みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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波乱に残る疑念

 場所は青網引特殊業高等学校、職員室。

 窓に目をやれば日もとっくに沈んでいるこの時間帯。部屋の中にはまだ何人かの職員が残っていた。

 

 その一角にある大きな机に座る中年男性の前に、余目と梧桐は本日起こったことの説明と事実確認の為、揃って立っていた。

 

 

「えー、これが以上になります」

 

「ごめんちょっと待って、ちょっと待って余目くん。ちょっと待とうか。何その説明……?」

「何と言われましても……」

 

 その突拍子もないあんまりな説明に思わず立ち上がってしまった年配の中年男性のその勢いに、余目は腹の痛みを気にしながら言い淀む。

 

「ごめん、もう一度説明してくれる?」

 

 余目はその言葉に「はい」と平坦な言葉で応じると、表情を変えずにもう一度説明を始めた。

 

「まず、幾つかのグループの検査が始まった頃。突然祟りにとりつかれた人間が1人研究所の方から来ました」

「うん」

 

「それを確認し直ちに避難誘導を始めましたが、力及ばず9人程が祟られてしまいました」

「うん」

 

「しかし、ウチのクラスの曜引がそれらを消してくれました」

「うん?」

 

「その後救助隊が来ました」

「うんうん、早かったよね。ねぇ」

 

「祟りを全て消し去った後だったので、スムーズに被災した生徒の保護が行えました」

「え、あのさ、余目く」

 

「しかし、もう2人取り憑いた人間が居たようで、曜引がそれに即対応しました」

「……」

 

「緊急だったので、祟りを消してその場に残していた1人が逃げてしまいました」

「うん、うん」

 

 言い終わり「いかがだったでしょうか?」と役に立たない解説サイトのような決まり文句を付け加えた余目に対し、男は尚もうんうんと深く深く頷いて。ゆっくり口を開き。

 

「勿論生徒に降り掛かった被害は軽微なもので、それ自体はとっっても喜ばしい事なんだけどさ」

 

 椅子にどかんと座り込んだ

 

「意味分かんないよね。え? 君達大人が女の子1人に全て任せたって事にも多分に言いたいことがあるんだけども、まあそれは特殊なケースだしある程度仕方ない事だから置いといてさ、────え? 曜引さんの神通力は「隠匿」だよね?」

「そう登録されてるらしいですね、私は教頭から聞きましたが」

「いや私もデータベース閲覧しただけだし」

 

 そう言って教頭と呼ばれた中年の男は天井を見上げてふぅと深く息を吐いた。

 

「何かの手違いかな……曜引さんはもう帰したの?」

「はい、夜も遅いので寮に居ると思いますが……」

「じゃあ、休校明けの放課後に検査ね。研究所には話し通しておくから本人に言っておいて」

「あ、はい」

 

 そうして話をどうにか終わらせた教頭は、背もたれに寄り掛かり足を上げながら、もう一度深呼吸をして隣に立っていた梧桐をチラリと目の動きだけで視界に収める。

 

「それで、梧桐先生は他に話があるんだって?」

「実はですね「3番金鉱石」に適合した生徒が居まして」

 

 

 

「はい研究所送りーーーーっ!」

 

 限界に達した教頭は叫んだ。

 叫んで、勢いのまま床に転げ落ちた。それを見た近くの職員は笑いそうになったが、何とか突然咳が出たようなふりをして乗り切った。

 

「……ごめん、この後の事後処理を考えたら何か頭おかしくなっちゃって」

「い、いえ……」

「大丈夫です」

 

 教頭は、その床の冷たさに辛うじて正気を取り戻し、床に這いつくばったまま謝罪した。梧桐はドン引きし、余目は見ないふりをした。

 

「因みにそれ、どのクラスの誰?」

「1-1の沙村君です。」

「うわ」

「「うわ」とか言うのはやめたまえ。とにかく、その子も曜引さんと同じく放課後研究所ね、余目先生言っておいて」

「はい」

 

 寝転がりながらそう締めくくった教頭を見ながら余目は思った。

 なんか悔しさとか、そういうの無くなっちゃったなぁ、と。

 

 

 

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 翌日、太陽もまだ空の真ん中に座している昼間。

 

 高須名町の外れ、閑静なこの地には現在、一つの真新しい白い車が停車していた。

 

 それにもたれ掛かる小茂呂 悌太(こもろ ていた)は、戻ってきた部下の姿を確認すると、吸っていた煙草を落とし足で踏み躙った。

 

