肉なものね」

言葉の意味を理解できなかった。あちらの世界…?一体, 何のことだ。不可解な表現に戸惑いつつAの方を見ると, そのフードを被った顔には影が落とされたかのように俯いており, 右手を拳に丸めていた。

 

「貴様, 精霊か。僕をコケにして楽しいか?」

モノトーンさが残っているが, 若干声が震えている。今のが癪に障ったのか

それにしても「精霊」?また聞き慣れない言葉が出てきた。

666番は俺の隣に歩み寄って, 俺と共にAと対峙するように立つ。俺は彼女を唖然とした表情で見ていると, 謎めいた女性はまたしても不思議な笑みを見せる。

 

「邪魔して悪かったわ。彼を倒すんでしょう?」

「いや, いい。始める前に一つ聞きたい」

「何かしら?」

「お前の目的は何だ?」

「目的?そうね...」

666番は少し考え込むような仕草をすると, 縹渺とした笑顔で答えた。

 

「貴方を守ること, で良いかしら?」

 

ー俺を, 守る...?

またしても不可解な答えだ。まぁ, いい。この前の件も含め, 彼女には色々聞くべきことがある。

吹き荒れる風の中, Aを再び睨みつける。

 

「フン。そこの女性が気がかりだが...運命は変わらない。この場で下してくれる」

「運命?くだらない。そんなものは幻想だ。そしてー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ー幻想は撃ち砕かれる定めだ!」

 

冷風が吹き荒れる中, 戦闘態勢に入る。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

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