みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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お知らせ:拙作第一話において、本作品の世界が「昭和時代の後期」という記述がありましたが、これを「少なくとも平成時代の中頃」という記述に変更いたしました。よろしくお願いします。


誘導とお膳立て

 辺りには穏やかな風が流れている。

 五花は制服の上着を脱いで地面に敷き、倒れ伏したままだった男をそこに仰向けに寝かせた。

 ……が、股間にあるブツを直視してしまい、ひええと狼狽えてうつ伏せにして、それから制服にソレが接触している事実に気づき、やっぱり仰向けにして落ち葉を上からぶっかけた。

 

 そうしてやっと、彼女は脱力した。

 ここは、学校のグラウンドが目の前に見える森林の入り口の辺り。左の緩やかな丘を越えた先に見える青網引島の港を眺めながら、五花はやれやれと座り込んだ。

 

 とはいえ、懸念すべき事がまだ一つある。

 

 それはこの祟りの発生源であろう男が、何処から来たのかという事だ。

 学校側も、速やかにその辺りの確認を進めるのだろうし、それに救助隊も来ているかもしれない。彼女は一先ずこの男を背負って演習場に戻ろうかと考え、伸びをする。

 

 

 

 そうして小休止を取っていると、木陰から一匹の尾袋鼬が現れた。

 

 彼女はこのパターンを知っていた。

 過去に2回ほどあった、このパターンを。

 

 自分が何か致命的な何かを見逃している時。そして嫌な胸騒ぎを抱えている時。

 決まってこうして目の前にひょっこり尾袋鼬が現れて、そうして自分に付いて来いと言わんばかりに、背を向けて尻尾をブンブンと回すのだ。

 

 思わず立ち上がり、獣の元に行こうとしたそのタイミングで。

 絞り出したような男の声が彼女の耳朶を打ち。

 

「…ふたり、ぃる」

 

 その言葉を理解した刹那、五花はその場から消え去った。

 

 

 殆どうわ言だったのだろう。

 

「ぁ…ぁと、2人、居るんだ。ぉねがいします……おねがいします。アイツらはクズですけど……だからって死んで良いはず無いんだ……」

 

 1人残された男は、それに構うこと無く声を発し続ける。

 

「死んでほしくないんです……だって……だって僕なんかよりずっといい奴らなんだ……だから助けて下さい……神様……おねがいします……おねがいします……」

 

 

 その無意識の言葉は、願いは。

 誰が聞くでもなく、空気のゆらぎの中に消えていった。

 

 

 

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 私はこれ以上無い全速力で走っていた。

 

 もう走るというより、跳んでいると言っても過言では無いほどの歩幅で、一気に木々が生い茂る下り坂を駈けていく。

 やっぱり校庭に集合する前に見せたあの獣は、あの時目の前に出てきたのはそういう意味だったのか。と、ようやく理解した私は、歯噛みしながら目の前のあり得ない速度で走っていく尾袋鼬を追いかけていた。

 

 演習場に戻ってみたら、皆が祟りに────なんて悪い予感がしていたのだが、幸い杞憂だったらしく、丁度通報を受けて来た救助隊と話している余目先生を横目に、私は「隠れた」状態のまま、緩やかな崖を駆け上がっていく獣の後を追う。

 

 跳躍し、手を伸ばして周囲の岩を「少しだけ消し飛ばして」から一回転して作った足場に乗り、また跳躍する。

 我ながら頭のおかしいことをしているなと思うのだが、なぜだか身体能力も意味不明な程上がっているし、今なら「何でも出来そう」だったので躊躇なく実行する。

 

 そうして一気に崖を駆け上がると黒い大きな建物がすぐに視界に入り込んできた。写真で見たことがあるが、これが青特の「神秘研究所」なのだろう。しかし、今はそんな所に用は無いので、私はすぐに獣の方へ顔を向けて足を回す。

 

 ここまで息継ぎゼロである。

 いや、ここまで息継ぎしないで済むのならこの神通力って実はかなり使える部類の能力なのかもしれない。と、私は人知れず苦笑いした。

 

