トリスタから蹴り出されてリーヴスに着いたんだが…… 作:全自動髭剃り
第二分校の朝は早い。
まだ日が登って間もないというのに、すでに寮の起床のチャイムはなっており、どこからともなく小鳥の囀りが聞こえてくる。
寮にいる生徒の大半はまだ微睡の中だろうが、耳をすませれば聞こえてくる剣戟の音で、すでに級友が起きている時間だと気づく。
いくら早起きは三文の徳とはいうものの、そこまで勤勉だとそのうち過労で倒れてしまわないかと心配になるものだが、その程度の自己管理もできないやつではないだろうというのもわかる。
忌々しい制服を着こなして、日課のようにクルトへの挨拶に向かう。……今日くらいはいつもじゃない体に慣れるためにやめておいてもよかったのだけど、そうしたらそうしたで、毎日来ている俺が来ないってことでクルトが違和感を感じてしまうわけで、それを避けるためである。
「おはよう、クルトー」
「おはよう」
などと適当に挨拶を数言交わしたのちに、体の調子を確かめるためにもいつもの如くクルトの鍛錬の相手になる。
斬り合うこと数合、全身の筋肉量が明らかに減っているにも関わらず、なぜか問題なく前までの出力を保てていることに少し驚きを感じていると、
「その……、なんだ。あまりに見慣れてしまったから言いそびれてしまったのだが、女子制服をまだ続けているんだな」
「そうなんだよね。なんか着慣れすぎてこれじゃないと落ち着かなくなってさ」
なんていう、一晩考え続けた割には適当すぎる言い訳をでっち上げて、この話題をやり過ごそうとしたが、
「……いや、人の趣味嗜好にとやかく言うのは筋違いだろうけど、新しい制服を手に入れる機会があったのなら、男子のものを買えばよかったのではないか?」
「いやぁ、実は買う時に手違いでねぇ……」
「手違えられるものなのか……?」
釈然としない顔のクルト。そりゃそうだ。どうやったら手違えられるんだよ、こんなの。
だが、これ以上の追撃を避けるために話題を変えることにする。
「そういえば、今日の時間割ってどうなってるっけ?」
「覚えていないのか? 今日は機甲兵教連の日だぞ」
「あ、そうだったっけ」
機甲兵教連か……。
あんま教練についていけないし、見学になるだろうから授業中暇になるなぁ。戦術科の人たちだけじゃなく、VIIのみんなも、やはりトールズに入るだけ優秀なのもあって、まだ十回程度しか講義がなかったのに、すでに最前線の軍人が顔負けするくらい上達してきているのに、俺の方と言えば歩くことすらいまだにままならない。
というか、このままだとそろそろ主計科の手伝いとして駆り出されるかも知れない。ラッセル博士の孫娘さんであるティータほどではないが、メカを動かす方ではなく、作る方に興味がないわけでもないので、左遷されたとしても悪い気はしない。
ティータといえば、数日前にとある機械――オーバルギアの機能試験と戦闘データの収集の依頼を受けた。機甲兵相手にフルパワーを出すと機甲兵が壊れかねないので、代わりに俺を呼んだらしい。……俺って何かティータに対して悪いことをしたか? 依頼達成後に軽くオーバルギアに乗せてもらったが、こっちの方はなぜか機甲兵と違って問題なく乗りこなすことができたので、その情報だけでも大きな収穫だったと考えよう……。
「放課後にランドルフ教官やリィン教官に特訓をつけてもらってるそうじゃないか」
「ああ、アルも誘ってやってるけど、すくすく上手くなっていくアルに比べて、俺の方はてんでダメだよ……」
ため息をつきつつクルトへ返事する。
VII組や戦術科の中じゃ一番後ろだろうなぁ。なんなら乗ったことない主計科の生徒よりも下手くそ説が出てきてるし。
「まあ、人には向き不向きというのもあるさ」
「それはそうかもしれないけど」
などと談笑しつつ、教練室から離れる。いい時間なのでシャワーでも浴びて登校の準備だ。今日も一日頑張っていこう。
…………。
………………………………。
――プルルルルル!!!
