みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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説明回


プロローグ
心あらず


 この世界で初めて聞いた言葉はなんだっただろうか。

 

 薄暗いどこかの部屋の中、その言葉を紡いだ人。

 私を見つめるその母親らしき人物は、目を細めて私に微笑みかけていて、正直パニック寸前だったけれど、それのお陰か私は幾分か状況を整理するだけの冷静さを取り戻す事が出来た。

 それでも暫くは気持ちが悪かった。ぼんやりとした私の本来の記憶に、誰かの思想が、知識が流れ込んでくる感覚が酷く不快だったのだ。

 

 それは私の前世の記憶のようであった。

 

 通り過ぎるのは大抵が灰色の空の光景で、焦げ臭い。ある日を境に秩序が崩壊してしまった世界で。定住も出来ずに私は私の仲間達とその日その日の安息を得る為逃げ続け、時には銃を手に取り、夜は皆で身を寄せ合って眠っていたらしい。

 

 印象的だったのが、私を含め皆が大人ではなくあどけなさの残る子供であった事だ。

年齢は定かでは無かったが、考えている内に記憶が馴染み、少なくとも年長者であった私という人間は18年くらい生きたのだと思い出した。ついでに仲間とはぐれて一人銃で殺された最期も思い出してしまった訳だけど。

 

 まあ、そんな感じで。

 私「曜引 五花(ひびきごばな)」は人生の微睡を楽しむ幸せな時を、冷水をぶっかけられたかの如く失ってしまう事になったのだった。

 

 

 

 時に、この世界はどうやら現代日本ではないようだ。

 

 「現代」日本と表現したのは、私の服や両親の服が和服のようだったからである。

 しかし、よくよく観察してみると、実際の和服とは微妙に違うように見受けられた。生えている見覚えの無い草木や知らない習慣。おまけに両親はおおよそ日本式とは思えない神社のような所で神職をしている。だから私はそれを見て、ここは日本に似たような国なのだろうなぁと何となく思っていた。

 それと、近くにあるという港町には普通に電化製品の類があるそうで、携帯電話、テレビ局、インターネットすらも普通に存在するらしい。村長のおばあちゃん家にパソコンが置いてあった時は度肝を抜かれたものだ。どうやら私の村はとんだ田舎に位置している様子。それで私は、国の文明レベルは少なくとも平成時代に入っている位なのだろうと推測した。

 

 私が3歳になった頃、そろそろ大丈夫だろうとふにゃふにゃした口で言葉を喋り始めると両親は狂喜した。流石に親バカが過ぎるんじゃないのかと思ったが、それまで喋ろうという姿勢すら見せなかった私を大層心配していたらしく、言われてみれば不自然だったなと、少し申し訳なく思った。

 

「おかあ、おとお」

 

 神事から帰って来た両親に指を差してそう言ってやると、2人はとても喜んだ。

 こんなので褒められるなんてつくづく幼児は楽である。こんなに嬉しそうにしてくれるならば、もっと笑顔にしてやりたいと思うのが人心。今世の私は、この精神を利用して世紀の天才……は無理にしても、せめて大人になるまでは神童と呼ばれるくらいの人間になって親孝行をしてやろうと思った訳だ。

 

 勉強、勉強、勉強。

 そうと決まれば話は早い。子供特有の体力が尽き果てるまで続く無尽蔵なやる気と中学生レベルの前世学力を武器に、私は5歳にもなると高校生くらいの範囲まで勉強を進めていた。勿論不自然であっても不可能な成長はしないよう、初歩の初歩からちゃんと段階を踏んで勉強を始めていたので問題ない。新しい教材を買って貰えるように家族サービスとして毎日愛想を振りまくのも忘れない。

 言語の微妙な違いや歴史には少し苦戦したが、それ以外の教科は概ね元の世界と変わらず、途中まで復習のようなものだったからそれほど大変では無かった。

 

 

 さてここで、この数年で私が把握したこの異世界の事について整理しておこう。

 

 この世界は普通に「地球」と呼称される惑星に存在し、幾つもの知っている国名があるようだが、その実地形がかなり異なっている。前世で慣れ親しんだ世界地図の面影は一切なく、あえて特徴を言うならば元のそれよりも海面の割合がより多く、大陸と呼べる物が少ないくらいだろうか。

 

 ここ「日本」も元々の面影は無いに等しく、その国土は大きな5つの島で構成されている。

 

・中央の島 「白江田島(しろえだじま)」  ──白島

・北の島  「青網引島(あおあびきとう)」  ──青島

・東の島  「黄押桐島(きおうとうじま)」  ──黄島

・南の島  「緑賀崎島(みどりがさきとう)」  ──緑島

・西の島  「赤曜引島(あかひびきじま)」  ──赤島

 

