トリスタから蹴り出されてリーヴスに着いたんだが…… 作:全自動髭剃り
ロゼたん受難回と言ってな、あれは嘘だ。(すみません、次回にもつれ込んでしまいました……)
夢を見ていた。
これが夢であることがわかる、そんな夢だ。
俺の目の前には、何かがある。
それがものなのか、人なのか、はたまた女神なのか、悪魔なのかは全くわからない。
けど、何かがあるのだ。
それは何かを訴えかけてきている。
何か。何か。何か。
本当なら、声もなく姿もないそれの意思なんてのは、感じ取れるはずがないのに、俺はその何かをしっかりと理解ができた。
何を伝えようとしているかは理解はできたけど、残念ながらその意味はわからなかった。
例えるなら、皇帝でもない通行人に宮廷内の事情を訊ねる、みたいな感覚だ。帝都に住んでいるのなら、宮廷の話を尋ねられていることは分かる。けど、何を聞かれているのかは漠然としかわからないし、答えるべき術がない。そんな感じだ。
だから俺は何も答えなかった。
先述の通り、答える術がなかった。
何を答えればいいのかすらわからないのだから、当然だ。
そうやって先延ばしにするんだなって、笑われた。
なんで笑われたのかもわからないが。
だから俺は彼に逆に聞くことにした。
お前はどうしたい?
彼は答えた。
全てを滅ぼすと。
その術はあるらしい。
俺にはそれが嘘には思えなかった。
彼に何かを尋ねようとしたが――
――その言葉はうまく形にならなかった。
・・・・・・
女学院から離れて、たどり着いたのは問題の場所である帝国博物館である。
女学院生徒と同じく、トールズの生徒であることからその入場料が無料であったので、気軽に現地調査できるのが幸いであった。でなければ、一回入るだけで数千ミラが飛ぶとんでもない依頼になってしまっただろう。
とは言っても、馬鹿正直に不審者らしき人影を探すために数時間張り付いて調査するほど効率の悪いものもないので、それは最終手段にしておくことにして、とりあえず博物館に勤務する職員から話を聞こうということになったのだが、そこで意外な出会いがあった。
どうやら、リィン教官と知り合いの本校卒業者が学芸員としてアルバイトをしているようであった。アホ毛とツインテールが特徴的な、のほほんとしてそうな先輩である。
「うふふふ……ぷふっ。ああいけない、鼻血が本にかかっちゃう♡」
なんて独り言をしていなければ気安く話しかけられたものだったが、もし彼女がリィン教官に気づいて話しかけてこなければ決して近づくことはなかったといえよう。さらに言えば、「禁断の愛、燃え上がる夜」なんていうタイトルの本を開いているようで、最初はアダルティな恋愛小説とかなのかと思ったら、表紙に男しかいないことに気づいたことも、彼女から一定の距離を取るべきじゃないかと考えてしまう理由の一つになってしまっていた。
「不審者、ですかー」
そんな彼女に先ほど女学院の生徒から聞いた話を伝えると、なんとも微妙な返事が返ってきた。
「確かに私はよく受付にいるのですが、さすがに博物館に訪ねてくる方全てを把握してるわけではないですー」
まあ、その通りだろう。
瞬間記憶能力持ちくらいしかそんなことはできないはずである。
それに、受付ならば仕事中には受付に来た人への質疑対応などで忙しいだろうし、そうでない暇な時間も彼女の手に握られている悍ましい表紙の小説の閲覧で忙しいだろう。……いや、悍ましいとは言っても、別にそう言ったことを趣味にすることは悪いことじゃないと思うぞ? ただ、自分がその小説のような状況になることをうっかり想像してしまった時の悪心気分は否定できないってだけで。
「それに、複数人の男の方……。何かしらの深い事情が……もとい情事が……」
「さすがにそれはないでしょう……」
<選べ>
【否定するのは早計。詳しくその線を追おう】
【自らに潜む男の股間へのリビドーを解放する】
ねぇよ、んなもん!!! なんで俺、男の股間に性的興奮していると思われてるの!?
そういう意味で下の選択肢を選べば何も起こらずに済むのだが……。
万が一だ。万が一にもリビドーがわずかながらでも解放された場合、これから先どうやって生きていけばいい!!
