曜引五花は、目の前の異形を目にした瞬間、すぐさま頭のスイッチを切り替えた。
そうして躊躇なく神通力で自身を隠し、同じ部屋に居る生徒を周ってそれぞれに寄生した祟りをすぐさま掻き消していく。
逃げていく異形を処理するのを後回しにし、生存者を如何に増やすかを最短距離で、効率的に。
自分の脳を超集中状態────所謂「ゾーン」に意識的に切り替えるそれは、前世の自分が積み重ねた生き残るための術の一つであった。
容姿からして「視ると障る」タイプの祟りなのだろう。と、彼女は祟りを潰しながらも判断し、自身がこの場に居た事に一先ず安堵した。
曜引五花は「
「息を止めている間、自身と自身が触れている者の位相をずらす事が出来る」。
これがこの国のデータベースに載っている「隠匿」の能力であり、実際にそれが全てである。
で、あるならば。
何故「祟り」を掻き消す事が出来るのか?
そんな物は簡単である。
ただ、彼女は触れたものをずらした後。
それを「ずらしっ放しに出来る」だけだった。
つまり、着ている服を一緒に隠すか否か、という操作と同じ感覚で祟りだけを向こう側に持って行くことが出来たのである。
当時の父親はそれを聞いて「じゃあ五花は一瞬で服を脱ぐことが出来るのか!」と言っていた。ので、その時は思わず引っぱたいて親子喧嘩に発展した。
……それにしても、こんな事が出来るのは「999」という適性値に起因する制御力の高さがあってこそなのかもしれない。と、彼女は思っている。
曜引の頭の中で、まだ見ぬもう1人の「隠匿」の保持者の事が過ぎった。リスト上でしか知らないその人に、もし会うことが出来たならば聞いてみたいことが沢山あるのだ。
その後、五花は何故か無事だった沙村と言葉を交わした後、気を失っている梧桐先生をチラリと見て、保険として近くの箱から「別羽山珊瑚」を拝借し、そのまま外に飛び出した。
移動する最中、彼女の中で叔母である四葉の言葉がふと蘇る。
『祟りには滅法強そうね!』
五花が昔、物は試しと自分の服に付いたシミを消していた時の台詞である。
当時は発想の突拍子の無さに苦笑いしていたが、もしこの言葉が無かったら自分は直ぐには救助に動けなかったであろう。彼女は自分の師匠に深く感謝した。
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(嘘でしょ……っ!!)
先程室内に乱入してきた異形が他の演習場や校内に入る前にどうにかしなければいけない。私はその一心で外に躍り出る。しかし、そこには既に何名かの被害者が出てしまっていた。
幸い祟られてから少しだけしか時間が経って居ないようで、皆はその場で蹲っているだけだった。お陰で早急に祟りを取り除く事が出来たけれど、こんなに走り回っていたからか少々疲れた。
……いや、嘘。疲れてない。
「……あれ?」
どうにも自分の身体能力が異常に上がっているような気がする。
夢中だったので気づかなかったが、思い返せば息を止めていても全然苦しくならなかったし、小走りの感覚なのに全力疾走よりかなり早くないだろうか、これ。なんで?
……とはいえ、今は気にしている場合じゃないっぽい。
考え事をしていたお陰で大きなものを引き摺ったような足跡を見つけた事だし、さっき逃げた祟りの発生源であろう異形を仕留めよう。そう決めて私は再び走り出した。
「曜引ーーーッ!!戻ってこいッ!!!」
そうしたら間もなく背後から誰かの怒声が聞こえた。
しまった。隠れるの忘れてた。
戻る気のさらさら無かった私だが、思い直して踵を返すと、そこには余目先生が立っていた。
「これは、曜引がやったのか?」
「はい。それよりも先生、今さっきいた肉団子みたいなやつ、アレが元凶ですか?」
「恐らく、そうだ」
「アレが学校に到着するまでの間に、救助は来ますか?」
「……曜引、ちょっと待て」
「許可を下さい」
構わず続けざまにそう言うと、余目先生の表情のない顔に珍しく眉間のシワが現れた。
言った後で生意気だったかな? と思ったけど緊急事態だから仕方ないのだ。うん。
「…………その通りだ。間に合わないだろう。曜引、出来るんだな?」
「出来ます」
間髪言わずに返すと、余目先生は大きくため息を付いて。そしていきなり頭を掻きむしった。そうして急に落ち着いたかと思ったら。
「じゃあ俺が全ての責任を持つ。行って来なさい」
凄く嫌そうにそう言った。
……ヨシッ! これでお咎めなし!
やっと聞けたその言葉を受けて、私は今度こそ走り出したのだった。
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「
突然姿を表し、また消える。
自分の目が確かならば、間違いなくあれは自分が受け持っているクラスの曜引五花である。
目を疑うのも仕方のない事であった。
彼女は「隠匿」の能力である癖に、なぜか自分と同じように祟りに対し耐性があり、しかも、状況から辺りに居た生徒の祟りを鎮めていたからだ。
五花が透明になっていただろう故に、どのように鎮めたのかは分からなかったが、状況的に見て彼女の仕業であることは間違いない。
最初彼女の姿を見たときは、勝手な事を。そう思った。
しかし、その後彼女が何をしたのかを理解した時、余目は自身の無力を呪った。
「くそ……っ!」
余目は最初、その場の誰よりも早く例の異形を確認していた。
崖から転がり落ちてくるそれを見て、彼はすぐにまだ外に居た生徒を室内に誘導した。しかし、それでも9人あまりの生徒が祟られてしまい、それを見た彼はそれらを見捨ててドアを閉じ、速やかに警察に通報した。
基本的に、祟られた人間はまず助からない。
まず、人体の至る所に腫瘍が生まれ、それらは宿主の身体から栄養素を吸い取って膨らんでいく。
「厄除」の上位互換とも言える「破邪の神通力」を持っている人間の処置を受けられたとしても、30分後にはほぼ確実に手遅れになっているのだ。
だから余目は、何故だか症状が収まり横たわっている生徒たちを見て、困惑しながらも安堵して、それ以上に何も出来ない自分が酷く情けなくなっていたのだ。
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私が足跡を追ってから元凶である異形を見つけるのに、それほど時間は掛からなかった。
何故か飛躍的に上がっている身体能力だが、本当に助かっているけれど……本当になんなんだろうこれ。
まあ、それはさておき。
場所は丁度、森の坂を登りきった所であった。
「ォォォォォォァア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
向こうが私が追っているのに気づき、両手で地面を掻いて礫を飛ばしてきた。
なので、私は息を止めてすり抜ける。
それを見た異形は奇声を上げながら更に歩みを早くしていたけれど、私は隠れてすぐに奴の真横につけ、そのブヨブヨとした腫瘍の中から特に大きくて乾いてそうなやつを掴んだ。
おぇ……。
なんだか状態のマシなミイラを掴んだような感触。
しかし、余目先生にあれだけの事を言ってしまった以上、泣き言なんて出していられない。だから、身を捩って逃れようとするそいつに構うこと無く、それらを一気に消し飛ばした。
かくして、そこには痣だらけの裸の男性が倒れているばかりになったのである。