ポケットで激しく鳴り響くARCUS。
それが警戒音として働いたおかげか。
あれ?
浴場前。
石のように固まった俺を、クルトが振り返りながら訝しげに眺めていた。
あれれ?
俺なんで何事もなかったかのように男湯に入ろうとしてるの?? ……いや、俺は男だけれども! 今は違うじゃん!(?)
慣れというものは怖いもので、特にルーティンともなれば無意識のうちに体が動いてしまうものである。
「あっ、え……。お、俺、用事、思い出す。しゃわー、後で、浴びる」
「……? なぜカタコト?」
「失礼します!!」
逃げつつ思った。
これからは軽い気持ちで汗をかけないなと。
と、同じく俺をいち早く正気に戻してくれたARCUSを取り出し、誰からの通話なのかを確認しようと開く。とりあえず誰でもいいけど、感謝の気持ちを述べなければならない……!
ところが、俺のそんな殊勝な心は、ARCUSの通信ディスプレイを見た瞬間に砕かれた。
<選べ>
>【男に戻ることを諦め、女として生きていく。ついでに帝都が大惨禍に見舞われる】
【男に戻るため、指定されたミッションをこなす】
試しにARCUSの方向キーを押してみると、ご丁寧に矢印が動くみたいだ。
……選択肢様、あなたこんなこともできたんですね。随分と器用でいらっしゃることで。
ARCUSを地面に叩きつけたい衝動をどうにかして抑える。一応これ、学校の備品扱いで、俺らには貸与という形で渡されているものだから、壊してしまうと弁償することになるので。
そして、もちろんだが下を選ぶ。我が愚息を取り戻すのだ。……てか上の選択肢、俺が女のままだったら帝都で大惨禍が起きるってどういうこと? ついでに起きるものじゃねえだろ……。
俺の選択とともにピッという音が鳴り、ARCUSの画面が遷移する。
見てみたところ、空いた口が塞がらなくなった。
特に最後のミッションで。
<ミッション確認画面>
⦅期限:5月15日11時0分⦆
【シュピーゲルSに搭乗したセドリックの撃破】
⦅期限:5月20日12時0分⦆
【LOCKED】
⦅期限:5月20日16時0分⦆
【LOCKED】
⦅期限:5月20日20時0分⦆
【LOCKED】
⦅期限:5月21日8時0分⦆
【LOCKED】
⦅期限:5月21日16時0分⦆
【ミシュラム湿地帯にて魔女の依頼を達成する】
⦅期限:5月21日17時0分⦆
【LOCKED】
・・・・・・
なぜか新しく女子制服を新調して登校してきた俺への疑問や疑念、疑惑、その他詰問などに多様性という名の盾を振り翳してなんとか自己防衛に努め、やってきたるは機甲兵教練の時間。
結局主計科の手伝いとして駆り出されることのなかった俺は、搭乗の順番待ちのVII組と戦術科の人たちに混ざって2v2でランディとリィン教官のタッグに模擬戦で挑む同級生たち――ゼシカとフレディを見学していた。
さすがは教官なだけあって、2人とも押しに押されているようだが、なんとかくらいついて行こうとしているのを見ながら、級友たちは色々と学んでいるのだろう。
……俺はって? 例えば、だ。字の書き方がわからんやつがいたとして、習字を見て何かを学べるか、って話だよ。得るものがないとは言わないが、そんなに多くないのは事実だろう……。
ギリギリに反応できるかできないかくらいにまで手加減されたリィン教官からの一撃を、紙一重でなんとかかわすゼシカ、そのゼシカの隙を突く一撃をランディが振り下ろすが、ゼシカのカバーに来たフレディがなんとか攻撃を弾き返す。
「あそこまでとは言わないけど、ノクスもそろそろ走ったり飛んだりできるようにならないとね」
「そうだよなぁ……」
「ノクスより始めたのが一歩遅かったライですら、今じゃあみんなと同じくらい戦えるのよ?」
「……全く、面目ない……」