なので仕方ない――。
「その情事、深追いしてみると人に秘されし真実が……!」
「もしかすると……! とはいえ、目の前でそのような雰囲気になってるい方がいて、私が気づかないことはほぼあり得ないでしょうし……」
妙に説得力のある言葉である。具体的にはその手に握ってる本が信憑性を物語っている。
「館内によくいる方についてなら、むしろ職員以上に、常連でいらっしゃる方の方が詳しいのではないでしょうかー」
「職員以上に展示場にいるから、ってことか」
「うん。それに見ての通り、帝国博物館は広いけど、常駐の案内人はあまりいないんですー」
リィン教官の言葉に対して頷く学芸員先輩。
となれば、この依頼の解決はかなりの時間がかかるかもしれない。手がかりが少ない上に、これ以上の手がかりを得るためには地道な張り込みをするくらいしかないからである。そうなれば、ミュゼには悪いがさすがに手に余るということで依頼を諦めてしまうことになる。
だが、諦める前に、念のために聞いておくことにした。
「最近、何か事件とかってありました? よく休むようになった職員がいるとか、展示物が盗まれたとか、どんなに些細なものでもいいので」
「事件、ですか……。うーん」
首を傾げながら思い出そうとする先輩。
何かあればいいのだが……。
<選べ>
【俺が先輩の心を盗んだことは、カウントしないでくださいね♡、と渾身の愛嬌で言う】
【リィン教官の心を盗んだことは、事件かもしれませんが♂、と先輩の耳元で囁く】
どこのホストだてめえ! イケメンが言うならまだしも、現在進行形で女装してる奴が言ったら、それはただの変態だよ!!
あ? 何? 女装してる時点で変態だと? それはそうだ。
だからと言ってリィン教官と情事を働いてると言うのも嫌だよ……! 特にこの先輩には言いたくねぇ!
どちらにせよ腹を括るしかないか……。
「先輩」
「ひゃっ!?」
急接近した俺の声にポニーテールを揺らしながら驚く先輩に俺は続けた。
「リィン教官の心を盗んだことは、事件かもしれませんが♂」
「へっ!?」
「うふふ」
不敵に笑ったのちに体の自由が戻った。
先輩の顔は真っ赤である。俺の顔もな。
「え、えええええ!?!?!?」
「な、何を言ったんだよ、ノクス……」
驚きのあまり叫び出した学芸員先輩と俺の顔を見比べながらリィン教官が聞いてきた。
「なんでしょうねぇ」
「……なんとなく不吉なことだと思えてしまうんだが……」
せいかーい。
「生徒さんの女装についてあまり気にしないようにしてたけど、これは事情……もとい情事のため……!」
(んなわけねえけどな)
「り、リィンくん! その、そういったことは責任ある教師の立場の大人としてダメだと思います!」
「え、ええ!?」
急に咎められて困る教官。そりゃそうだ。
「でも……、それでも! 応援させてください! あなたたちの禁断の関係の、これから歩む運命は荊に満ちたものとなるでしょうけど、リィンくんなら乗り越えられると思います!」
「本当に何を吹き込んだんだ……!?」
「まあまあ、それより今は依頼の方が重要です。先輩、何か思い出していただけました?」
「露骨に話を逸らしたな……」
そりゃそうですよ。どうせ被害を受けるのは有象無象の俺じゃなくて、国民的英雄のあなたなんですから(ゲスイ笑顔)。
と、そんな脱線をしていたのだが、少し考え込んでいたポニーテール先輩が手を叩いた。
「あ、そういえば! 最近、地下への入り口の扉が施錠し忘れられてることが多くて」
「施錠のし忘れ……?」
「はい。何回か私が施錠したんですけど、よく考えると滅多に人が立ち入らないところなのに、施錠のし忘れっておかしいんじゃないかなって」
地下か……。
両サイドの後毛を可愛く傾けながら他に何か事件があったのかを思い出そうとする先輩に尋ねる。
「ちなみに地下って、倉庫か何かですか?」
「いや、そうじゃないですー。確かに倉庫として使われないこともないのですが、どちらかというと暗黒時代から続く遺跡の一部です」
「地下道か……」
学芸員先輩の言葉に反応したのはリィン教官だった。
「何か知っているんですか?」
「いや、それなりに有名な話だから聞いたことはあるけど、詳しいわけではない」
「オレも聞いたことがあるし、実際に立ち入ったこともあるけど、魔獣の巣窟みたいな場所だったぞ」
ライカもどうやら何かしらは情報を持っているようだ。
「腕っぷしに自信があるやつが珍しい魔獣が現れると聞きつけて潜り込んでは帰ってこなかった、みたいな話はよく聞いてた」