 

 長いので、今後は両親がよく使っている略称を採用する。

 

 まず、首都は中央に位置する白島である。5つの中で一番小さい島なのだが、基本的に政府機関などの国の中枢はこの島に集められていて、国民の中で都心といえばこの島の事を指す。

 

 次に青島。白島とは逆に5つの中で最も大きな島で、畜産業や農業が最も盛ん。国の食糧庫と呼ばれる事もある。広大な平地は前世での北海道を連想させるが、気温はそれほど低くなくて住みやすい。

 

 そして緑島。起伏が大きい地形の島で、綺麗な浜辺、幾つもある温泉地。絶景スポットも数多く。観光地として海外からの観光客も多い島である。私も是非行ってみたい。そこには「背袋鯆」というイルカの上位互換のような滅茶滅茶可愛い生物が沢山生息しているようなので、可能ならば一生そこで遊びたい。本当に可愛い。両親に写真をねだって部屋に飾っている程に私はメロメロだ。ペットとして飼いたいが、富豪以外無理な話だったので泣く泣く諦めた。

 

 続いて赤島。私が今住んでいる島である。沢山の神が住んでいたという神話が根付いているだけの、特筆して書くべき事も無い普通で平和な島である。「赤曜引島」という名称であるが、私の苗字の「曜引」がその中にあるので父親に関係があるのか聞いてみた所、私達家族は昔から続く一族の末裔の1つらしかった。神主なんかやっている訳である。

 

 ……最後に黄島。

 簡単に言うとあそこは、ファンタジー色全開の危ない島である。

 

 

 最初に。あそこは「所縁石(ゆかりいし)」という物が採れる世界有数のスポットである。

 

 「所縁石」とは何か? それは教本によると、「神々との所縁(リレーションズ)を持つ人間が触れるとその能力を引き出してくれる神の依り代」であるらしい。能力────神通力と呼ばれ、その種類は身体強化や火炎操作など多岐に渡るが、基本的には神力という謎のファンタジー的エネルギーを基に変質させて行使している。これを使った犯罪も時たま発生するし、国の部隊や兵器にも採用されている。果てには競技なんかも存在していて、民間にも浸透している始末。黄島ではそんな競技場がいくつも置かれ、スポーツの聖地になっているのだ。

 つまりその……どうやら私は能力バトル漫画のような世界に来たらしく、私はその事実を未だ受け入れられて居ない。

 

 まあここは赤島で、しかもそのド田舎である。関わらない様に生きていけば関係の無い事なのだ。

 

 私はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅっ」

 

 神社の土地の一角で物思いに耽っていた五花の頭の上に、不意に何かがのし掛かる。

 無視していると、抗議の為かぺちぺちと首を叩いてくるので、彼女はそのプニプニした尻尾を掴んで目の前に吊るす。

 

「けものくさいのよ。わたしに飛びつくなら行水でもしてから来なさい」

 

 そう言うとプニプニ尻尾はコクンと頷くと森の中に走って行き、五花はウンザリとそれを見送った。あの生物「尾袋鼬(おぶくろいたち)」が纏わりついて来たのはこれで何度目だろうか、と。

 この世界では、人の言葉をあからさまに解している動物が普通に存在するらしい。ファンタジーである。そのまま帰って来ないでくれ。五花は内心でそう吐き捨てて本を閉じ、身体を洗うべく風呂場に向かった。

 

「髪がどろだらけ……まったく、わざとやってるの?」

 

 彼等のような身体にプニプニとした腫瘍のような物を持つ生物は「聶獣(じょうじゅう)」または「使徒」と呼称されることがある。

 聶獣はこの世にある神域との唯一の繋がりであり、耳朶のような腫瘍で人々の祈りを受け止めそれぞれの神へと届けてくれる存在なのだ……と本には書いてあった。こんなファンタジー世界だとガチっぽくて困る。と、五花は思わず天を仰いだ。

 

 そして当然それらを狩る「耳朶狩り」は昔から神を怒らす禁忌とされ、彼らは聖獣として国が手厚く保護をしている。そんなわけで如何に纏わりつかれようと、追い返そうとして下手に傷つける訳にはいかないのだ。まあ、それだけならまだ良い。臭い獣がじゃれて来るだけだ。

 問題は────聶獣は対応する神の「所縁石」に素質がある人間を好む傾向がある。という最悪な話。

 

 五花としては、あの獣が能力バトルという地獄からの使者に思えて仕方なかった。

 強制ではないが、研究者や軍人など、適合者のなるべき職に就く事を国に望まれるだろう。

 