ユウナの叱咤の声が痛い……。
「機甲兵へたくそ連盟の連盟員として、リーダーであるノクスさんにはもう少し上達してもらいたいものです」
「はい……」
「とはいえ、同期に問題があるのであれば、これ以上上達する余地はないかと。なので、生身での機甲兵戦闘をしてみてはいかがでしょうか?」
「いかがも何も、わたくしになんの恨みがあるんすか、アルさんや……」
「……?」
不思議そうに顔を傾げてらっしゃるが……。
と、そこへアッシュが近づいてきた。心持ちちょっとだけ離れておく。察しがいいやつだから、警戒するに越したことはない。
「テメエなら機甲兵相手だろうと戦力過多もいいところだろうが。シュヴァルツァーですら苦戦した結社とやらのガラクタをスクラップにするくらいだからな」
「いや、あれは色々あってだなぁ」
限界まで体を酷使して至った境地、別名火事場の馬鹿力みたいなものなんだ。もう一度やれと言われたらできない自信しかない。
……というか、選択肢によるミッションには、おそらく機甲兵に乗った皇太子を撃破しないといけないことになっているんだが、生身でやらないといけないのだろうか。
「しかし、シュピーゲルSねぇ……」
何かの間違いで、シュピーゲルスモールみたいな感じで、ミニチュアだったりしないかなぁ。全長1メートル未満の。なんならオーバルギアみたいなものの開発へと方針転換していればいいものの……。
希望的観測すぎるか。
「帝国製の上位機甲兵の最新型、まだ最前線の舞台にも試験配備されていないはずですが、なぜノクスさんはそれを……?」
「あっ……」
つい口に出てしまっていた!
シュピーゲルならうちにも配備されているけど、Sがつく方は誰も知らないはずだ……。唯一、帝国情報局とパイプのあるアル以外は!
「えと、ほら、なんか次世代機種ってSとかXとかつけたがるじゃん? それで適当に言っただけだよ!」
「……疑わしいですね。先日の会話のデータによれば、ノクスさんは東方の巨大反社会組織の中枢人物や、大陸で有名な猟兵団の幹部との血縁関係があるとのことでしたが……」
「あれは適当に言った嘘だって! 俺はノルド生まれだし、黒月も猟兵も関係ないって!」
なんだか先日の話題がぶり返されそうになるのをどうにかして回避する。ありゃあ選択肢に言わされただけであってだなぁ……。
などと誤魔化していると、整備室を兼ねている小要塞の方からドンガラガッシャンという音が鳴り響き始めた。扉の前でティータやトワ教官があたふたしながら走り回っている。
……、ARCUSで確認すると、ミッション達成までの時間がそろそろ1時間を切ろうとしているわけだが、おそらくあそこから皇太子の登場している機甲兵が現れるのだろうか……。というか、あそこから現れなかったら、今から探しに行かなければならないので、そうであることを祈っておく……。
「所属と名前を名乗ってもらおうか」
ガタンゴトンと訓練中の第二分校のグラウンドど真ん中まで歩いてきた三体の機甲兵に、リィン教官が言い放つ。帰ってきた返事は予想通り皇太子サマのものだった。
なんでも本校のエリートを2人連れて、俺たちの訓練に混ざりたいとか、今の実力をリィン教官やクルトに見せ使いたいだの、どうのこうの言い出したが……、
「本校と第二の親善試合といきましょう。できれば相手はVII組を希望しますが」
とかいう無茶な要求を言い出したときは、流石の教官陣も安全上の問題で許可できないと反論した。
非常に理性的な判断である。……だけど、それじゃあ困るんだよなぁ。【シュピーゲルSに搭乗したセドリックの撃破】というミッションを達成できなくなってしまう……。
