八陰末席のシータは、今日もマスター(シド)の邪魔に忙しい。 作:醤油味のぽんず
「見えるかい、あれがこの国の王都だ。」
「うん、見えるよ。」
列車の中から見えるのはこの国、ミドガルの王都。
小さな窓だがそこに広がるのは、良くも悪くも大きく成長した都市の光景。
中央に立っている石造りの城は、その大きさからこの国の王のものだと人目でわかるほどに豪華だ。
いやいや、そんなものいらないでしょ。
確かに見栄えは大事だが、そんなものに使うなら、僕のためにドーナツを買ってほしいと思わないこともない。
というか、買ってほしい。
そして、彼、すなわちシドはここに来るまでの間、胸に二つのものを抱いていた。
一つは、希望。
この街には、彼が今までいた辺境の村にはない、主人公ポジや悪役ポジ、裏切りポジに魔王ポジまで様々な人間がいるはずだ。
だから、自分はその裏で陰の実力者として、普段は一般民衆に隠れるモブAとして、そして、ここぞというときに姿を表し、「あいつは何者だ!?」ってやつをやる。
すべての少年の憧れる姿を、この場所ならできると本気で思っていた。
そのためだけに、全てを費やしてきた男である。
生粋のバカとしかいえない。
そして、二つ目。
人形(胸に抱いていた物理)。
人形としては少し大きな部類に入るだろうか。
精巧な作りであり、継ぎ目などは見当たらないず、ひと目見ただけでは人間と区別できないだろう。
しかし、人間らしからぬ無表情さと服装で、よく見てみるとそれが人間と言うにはあまりに違和感があるものだと気付ける。
少女のような背丈であり、少女のような見た目であり、少女のような雰囲気である。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花を体現し、世界に二つとない傾国の白髪美少女。
これからは、広辞苑に『美しい』や『かわいい』の類義語に僕の名前をぜひ入れてもらいたい。
そう、その僕こそが──シータである。」
「いや、たしかに君が可愛いのは認めるけどさ、さすがにそれは言いすぎじゃない?」
「それって、一体どっちのことだい?」
「いや、立てば芍薬〜の方だよ。」
「マスターがバカなのは認めるんだ。」
「別に認めはしないけど、そう言われたこともあるからね。真の実力者たるもの、ちゃんと人の意見は聞かなければならないと思ってる。」
「じゃあ、聞いてどうするの?」
「要検討する。」
「最近流行ってるやつだね。」
すると、コンコンとドアがノックされた。
それと同時にシータは人形のふりをして、全く動かなくなる。
ブラーン。
「そうぞー。」
「失礼します。」
シドの呼びかけに対し、すぐにドアが開いた。
なんか、もうそろそろ着くことを知らせてくれたらしい。
お貴族様は大変ですね。
マスターに貴族を名乗る資格があるとは一ミリたりとも思わないが。
「これから忙しくなるね。」
知らせに来た人が退出してから、シドは満面の笑みでシータに問いかける。
これまでも十分忙しかったんだけど、とシータは心のなかで突っ込んだ。
回想というか、紹介。
シータは人形である。
類まれなる美貌をもち、才色兼備、沈思黙考をモットーとする人形である(自称)。
彼女は八番目の八陰であった。
なぜ七陰ではなく八陰なのか。
というか、なぜ人形が喋るのか。
謎は尽きないが、まずは出生から追っていこう。
彼女はかつて、ディアボロス教団による研究から生まれた。
魔人の研究が進まないから、自分で魔人を作れば研究はかどるんじゃね!?とかいう頭のおかしな研究者によって爆誕したのだ。
その研究者は精巧な人形に魂のようなものを呪いのように取り付けることで完成させた。
いわば、付喪神みたいなものだと思えばいい。
しかし、彼女は脱走した。
理由は単純。
飯がまずいから。
ディアボロス教団はもともとは研究者の機構である。
合理主義を好む彼らが、わざわざ時間を取ってまで美味しい食事を作るわけがない。
だから、ありえないくらい飯がまずいのだ。
例えるなら、牛糞に豚の小便をかけて焼き鳥にしたくらいまずい。
というわけで、いくつもの難関を壊して脱走をしてきたわけだ。
別にこれは教団のセキュリティが甘かったわけではなく、単純に彼女が強すぎただけだ。
もともと、魔人の代替品として生まれた彼女に立ち向かえる人間など常駐していなかった。
なので、割とすぐに脱出。
問題は、、、その後に行くところがなかったことである。
で、数日間ぶらぶらしてたら、偶然にも熱帯のジャングルの中で逆立ちで瞑想中のシドに遭遇。
なんか、友達が遊びに付き合ってくれなくなったからこれからどうしようかと考えていたらしい。
それならばと、昆虫食に飽きていた僕は、その遊びに付き合ってあげるから、代わり衣食住の引き換えを提案したらまさかの快諾。
そして、僕はシドとの遊びに付き合っていたのだ。
最初の頃は。
それが変わったのは、シドがもともと遊んでいた子たち、つまりアルファやベータたちと出会ったとき。
僕はシドが彼女たちとはシャドーガーデンと言う組織として遊んでいたのだと知った。
そこで引っかかる。
僕の生みの親がそんなことを言っていたような、、、。
その引っ掛かりは次の瞬間に確信へと変化した。
そのシャドーガーデンという組織はディアボロス教団を相手にしているではありませんか。
僕は美味しい食べ物を望んでいただけなのに、いつの間にかとんでもない奴らと付き合ってしまっていたらしい。
それが分かった途端逃げ出したかった。
本当に逃げたかったのだ。
だが、時すでに遅し。
シャドウ様が直々に見つけられたということで七陰の中に入れられてしまった。
彼女たちの中ではもう七陰として定着していたが、シドの『頼むよ』という天の声には逆らえず。
こうして、七陰あらため八陰が誕生したのでした。パチパチパチ。
まあ、最初の頃はそれなりにギクシャクしていましたが、僕の大人な対応で事なきを得て、その結果、僕はシドの専属ボディーガード的な立場となっている。
こちらも理由は単純。
僕が働きたくないからだ
僕は別にディアボロス教団に大した恨みを持っているわけではないし、そもそも感情があるのかどうかも怪しい。
なら、面倒なことはやめてシドにくっついていたほうがよっぽ楽な仕事である。
それに、まだギクシャクしていた頃の彼女たちにとっては、近くにいないほうが何かと都合がいい良かった。
まぁ、今は関係は良好で、むしろその立場を変われと脅迫されることもままあるのだが、当分は譲るつもりはない。
ということで、僕は今日もシドに抱かれている。
なんとも肌触りがよく、ちょうどよい温度らしい。
僕、死体みたいなもんぞ?
マスターの感覚はかなり変わっているらしい。
そろそろ終点が近くなってきた。
列車は速度を落とし始め、景色の進みが遅くなる。
シドは僕の頭に自分の頭を乗っけてがっちりホールド。
これだけ大きな街だし、シドの言う物語のようなものはなくとも、新しいものは見れるかもしれない。
願わくば、美味しいものが見つかりますように。
そう思いながら、僕達は新しい生活の一歩を踏み出した。
──余談だが、彼女は好奇心旺盛である。
それが何を意味するのかは、まだ誰にもわからない。
もちろん筆者もわからない。