「なんでそんなところに入ったんだよ!」
「静かな寝床を探しにな。ほら、最近じゃあ道に車が走るようになって、夜まともに寝れないくらいにうるさいだろ?」
「ああ、そういうことね」
今じゃあすっかり綺麗な女学院の制服を着こなしてるし、どこかいいところのお嬢様じゃないかと思えるくらいには淡麗な顔つきなので忘れかけていたが、ライカはスラム出身だし、なんなら保護者のような人に見捨てられてからは一人で暮らしていたのだ。路上生活を余儀なくされたことなんてのもあるのだろう。
しかし寝床を探しに地下に入るってのはわからなくもない話だ。クロスベルではジオフロントにお世話になったことは何回かあったし。旧市街では別に車が走り回ってうるさいということもなかったが、あそこはあそこで野宿するには向かない治安だったのだ。
「えと、帝国博物館の地下っていうのは厳密には地下道の一部、というわけじゃなくて、それとは切り離された部分です。地下墓地、って呼ばれるんですけど」
「地下墓地……?」
「はい。作られたのは地下道と同じ年代と推測されてるけど、地下道ほどに広大な場所ではないです」
「地下道は確か当局でさえその構造を把握しきれてないほどに複雑だって話だったな」
と、リィン教官が補足した。
当局も把握しきれてないほどの地下構造物の上に帝国の首都を建てたのか……。リアル砂上の楼閣じゃねぇか。てか、なんならジオフロントよろしく、構造全体でなんらかの機能が働くものだと言われても疑わないぞ、そんな胡散臭さ。
「てことは当局も調べきれてない場所よりかはだいぶ捜索がしやすいってことですね。ちなみに地下の立ち入りには許可が必要だったりしますか?」
「特に規則はなかったはずです。もし今から行くなら鍵を渡せるけど」
「それはありがたい」
と言う流れで、俺たちは問題なく地下墓地に向かうことになった。
――ただ、気のせいだったのだろうか。
一瞬だけだが、心臓に手をやり、痛みを抑えるような仕草をしたリィン教官が――
――〇〇べき存在に見えてしまったのは。
・・・・・・
「やはり、間違いはないようだ」
「その件についてはTからも裏付けが取れた」
「あとは、時期が問題か」
少し離れたところから聞こえてくる男の声が三種類。
俺たちが地下墓地に潜入して、間も無く察知できた気配を追い、辿り着いた先にいたのだ。最初こそ不審者の痕跡でも見つけられればいいと思っていたものの、なんという僥倖だろう。本人らのお出ましである。
「……どうする?」
「理性的な為政者がいればいいものを……」
「言っても仕方ないだろう。それに帝国でのクーデターはもはや望むべくもない」
「……それもそうだ」
彼らに気づかれないように、俺とライカ、そしてリィン教官はすでに彼らを囲うようにスタンバイしている。
あとは俺の合図で捕縛にかかることになっているが……。
(あいつらから落とせるだけの情報を落とさせた方がいいだろう)
「しかし未だ草案とはいえ、これは……」
「人の所業とは思えぬな……。民主主義国家では考えられん」
「俺たちが乗り越えた過去に未だしがみ続けているのだ。仕方あるまい」
と、帝国の体制批判に、民主主義国家についての言及まであった。
これで確定したことが一つある。奴らはおそらく、共和国人である。それも、間諜だろう。
「もはや対話など望めぬほどにまでの事態というのに、我らの政府はまだ動かないのか」
「こちらの空気を十全に伝えることは無理だ。それに、いかに難しかろうとも、戦争は起きないに越したことがない。そのためだろう」
「ああ。俺たちも俺たちのできる限りのことをしよう。定期連絡は俺の方でしておく。お前たちは先に持ち場に戻ってくれ」
「ああ、了解」
「しくじるなよ。俺はもう仲間を失いたくないからな」
その会話きり、3人の男のうちの2人が離れる。残された男は地面に置かれた通信機を調節しながらヘッドホンを耳に当てている。
少し離れた場所でリィン教官とライカがこちらを見ている。
わかっている。これ以上時間を潰すと、3人を一網打尽にする機会が失われる。だけど、もう少し待ってくれ。
「…………?」
残された男が通信機のアンテナをいじり回すが、どうもうまいこと通信ができていないようだ。
その間にも彼以外の二人はバラバラな方へどんどん進んでいる。確かに俺たちが入った入り口は博物館経由だったが、地下墓地の入り口自体複数あることは、地下墓地内の空気の流れからして察しがついていた。彼らはそれぞれの入り口へと向かっているのだろう。
だから。
(速くしてくれ……!)
