中川家に来るのは偶に菜々の部屋に行くため久しぶりではない。ただ、リビングに通されたのは本当に10年前とかだったため、謎の緊張が襲った。10年も経てば当然家具の配置が変わったりもするため、それも謎の緊張に拍車をかけていた。そんな俺を見ながらおばさんは微笑み尋ねる。
「緊張してる?」
「正直甲子園よりヤバいです」
「じゃあ甲子園なんて余裕だったでしょ」
「・・・甲子園よりかは中川家の方がマシだったかも」
「そうに決まってるわ」
クスクスと笑うおばさんを見る。なんだか話し方が菜々に似ているな。いや、菜々が似てきたのか。
「今、菜々と似てるな、とか思ったでしょ?」
「・・・おばさんエスパー?」
「何年の付き合いと思ってるの?」
「13年、大河ドラマ600話分くらいですね」
「計算早いね。流石、頭いいじゃない」
「菜々には負けますよ、流石に」
同じような話を3月にもしたような気もする。親子なんだなってつくづく実感する。
「甲子園凄かったね」
「おばさんも観てくれたんですか?」
「当然。ゆう君の晴れ舞台ですもの。テレビじゃなくてちゃんと甲子園まで観に行ったわ。初戦なんて本当凄かったね。おばさん大号泣しちゃった」
「菜々と同じようなこと言ってますね」
「あの娘も感動で泣いたって自分で言ってたわよ」
「あ、そうなんですか?」
「そうよ?知らなかった?」
「初耳」
「じゃあ聞かなかったことにしておいて。お菓子あげるから」
そう言って出されたのは手作りのパウンドケーキ。・・・うん。おばさんのパウンドケーキは昔と変わらず美味しかった。それを食べながら思い浮かべるのは菜々の料理。
「菜々の料理は相変わらずなんですか?」
「そうねぇ、基本的に器用だとは思うのだけど、どうして料理だけはあそこまで絶望的なのかしら?ゆう君最後にあの娘の手作り食べたのいつ?」
「去年の調理実習ですね」
「あ、それは聞いた。菜々も喜んでたよ。ゆう君が私の作ったクッキー全部食べてくれてたって。本当にありがとうね。お腹大丈夫だった?」
「頑丈さが取り柄なので。それに空腹は最大のスパイスなので案外ペロリといけましたよ。・・・ちょっと気持ち悪くなったけど」
「ふふっ、相変わらず優しいね。昔と変わらなくて安心した」
「え、昔とは多少は変わったと思いますよ?」
「見た目はね。中身はずっと一緒よ」
「・・・なんだか複雑です」
「そう?私は素敵なことだと思うけど?」
そう言われると悪くないような気もするけど・・・大人からはそう見えてるのかぁ。
「ところでおばさん、今日菜々どこ行ったか知りませんか?」
「そういえば菜々探しに来たのよね。菜々は今日学校に用があるって言ってたよ。そろそろ帰ってくるんじゃないかしら?」
「学校?」
なんで学校いるのに呼び出したんだろ?まあ後で聞けばいいか、なんて色々考えているとおばさんが口を開いた
「そういえば」
「?」
「菜々、最近学校でどんな感じ?」
「やっぱり気になります?」
「当然。生徒会の話だったり、ゆう君の話はするんだけど、それ以外はあんま話さないから大丈夫なのか正直気になるわ」
ふむ、確かに親が娘の様子とかは聞きたくなるのは当たり前か。でも『最近スクールアイドル同好会作って毎日をエンジョイしてます!』なんて馬鹿正直には言えない。流石に濁すことにした。
「どうって言われても、普通に真面目ですよ?勉強も生徒会もしっかり取り組んでるみたいですし。あ、でも最近凄い楽しそうです。菜々の交友関係を全部理解しているわけではないのでなんでかは分からないんですけど、最近はすっごく楽しそうですね」
「私も菜々が最近楽しそうなのは感じていたけど。そっか、ゆう君も知らないのか」
「ええ、すみません」
「いいのよ謝らなくて。ゆう君が一緒にいるから私もそんなに心配していないんだから」
「そんな信頼されてるんですか?俺」
「もちろん。虹ヶ咲学園にゆう君も入るってキミのお母さんに聞いたとき正直良かったって思ったくらいなんだから。菜々もゆう君と一緒で良かったって絶対思っているわ。もっと自信もって」
自信、ね。自信も何も、一緒に居てくれて感謝しているのは俺の方なんだけどな。菜々がいなければ野球なんてとうの昔に諦めてるだろうし。今、虹ヶ咲でいい思いが出来てるのは間違いなく菜々のおかげだ
「買いかぶりすぎですって」
「買いかぶりではないわ。確かにこれだけ付き合いが長ければ、ゆう君が菜々に助けられた部分だってたくさんあると思うけど、その逆だって言えるのよ。付き合いの長さは同じなのだから。それに、菜々がキミの話をするときはすっごい楽しそうだし」
「・・・そうなんですか?」
「ええ、とっても。あの娘と仲良くしてくれてありがとうね」
「・・・どうも」
おばさんから顔を逸らす。もう大分恥ずかしかったし、嬉しかった。・・・なんか最近、褒められたり感謝されたりするのが多くなったような・・・全然慣れないけど。
それからしばらく雑談をしていると玄関の扉が開く音がした。菜々が帰ってきたようだ。その足でリビングへ来る。
「ハア、ハア、ただいま」
