からかうだけだったのに予想外の返答が来て鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった、学園都市の超能力者を呆気にさせる人間なんてそうそういない
立て続けに話しかけてくる、一体なんだこの女
「あっ、あの!あたしせん「千羽千沙音だろ」
「知ってたの?」
「仕事のついでだ…」
回収にあたってある程度は調べている名前、能力、攫われた理由も敵は未来予知の能力を利用して学園都市に関わる企業の株価を暴落させようとしたのだ。
「ねぇ、あなたの名前は?」
「…垣根帝督」
「垣根…てーとく?」
「変に間延びさせんな!て・い・と・くだ!」
「…てーとく、てーとく…えへへぇ」
こちらに顔が向くよう座りなおして無邪気な笑顔を浮かべられてはさすがに毒気を抜かれてしまった自分でも情けない顔をしているのが分かる、場の空気を切り替えたくなって話を逸らすことにした。
「しっかしまぁ、便利すぎるのも面倒だな未来予知ってのは」
「そんな便利じゃないよ予知能力って」
「あ?」
「未来は分からないままでいいんだよ。だってもし誰かが事故にあうかもって事が分かったら助けたいって思うでしょ?」
「だけど、助けるために行動したせいでその未来が確定しちゃったら?本当はギリギリの所で助かったり別の要素が入って事故にあうっていう未来そのものが変わったら?」
「…」
「曖昧なままでいいんだよ、分からないから未来は怖くて、強くて楽しいから、それでいいの」
「シュレディンガーの猫か…」
シュレディンガーの猫、放射性元素が入った箱に猫を入れこの猫は死んでいるのか生きているのか箱を開けなければ確定しないという確率の理論だ
蓋を開けて事故に合わせるか、蓋を開けずに合わない方を選ぶのか、後者を選んだのだ
「うん、そう。それに、あたしまだ自分の未来の数十分から2時間ぐらいしか分からないから、レベル4になれば見える未来も増えて他の人の未来も分かるんだろうけど今はまだ不確定要素が多いし」
「まぁ、それでも助けちゃうんだけどねっ」
なんだそりゃと拍子抜けしてしまうあまりにも矛盾しているこの矛盾を抱えたまま直感で生きているそれが垣根には眩しかった
「で?結局事故に合わせんのか、俺は放っておくけどな」
自分にはできない、あいつを助けてやれなかった自分には、なら放っておいた方がまだマシだ人殺しの悪党になんかには救えない
「どうして?」
「は?どうしてって…見ただろ俺がどういう人間か。俺には誰も救えねぇよ」
「助けてくれたよ?あたしのこと」
「それはお前がっ…」
助けてほしそうな眼をしていたから、続きは言えなかった言ってしまう前に千沙音が垣根の手を自分の頬に持っていく
「未来なんてどうなるか分かんないもん、てーとくがあたしのこと助けてくれたように」
「ね?」
「……勝手に下の名前で呼んでんじゃねぇよ…」
こんな自分でも誰かを救っていいと、まだ自分にも守れるものがあるのかと今まで冷え切っていた心が少しだけほどけた気がした
ここから先は小さな幸せの積み重ねだった。時折垣根の自宅に押し掛けてご飯を食べたり、一緒に出掛けたり勉強を見てもらったりしてそのまま寝泊まりして、朝が来る。
暗部の仕事があっても千沙音がいる幸せには変わりがなかった。
しあわせだった
シアワセダッタ
八月下旬
この日千羽千沙音は学校帰りにスーパーに寄って垣根の家に押しかけようとしていた。
(何作ろっかなぁ…パスタにしようかなカルボナーラ、ペペロンチーノ…ジェノベーゼ、イカ墨?)
今日の献立を考えていて気付かない、夕方の道の往来なのに人ひとりいないことを
「あら、あららっ?」
「大丈夫ですか!?」
道路と歩道の溝に車いすの車輪がはまったのか30代くらいの女性が動けなくなっている駆け寄ってタイヤを歩道にあげる、その時やっと違和感に気づいた。
(あれ?なんでこの時間に誰も助けようとしなかったんだろう…あれ…?嫌な感じ…)
「あらぁ、バ・レ・ちゃいましたかぁ?」
車いすの女性が顔だけをこちらに向けてくる。その目は闇の底をすくったように真っ暗だった
バチチチッ
「!?」
千羽千沙音の意識はここで途絶えた