残った男がガチャガチャと何度か通信機をいじっていると、
「あ、繋がった。こちらチームγ――」
――ダンッ!!
それと同時に、そいつの足に向けて発砲する。
弾丸は特殊な依頼のために用意した催眠弾。猛獣でも掠っただけで昏睡する強烈なやつである。最後の悪足掻きにせっかく繋がった通信機を破壊されてはたまったものじゃないからな。
俺の発砲とタイミングを同時に、隠れていたリィン教官とライカも飛び出し、不意をつくようにしてこの場を離れようとしていた男を二人無力化していた。
リィン教官の方は鞘から刀を抜かず、鞘ごとの打撃による峰打ち。ライカの方は双銃剣――贋の柄による打撃。二人とも見事なものなのだが、リィン教官に行った方の男は綺麗に気絶していたが、ライカに行った方の男は激痛によって腹を抱えながらうずくまっていた。
えげつないな……。今度からライカを揶揄うのはやめよう。
「目にも止まらない制圧、二人とも学院で学んだことはしっかりと身についているようだな」
「教官も合わせていただいて感謝です。ライカは……あとで催眠弾の作り方を教えるよ」
うずくまる男を見下ろしながら、ライカに伝える。その時は催眠弾だけじゃなく、あと数種類の特殊弾もついでに教えることになるだろう。
だが、今はこの男たちの処分について、である。
「流石にわかったと思いますが、こいつらは共和国からのスパイということでいいでしょう」
「ああ、聞いたところで口を割らないはずだが、それでもほぼ確定と考えていいだろう」
「で、何をしにきたか、ですが……」
唯一未だに意識のある男に目線を向けると、
「だ、……誰が喋るか……!」
と、絵に描いたような捕虜ムーブをかましてくれる男。最近流行り出した映画とかに出演したら男優賞を獲得できるだろうってレベルだ。
「こう言ってますけど?」
言い放ちながらキッと男を睨みつけるライカ。猛禽類ですら裸足で逃げかねない威圧である。
「……俺たちには尋問のスキルはないから、この場で同行することもできないか……」
「クレア少佐でもいればなぁ……」
「クレア少佐?」
素でリィン教官に聞き返されてしまう。
「いやほら、氷の乙女なんて言われてるらしいですし、鞭術とかにも精通してそうな」
「お前、なんか酷い偏見をしてないか?」
「まあ、情報局にいればそう言ったスキルが必要になることもあるだろうけど……」
んー。なんだか二人からの反応が芳しくない。
なんだかなー。あの人、尋問でも拷問でもお手のもので、裏では数多の男を縛り上げては泣かせてる気がするんだよなぁ。冷静沈着で心優しい人なのはわかるけど、いつもの手順に従って情報局として犯人の尋問をすることになった時、態度をはっきりさせない犯人に対して不意に言葉を荒げてしまうんだよ。で、それによって怯える犯人の顔を見て、自らのうちに秘められた攻撃性に気づき、それによって得られる快楽に中毒していくんだよ。で、最終的には「さぁ、この豚! 跪いて知っていることを全て話しなさい!」「ぶ、ブヒィ!」みたいなやり取りしてそうな。……流石にないか?