幸いVII組の面々の機甲兵での戦闘能力の高さはよくわかっているので、俺がわざわざ戦うまでもなく、みんながやっつけてくれると信じていたというのに……。え? お前は戦わないんかって? 別に選択肢に俺が撃破しないといけないって書かれてないよね。
言葉の穴を突くようで悪いが、元はと言えば無理難題突きつけてくる
<選べ>
【自らの生身でセドリックを撃破する】
【戦闘を諦め、ライカに代わりに戦って欲しいと泣きつく】
「……はぁ」
「どうしたんだノクス、そんなアホな上官の命令で地雷原に突っ込むことになった二等兵みたいな顔をして……」
「ライカ、もし負けたら俺の骨は拾っておいてくれ……」
「は?」
すぅと息を吸う。
もう引くに引けないので、仕方がない。
あらん限りの声量で皇太子サマに叫ぶ。
「へへへ、機甲兵なんか必要ねぇや……。誰がテメエなんか……。テメエなんか怖かねぇ!」
「……?」
「野郎ぶっこ――」
「――機甲兵同士での訓練は認めるが、生身での戦闘は流石に許可できんな」
俺が特殊部隊から追い出された挙句に国外追放を受けてしまった大尉に体を乗っ取られていたとき、この場へとやってきた分校長の声が響き渡った。
うん、流石の分校長もそんな無謀なことを許可してくれなかった。よかったよかった、これで俺が戦わずに済む。
「それとも、入学してはや1ヶ月半にして未だに機甲兵を乗りこなすことができないとは言うまいな?」
貫禄ある笑顔で俺に向かって言い放つ分校長。
言うまいなって、いや言いたいんですが……。
<選べ>
【何があっても機甲兵で闘う。駄々も捏ねるし、屁理屈も言う】
【機甲兵に乗れっこないので、代わりにハラキリショーの実演会をする】
下の選択肢、選べるわけねえだろうが!
なんでちょくちょく俺に自刃を迫って来やがるんだ、お前!
「機甲兵を用意しろ。一番いいのを頼む」
「へ? ノクス、機甲兵に乗れないんじゃ……」
「直立姿勢の維持にすら苦戦しているノクスさんには荷が重いのでは……」
ユウナとアルが当たり前なことを申し出てきたし、なんならユウナに任せるのが一番いいと思うのだが……
「機甲兵を用意しろ。一番いいのを頼む」
「いや、だからお前じゃきついんじゃないのか? なんならオレの方がまだ……」
「すまないが、僕としても正直戦力として考えるのは難しい」
VII組からは非難轟々である。
そりゃそうだ。けど、俺の口は止まることを知らなかった。
「機甲兵を用意しろ。一番いいのを頼む」
「ノク坊……。やりたい気持ちがわからないでもないけど、流石にそれは無茶だぞ?」
「俺からも許可は出せない。せめて歩いただけで姿勢を崩さないレベルにまで練習してから……」
ランディやリィン教官も難色を示している。
我が校の教官たちは優秀だなぁ……。ほら見てみろよ、皇太子に連れられて来てるI組のやつらの機甲兵のコックピッドからプークスクスって笑い声が漏れてるぞ。
「……つまり、姿勢制御さえできればいいんですね?」
「? いや、……まあとりあえず最低限それは達成してもらわないといけないな」
「では、それに乗させてください」
「それ……? このシュピーゲルのことか」
「はい。ちゃんと動かせれば文句ないですよね!」
……。動かせるわけないんだけどなぁ……。
ここまで駄々をこねて、結局できませんでしたとかってなるともう明日からリーヴスの地を歩けなくなるぞおい……。トリスタからだけじゃなく、リーヴスからも蹴り出されるのか、俺……。
「そこまでいうのであれば……。だけど、最終判断は俺がさせてもらう。それでいいな?」
「はい!」
なので、自分のメンツを守るためにも、これだけ迷惑かけてしまったVII組のメンツの保つためにも、俺ができることは……!
(助けてうつろえもーん!)
――誰よそれ!
なんとか虚に手伝ってもらって、ワンチャンスを狙うことである!
