朝の気配も霧散して暫く経った午前中。
開けっ放しにしていた窓から暖かな日差しとともにピヨピヨと小鳥の鳴き声が聞こえてくるような平穏な時間。
私は特にやることも無く、漠然と授業の予習でもしておこうかと思って寮の自室の机に座っていた。高校の一般科目は一通り独学で勉強してしまっている私であったが、それくらいやる事が無いのである。
というのも「青特」は今日から一週間の休校に入っているからだ。
原因は勿論、先日の祟り騒ぎのせいである。何とかなったとは言え、今回祟られてしまった生徒はそれなりに居て、人によっては2、3日入院する必要が出るまでの大事になってしまっている。
薄暗い部屋を見遣ると、同じく暇を弄んでいるはる子が購買で買って来た漫画を見ながら布団にくるまっている。先程までドタバタと騒がしかった彼女のぐうたらを見ていたら、なんだか昨日のが夢だったような気がしてきてイマイチ頭が働かない。
あれでも昨夜、はる子はやたらと私に纏わり付いてきて、最後にはベッドの中にまで入り込んで来た。怖い思いをしたのだろうし仕方ないなぁ、と思ってそのままにしていたら、朝になって彼女が唯一他の演習場から場所の離れていたFグループに居た事が判明した。なんだったんだろう。
ペンを動かしながら、午後は図書館でパソコンでも弄っていようかなと思っていた時、ベッドに放ったままだった携帯が不意に振動した。
ゆったりと椅子から立ち上がって通知を確認すると、そこには教室で隣の席の小野さんからのメッセージが表示されていた。
<今日暇? 私は暇!>
うん、その通り。私も暇である。
ので「暇」とだけ返すと、数人で高須名の方に遊びに行こうというお誘いを受けた。駅前に大型のショッピングモールがあり、そこで時間を潰そうというのである。
断る理由も無いので、私はすぐさまそれに了承の旨を送った。が、背後に気配を感じて振り向くと、いつの間にかはる子が背後に居た。
……あー、ビックリした。音を消して動くのは止めてほしい。
「えー、ごばちゃん出かけちゃうの?」
「はる子も付いてくる?」
「え? うーん……いきなり知らない子が来ても、向こうに迷惑だよ~」
提案してみたが、なんだか乗り気ではないはる子。
彼女は少し考える素振りをしてから携帯を取り出すと、何か操作を始めた。
「いいもん、はる子ははる子でサトっちと遊んでくるよ~」
「サトっち?」
「同じクラスの子~」
「ふーん」
よく分からないけれど、それはともかくとしてはる子も順調に同年代と交友関係を広げているようで良かった。
中学の頃を思って正直ちょっと心配していたのだ。お節介かも知れないけども。
「昨日あんな騒ぎが遭ったばっかなんだし、気を付けなさいよ」
「うん。けど、はる子的にはごばちゃんの方が心配かも」
なんだと。
そう言葉にしなくても察したのか、逃げようとしたはる子を捕まえて、その寝癖だらけの髪をワシャワシャしてやると、きゃあきゃあとなんだか不毛なじゃれ合いに発展してしまった。
mwmwmwm mwmwm
mwm mw
高須名町。
青網引島で最も大きい港がある「島の入り口」であるこの町は、何本かの鉄道路線が走っており、島内の他の町へのアクセスする際には、大抵の旅行客が経由する場所にもなっている。
そのため人通りも多く、緑島ほどではないにしろ行楽施設が充実し、大型のショッピングセンターは勿論、陸の方には大きなビルが幾つも立ち並んでいた。
あんまり都会なので、この町に初めて来た時は赤島の何とも言えない港町を思い出し微妙な気分になったものだが、二回目ともなると純粋に色々と見て回りたい気持ちが湧き上がってきた。
青特の校門を抜けて暫く下り坂を歩き、到着した「南網引駅」から2駅先の「高須名駅」で降車する。どうもこの駅に大きなショッピングモールが隣接しているらしいのだ。
「曜引さーん!」