って、俺のそんなどうでもいい妄想はいいとして。
「こいつらの話から推測するに、帝国の為政者はどうやら共和国の人からすれば理性的とは言えない判断を下す予定だってことですね」
「ああ、どうやらそのようだ」
「オレとしてはこいつらの間諜以上に、その話の方がよほど気になるんですが……」
先ほどの彼らの会話のことだろう。
……クーデターが起きかねず、理知的とは到底言えない上に、民主主義国家では考えられない何かしらの草案ねぇ。
そいつはまるで……。
――アンタが本校の入学式で言ってた総力戦への布石、ってやつね
(あれ、起きてたのか)
――うん、ちょっと前からね。マナの流れがおかしくなったあたりで目が覚めた。
(マナの流れ……? ってのは、この地下墓地の環境のことか。……って本校入学式のことも知ってるのか)
――当たり前じゃない。で、未曾有の数の敵国を作り上げ、それを支える継戦能力を維持するために、帝国民は軍事力のみならず、経済、技術、科学、政治、思想全てを戦争に捧げることになり、その達成のための法整備が行われる、って話だっけ? アンタが”総力戦法”って名付けたやつね。
(ああ。そうなってほしくはなかったけど、悪い予感ばかりがあたるなぁ……)
――ふーん。あの場じゃみんなアンタの話なんて聞いてなかったみたいだけどね
(まあ、予想なんて当たらなければただの妄言だしな)
黒歴史のことについて虚と話していると、リィン教官はまとめるように話した。
「いずれにせよ、彼らは憲兵隊に連絡して処置してもらうのが一番だろう」
「……そうですね」
リィン教官の言葉に、少し引っ掛かりを覚えるような仕草をしつつも首肯するライカ。
……いい意味でも悪い意味でも、俺やユウナと過ごす時間の多いライカにとって、帝国が暴走しかねない状況について思うところがあったのだろう。方や本心から帝国批判したやつに、片や帝国の被害者になってしまった人である。
だが、ここはリィン教官の意思を通してもらうことにしよう。最前線で立ったことのある若き英雄の決断の方が、未だに進路すらどうするかも決められない若造のものよりよほど価値あるものだろう。
「で、どうする、ノクス?」
だから、俺はその言葉を聞きたくなかったのだった。
彼らを見逃すにしろ、どこかに突き出すにしろ、ろくなことにはならないのはわかっているのだ。だからここは面倒の少ないリィン教官の案を取ればいい。
<選べ>
【彼らを鉄道憲兵隊へと突き出す】
【彼らを見逃す】
くっ、殺せ! とばかりに悔しい顔で無力化された工作員たちが蹲っている。
彼らの命運は俺たちの手にある。
――ああ、こういう時に限って、しゃしゃり出てくるのか、
その選択は、俺がしろってことだろ? リィン教官の意思ではなく、俺の意思で選択しろってか。逃げることは許されないんだな、ちくしょう。
…………ならわかった、選択してやる。俺の意思でな。
だが、まずは事情を整理しよう。
リィン教官としてはクレア少佐に連絡をして、なんとかしてもらおうとしているのはわかる。間諜の処遇なんてのは俺たちなんかよりよほど得意な分野だろう。で、無力化された彼らは無事逮捕されたのちに、軽くない刑罰を受けることになるだろう。それ自体は問題ない。彼らの職務の範囲だろうからな。だけど、問題は帝国がどのように反応するか、だ。
いくつか考えられるが、マシなパターンは彼らを外交カードとして消費すること。これならば大きな変化はもたらさない。
少し悪いパターンとしてあげられるのは、彼らを口実に開戦事由を得てしまうことである。これについても、現時点の帝国の内政外交を鑑みるに、電撃的に開戦することにはならないだろうと思える。けど、確率が0とは言えない。
最悪のパターンは、間諜たちが得た情報を活用し、帝国民を扇動し、反発の機運を上げられることを恐れた帝国当局が、例の草案の実行を早めてしまうことだ。現状で最も避けなくてはならない上に、最も確率が高いと思えるのがこれだ。
帝国の分水嶺の一つになりうるこの盤面。
――俺の意思を通させてもらおう。
「ここは、彼らを見逃しましょう」
「えっ?」
疑問の声を上げたのは、訝しげに首を傾げたライカだった。ただ、意外にもリィン教官はそこまで驚いた顔ではなかった。
「理由を聞いても?」
「はい。手短に説明すると、帝国の状況をこれ以上悪化させないためです」
「……」
「彼らの捕縛は帝国当局に、例の草案の口実にされる可能性があります」
「……理知的と思えない草案。きみの言葉で言えば”総力戦法”だったか?」
「え?」
あれ、なんでリィン教官が知ってるんだ……? 本校入学式のあの場にいる人くらいしか知らないはずだが……。
……いや、流石に新しく担当となる生徒のことくらい調べるか。本校を蹴り出された理由が理由だしな。
「……はい。間諜を見逃すことが決して正しい行為だとは思いませんが、それでも俺が選んだ選択です」
「……そうか」
神妙な顔つきで俺を見るリィン教官。何かを考えているのだろう。だけど――
「一応、念のために言わせていただきます」