「あら、おかえりなさい」
「おう、お帰り」
「!?なんで、ハア、ハア、祐介が、ハア・・・リビングに?」
「そのへんは追々話すよ」
大分息が切れているようだ。どうやら学校から走ってきたみたいだ。おばさんが声をかける。
「菜々、とりあえず手を洗ってきなさい。それからせっかくゆう君来たんだから部屋も片付けなさいね」
「分かってるよ!」
そう言いながら菜々はリビングを後にした。そこから手を洗って自分の部屋へ向かう。いつまでもリビングに長居しても悪いので俺は菜々の部屋の前で待つことにした。
「じゃあおばさん、ケーキ美味しかったです。ご馳走様」
「そう?そう言ってもらえると嬉しいわ、あ、それから、目は大事にしてねって菜々に言っておいて欲しいのだけど」
「?、いいですけど、目、ですか?」
「そう、目。寝っ転がりながらとか、スマホを暗いところで見ると視力が悪くなるって言うじゃない?」
「まあ、言いますけど」
なんで今更目なんて注意するんだ?暗いところでスマホ、そんなことする時なんて親の目を忍ぶために隠れてゲームしたり、動画見たりするときしか・・・あ、
「・・・知ってたんですか?」
「別に壁が分厚いわけではないし、部屋の電気は消えてるのに中から色々音が聞こえたら、ねえ?菜々が親に隠れてやることなんてそのくらいだし」
「・・・なるほど~」
「たまに菜々の決め台詞も聞こえるわ。まあ、勉強とかやることやっていれば特に言わなくていいかなって思うけど」
祐介~?という声が聞こえる。どうやら部屋の片づけが終わったようだ。
「というわけで、よろしくね」
「まあ、うまく言っておきます」
最後に爆弾を貰った。果たして俺だけで抱えきれるか分からないが。モヤモヤしながら俺は菜々の部屋に向かった。
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「家に呼んでおいてなんで家に居ないの?」
「えっと・・・祐介って試合の後通知に気付かないくらい寝るじゃないですか?それも長時間。なら、何時にメッセージ送っても同じかなって。帰り道に寄った本屋で送信しました」
「そしたらすぐに返信がきて、」
「ええ。流石に悪いと思ったので走ってきました」
「それは・・・ご苦労様」
「ええ、全くですよ。貴方のせいですからね?」
「今回俺悪いとこあった?」
そうしてしばし談笑。キリのいいところで今日呼んだ理由を聞いた
「今日なんで呼ばれたの?
「あ、そういえばそうですよ!貴方に渡したいものがあって!」
「果たし状?」
「・・・それはそれでアリですね」
そう言いながら鞄を漁る菜々。・・・それもアリって一体俺と何で競うつもりだろうか。いつか本当に送ってきそうな、そんな予感を感じる。絶対余計なこと言った。
「あった、これです。祐介に一番に渡したくて」
そう言って渡されたのは見知った顔もちらほらいるライブのポスター。というか・・・
「よくできてるな、これ」
「ええ、その手の部活に頼んで作ってもらいました!凄くないですか!?」
「正直びっくりした。本物のアイドルポスターみたい」
「でしょう?それで、お願いがあるのですが・・・」
「お願い?」
「良ければ見に来てくれませんか?初ライブ」
なんだ、そんなことか。そんなもの、答えは一つに決まっている。
「もちろん行くよ。日付は・・・5月の下旬か。おっけ。部活休んででも行くよ」
「今回は・・・、はい。ライブを優先してくれると嬉しいです」
頼まれなくても勝手に行くつもりだったけど、そんなこと言われたら行くに決まってるじゃないか。せっかくだから応援のうちわと横断幕作ろうかな?うまく作れたら会場で売って小遣い稼ぎでもするか?・・・非常に楽しみになってきた。
ふとジト目で見てくる彼女に気が付いた。
「・・・勝手にグッズとか作って売らないでくださいね」
「・・・俺ってそんなに分かりやすい?」
こうして月末の予定が埋まった。結構楽しみである。今日から毎日カレンダーにバッテン書いて忘れないようにしよ。そんなことを呑気に考えた。まさかあんなことになるとはつゆ知らず。
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「そういえばお母さんと何話していたんですか?」
「気になる?」
「当然ですよ!どうせ私のこと話していたのでしょう!?何を話したか気が気じゃないですよ!!」
「えっとね、目は大事にって」
「?、どういうことですか?」
「目は大事にしようねってこと」
「・・・馬鹿にしてません?」
「馬鹿にはしてない。ただもっと注意しとけよとは思う」
「・・・?どういうことですか?」
「さあ?知らないほうが良いこともあるんじゃない?」
本当に知らなければいいものはこの世にたくさんある。今回のはまさしくパンドラの箱。知ったら最後、菜々がこの部屋でやっていた数々の所業で愧死してしまうかもしれない。これは優しさだ。
「そんなこと言われたら余計気になるじゃないですか!!ちょっと!!聞いてますか!?」