(いや、昔から万能な機械に対してはなんとかえもんって呼ぶ伝統がだね)
――アタシは機械じゃないわよ! ……けど、万能と言われて嫌な気もしないわ。
(え、自己認識機械じゃないのか。じゃあ虚は何……?)
――うーん、強いて言えば、妖精? それか、付喪神!
(じゃあそんな万能な妖精様である虚にお願いがあるのです!)
――どうせ、あのガラクタと同期をしろとかでしょ? 起きてたから話の流れはわかってるわよ。
(ほんとお願いします! 後でなんでもするんで!)
そうして俺が藁にもすがる思いで心で叫んでいると、
――へぇ……。なんでも、ねぇ……。
と、意味深に虚が返答をしてきた。
(あ、あのぉ……。俺にできる限りのことはやるけどさ……)
――うん、うん。アンタにできることなら、なんでもするわよね?
(え、えーと。は、はいぃ……。どうかお手柔らかに……)
――そんなに無茶なことは求めないわよ。けど、あとでちょっと苦労はしてもらうからね。
(それくらいなら……)
――よし。じゃあ、あのデカブツの操作は全部アタシに任せてもらうわよ! 今のアンタだったらなんとかなりそうだし!
操作を任せる……?
機甲兵ってレバーやボタンなどによる操作もあるけど、そのほとんどが人体から発される導力による、いわば分身に近い形での操作になる。
ということは、虚にはそういった細かな導力の操作が可能なのだろうか。
「えと、本当に大丈夫なのか?」
コックピットの入り口の前で、俺のために操縦席を空けておいているリィン教官が心配そうに話しかけてきた。
「はい、今回はなんとかなりそうなんです。任せてください!」
「確か前回の放課後の練習でも、立つのが精一杯だったような……」
「あれから成長した俺を見ててください! 男子、三日会わざれば刮目して見よって話です」
「気づいてると思うけど、女子制服でそんなこと言っても説得力はないんだけどね?」
うるさいわい! 女子でも三日会わざれば刮目すべきなんだよ!
心の中で吐き捨てながら、ダッダッとシュピーゲルに登る。
「……? ………………………………?」
ガシャコンとコックピットの扉は閉じ、操作システムを立ち上げようとしたところ――
――ピッ!
という音と共に、外部監視用のモニターの電源が勝手につき始めた。
「あれ?」
「アタシよ!」
ポワンとディスプレイのど真ん中に現れたのは――
「え、アル?」
「アルティナ・オライオンじゃないわよ!」
というアルにしてはありえない溌剌ぶりと口調ながらも、外見がアルティナの映像だった。
「あの子のアバターを使わせてもらってるだけ。この機体に登録されてる搭乗者の人体情報を使えば作れるからね。あと、この人と、この人があるけど」
と、次々に現れたのはクルトとリィン教官の顔。
……いや、二人ともイケメンなのはそうなのだけど、その顔で甲高いツンデレ口調は勘弁してほしいものだ。
「アルで頼む……」
「わかったわ。アンタはこれから操縦しなくてもいいわよ。全部アタシがやるから、危なくなったらコックピットから飛び出して援護するつもりで、観戦してなさい」
「……機構兵同士の戦いに生身で行けと?」
「アタシがいれば十分でしょ? その時、アタシも同期を止めて本体に戻るから安心しなさい」
確かに虚がいれば心強いが……。
通常状態でこんなデカブツを吹き飛ばすようなエテリウムバスターをぶっ放すと、半日は疲労でダウンするぞ……。
「おーい、ノクス! 大丈夫なのか!?」
と、声がしたのでモニターを見てみると、少し離れたところでリィン教官が呼びかけて来ていた。
ああ、そういえば歩いた時の姿勢制御をしてみせるって約束だったか。
「虚、軽く動いてみてくれない? お前のことは信用してるけど、一応どれくらいできるのか確認させてくれ」
「ふん、いいわよ」
そう言い様に、
――ッッッッッッ!!!
世界が反転する――!