 正直自分の変化に恐怖すら軽く覚えるのだけど、小心者の私は身の回りで人死が起きる方が嫌なので、それを一切考えないようにして、崖から丁度演習場の真上にある石壁の中へと入っていった。

 進入禁止のガチガチに固定された鉄柵をすり抜け、広々とした室内空間の中にある天空通路を突き進む。

 

 ここは遥か昔からある石造りの遺跡であるらしい。

 

 余談だがこの世界の遺跡。そこらかしこにあるせいなのか特に保護とかはされていない。

 そもそも下にある演習場なんて、この遺跡の根本を昔の人が改造して作った施設であるらしいし、ここもよく見るとあちこちに侵入した生徒の落書きであろうものが目に入る。

 このようにあんまり沢山あって、取り壊すのも大変だからと再利用、又は放置されている遺跡は日本に多々存在するのだ。

 

 獣の案内を頼りに走って、下って、また走る。

 そんな事を繰り返していると、ようやく下の方に何か蠢いている物が見えてきた。

 

 どこかから落ちたのだろうか。

 プールのような四角い穴の中に囚われているような格好でそれらは2つは居て、重なるようにしてその場でモゴモゴと揺れていた。

 

 祟りの末期症状である。あれじゃあ間に合わないかもしれない。

 けど、やれるだけやってみるしかない。

 

「……うしっ、やるぞ」

 

 獣が立ち止まってこちらを見たので小さく礼を言ってから、私は3階程の高さのあるその場から飛び降りて、着地した瞬間に足元の石をスカスカにして衝撃を殺し、口の中にその粉が入ったのでそれらも消し飛ばす。

 

 そうして、私は悍ましい悲鳴を上げて逃げようとしたそれらに手を伸ばしたのだった────────

 

 

 

 

 

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 国立青網引特殊業高等学校で起きた特殊自然災害「洞見の祟り」。

 

 終わってみれば、この事件は軽症者が33人。重傷者が2人と、少なくない被害が出てしまったが、何故か奇跡的に死者も無く終息するに至った。

 この災害は人為的に起こされた可能性があると発表され、祟りの原因と考えられる二人の男女の回復を待って取り調べを進めていく事になる。

 

 被害者は軽症とはいえ一度は祟られてしまった。よって彼らは精密検査を受けることになり、近隣の高須名総合病院に入院することになった。その関係で一週間ほど「青特」は休校となり、インターネット上では祟りの様々な憶測や、学校への誹謗中傷や謂れのない陰謀論が少なからず書き込まれていたのだった。

 

 

 あれから3日ほど経ったある日の夜。

 

 

「夢じゃなかったんだが!!?」

 

 白比良 幸甚は、唐突に叫んだ沙村の方をちらりと見て欠伸をした。

 

「おう、沙村……」

「適性があったんだが!!」

「はいはい」

「はいじゃないが!」

「うるせーな……俺、今凄い身体ダルいんだよ。また明日にしてくれ」

 

「ああ!おやすみっ!」

 

 そうして沙村は軽快に走り去っていった。

 

 白比良は、いつもどおりの変人具合を発揮している彼を律儀に見送った後、鼻の付け根を揉みながら大浴場へと向かった。

 歩きながらも、今でも現実味の無いあの異形が突っ込んでくる光景を思い出していた。

 

縁門(アーチ)開いて無かったのに……なんで無事なんだろ、俺」

 

 彼はそうぼやく。

 

 あの事件の後、被害を受けた生徒達は奇跡的に全員縁門(アーチ)を開いていたから本格的な祟りに遭わなかったのだと説明を受けていた。

 確かに、影響力の弱い祟りならばそういう事もあるのだろう。

 

 しかし彼は、自分の記憶が定かであれば縁門(アーチ)を閉じたままにしていたのだ。

 ぼんやりとしながらも考えてみたが首を捻って。

 

「かっこ悪ぃけど……まあ、無事だったし何でもいいか」

 

 そう結論づけて、彼は脱衣室の中に消えていったのだった。




明後日と言いましたが
投稿できそうなので投稿します。

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