「小茂呂さん。屋根裏まで探しましたが……やはり何もありませんね」

「そうか」

 

 やはり、と男は思った。

 身分証の偽造、不審な点もなく数年前から住んでいたとされる近隣からの証言。あの最低限の家電以外何も存在しない家の中を思い浮かべ、鼻を擦り上げる。

 

 余りにも計画的過ぎるのだ。

 

「ここにはもう何もないだろう、行くぞ」

「はい」

 

 そうして彼らは、その場を後にする。

 

 小茂呂達は青網引南警察署に置かれている「特殊犯罪対策部」に在籍する警察官である。

 

 彼らは先日辛うじて意識の回復した容疑者の男女2人の内、女の方が意識を回復し「ここに今回の祟りを起こした首謀者が居る」と証言したのを受けて、急遽この場所に来ていたのだ。

 

「この分だと、もう島外には出ているかもしれませんね」

「運航会社の返事は来たか?」

「まだです」

 

 部下のその言葉に小茂呂は小さく舌打ちし、軽くなった煙草の箱を取り出す。

 

「ウチの島で舐めたことしてくれやがって、絶対に落とし前つけさせてやる」

「ま、まあけど、良かったですね。死者もなくて」

 

 死者も無い。ね、と。

 煙を大きく吸い込んだ小茂呂は、大きく息を吐いてから大きく鼻を鳴らした。

 

「……あれか? 「隠匿」のお嬢ちゃんが全部やったってやつ! ありえねえだろ。だって「隠匿」だぜ?」

 

 「隠匿の神通力」を持っているという青特の一年生、曜引五花。

 丁度取り調べの場に居なかった小茂呂は、彼女の証言を全く信用していなかった。

 

「けどデータベースの「隠匿」を見た限り、理屈では不可能では無さそうでしたけど」

 

 かなり無理矢理な解釈ですが、と部下の男はそう笑ったが、小茂呂の表情は一転して神妙な顔になった。

 

「いや、不可能だ」

「どうしてです?」

「俺は見たことあるんだよ「隠匿」使ってる奴を。くだらねぇ奴だったぜ」

 

 小茂呂の言葉に、部下はへぇ、と相槌を打つ。

 年季の入った彼は、実際に様々な神通力と対面した経験を持っていて、時折話すソレに部下は毎回惹き込まれていた。

 

「どんなだったんですか?」

「そうだな、まずソイツが大抵出没するのはプール施設や温泉地で────」

 

 

「あ、大丈夫です大体分かりました」

 

 今回はその限りでは無かったが。

 

「オイ、聞けよ。……まあ、お察しの通り女の着替えを覗いたり盗む変態だった訳だが、犯行現場を見られてもすぐ着替えごとその場から消え去って手に負えなかった訳よ」

「はぁ」

「そこで、俺は奴の行動パターンから出没するであろう施設にアタリを付けて、その時居た女の部下に張らせてたんだが、これが見事にハマってな。逃げ場の無い部屋に追い詰めた後は出口を塞ぐように立ってたらソイツ、息が続かなくなって気絶したからそれを捕まえた訳さ」

 

「え? それで捕まったんですか?」

「ああ「位相をずらす」ってのはな、要は視界だけの話だ。物や人を「通り抜け」たり「消す」なんて事までは出来ない。幾ら隠しても「そこには必ず実体が存在する」んだ、ましてや祟りを取り除くなんて……それ絶対違う神通力だろ?」

「へぇ……となると、何かおかしいですね」

「まあこれから現場に行くんだ。証拠は嘘を付かない、その「隠匿」のお嬢ちゃんが嘘を付いてるのか付いていないのか直ぐにハッキリするだろうさ」

「なんだかややこしくなってきましたねぇ」

 

 窓を開け、吸い殻を外に飛ばした 小茂呂はふわと欠伸をしてシートの角度を下げ、……また戻した。

 

「おい。ソイツの名字、曜引って言ったか?」

「え? はい」

「家族構成とかは……調べたか?」

「いえまだ……どうしたんですか?」

「いや、聞き覚えがあるんだが……もしかして、ソイツの親戚に「小海」が居たりしねぇよなぁ……って」

「小海? 小海って誰ですか?」

 

 部下が聞き返す。

 しかし小茂呂はそれきり何か考え事を始め、現場に到着するまで車内は無言のままだった。

 

 

 

 

 

 

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