「ちょっ!」
操縦系統に触れないようにして、全力で操縦席にしがみつく。前後上下左右全てが天井になったり地面になったりする気分を味わいながら。
「激しすぎ……!」
ミルクの中に放り込まれてシェイクされているプロテインの気分だ。
そんな気分を数秒味わったのちに、機体の揺れはようやく止まってくれた。
「おいおい……」
モニターにはこちらを見ながら唖然としているランディ。
「倒立歩行から回転げり、バク転に回転斬りって、お前いつの間にそんな芸当が……?」
「あ、あー。……その、ランドルフ教官の薫陶があってこそというか……」
「俺でもできるか怪しいぞ。どんなトリックを使いやがった……」
疑いの目で見てくるランディ。
(ちょっと! やりすぎだって!)
――アンタがどれくらいできるか確認したいって言ったでしょ!
(いや、ちょっと歩いて見せてくれたらよかったんだよ……!)
「あ、あの! ぶ、ぶっつけ本番でやってみたら意外とできるもんなんですね! 寝ずに特訓した甲斐がありました!」
「……機甲兵の夜間貸出申請を受け付けた記憶はないけど……」
「い、イメージトレーニングですよ、リィン教官! ほら、明鏡止水にたどりつければウンタラカンタラっていうじゃないですか!」
などと言い訳していると、痺れを切らした本校一味が文句をつけて来たので、ユウナとクルトが機甲兵に急いで乗り込もうとして、なぜかすでにランディから機構兵を強奪してきたアッシュも混ざって、俺とユウナとアッシュで戦うことになった。
その過程について語ることは実はあまりない。まあ、俺が操縦してないので、ただ当事者の一人称視点で観戦をするというよくわからない体験をすることになっただけだったからである。
けど、結論なら言える。
二度と虚ろに操縦を任せないで行こうと思った。
なぜかって?
血眼になって俺のことを睨みつける皇太子サマを見れば誰しも同じような反応をするだろう。
・・・・・・
果たして次の特別演習先は、ミッションの予言通りにクロスベルとなった。
ミシュラム湿地帯に行くミッションがあって、万が一にも特別演習先がラマールとかだったら、特別演習を途中で抜け出すか、そもそも特別演習を休むかをしないといけなかった。
「しかしクロスベルかぁ……」
なんだかこう、故郷に帰る、ってわけじゃないけど、久々にホームタウンへ戻るかのような感覚である。
いい意味でも悪い意味でも、クロスベルで過ごした一年強の記憶が強く頭に残っていて、それまでの記憶が霞むくらいだったりする。
「アシュリーおばさん元気にしてるかなぁ……。ジンゴに何か持っていくものがないか聞いておくか?」
裏ブローカーみたいなことやってるナインヴァリのことだし、運送業者には任せられないようなものの運搬の依頼があるかもしれないし、出発までに顔を出しておこう。
ただクロスベルが演習地になるってことは、
「この場合の第二勢力は何になるんだ……?」
前回の特別演習からして、さらに、ミッションの内容からして、”魔女”がいるのは確定しているだろうから、おそらく結社絡みの事情があることは予想がつくが、残念ながら彼らの指す第二勢力の想定はつかない。
彼女に前出会った時、結社と対立関係にあるかのようだったし、彼女自身が第二勢力である可能性は否めなくはないが……。
「テロリスト首領の搭乗した機甲兵様の兵器は確か内戦で撃破されたはず」
大手の新聞や雑誌などでは報じられていない内容だが、仕事の関連で耳にしたことのある情報を思い出していく。
「……、騎神といった存在が複数体確認されている状況下で行われる”実験”。そして、シズナの言った”相克”」
何かがつながりそうな気がするが……。
問題は、結社陣営に騎神に相当する存在がないこと。巨大な人形兵器を使用していたが、あれはどう考えても使い捨て。
「――いや、実験ってのがそもそも模倣や再現と考えれば……!」
「何やら興味深い考察をなさっていますね?」
「へ?」
不意にした声に反応して顔を上げると、そこには柔らかな髪にニコニコとした笑顔のミュゼがいた。