「やだやだ、今のうちに訓練でもしておくべきなのかしら」

 

 そう言いながら湯舟に顔を浸しブクブクさせる。

 因みに彼女の好きな背袋鯆という聶獣が存在するが、イルカは前の世界でも若干の知性を有していたので彼女の中では別枠なのである。要は前世と余りにかけ離れているファンタジー的現象を嫌っている訳で、断じてダブスタではない筈だ、と彼女は思っている。

 

 気持ちに整理を付け、来週からの事に思いを馳せる。

 五花は今年で6歳になる。この事から家を離れて港町の小学校に通う事になっているのだ。

 

 正直、今更小学校でやる事なんてあるのかと思っていたが、ファンタジー的現象を始め、まだこの世界の常識には疎い所がある五花には行く意義が十分あるし、両親の事もある。まずは手始めにここで優秀な成績を収めるとしよう。そう彼女は改めて決心し風呂場から出ると、居間で神妙な顔をした両親が座っていた。

 

 やけに空気が重い。

 

「おとう、おかあ、どうしたの?」

「五花……最近、森の動物にじゃれつかれているって、本当か?」

 

 どうやら先程の一幕が見られていたらしい。

 所縁石に適性のある人間なんてその辺にゴロゴロと居る。なのにそれがこんなに重苦しい空気になる事なのかと五花は困惑しつつも、父の質問に答える。

 

「そうだけど……それがどうしたの?」

「お母さんが言ってたけど、動物さんとお話を良くするんか?」

 

 これは、つまり私が頭のおかしい子だと思われているのか? と彼女は推測した。

 動物にしか話し相手の居ない寂しい子。なるほど確かに普段から勉強ばかりで近所の子と遊んだことなんて無いけれど、はたしてそれが今更になってこんなに深刻な空気になる事なのだろうか。

 どうにも違う気がすると思っていると、父親が唐突に立ち上がった。

 

「三鶴……僕らの娘は天才だぞオイ!」

 

 母親も立ち上がった。

 

「ええ!有人さん……!! まさか聶獣様と意思疎通が出来るなんて!この子は「神憑き」に違いないわ!」

 

 

 そうして二人は抱き合った。なにこれ?

 その言葉を発し五花は放心した。

 

 そうやって先程の空気から一転。五花を置いて2人して大喜びする祝福ムードに。

 彼女が戸惑っている内にあれよこれよと適合者が集まると言われる赤島の養成学校への手続きを始めていた。

 

 どうやらあの獣と意思疎通が出来ていたのは世界がおかしいのではなく、自分がおかしかったようだ。と彼女は理解した。

 理解したが……彼女の二度目の人生も前世と同じく急転換。良くしてくれている両親の期待を裏切れる訳も無く、晴れて能力バトルコース確定となった。

 ファンタジーである。吐き気を催した彼女は便所に駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後から聞くに、どうやら「神憑(かみつ)き」というのは所縁石に選ばれた人間の中で、格別に才能のある者の事を言うようだ。適合者の大多数が神に所縁があるだけの者だとすれば、「神憑き」はその上に神の寵愛を受けている者。という事らしい。大分珍しいんだとか聞いたけど、私としては知った事じゃないと叫びたい。

 

 そんな経緯でノロノロと入学の準備を進めているある日、部屋の中にまたも聶獣が入り込んで来た。今度は私が言った通り水浴びをしてから来たらしい、誇らしげに滴る水を部屋の畳やわたしの服にまき散らしていく。

 

 私の機嫌が悪かったら怒りのままに尻尾を掴んで部屋の外に放り投げる所だ。しかし思い直してタオルで身体を拭いてやる。ファンタジーと向き合うのなら、まずはコレと向き合わなければならないのだろうから。そうしてすっかり乾いた獣はヌルっと両手から抜け出して頭の上に乗った。

 

 もしかして定位置のつもりなの。とぼやくと返事の代わりにペチペチと首を叩かれた。

 重い。しかも無駄にモフモフしてうざったい。剝がそうとするも髪の毛にしがみついて抵抗するので、そのまま無視して荷づくりを再開した時、部屋に母親が入って来た。

 

 母は私の頭に乗っている聶獣を見て「あら」とか言って微笑んで、玄関の方を指差した。

 

「五花。四葉が来たわよ」

 