「?」
「俺はこいつらを見逃すと決めました。たとえ教官でもそれを覆せません」
悪いが、アンタが選ばせたんだ。その責任は取ってもらうぜ。
それに、俺が奴らを見逃すことはもはや強制なのだ。俺の意思関係なくな。
「そうか……。ライカはどうするんだ?」
「オレは……。ノクスに賛成です」
「ここで俺が憲兵隊を呼ぶべきだといっても、か?」
「…………はい、リィン教官の言葉とは言え、従えません」
と、見事に仲間割れをしてしまった。
赤と金の髪の隙から覗くその眼光は、とてつもなく鋭かった。
リィン教官は、俺たちを無言で見続け、少ししてから、
「元はと言えば、これはきみたち便利部の依頼だったな。その達成の仕方などについて俺が指示するのもおかしい話だ」
「てことは……!」
「ああ、ノクスがこの場の決定権を持っているだろ? 俺はその助言をするだけだ」
リィン教官の笑みを見て、胸を撫で下ろす。
少なくともここで訳のわからない同士打ちを始めてしまっては元も子もなかったからな。
だが、彼らを見逃すだけ見逃しても意味がないので、一応釘を刺させてもらおう。
グースカいびきをかきながら寝てる男の手から先ほどから繋がっているはずの通信機のマイクを奪い取る。
「あーあー、テステス。聞こえてるか? ……って、聞こえてても返事はしないか。まあ、こっからは聞こえている体で話させてもらう」
通信機自体は数度触ったり使ったりしたこともあって、操作は訳なくできる。インジケーターを見れば、問題なく通信できている様子でもあったので、俺は話し続けた。
「国家間の諜報活動に対してどうこういうつもりはないが、これはあまりに杜撰だ。一般人に見破られる程度の変装に、側から見ても不自然な行動、連絡会合時のあまりの無防備さ、これじゃ帝国の士官学院の生徒の方がまだマシな潜入ができる。今回は俺たちで良かったが、次回このような体たらくじゃお前たちが戦争を引き起こしかねない」
一呼吸をおく。
「今回に限り、そちらの人間は全員見逃す。だが、これからは少なくとも、二度と帝国博物館に近づくな。それ以外は知らん」
――以上だ。
と、そう言い、通信を終えようとしたところ、
<選べ>
【自らのパンツへの欲望を曝けつつ自己紹介をする。本名を名乗るのは流石に危ないので、変態紳士らしく素晴らしい二つ名を名乗る】
【ライカのパンツの色を伝え、ライカのパンツを外交界デビューさせる】
ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ウゥゥ!!!
なんで!? ねえ、なんで!? なんで俺の恥を外交界デビューさせたいの!? ライカのこと考えたら、もう答えなんて一択じゃん!?
…………あれ、でも、相手から俺の顔は見えてないはずだし……。名乗ったところで、俺と特定されなければ問題ないのでは?
今のところ俺の顔を見たのは間諜の一人だし、そいつは俺の女装姿しか見てない。ってことは――!
「それは神秘であった。決して知ってはいけない秘所でありながら、十分な警戒がないからこそ、覗き見られる可能性がないわけではない。故にこそ夢と希望が抱かれるのだ。億の財にも決して劣らぬ、その神秘を愛し憧れる我の名は、Mr.パンティー&ストッキング! 覚えていてもらおうか!」
パンツだけじゃねえのかよ! ストッキングの方は関係ないだろうが!!
あと、頼みます。すぐ忘れてください。
そう願いつつ、どう教官とライカに言い訳するか悩みつつ通信機を切って振り返ると、選択肢が現れていないのに、なぜか世界は止まっていて。
「ほう、お主、名前はMr.パンティー&ストッキングじゃったか。覚えておこうかのう」
ロゼたんが立っていた。
いい感じに歪んだ笑顔で。
さて、無線機の先にいる人は誰だったのでしょうか。
七三分けの眼鏡をかけた超絶有能な野心家じゃなければいいのですが……。
また、共和国の間諜さん、決して無能でも弱いわけでもなかったのです。ただ相手とタイミングが悪かったんや……。
あと、ノクスくんは姿を見られてないと安心していますが、RAMDAできっちりと女装姿を晒しているし、やたら腕の立つ女装野郎が各所で噂話になるのも遠い未来の話じゃなくなります。
セリスさんvsノクスくん、どうなると思います?
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仕事モードセリス、外法にかける情けなし
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手加減モードセリス、辛勝
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選択肢で温厚モードセリス、ブチギレ
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主人公うっかり覚醒
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案外気が合って仲良くなる