「あ、いや。ただの妄想だからあんまり気にしないでくれると嬉しいかな」
「……の割には、かなりいい線をついていらしたような気がしますけどね?」
その笑顔の胡散臭さを増やしながら、ミュゼは語りかけてきた。
「結社の実験の目的。不確定要素の一つへの解釈として、奇跡の模倣と再現と置くのであれば、いろいろなことに説明がつくと思ったまでです」
「ミュゼもそう思うか……。かと言って事前に何かをすることもないし、降りかかる火の粉を振り払うくらいしかできないだろうけどね」
全く憂鬱になるものだ。
この結社の対応をしつつ、さらには選択肢からのミッションも達成しないといけない。
相当忙しい特別演習になるだろうなぁ。
「ですが、そのような話をするには、あまりに場所がひらけているとは思いませんか?」
「へ?」
「どの壁に耳がついているかもわからないので、気をつけてくださいね、ノクスちゃん?」
そう言いつつ寮の談話スペースから離れて行くミュゼ。
「って! ちゃん付けやめれ!」
危うくスルーするところだった。
……確かに独りごちながら考察するのに向いている場所ではなかったと反省する。
何せこの妄想のたどり着く結論――、それはこんな場所で決して口にして許されるものではなかったものだったから。
寝る前に念のためにミッションを確認しておく。
<ミッション確認画面>
⦅期限:5月15日11時0分⦆
【シュピーゲルSに搭乗したセドリックの撃破】
⦅期限:5月20日12時0分⦆
【アルカンシェルへ顔を出し、イリア・プラティエと話す】
⦅期限:5月20日16時0分⦆
【LOCKED】
⦅期限:5月20日20時0分⦆
【LOCKED】
⦅期限:5月21日8時0分⦆
【LOCKED】
⦅期限:5月21日16時0分⦆
【ミシュラム湿地帯にて魔女の依頼を達成する】
⦅期限:5月21日17時0分⦆
【LOCKED】
あ、ロックされてたのが一つ空いてた。
にしても、イリアさんのところに行くだけなのか。忙しいだろうし事前に連絡を入れておくとして、リィン教官や分校のみんなにも言っておかないといけないし。……特務活動とはいえ、前回もそうだったけど、それなりに時間の余裕があるだろうし、ワンチャンスアルカンシェルの公演をちょっと覗き見る時間も作れるかもしれない。
そうやって楽観視しながら、俺は久々のクロスベル帰りを心躍らせていた。
――やがては最悪の事態になることを露も思わずに。
・・・・・・
「……なるほど、面白い変わりようだ。駒となるか、差し手となるか、其方はどう見立てる?」
「ふふっ、そうですね。”子供達”の一人としてどう取り込まれているか……、そして、ノクスさんが彼にどう影響するか次第かと」
「ふむ。確かにただ力に従順で盲目な自身に疑念を抱き始めているようだ」
「はい。そのようになったのは間違いなく、セドリック皇太子殿下に、敗北という名の経験を体験をさせ、叱咤激励をした彼の功績かと」
「……ひとつ訂正しなければならないな」
「はい……?」
「彼の功績、ではなく、
「…………あら」
感想や評価、誤字訂正いつもながらありがとうございます!
コックピットに登るノクスちゃんを下からのぞいて、何かに気づきかけるリィン教官。
TSについてアンケートを取らせていただいたのですが、結構賛否両論な感じなのですね。今まで読者でしかなかったので、知らなかったので、一つ賢くなれました……。
おそらくですが、クロスベルが終わるとTS要素は無くなると思うので、どうかお付き合いいただけると嬉しいです!
クロスベル編(過去)が始まるかどうかは次で決まると思います!
追記
編集ミスでミッション内容が一つ空いてました……。直したのですが、見てしまった方は「ふふーん」と色々察していただけると嬉しいです……。
TS要素は……? そこまでどっぷりというわけじゃなく、ギャグ要素として入れてみたいですが、どうでしょうか?
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歓迎
-
あっても構わない
-
できればないほうがいい
-
ないほうがいい