 その言葉を聞いて、今日は丁度四葉……適合者である母の妹、小海四葉(こうみよつば)叔母さんが家に来る日だった事を思い出した。

 存命の親戚の中で所縁石に適合している唯一の人で、母に負けず劣らず結構な美人。そして代々神職をしている母の実家「小海家」で当主をしている多忙な人だった。今日はあの人に、私が何の神の所縁があるのかを調べるために来て貰ったのだ。出迎えなければ礼儀知らずである。そう思って私は頭の獣の事を忘れそのまま玄関まで急いでしまい、父と叔母さんにも「仲良しだねぇ」と笑われた。

 

「四葉さん、今日はわざわざありがとなあ」

「良いんですよぉ曜引さん、私、可愛い姪が自分と同じ適合者だって聞いて、ワクワクなんですから!」

 

 叔母さんはそう言うと、私の頭に居る聶獣を撫で回して威嚇されていた。四葉叔母さんとはこれまであまり話した事が無かったが、案外お茶目な人であるらしい。

 

「私、お茶淹れて来るわね。居間にどうぞ?四葉」

「良いよ三鶴、久々の姉妹再会だ。俺が淹れてくるからゆっくり話していると良い」

「あら、良い旦那さんねぇ姉さん」

 

 叔母さんは去っていく父を見てぽやぽやとそんな事を言ったが、あの人が率先して厨房に入って行くのは珍しい事だった。

 母が冷ややかな視線を厨房に送っているのを横目に、私達は居間に向かった。

 

 

 

「五花ちゃん、まずはこれを右腕に当ててみて」

 

 居間について暫く世間話が続いた後、叔母さんが私に金属製の輪っかを渡して来た。

 縁門(アーチ)という、異能の力を行使する際に必要になる器具である。大体の国民は小学校に入った際にこの器具を使って所縁があるかどうかを検査されるらしいが。……ともかく、私はこれを本で見たことがあるので、躊躇わず言われた通り宛がった。

 

 何も起きない。

 

天神(あまつかみ)ではない」

 

 叔母さんは何でもないようにそう呟く。

 縁門が反応する場所は、関わる神の種類によって違う。天神(あまつかみ)なら両腕、海神(わたつみ)なら両脚、土神(くにつかみ)なら胴体。他にも分類が色々あるが、大体がこの三種類のどれかである。

 

 続いてお腹に宛がった所で、輪っかからほのかに光が湧き上がった。

 私はそれを見て、なんだ土神かぁと思って叔母の方を見るが、彼女はなんだか難しい顔をしていた。

 

「五花は土神(くにつかみ)様に所縁があるのかぁ」

「……四葉、これは」

「赤い、わねぇ」

 

 呑気に言っている父とは対照的にどんどん表情を曇らせる母と叔母の姉妹。

 この時、恐らく私も微妙な顔をしていただろう。なんせ赤色だ。私は本の内容を思い出した。

 

 縁門(アーチ)から発せられる光の色には意味がある。

 所縁のある神が適合者に友好的であるかどうかを意味しているのだ。好意的なら緑、無感情なら黄色、といった具合で。そして赤は悪感情であり、滅多に見られない。何故なら神は人ごときのやる事にいちいち腹を立てないから、と聞いた事がある。しかし、赤である。そうなると随分と器の小さい神であるらしい。

 

「普通なら……儀式に連れて行ってお帰りして貰う必要があるけど……」

 

 だけど、と叔母は言った。

 

 そう、不思議な事に私は寵愛を受けている「神憑き」なのである。

 ならば土地神様が五花を嫌っている訳が無いと父は言い。仮に嫌われているからと言っても特に害がある訳ではないと叔母さんは言った。しかしそれでも私は不安が拭えなかった。

 

 

 そして、その不安が現実になるのは何年も後になってからの事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 五花は1人自分の父親が宮司をしている神社の境内に入り込んでいた。

 

 階段に座り込み、縁門(アーチ)を腹部に宛てると、やはり溢れるのは赤い光。暗闇の中でより鮮明になる光は、よくよく見るとうねうねと蠢き、ちょうどイソギンチャクのような形をしていた。

 叔母が言うに、これが彼女の神力そのものらしいが、五花自身はその形状に顔を顰めて縁門(アーチ)を懐にしまい込む。

 この力が何の能力を有しているのかはまだ分からない。自分に合った所縁石を手に入れない限り、養成校に行って特別な訓練をした後に初めて発現する物だからだ。

 

 春になったとはいえまだまだ寒い季節。

 家に帰ろうと立ち上がった時、五花の首筋に冷たい風がひやりと通った。それは不意に前世の頃を想起させ、思わず星空を仰ぐ。

 

 あの子達は生きてくれているだろうか。

 

 今となっては、知ってもどうする事も出来ないあの世界の出来事。守りたかった仲間たち。

 

 ああ。

 かの世界で最期に聞いた言葉はなんだっただろうか。

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