教えられた通り改札前で待っているとちっちゃい可愛い子がこちらに手を振りながら近づいてきた。
小野さんは私の手前で立ち止まると、後ろから追いかけて来たもう2人に「居たよー!」と見れば分かる報告をしてぴょんぴょん跳ねた。
小野さんは何でこんな自然にあざとい動作が出来るのだろう。いや、悪い意味ではなくて。そう、何か動物カフェに来店した時みたいなほっこり感がある。ぴょこぴょこ揺れるポニーテールが犬の尻尾のように見えるのだ。
「おっす~曜引さん」
「昨日ぶりやなぁ」
そう言って小野さんの首根っこを掴んだ金髪の子が
話を聞くに、2人も青島出身だったようで、安納さんの方は小野さんと中学校からの付き合いがあるらしい。どうりでよく一緒に居るのを見る筈である。
そんなこんなでお互いの出身の事について、4人でお店を見て回りながら話していると、加満田さんの出身の話になった。
「加満田さんはねぇ、この島の北側に住んでるんだよ」
「え、結構遠いんじゃないかしら、それ」
「めっちゃ遠いで。
「電車で一時間半でしょ。ヤバすぎるな~。今日もそっから来たの?」
安納さんの言葉に、もう流石にアパート借りてるわと笑う加満田さんであったが、実際そうやって学校の近くに引っ越して一人暮らしをしている青特の新入生は割と居るらしい。何かとお金が掛かるので親の負担になってしまうだろうけど、5つの中で土地面積の最も多い青島での通いは特に辛そうであるから仕方ない。
なんて考えていたら、今度は私の番になった。
「曜引さんて赤島出身なんだっけ?」
「そう、この中で唯一の赤島出身なのよ?」
そう言って丁度持っていた扇子を広げて胸を張ったらなんか沈黙が流れた。
「……誇らしげやな」
「希少価値? はあるかも!」
「ごめん、なんかあたかも私が滑ったみたいな空気やめない?」
「滑ってるんやで」
「とんでもない大事故だったわ今の」
「あははっ!」
なんて調子で、とりとめの無い話は続いていって、喫茶店で休憩することになった私達は、各々注文を済ませ。買い物した店の事について話し合っていると、何かの取っ掛かりから話題が昨日の事件の事に移ってしまっていた。
「ウチはFグループやってん。知らんけど実際結構ヤバかったん?」
「私はもう室内入っちゃっててよく分からなかったなー。絶対外に出るなって先生に言われてちょっと怖かったかも!」
「こっちも同じ。曜引さんのとこは……」
「ええ、部屋の中に入ってきて大変だったよ」
「Dの演習場にだけ入ってきたんだっけ? 曜引さんと後1人だけ残して祟られちゃったから、単純に良かったねとは言いづらいけども、大変だったね」
……うわ、凄いしんみりとした空気になってしまった。
「ま、まあけど何とかなったから良かったわよね? 死者も出なかったし、うん」
「大事に至るヤツが居なかったのも
「話には聞いていたけど、私「他の神力への耐性」とかイマイチピンと来てなかったからさ、いい勉強になったかも」
加満田さんの言葉を安納さんはそう言って繋いで、コーヒーをふうふうして口に含んだ。
うん。実はそういう事になっている。
というのも昨日の事について 私は余目先生に頼んで公表せずにいてもらっていて、学校側としても、生徒の保有している神通力の情報をあまり漏らしたく無かったらしく、今回は「縁門開いていてよかったね」という話で押し通されることになったのである。
……まあ実際、祟りの種類によっては本当に縁門を開いているだけである程度予防出来るみたいだし。
有名な「浮遊の祟り」だってその類の物だった訳だからね。
そんな事を考えていたら、ここまで私達の話を聞きながらゴクゴクとジュースを飲んでいた小野さんが「あ」と思い出したかのような声を上げて。
「そういえば知ってる? 何かー、休み明けから学校にいる間、皆
と言った。
なにそれ、私全然聞いてない。